第一章 第二話 新皇帝の誕生/皇帝姫
今この時、『神の舞台』には、ウィンプフェリングという名の初老の男性が真南を向き、姿勢を正して起立し、その時を待っている。
聖天司祭太師と称される、その初老の男性は、真っ白な三角錐の意匠の、金糸で豪華絢爛な、花々や草木をモチーフに描かれた刺繍が施された意匠の三角帽を被っている。
また、少し猫背ではあるが恰幅が良く、百七十センチに迫るその大柄な身体に、足元のくるぶしまで覆う艶やかな色合いの無地でベージュ系色のワンピースチュニックを着用している。
更にその上から分厚い、真っ白な布地に金糸銀糸で豪華絢爛な、花木や草花、そして様々な動物をモチーフとする艶やかな意匠の刺繍が施された肩衣を羽織り、更にその上には裏地が透ける程に薄手の、深紺色のマントを着ている。
そして、左手には、その頭頂部に巨大な、人の頭ほどの大きさの透明の宝石が埋め込まれた、厳かな装飾が施された長尺の司祭杖を持っている。
ウィンプフェリングの足下からずっと下の方、『人の舞台』には、その南端ギリギリの場所に、一切のフリルも飾りも刺繍も無い、彼女の細くしなやかな身体のラインが透けて見えるほど薄手の、真っ白な無地の生地で仕立てられたワンピースチュニック一枚だけを着た、まだ幼さの残る顔の若い女性が頭を垂れ、片膝を付いて傅き、最敬礼の姿勢のまま微動だにせず、その時を待っている。
目映い青白い光を放っていた青陽が完全に地平線の向こうに姿を隠し、上空には、天頂に至った暗い赤陽だけが残り、辺り一面が、あっという間に深い紅色に染まる。
聖天司祭太師ウィンプフェリングは其れを確認すると、おもむろに仰々しく、そして厳かに、野太く低く低く、周囲全ての空気を振るわさんばかりのバス音域、重低音ブラス音域の声で、高らかに宣言する。
「アサン神の御名においてこの神聖なる朱紅の時にこそ、我、聖天司祭大師ウィンプフェリングが、御神の代行者として、皇子エメリヒに『戴冠の儀』を執行せんとする。この喜ばしき儀祭に集いし全ての命草は、御神の慈悲に感謝し、頭を垂れよ!」
『人の舞台』でかしずく女性、皇子エメリヒは、深く垂れた頭を、更に深く深く下げる。
『戴冠の儀』に参列する事を許された、何百人もの聖職者そして何百人もの貴族院の面々は、『人の舞台』から遠く離れた場所、『穢賤の広場』に整列し、起立したまま、一斉に頭を深く、深く垂れる。
聖天司祭大師ウィンプフェリングが、杖を持たぬ右手を胸の高さまで上げ、口で術式を呟きながら空中で指を巧みに動かす。
間もなく、淡い水色の小さな光の球が空中に現れ、それがゆっくりと皇子エメリヒの頭上まで至ると、無数の光の粒となって拡散し、皇子エメリヒの全身が、淡い水色の無数の光の粒に覆われる。
暫くした後、彼女の全身を覆っていた光の粒、その全てが素早い動きで彼女の額の前に集まると、皇子エメリヒの意思とは無関係に、深く垂れていた彼女の頭部はゆっくりと持ち上げられる。
そして皇子エメリヒの顔が、聖天司祭大師ウィンプフェリングの顔を、高々と見上げる状態になったところで、彼女の額の前に集まっていた光の球はその全てが、すぅぅっと、皇子エメリヒの額の中に吸い込まれるように、消えて行く。
聖天司祭大師ウィンプフェリングは其れを見届けると、杖の石突の部分を足元の石に力強くトンと当て、そして改めて厳かに、野太く低く低く、周囲全ての空気を振るわさんばかりのバス音域、重低音ブラスの様な声で、高らかに宣言する。
「皇子エメリヒは今、アサン神の神託を得、百三十二代皇帝エメリヒとして、御生誕なされた!」
その声に反応するように、皇子エメリヒ、いや、皇帝エメリヒは、優雅な立ち振る舞いでゆっくりと立ち上がると、聖天司祭大師ウィンプフェリングに向かって深くお辞儀した後、彼に背を向けて『人の舞台』に姿勢良く立つ。
そして、『穢賤の広場』に整然と整列する、何百人もの聖職者そして何百人もの貴族院の面々を睥睨、鋭い視線を向けると、右手を高々と差し上げ、毅然と胸を張り、メゾソプラノ音域より少し高め、芯が一本通った力強い、聞き取りやすい声で高らかに宣言する。
「我は百三十二代皇帝、エメリヒである。臣下たらんと欲する命草よ、その頭を垂れよ」
『人の舞台』から遠く離れた場所、『穢賤の広場』に起立して整列したまま、何百人もの聖職者そして何百人もの貴族院の面々は、静かに一斉に一層深く頭を垂れ、恭順の意を示す。
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