第52話
ダイジェストではあったが、ジュリエッタの前世の記憶を見せられて、俺とマイアは言葉が出てこない。
こんなこと想像もできなかった。俺は四天王シルフィスに呪いを掛けられ日本に転生したこと。心臓病が呪いの影響だったこと。マイアもコレラで亡くなりこの星が滅亡を待つだけだったこと。
何よりあの夢は夢では無く実際の記憶だったこと、自分のことを転生した日本人だと思っていたのが元々はこちらの人間だったなんて。
更に言えばオレなんかよりジュリエッタの転生前の人生は壮絶の一言に尽きる。前世の俺の気持ちに応える為に、50年も耐え生き抜いてきたとは…
彼女の年齢にそぐわない言動や、俺が関わったときの積極性にも合点がいった。あれだけの想いを抱えていたんだと思うと、あざとくても当然だ。
寧ろ「こちとら還暦よ、孫みたいな世代でうんぬん」と思っていたことが、こっ恥ずかしくなるくらいの、ジュリエッタの人生との格差に愕然とするばかりだ。
自然と涙が頬をつたう。俺は隣にいたジュリエッタを抱きしめ、気の利いた事も言えない自分が情けない。
「ありがとう。頑張ってくれたんだね」と一言発するのが精一杯だった。マイアも小刻みに震えながら泣いている。
「積年の想いもあろうが、時間にも制約があるので伝えるべきことは伝えなければならん。話を続けるぞ。神の血筋、つまり勇血について説明しよう。まず、魔王とはどう言うものかを説明する」
神の話によれば、魔王とは人の醜い心、欲望、悲劇、怨念など人の負の力を具現化した存在と言う事だった。悪魔たちは悪意のリソースと呼んでいるみたいだ。七つの大罪によく似た話だな。
なので、戦争や強奪、虐殺や恥辱などが大量発生すれば、500年と言わず魔王は復活をしてしまうそうだ。
これは、はっきり言って防ぎようが無い。この世界は平和だとは思うし人間とは罪深く欲深い生き物だ。どんなゆっくりでもヘイトゲージは積まれていくだろう。平和が長く続ければ、人は幸せ感や充実感が感じにくくなると言うもの日本で生活していて実感できる。
「それでは、今生で私達が魔王を倒してもいずれは復活をすると?」
「その認識で間違っておらぬ。だからこそ、ワシからもしアドバイスをするとすれば、それは勇血を多数残せと言うことだ。切り札は多ければ多いほど良いからな」
「なぜら前回の勇者パーティはそれをしなかったのでしょうか?」
「前回の勇者パーティは、勇者カミュラ、聖女ユリファ、賢者セリヌ、全員が女性だったからだよ」
『勇者カミュラは女性だったのか!』
確かに女性とも取れる名だが、勇者は男だというバイアスが働いていたんだと思うと恥ずかしい。
「なるほど…それじゃ勇血同士が結婚は出来ませんね」
「勇者カミュラは現アーレン王国へ、元々祖国であった現レディアス王国の幼馴染であった聖女ユリファと賢者セリヌは復興の為に別れた。いや、勇者パーティ3人が揃う事を恐れて無理やり世界の会合で分けられたのだ。政治的な意味合いが強かったというべきか…それに特にカミュラは人類に嫌気がさしていたんだ」
命を救ったのに来るのが遅かったから仲間、家族、友達が死んだので、死者を蘇らせろ、四肢を治せ、などなど、人を救う度に無理難題を押し付けられたそうだ…
「そんなベタな物語のような話があるんですね。愚かとしか言いようがありませんが」
マイアがそう言うとオルディス様は苦い顔をする。
「人間とは欲望や保身の塊。強欲ばかりなのはそなた達も知っておろうが?それにマイアは王女、ジュリエッタは上級貴族、政治利用されたからこそ。今の地位ではないのか?」
「う…それではアーレン王国に行ったはずの勇者の血筋がなぜレディアス王国のヴェルなのですか?」
「これは前置きだが、ヴェルグラッドに呪いを掛けたシルフィスは500年前の生き残り、アーレン王国の魔王城の地下深くに潜伏して生き残っていたんだ」
オルディス様の前置きに三人とも絶句。オルディス様は就任したてであった為、過去の話はあまり詳しくは知らないとの事で、代わりに詳しい詳細を時空神レアリーフ様から過去に起こった真実を教えて貰う。
当時のアーレン王国も魔王に王都、王族を滅ぼされ事実上亡国となっていた。
