第51話

翌日、ヴェルを埋葬しに教会へと向う。せめて葬式だけは誰の手も借りずに私達の手でやりたかった。


私達は、教会に入ると神像に向かって祭壇の前に跪き手を合わせ、ヴェルが安らかに眠れるように祈ると、突然、目の前が白く光ったので、眩しさのあまり目を閉じた。光が収まったようなので目を開けようとすると、前方から声が聞こえてくる。


「聖女ジュリエッタ。神界へようこそ」


「ここはいったい。いったいどう言う事?」


周りを見ると、そこは見た事のない神殿の中に、神々しい光を纏った老人と美しい女性が立っていた。


「驚いたかね」


「それは驚きます。いきなり世界か変わったのですから」


「うむ。そうじゃろうな。ワシはこの世界の創造神オルディス。こちらの女神は上神で時空神レリアリーフ様だ」


「えっ?神様ですか?ちょっと混乱していますがその時空神様と創造神様が私に何か御用でしょうか?」


そう答えると時空神レアリーフ様は、ゆっくりと喋り出す。


「本来ならば、勇者を呼ぶ予定だったのですが、魔王が完全復活をする前に、既に勇者の血はこの世界から失われてしまいました。ですから、今回は聖女であるあなたをこうして呼んだのです」


「勇者の血って?それが失われたとはいったいどう言う意味なのでしょうか?」


「まず、死んでしまったヴェルグラッドと言う青年の話をしましょう。ヴェルグラッドは死んではいけない存在だったぼです。現世の勇者になる神の血を引く唯一の生き残りでした」


「えっ!ヴェルが勇者なのですか?」


「そうです。魔王が完全に復活したら、勇者として神託を与える予定でしたが、その前にまさか死んでしまうとは…」


「ヴェル、いえ、勇者が死んでしまったら、この世界はどうなるんですか!!」


「身も蓋もない言い方をすると滅びます」


随分と簡単に言う。それからレアリーフ様は勇者の事について話を始めた。


神様の話を要約すると、勇者、聖女、賢者には勇血と言う特別な血が流れていて、その昔に神と人間の間に生まれた半神半人の神子と言う特別な血筋であるそうだ。


ヴェルの血筋が勇者、私の血筋は聖女か聖人、あとは賢者の血筋があって、勇者、賢者の勇血はレディアス王国が滅びて既に途絶えてしまったそうだ。


だから15歳で受ける神託の儀とは、単なるスキルの恩恵を受けて職業を決める儀式と言う位置づけだけではなく、魔王が復活する時期に、神の血を引く勇者、聖女、賢者を決定付ける為の儀式だと言う事だった。


よって結果から言えば、勇者の血脈はレディアス王国が滅びた時点で途絶えてしまったので、世界は滅びるしかないと説明された。


「私一人の力では、魔王を討ち滅ぼせれないのですか?」


レアリーフ様と、オルディス様は険しい顔をして同時に首を横に振る。


「それが可能なら勇者などいらぬ。勇者が神の剣であるユグドラシルの剣で、固有スキルを使って魔王の魂にトドメを刺さねば倒せぬのだ」


レアリーフ様に代わってオルディス様がそう答える。


「そうですよね。安直過ぎました。それではこの世界は滅びるの時を待つしかないのですね」


「そう結論を出すのは早い。本来ならワシら神が人類であろうと魔王であろうと手を貸すなどあり得ない事なのだが、今回に限り手を貸す事になった」


「それはどうしてですか?」


「本来ならば、勇者の勇血が途絶えたとなれば魔王は永久に倒せはしない。それも星の運命ならワシ達神も受け入れるのだが、今回はそうも言っておられなくなった。この星そのものが消滅してしまうからだ。これを見てみるが良い」


神様は手に持っていた杖を掲げると、迷宮の中で下級悪魔が大型の魔物に指示を出して土を掘る姿が映し出されている。


「これは何を?」


「魔素というのは竜脈から発生し空気と交わるエネルギーだ。人類や魔物は魔素を魔臓で魔力に変換しておる。しかし魔王軍は空気中に含まれる魔素を魔法で高圧縮させる事により魔素を液体に物質変換に成功させ池を作った。それを魔王軍は魔力溜りと呼んでおる。魔王は迷宮を自由に操つる事が出来る、【迷宮の主ダンジョンマスター】と言う特殊スキルを持っておる。そこで定期的に起こる迷宮の変革を停止。迷宮最深部、つまり竜脈に近い迷宮に穴を掘るように悪魔どもに指示をして、見ての通り魔素濃度を上げようとしているのだ。魔物の強化を目的としておるのだろう。確かに着眼点はいいがこれを続けるとどうなると思う?」


