第二章 第一話 真夜中の闘技場/買い取られた少女
其処が何処なのか、誰もが黙して秘して、決して語られず。
しかして、夜な夜な開催される、人と人との闘技、否、殺し合いが行われる、十八フィートの正方形に区切られたリング。
そして、そのリングサイドには、立錐の余地もない程に、身なりの良い大勢の金持ちが屯し、どちらの『ニンゲン』が勝つか、其れは即ち、相手を『殺す』か、血眼になって賭けをしている。
身長二メートルを優に超す、がたいの良い大男が全身から血を噴き出し、ドスンと鈍い音を立てて、リングマットに倒れる。
レフェリーが倒れた大男の頸動脈に手を当て、そして確信してから立ち上がる。
「勝者!アイセプターキラー!」
リングマットの上に残った、十六歳か十七歳か、まだ年端も行かぬ身長百七十程の華奢な身体の少女、アイセプターキラーと呼ばれた少女が、短い刃渡りの片刃剣を二本、両手に持って物憂げに佇んでいる。
リングサイドからは大歓声が起こり、その片隅に在る、換金所へ人が群がる。
だが、換金所の背の小さな、漆黒のローブを頭からすっぽり覆った老婆は、そう簡単に換金しようとしない。
「良いのかいダンナ?あの娘、また次も勝つよ?今、えーっと、三日越しで三十九連勝中だから、次勝てば、何と配当金が四十倍になるよ!次負ければ全額没収だけんど、ね?さあどーするよ、ダンナ?えぇ?此処で降りるのかい?勿体ないよ?」
其れを聞いた人々は、大部分の人が再び、リングサイドに戻っていく。
リングに残された少女は、いよいよ息が上がってきたのか、肩で息をし始める。
「では、此処で換金は締め切らせて頂きます。次の挑戦者は・・・出でよ!ドラゴンボンバー!」
レフェリーが大声でそう言うと、少女の五倍は有りそうな体重、そして身長二百二十は有ろうかというモンスターみたいな大男が出てくる。
その大男がもの凄い唸り声を上げながら、両手を力一杯叩き合わせると、何とも言えぬ重低音が狭い部屋一面に鳴り響き、部屋を囲む四方の壁、そして天井一面が衝撃で震えて不気味な音を出す。
「くっそー、換金ババアに騙されたよ!ありゃあ、あんな化け物、お嬢ちゃんには無理だって!」
其処彼処でヒソヒソ声が起こる。
其れを聞いた換金係の老婆は物陰で、不気味な笑みを浮かべてほくそ笑む。
「良くやったシェミル、全額没収で、こっちの勝ちだ」
若い風体の優男、背は高いが痩せたリングマスターにして闘技場オーナーのワイドンが換金係、老婆シェミルに声を掛ける。
シェミルは改めてニヤリと笑う。
客の何人かは、数人居る、二十歳前後の女性達が務める賭金係の元に駆け寄り、ドラゴンボンバー側に賭け金を支払い、賭け札を受け取る。
その内の何人かは、賭金係の横に立っている、此方は美人揃いの金策係に金を借りてから、その金を全てドラゴンボンバーの賭け札を買う者も居る。
「さあ!賭け金、賭けたかい?賭け忘れなど有りませんか?」
暫くの後、レフェリーの掛け声に、リングサイドから大声、大歓声が上がる。
「では締め切り!賭け票率は、アイセプターキラー十一万二千九百七十三票、ドラゴンボンバ八百二十七票で確定します!」
「ファイトォ!」
レフェリーの掛け声と共に、ドラゴンボンバーがその体躯に似合わぬ俊敏さで、少女アイセプターキラーに襲い掛かる。
ドラゴンボンバーの右ストレートを身軽に避けた、かに見えたが、アイセプターキラーの小さな身体は反対側のリングロープまで吹き飛ばされ、その反動で彼女の華奢な身体は木の葉のように空中高く、跳ねて舞い上がる。
跳ね上げられた、小さな彼女の身体に向かって、ドラゴンボンバーは身軽な跳躍で跳び上がると、満を持して、利き足の右足で蹴り飛ばしに掛かる。
彼女の小さな身体はリング外、リングサイド後方の分厚い壁に叩き付けられて終了。
その場に居る人々は、貴賤の区別無く、男女の区別無く、一様に全員がそう確信する。
だが、その場に居た全員が振り向いた、リングサイド後方に彼女の骸は無く、全員が不思議に思って振り向き直したリングマットの上には丁度、ドラゴンボンバーの巨躯がマットの上に、膝からユラユラと崩れ落ちていく瞬間だった。
そして、ややあってから、アイセプターキラーの小さな身体はフワリと、突っ伏した、身動ぎ一つしないドラゴンボンバーの巨躯の背中の上に、舞い降り立つ。
リングサイドからは、怒濤の嵐のような大歓声が巻き起こる。
「ええぇぇっ?えぇぇっ!しゃ、社長!」
絶句した、リングの上のレフェリーが、狼狽えた表情で、闘技場オーナーのワイドンの顔を伺う。
「誠に申し訳ございません。本日はコレにて閉場、また明日のお越しをお待ち申し上げております」
ワイドンがそう言ったのを合図に、数十人の屈強な男達が数十人出てきて、リングサイドに屯する、客の全てを部屋から押し出そうとする。
「おいおい、換金してくれよ!」
「夜明けまではまだまだ時間あるじゃねーか!」
リングサイドの客も、そう簡単には引かない。
屈強な男達と、人数では遙かに上回る客との押し合いへし合いとなり、リングサイドは大混乱となる。
その時、リングサイドから少し離れた、決して広くはないが、少し高い場所、貴賓席と言われる場所に座って居た、仮面を付けた男性が立ち上がり、そして大声で叫ぶ。
「アイセプターキラー嬢を買い取りたい!ここに有る手持ち、全額三十三億ルインでどうか?」
「何を馬鹿な事を・・・」
その申し出を断ろうとしてワイドンは、仮面を付けた男の横に座った、気品溢れる女性の姿に戦慄する。
「承知致しました、お客様。では早速、商談と参りましょう。奥の間へどうぞ」
ワイドンがそう応えると、仮面を付けた男性と横に控えていた女性が何も言わず、ほぼ同時に奥の方に移動していく。
「どうするね?換金」
換金係のシェミルが、その場から立ち去ろうとするワイドンに問い掛ける。
「三十三億が手に入るんだ。ケチケチせず四十倍で換金してやれ」
それだけ言うと、ワイドンはそそくさと奥の部屋に消える。
「はい!そう言う事で今日はおしまいだ、換金しておくれ。四十倍の特別大盤振る舞い、さね!」
シェミルがしわがれ声を張り上げると、屈強な男達はいつの間にか姿を消して居なくなっており、ブツブツと文句を言いつつも、勝った客は一斉に換金しようと、一様に賭け札を握りしめてシェミルの元に殺到する。
「おら、並んで並んで!順序よく並ばないと、換金出来んからねぇ」
シェミルは改めて大声を張り上げる
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