シルフィスは、アーレン王国にやってきてクリプト公爵に憑依して公爵家を手中に収めた。上級悪魔には人に変身出来るスキルがある。記憶の改竄もお手の物である。
そこで新しく、残った悪意のリソースで上級悪魔であるバルドアを生み出して、今後の方針を決めていた矢先の事だった。
勇者カミュラは悪魔を全て排除した後、アーレン王国に修復された王城に報告に出向くが、目の前に憎っくき相手である勇者カミュラが勇者の力を恐れられて孤立していた。シルフィスはカミュラを利用しようと感情を抑え近づいた。
「どいつもこいつも、絶対に許さない。この世界を魔王から救ったのに、あろうことか自分の事ばかりで勝手すぎる。おまけに、この私をバケモノ扱いして。あんまりじゃないか」
「魔王が討伐され、あなた様は既に勇者としての力を失っておられますのに、お気の毒です。しかしながら、あなた様には勇者の血が流れていらっしゃる。子孫に同じ思いをさせるおつもりですか?」
「殺したくなるほどの恨みはないけど、私の子孫には勇者にはならぬよう代々伝えなくちゃ」
それを聞いた、シルフィス扮する公爵と公爵夫人に扮するバルドアは。ほくそ笑んで、これ僥倖とばかりに優しく接してカミュラを客人として引き取った。
クリプト公爵家の親戚に顔立ちの良い年頃の令息がいて、カミュラとその令息を結婚させ子を育んだ。
カミュラは年を重ね、出来た家族と幸せな数年のうちに人類に恨みはすっかりなくなり、世界の理や勇者のスキルについて、自分の旅を美化した英雄譚を書いて天命を全うする前に遺書として1冊の本を残す。
既に他界している、シルフィス扮するクリプト公爵の後継者の子息に本を預けたが、カミュラの死後、高笑いをしながらシルフィスが本を焼却した。
シルフィスとバルドアは、その後も勇者の子孫を監視した。いづれ憎っくき勇者の子孫を魔王の依り代にする為に。そして増えすぎた勇者の血族はリスクになるので回避するために間引いて、力をつける15歳までに呪い殺した。
今現在も勇者カミュラの呪いと言う名で残っているそうだ。
魔王が討伐されてから150年の時が過ぎた頃、シルフィス達が少し見逃した隙に浮気と言う形で逃れた従者の女性がいた。
その女性は子供を身籠るのが分かると、勇者カミュラの呪いで我が子を失うのを恐れ、故郷であるレディアス王国へ生きながらえた。それが俺の祖先に当たる。
シルフィスは、聖女と賢者の末裔がレディアス王国にいるのも知っていたので、特にこの500年の間は勇者の血族を増やさないように秘密裏に動こうともしたのだがだが、シルフィスが考えているよりもレディアス王国のガードは堅かった。
シルフィスとバルドアは自分が討伐されるのを恐れていたので、表立って動く事が出来なかったので、聖女と賢者の末裔達がどこにいるのか?生きているのかどうかの情報もつかめなかったし、どこにいるのかも分からない。
出来たのは数年に一度流行る疫病に便乗して、保菌者をレディアス王国に送り込むのが精一杯。だが、前世ではそれでマイアと母達は無くなっている。
これは余談だそうだが、シルフィス率いる魔王軍は、Sランク冒険者にこっぴどくやられた経験があったので、各国に美男美女に扮した悪魔を送り込み、人間社会に溶け込ませてSランク冒険者達を怠惰に陥れようと画策した。
その策略は今現在、国が有能な冒険者は、騎士や兵士、上級貴族の護衛として囲うと言う形で成功していた。
「ではあの王城の社交パーティで、ジュリエッタが仕留めた上級悪魔がバルドアだと」
「そうだ。ルシフェルは500年の間、悪意のリソースが溜まるまで好機を伺って力を溜めておった。コレラで大量に溜まる筈だったリソースが溜まらなかったので焦ったのであろう。ヴェルに掛けた呪いも恐らくこの500年の間にあやつが編み出した呪いだ」
レアリーフ様ではなくオルディス様が苦々しくそう答えた。
「つまり纏めると、500年前、前勇者がシルフィスを取りこぼして、勇者の血をいいように利用されたと言う事ですね」
思わず言葉に出てしまった神様への不敬。神様は苦い顔をする。
「すいません。言葉が過ぎました。お許し下さい」
「よい、言い方は悪いがその認識で間違っておらぬからな。ワシはなヴェルが転生する前の地球の神をしていたのじゃよ。前任の創造神がシルフィスを見過ごして利用された事に気付かなかったのは事実。すまぬと謝る事しか出来ぬ」