「どの迷宮もSランク迷宮となって、スタンピードを起こし続け人類が滅びると言ったところでしょうか?」


「半分正解だ。魔素を物質変換して液体にするまでは良いのじゃが、魔素溜まりの液体を放置したままにすると劣化して再び気化。人間にも魔物にも毒となる瘴気と化す。つまり人間はおろか魔物もじきに住めなくなるようになる。知らぬとはいえ馬鹿な真似をしおるわい。生き物が住めなくなったら死の星となるのにのう」


物質変換?圧縮?気化?瘴気?初めて聞く単語なので、オルディス様が何を言っているのかさっぱり分からないが、この星が滅びるのはまずい。


「それで神様は、私にどうしろと仰るのですか?」


「聖女だけが使える神聖魔法、【神の浄化】で魔力溜りを浄化して土魔法で埋め戻して欲しい。だが、勇者の血筋が途絶えたのだから根本的な解決にはならぬ。そこでだ、勇者を復活させる為に、そなた達が生まれる前まで時を戻そうと考えておる」


「そんな事が可能なのですか!!」


「そこで私の出番なのです。時を戻す神力のリソースを得るには、人間界で言うと50年。私達神にとっては瞬きをするような時間だけど、儚い命を持つあなた達人類には途方も無い時間が必要なのよ」


「それに、シルフィスに呪いを掛けられた勇者はアヤツの言うとおり、この世界にもう一度転生をしても直ぐに死んでしまうだろう。そい言った呪いだからな」


「神様でも呪いは解けぬと仰るのですか?」


「死ぬ前ならば出来た可能性もあったが死んでしまえば無理だ。魂と言うのは、神でも容易に触れるものではない。それに何度も転生出来るほど魂も強くは無い。もし生まれてすぐに死んでしまえば、魂は崩壊して永遠に失われる」


更に神様から更に詳しい話を聞くと、シルフィスが放った呪いには、もし転生して生まれ変わっても何らかの病気で、この世界の医療技術では直ぐに死んでしまうらしい。まったく厄介な呪いだ。


「それでは、あのシルフィスと言う悪魔は、ヴェルもまた勇者の末裔だと知っていて狙ったのでしょうか?」


「それは分からん。だが呪いを解く方法が無い事もない」


「どうすればいいのでしょうか?ヴェルが生き返るなら何でもします」


「うむ、殊勝な心がけだな。それでは契約をしようではないか」


「契約ですか?」


「そうだ。50年もあれば転生させても魂の崩壊は防げるだろう。それに時を巻き戻せば呪いも失われる。その50年の間は、ヴェルをワシがこの世界の創造神に就任する前の地球という星に転生させる。その星なら呪いの効果はあっても医療が発達した星だから完治は無理だろうが生きていけるだろう」


「その地球と言う異世界でなら、ヴェルの魂は崩壊せずにいられるのですね」


「そうだ。それに、この世界が滅びる切っ掛けとなった原因は、元を正せばコレラという流行り病にある。それを克服した星だと言えば分かるな」


オルディス様の話では、コレラは、アーレン王国で自然に発症したものであるらしいが、シルフィスが人を操り、世界中にコレラを蔓延させて魔王を復活させる悪意のリソースを貯める手段であったと説明されて全てが腑に落ちた。


「それは契約の話じゃが、そなたは、神力となるリソースが溜まる50年の間、世界を聖女として守り抜くのだ。これは意地悪ではないぞ。星の時間を巻き戻すにしても、星が死んでしまえばもともこもない。この契約を結ぶ気はあるか?」


「ヴェルとまた一緒にいられるのなら、どんな困難にも耐えてみせます」


「宜しい。では契約を結ぼうではないか。魔王と同じ【迷宮の主】のスキルが使える、ユグドラシルの武器があれば、迷宮コアを一時的に停止出来る。剣、槍、杖、好きな形に変化出来る特別な武器だ。そなたに授けよう」


