第一章 第四話 新皇帝の誕生/凶兆の足音(後)

 「何という威力か!」

 シャンタル・ドゥシエラはそう小さく叫ぶと、急いで新たに呪術を唱え、皇帝エメリヒの全身を更に七枚の魔術シールドで包み、衛士十三名と衛士長ローゼンハインの魔術シールドの全員分を七重の魔術シールドで包んでいく。


 更には、先程の槍に貫かれて倒れた衛士三名の大盾を三重にして空中に浮かせると、次の攻撃で飛来してくるであろう、槍の襲来に備える。


 だが、次の槍は飛来してこなかった。


 その代わりに、先程の槍が飛来してきた北の方角の上空にぼんやりと、繭玉のような色の人、男性か女性かは判別できないが、恐らくは人のような影がうっすらと浮かび上がり、少年の様な若々しい声が聞こえる。


 「聖槍をもってしても、駄目だったのか・・・やっぱり、シャンタル・ドゥシエラが居たんだな・・・シャンタル・ドゥシエラが居るから無理だって言ったのに、大人達はやれって言うから、さぁ・・・でも、今日は諦めるよ」

 それだけ言うと、人の影はスッと消える。


 思わず安堵したのだろう、衛士の隊列に微塵の乱れが出る。


 其れを見越したように再び、今度は真っ青な柄の色、そして真っ赤な靄に包まれた、新たな巨大な槍が一振り、同じ方角、同じ角度の高さから、空気を切り裂く耳障りな音を上げながら、物凄い速度で飛来してくる。


 「無視するなっ!俺は堂々、此処に居るっ!先ずは俺を貫けっ!此処かぁ!」

 衛士長ローゼンハインが素早く動いて自身の身と楯を、槍の飛来してくる延長上に滑り込ませる。


 「二度目も、やらせない!」

 シャンタル・ドゥシエラはそう叫ぶと、空中に浮かせた三枚の大盾を巧みに操り、槍の飛来してくる延長上に巧みに素早く滑り込ませる。


 果たして、超高速で飛来した槍は空中に浮かべた三枚の大盾、そして衛士長ローゼンハインの身体を包む七枚の魔術シールドをいとも易々と貫くと、ズサッっと衛士長ローゼンハインの大盾をあっさりと貫き、だがしかし、その切っ先は、衛士長ローゼンハインのフルプレートアーマー、胸部を護る部位に当たる直前にピタリと止まる。


 「何だ?槍が何かに?当たった?のか?」

 槍が胸に当たった時の、不思議な衝撃と感覚に何かに気付いた衛士長ローゼンハインが其の身体をゆっくりと動かすと、胸部を保護するフルプレートアーマーと巨大槍の切っ先に挟まれていた、小さなモノがヒラヒラと彼の足元に落下する。


 「君に感謝、だね。ルカイン。間に合ってくれて、ありがとう」

 シャンタル・ドゥシエラはそう言いながら、足元に落下したモノ、既に息絶えた”彼”、そのとても小さな亡骸を拾い上げる。


 ”彼”は身長十センチほどの誇り高き守護妖精騎士ルカインだった。


 シャンタル・ドゥシエラが涙を堪えながら、小さな声で呪文を唱えると、黄金色に煌めくルカインの亡骸は、風に溶け込むように消え去る。


 「次に備えよっ!我が身を以て陛下をお護りするは、衛士の誉れ、そして務めぞ!気を抜いては成らぬ!」

 衛士長ローゼンハインは涙をぐっとこらえると大声でそう叫び、槍が次も飛来してくるであろう、北側の虚空を物凄い形相で睨む。


 シャンタル・ドゥシエラは空中にリズミカルに右手を躍らせ、大急ぎで術式を組み替えると、彼女の周囲に次々とスペルキューブが浮かび上がる。


 更に十二名の衛士が駆け上がり、残っていた十三名の衛士と合わせて二十五名が、皇帝エメリヒを護る様に、五重の衛士の”盾”の隊列を組み上げた次の瞬間、”盾”の内側にうずくまっていた皇帝エメリヒの姿が、空気中に溶け込むように、スウゥっとステージの上から消える。


 「猊下の転移術式、ようやく、ですか。遅すぎますね・・・」

 シャンタル・ドゥシエラは周囲には聞こえない小声で呟きながら、それでもホッと胸を撫で下ろす、と同時にイラっとした感情も擁く。


 「何なのですか・・・私も含めて全員を退避させてくれたらよかったのでは?・・・其れくらいの魔力量、充分過ぎる分、持ってるおられるハズです。私に、あと全部任せる、とでも?何ですか、まったく・・・!」

 周囲には聞こえない小声で毒づくと、シャンタル・ドゥシエラは右手と杖を持った左手を大袈裟に、しかし一定のリズムを刻むように動かしながら、術式を口ずさむ。


 「でも此方も、間に合いました」


 衛士二十五名と衛士長ローゼンハイン、そしてシャンタル・ドゥシエラ自身を包み込む巨大な魔法陣がステージ上に現れ、衛士二十五名と衛士長ローゼンハイン、そしてシャンタル・ドゥシエラの姿はステージの上から全員、姿を消す。


 直後に飛来した三本目の『聖槍』一振りはターゲットを失い、『人の舞台』に突き当たると、粉々に砕け散る。



 「ふん。なんだ、出来る様になったではないか。泣きついて来たところを助けてやろうと思っていたのだが」

 その様子を遠隔術式で観ていた、聖天司祭大師ウィンプフェリングは意地悪そうに微笑むと、真顔になってボソッと呟く。


 「否、もちろん信じていたよ・・・もう貴君は局長だから、な。泣き虫だった小柄な”長女”が、今や局長とは・・・。時の経つのは実に速いもの・・・我がこうして日々、次々と力を失うのも道理か。もはや、あの程度の人数をも、転移させられなくなった、とは、な」

 聖天司祭大師ウィンプフェリングは寂しげな表情でそう呟く。

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