それで、俺はコレラの治療できる日本に転生したのか。オルディス様が地球の元神だとするならば合点がいく。
「それでは、オルディス様は、この世界が滅びる事を知ったのは最近と言う事なのですか?」
「うむ。これは言い訳がましいが、勇者のヴェルが死んだ後に、世界が滅びる事が確定をしてしまった前任者の創造神が責任を取り配置転換があってだな、ワシがこの世界に創造神として赴任した時には、神の調停者でもあられる、時空神レリアリーフ様の力をお借りして、全世界を50年、時を戻す事が既に決定していたのだ」
神様も全知全能ではないと聞いてはいたが、まさか責任をとらされ配置換えのような話まで出て来たぞ。
神様の世界にも色々あるんだと思いながらも、500年の間、悪魔の代表格である四天王を放置していた前任者の創造神様に文句の一つでも言いたくなる。
神が直接世界の営みに介入をせず、どちらにも肩入れをする事はないと言う、その時はそんなスタンスだったのかも知れないが…ならば余計にオルディス様に当たってしまった自分が恥ずかしい。
「失礼な物言いをお許し下さい。ですが、なぜ今頃になって私達にこの事実を教えてくれたのですか?」
「そうじゃったな。其方がコレラから人々を救ったおかげで、魔王の復活が3年~4年遅れた事になる。これにより魔王復活の猶予はあと7年以上に伸びたとならば、それはまさに僥倖と言わざる得ないと思わぬか?」
「前世よりも入念に準備が出来るのは大きいですね」
「それともう一つ重要なのは、7、8年後には、そなた達の体は完全に大人となり、身体的にもより魔王を倒しやすい体になっておる。あと4年後に魔物の大群と戦うにしては、我ら神としてもいささか幼過ぎると危惧をしておったところだしな」
「仰るとおりです。体の成長は手足も長くなり、そのまま魔物を倒す強さに結び付く事は前世でも体感しておりますから…しかしながら、今アーレン王国に攻め及べば被害が最小限になり、今ならば、上手くいけば魔王でさえ打ち取れるのでは?」
ルシフェルのいた場所がアーレン王国となれば、事が大きくなる前に片付けられるのではないか?なのでそう提案をすると神様は落胆したように首を横に振る。
「悪意のリソースが魔王を作る。この理は今さらどうこう変更出来るものではない。今アーレン王国に攻め及んで、魔王となる依り代を殺したとしても、違う形で魔王は復活するだけの事」
「しかし、私達が倒すのは人ではなく悪魔なのでは?それに魔王は今の話を聞く限り、勇者の血を引く女性じゃないですか?ならば、助ける方向で動いたほうがいいんじゃないですか?」
「少々そなたは焦り過ぎている。今アーレン王国は悪魔の傀儡国家だと見たであろう?悪党ならまだしも、女、子供、老人、いや市井の民を巻き込んでそなたたちが、悪魔に操られた人々を躊躇いなく殺せるというのならそれも吝かではないが」
確かに、国家間の争いになれば、いくら傀儡国家のアーレン王国といえど一枚岩じゃないだろうから、抵抗するのは目に見えている。いくら平和な世の中だとはいえ、規律の無い冒険者や愚かな者が少数は出てくるであろう。
それが、略奪か強姦、あるいはもっと愚かな事なのか想像するのはそう難しくはない。なぜならば、それは地球での歴史が証明していたからである。
「私達は王侯貴族で平和な世の中で、何不自由な事のない生活を送っている私達にとって、市井の民の営みの辛さなど知る由もないと言う事ですね」
マイアの言うとおりだ。前世は一般市民だったから、その認識の隔たりがあるのは前世で痛いくらい分かっている。
大儀があれば…戦勝国ならば、なにもかも許されるとは私は思わない。が、しかしながら、そうでない者もいるのはまた事実であった。
「しかもだ、そんな戦争行為を行えば、救うどころか、悪意のリソースがもっと早く溜まり、予定より早く魔王は復活するだろう」
なるほど、まだまだ考えが刹那過ぎで、幼稚だったと反省をする。事を焦って何もかも台無しにしてしまうところだった。
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