神様から光る木の枝を受け取ると、神様から武器の形はイメージで好きに変えられると言う事で、取り敢えずロッドの形をイメージするとユグドラシルの枝は光を増してロッドになった。原理は分からないが凄い。


この後。神様と契約を交わすと人界へと戻った。



□ ■ □ ■



神との契約から1年後魔王が完全に復活をして、50年の間、私は迷宮コアを停止させながら魔王軍と戦った。この間なんとか踏ん張ったものの、竜脈近くのSランク迷宮の攻略が上手く行かず世界の半分は魔王の手に落ちた。魔王は魔素が大量に噴出した所に魔力溜りを作り瘴気に変わるとそこを放棄した。


そこをなんとか、神聖魔法の神の浄化で浄化をしてから埋め戻そうと迷宮に向かうのだが、瘴気が発生する前のSランク迷宮は100層、Aランクは70層と迷宮は深く、深ければ深い程、魔力溜りで強化された魔王軍は強かった。魔物の力の源が魔素だから、強ければ強い程マナの消費が多いのだろう。


放棄されたS、Aランクの迷宮は魔物もいる事が出来ないので神聖魔法で瘴気を浄化をしながら正常には戻るが、魔力にも限界はあるし時間が掛かり過ぎる。


しかも、迷宮コアをユグドクラシル武器スキルで停止をしないと、迷宮そのものが成長して迷宮のランクも上がってしまう。迷宮と魔物のランクの上限はSランクまでなので、魔王軍が低ランク迷宮に掘る穴の場所に向っては、それを阻止すると言った具合だ。


それに魔王とも二度対峙したが、やつは別格だ。魔王はなんと女性の人族っぽい容姿だったのが気にはなったが、こちらの魔法は全て相殺されるし魔法攻撃が尋常じゃない。逃げるのが精一杯だった。情けない。


だが戦果も無かった分けではない。Bランク迷宮までの迷宮コアは制覇してし四天王は何度も倒した。だが倒しても倒しても違う上級悪魔が四天王に就任していたちごっこだった。


その途中で共に戦っていた、フェミリエとミラも戦場に散っていった。彼女達もまた、私に付き合って処女を守り通した。操を守るのは私だけで充分なのに、生涯を懸けて亡くなったヴェルを愛し続けた。彼女達のそも思いに報いる為に、せめての最後はヴェルの傍でと思いで、ヴェルのお墓の隣に埋葬した。


純愛を通した仲間達を思うと嫉妬や独占欲など沸くわけも無く、ヴェルの想いを引き継ぎ完うした2人に「もし神様との約束が守られたのならまた会いましょう。同じ男を愛した戦友よ」と、祈りを捧げた。


弟のウェールズ、共に戦った戦友と、今生の別れを沢山経験した。過去に戻れば、またどこかで会うことが出来る。その想いだけで生き続けた。


仲間と死別しても涙さえ流さず、ただひたすらに戦いを続ける私のことを人々からは冷徹の聖女と呼び敬遠したが、そんなことは私にとってはどうでもいいつまらないことだ。


聖女は魔王を倒すまでは、勇者としか結ばれる事が叶わず、もしそれを破れば、勇血の制約とやらで聖女の力を失うので結婚もせず70歳近くになるが未だ処女のままだ。好きになった男もいなかったが…


約束の50年を迎え間もなく私は生を受け直すだろう。過去に巻き戻ったら今度こそヴェルに甘えるんだ。嫌がられようが引かれようが今度こそ我慢しない。そう希望を胸にただひたすら頑張り続け、私は神様との約束を果たした。


私は再び神界に呼ばれると、長年疑問に思っていた事を神様に質問をぶつける。


「なぜ、9歳まで魔法を使えないのですか?使えれば魔王軍との戦いで被害もそうとう防げた筈です」


「元々ワシはこの世界の創造神とは違うが、神はそんな事は規制はしておらん。物事の良しあしが分からない子供が魔法を使えば、火事で命を落としたり、魔力の暴走で家が破壊されてしまったり、体が耐えられず魔力切れで気絶してそのまま死んでしまうなど色々と事故があったから、世界の人々の共通認識となったのではないか?」


