第50話



神皇国ヴァリスタで行われる神託の儀に合わせて海を渡り、ヴァリスタの港へ到着した。


「寒いですね。外套を用意しておいて正解ですね。お嬢様、雪で滑って転ばないように」


深々と粉雪が降る中、ヴェルは外套のフードをかぶせてくれて、甲板から下りる階段で、ヴェルは照れくさそうに手を差し伸べてくれたので、手をしっかりと握る。剣を毎日振っているので手はゴツゴツしていたが、それでも離したくないくらい大きくて暖かい手だった。


神皇国は北に位置をしていて、船乗りの話では、この時期に雪が降るのは珍しいそうだ。少しテンション高めで港町を手を繋いで歩いていると、町の景観は屋根までもが雪化粧をされていて、ひと言でいうと圧倒的な白。


馬車駅で予約していた馬車にのり込んで、2時間ほどかけで皇国の首都に入ると雪は止んで一面が白銀の世界。宿に入って受付を済ませると、その足で教会で明日行われる儀式の受付も済ませた。


「いよいよ明日、神様からスキルを貰えるわ。これで治癒スキルが自由に使えるから、みんなの役に立てると思うと嬉しい…本当なら王宮医療技師を目指す為に学園に入る予定だったのに、運命なんてどこでどうなるのか分かったもんじゃないわね」


「ええ。私もお嬢様とこうして一緒にいられるなんて夢にも思いませんでしたが、祖国を思うと素直に喜べないというのが本音です」


私もヴェルも家族どころか国ごと魔王軍に奪い去られた。でもここで立ち止まるのは許されない。前を向いて進まなければならないので今は振り返らない。魔王を倒し祖国を取り戻すまでは…


借りた宿は高級宿で、温泉付きの露天風呂があった。ヴェルも誘ったが、真っ赤な顔をして断られてしまった。


ゆっくりと湯舟に浸かり、空を見上げると満天の星空に大きな月と小さな月が寄りそうように浮かんでいる。


こうしてゆっくりと月を見上げるのはいつ以来の事だったであろうか、私は月を自分とヴェルに見立てて『私達もずっとあの月のように永遠に寄り添っていたい…』そう思わずにはいられなかった。


 翌朝、荘厳な佇まいの教会に入ると、儀式は滞りなく執り行われた。


この時は何も起こらなかったが、神様に与えられたジョブを見て見覚えのない職業が目に入って思わず指で目を擦った。


司教は、私が手に持つステータスカードを覗き込むと手に持っていた聖書を落として仰天。


「せっ、聖女様!!」


司教は驚きのあまり口を開けたまま腰を抜かした。あまりにも大袈裟で大きな声で叫んだので、周りの子息、令嬢、ヴェルも最初は驚いた顔をしていたが、次第になんだか寂しそうとも、険しそうなとも取れる、初めて見るなんとも言い表せない顔になる。


本来未婚者である私の専属の騎士であるヴェルは婚約者として扱われるが、聖女はその意思に関係なく勇者と結婚をしなければならない。既に婚約をしていてもそれは元々無かったものとして無効になるのだ。


余談だが、聖女という役職を知ったのは昨日の宿に泊まった時に置かれていた聖書に書かれていたからだ。その時はふーん、としか思わなかった。


聖書によると、聖女とは勇者と賢者を含めて、魔王が現れる同じ時代に誕生する事になっている。


神様から聖女に選ばれる基準は聖女の血筋である事と、処女である事が条件だと書かれていた。今のところ勇者と賢者の復活の声は聞かれないが、そのうち現れると言うことだろう。


それにしても、まさか自分が聖女の末裔?ありえないでしょ。そうは思ったがそもそも拒否権などなかった。


それからはまあ大変な騒ぎになった。明日はこの国で一番権力を持つとされる教皇猊下との謁見となった。


宿に戻ると、ヴェルはこの世の終わりのような顔をしていたが「ジュリエッタお嬢様。おめでとうございます」と、私だけが、分かり過ぎる作り笑いで祝いの言葉を口にする。私だって悲しすぎて涙が出そうだ。


