第三章 第一話 魔術師シャンタル・ドゥシエラ/魔術局

 一際大きな赤陽は随分と前に地平の彼方に姿を消し、東の地平に一際眩しく青陽が昇り始めた頃、シャンタル・ドゥシエラは政府庁舎の四階、およそ三百名の魔術師が業務に従事する魔術局に顔を出す。


 彼女よりも先に出勤した魔術師、約三百人は自分の抱えた業務を手際よくこなしている。



 「局長。おはよう御座います」

 その部屋に顔を見せたシャンタル・ドゥシエラの姿を見掛けると、彼ら彼女らは一斉にその手を止め、魔術局のトップたる局長シャンタル・ドゥシエラの顔に視線を送り、そして一斉に深くお辞儀をして挨拶をする。


 「おはよう。連絡事話はありません。各自そのまま、作業を続けてください」

 シャンタル・ドゥシエラが右手を軽く挙げて微笑みながらそう言うと、約三百名の魔術師はまた各自、それぞれの作業に戻る。


 魔術師と言っても、普段から魔術結界等、高等な術式が施術されたローブに身を包まれていては、無駄に体内から魔術力を根こそぎ、吸い取られてしまう。


 故に、例えば女性なら、無地の柔らかな素材のワンピースチュニックを羽織り、幅広のゆったりした意匠のパンツを履いている。


 男性の場合はシルエットが直線のカッターシャツにスラックスと言う無難な出で立ちが主流だが、中にはゆったり着こなせる柔らかなシルエットのロングチュニックにワイドなシルエットのスラックスと言う姿も、ちらほら見える。


 チュニックにせよシャツにせよ、スラックスにせよ、それ等は軒並み、無地のベージュ系か浅黄色系の色、つまるところ素材の色がそのまま残っているものが殆どである。


 布地の脱色処理には大変な労力と技術力と魔力が必要であり、真っ白な衣装に身を包むのは上級職、其れも貴族出身者に限られている。

 そしてそれが時として妬みの対象になる事も有り、余程の事が無い限り、貴族出身者でも無難にベージュ系か浅黄色系の衣装を着て、周囲に合わせている。


 シャンタル・ドゥシエラは魔術局局長であり、その実力と実績も最上位に属するエンチャンタである。


 従って普段から、周囲の魔術師連中よりは、高価な布地で仕立てた一品物のワンピースチュニックとワイドパンツを着ているが、それでも純白、真っ白のモノはまず着用する事は無い。


 公式行事に出席する際は、特別仕立てのローブ着用が原則の為、そもそも純白、真っ白な衣服は所持していない。


 本日も、特別に仕立てた一品モノ、ベージュ系色のゆったりしたワンピースチュニックと、細やかな花々の刺繍が施されたスラリとしたシルエットのロングパンツを履いている。


 ◇ ◇ ◇


 カンカンカン、カンカンカン、カンカンカン


 乾いた木製の鐘の音が三連打を三回、此れを三セット、つまり殉職者三人分。

 庁舎の外で鳴り響いてるのが魔術局室内にまで聞こえてくる。


 昨日殉職した衛士三名の、葬儀の真っ最中なのだろう。


 とはいえ、政府庁舎四階の魔術局の部屋から、外を覗き見る事は出来ない。


 そもそも魔術局の四方の壁には、開口部が全く無い。


 魔術局の室内には、魔術や術式に関係する書物等、また術式で使用する物品等が多数、置いてあり、それ等の殆どは他国に対して秘匿しているモノ、寧ろ秘匿しなければならないモノばかりで、外部から容易に侵入されない為、そして外部から覗き見られない様にする為、というのがその理由である。


 政府庁舎には、攻撃の先陣、切っ先を務める騎士、護りの衛士、そして魔術を扱う魔術師の他、それぞれに役割りが異なる人員が集められ、平時にはそれぞれの部屋それぞれの部署で、それぞれが作業や訓練に従事しているが、部署間の繋がりは非常に大きい。


 それは例えば、魔獣討伐等では、先陣を切って斬り込み役の騎士や槍士そして弓士、魔術攻撃や回復を担う魔術師、隊長や魔術師、時には弓士を護る衛士、とそれぞれの部署から担当者を出し合い行うからであり、それ故に、部署間の風通しに関してはは、各局長始め、要職に有る者の、最も気にする事柄の一つとなっている。


 それでも原則、衛士の葬儀には衛士だけが、騎士の葬儀には騎士だけが、魔術師の葬儀には魔術師だけが、それぞれ別々に行い、他の部署の葬儀には参列しないのが取り決め、しきたりとなっている。


 それは、他国との戦闘や、時々は訓練で人が命を落とす事は日常茶飯事であり、他部署の葬儀にそれぞれ参列して居たら日常業務に支障が出る、そう言う考えからである。


 加えて、此方は誰々を出したのに・・・等と言う軋轢を防止する理由も有るのかも知れない。



 シャンタル・ドゥシエラは自席に着座したまま静かに目を閉じて、彼らの最後を見た衛士三名に祈りを捧げる。


 「局長、妖精樹の実が開き始めたとの事です。室長が、立会の補助をお願いしたいと、仰っておられます」

 未成年の若い男性見習い秘書官ダールベルグが、シャンタル・ドゥシエラの傍に立ち、そう報告する。


 「そう?・・・一日経ってないよね?ちょっと、早くないかな?」

 そう応えてシャンタル・ドゥシエラは、それでも魔術局の部屋を出て地下に向かう。


 「ローブは・・・まあいいか。彼なら許してくれるでしょう」

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