「なるほど、私の思い違いでした。それでは神託の儀で得られるスキルとは?」


「うむ。神託の儀とはスキルの封印を解く儀式。職業スキルはそのものの人生。努力を重ねた結果として与え、ジョブとして方向性を示す様にしておる」


「それではユニークスキルとは?」


「唯一ユニークスキルだけは血に刻みこんだ紋章のようなもので封印は出来ない。ユニークスキルの発動には魔力を大きく消費する為、発動出来る子供がいなかったと言う事だ。そなたたち勇血を引く者は、普通の人族よりも魔力が多いし、魔力操作をもっと幼い頃から鍛錬すれば使える可能性はあるがな」


「ならば、その事実を人類に伝えるえきではなかったのでしょうか?そうすれば救える命もあった筈では?」


「50年前に言ったと思うが、ワシ達神は人類だろうが悪魔だろうが肩入れをする事は無い。禁止をされている訳ではないがな。まあ自力でそこに辿り着くことができればそれはそれだ」


「では、私にはなぜその理をお教えになったのでしょうか?」


「この50年の間、そなたは契約を守った。聖女としての役割を果たし終えたのだ。その褒美だと受け取っていい。本来なら記憶を封印するのじゃが、勇者が亡くなるまでの記憶は残しておく」


「それ以降の記憶を残すのは駄目なのですか?」


「うむ。それも考えたのだが、脳に蓄積出来る記憶の許容量には限界がある。歴史そのものがやり直しになる過去の記憶が足枷になってもいかん。それに縛られ判断を誤ることになっては本末転倒だ。そなたの記憶が戻るのは3歳としておこう」


『なぜ3歳?』まあ赤子なのに前世の記憶があっても何も出来やしないし、不自然だろうからまあいいか…


「それでは、一緒に旅をしたファミリエとミラは?!彼女達は死ぬまでヴェルを愛し続け私の使命を果たす為に手伝ってくれたのです」


「よかろう。その件に関しての記憶は何らかの形で残す事にしよう。だが、そなたが転生しても、ヴェルグラッドに転生前の歴史の事は明かしてはならぬ。約束だ」


私は神様の言う事を受け入れた。死んでいったヴェル、そして家族、仲間、大切な人たちを守れるならそれでいい。仮にこれまでの事を自分しか知らなかったとしても。いずれまた会い共に苦楽を味わうのだ。


「それともう一つ言わなければならない事がある。生まれ変わったら賢者を見つけ出して、その者と合流するのだ」


そう言えば、50年前に聞こうと思っていたが、既に賢者の勇血が途絶えていたので聞くのを忘れていた。


「賢者などと言う職業を聞いた事がありませんが?」


「それはそうであろう。コレラで賢者の勇血は途絶えたのだからな。詳しい話をするのはやめておくが、勇者が男性で聖女と賢者が女性ならば結ばれる必要がある」


「へっ、結婚するのは私だけでは無いのですか?」


「なぜ、勇者の血を独り占めにしようとする。人類の考える感情は分からん。今回勇者の血が失われる切っ掛けになったのは血筋が途絶えたので安全策だ。それえに、より多くの血を残すのは将来の子孫の為でもある。少しは柔軟になるんだ」


確かに神様の言うとおりだった。優秀な血を沢山残すのは上級貴族として当然だと言う事を、この50年間ですっかりと忘れていた。


「ならば賢者を探すヒントを下さい」


「良かろう。思い出すがいい。賢者の血を引くものはそなたた達と歳は近い女性で、神託前からその能力の高さで評判になった者。これ以上は言えぬ」


勇者の血筋と言えば大陸広しと言えど我が祖国にしかない。その中でコレラや魔物で亡くなった傑出した才といえば直接会った事がないが、鬼才と噂されていた王女殿下の可能性が大だ。市井の民の可能性は捨てきれないが、心の内に留めておくとしよう。


「言い忘れておったが、ユグドラシルの武器もまた消滅する。またお主達が15歳になったら、再度新しいユグドラシルの武器を与える。それでは時間を巻き戻す」


神様は私が次の質問をする前に魔法詠唱を始めた。


目の前の神界が歪みだす。いよいよ時間が巻き戻りヴェルとまた会える。そう思うと年甲斐もなく心が躍る。そして目の前は暗転をする。


私は伯爵家の娘としてもう一度やり直す事になった。

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