「何言ってんのよ。まだ聖女になるなんて言ってないでしょ。それにいい加減、お嬢様と付けるのはおよしなさいよ。今では亡国の伯爵家の娘。何の価値もないわ」


「それでもです。あの時ジュリエッタお嬢様がいなかったら、今こうして私が隣にいる事はありませんでした。それに私とお嬢様は主従の関係、他の者に示しがつきません」


「ヴェル。聖女なんてならないから、一緒に逃げて結婚しよ」


この時本当にそう思った。彼の為になら死んだっていい。そう思うほどに好きだった。


「何を馬鹿な事を言っているんですか。魔王を討ち滅ぼす。国を出る時に二人でそう誓ったじゃありませんか。ここで逃げるなんて、お嬢様らくありません」


「それじゃさ。魔王を倒したら一緒に、どこか遠くの国に逃げようよ。ヴェル以外の人と結婚するなんて嫌」


「分かりました。考えておきます」


ヴェルは…ヴェルはどう思っているのだろう。ヴェルの口から本当の気持ちを聞きたい。そう思ったけど怖くて聞けなかった。


 翌日の朝、聖教会から馬車が迎えに来て、私達は、正式に聖女認定の為に神聖国ヴァリスタの聖殿へと向う。


歴史を感じさせる宗教的な建造物は厳かな空気を纏っていて、聖殿の中に通されると真っ白な法衣を身に纏った老人が神様の像に祈りを捧げていた。


それからステータスカードを提示をすると、何の儀式も行われずにあっさりと教皇猊下から、正式に聖女と認定された。


「聖女様、未だ魔王は復活はしてはおりません。聖女様なら勇者と賢者を見つけられると確信しております。聖書をお渡しいたしますので、詳しい儀式や取り決めは勇者様と賢者様が揃い次第にいたしましょう」


教育や儀式の為に拘束されると思っていたのだが拍子抜け。教皇猊下から勅命を受けて、勇者と賢者を探す旅に出る事になった。その時ヴェルは聖騎士の所属と認められた。いや認めさせた。


と言っても、ヴェルの役割は専属騎士とは変わらない。ただ私の貞操を守る義務が発生した。何とも憎らしい。


その旅の途中で、各国を巡りエルフのフェミリエと獣人のミラと言う新たな仲間を得た。腕は立つが、少し気に入らないのは二人が二人とも、ヴェルを慕ってやまないからだ。ヴェルはその気がなさそうなので横目にため息をつくだけだが。


それからヴェルは聖騎士に、仲間の二人は聖戦士として仮認定された。勇者と賢者は結局見つからずに聖国連合軍に加わり、未だ復活をしていない魔王との戦いに備えた。


聖国連合軍と言っても、私達パーティは単独行動を認められていた為、聖国連合軍の指揮下からは外れている。食事や住まい、修練などは一緒だったが…


聖国連合軍に入って半年後、四天王の一人が、故郷であったレディアス王国の北に位置する隣国、ギルディス帝国のメリドの砦に攻め込んだとの一報が飛び込んできたので、近くにいた私達四人と聖国連合軍は軍が用意した船に乗り砦へと向かった。


劣勢であったメリドの砦は、私達の参戦によって形勢逆転。敵の将であった四天王の一人のシルフィスを、ヴェルを主体とした攻撃で追い込んだ。


シルフィスは、ヴェルに剣で心臓を2ヵ所貫かれ、フェミリエの放った弓が残りの1ヵ所に突き刺さったままだ、シルフィスは黒い霧となり体がゆっくりと体が崩壊し始める。


「やったか!」


「ミラ、その言葉はエルフの中では禁句よ」


「貴様等は何者だ!」


「ほら、まだ自我が残ってる」


「亡国レディアスの伯爵の娘ジュリエッタ。聖女よ」


「聖騎士、ヴェルグラッド」


「聖戦士、エルフ族のフェミリエ」


「聖戦士、獣人族のミラ」


「忌々しい聖女の末裔か。だがな、聖女だけでは魔王様は倒せん。もうすぐ、もうすぐ悪意のリソースが溜まり魔王様は復活される。せいぜい余生を楽しんでおけ!」


シルフィスは、悪魔らしからぬ潔さで敗北を認め、身体は塵のように消え始めたので、傷ついた兵士の所へ癒しの光を掛けに行く。


「甘いぞ。ここで油断するとは。死ね!」


刹那、四天王のシルフィスは消えかかった体で魔槍を拾い放つ。


「危ない!!!」


ヴェルは私を庇って魔槍を受けた。


「だっ…お嬢様、だいじょうぶですか」


「へっ、えっどうして!!何が起こったの?」


「馬鹿!!あなたを庇って魔槍を受けたのよ。ほら血がこんなに。早く治癒を!!」


「無駄だ!!血は止まるであろうが、その魔槍には魂に呪いが掛かるように術式を施した。一切の解呪スキルは元より聖水も受け付けぬ。死後も苦しむがいい。聖女を道連れに出来なかったのは残念だが、聖女である貴様は愛する者を魂ごと亡くして苦しむがよい。さらばだ。聖女の血を引く者よ」


シルフィスはそう言うと、今度は完全に塵となって消えた。


その場で癒しの光を掛けると、シルフィスの言うとおり傷は塞がったが、ステータスカードに示された呪いの文字は消えないし、最悪な事にポツポツと雨が降ってきた。


「ジュリエッタ様。ここでは濡れて体が冷えてしまいます。ヴェル様を洞窟に運んでから治療に当たりましょう」


拠点としていた近くの洞穴に場所を移すと、急いでヴェルを寝かして呪いを解くスキルを掛け続けるが効果が無い。ステータス異常を解く聖水を使ってみたが、ステータスカードに表示されている呪いの文字に変化は無い。


ヴェルは時折苦しそうに、脂汗を流しながら頭と胸を押さえる。


「なっ なんで解呪スキルも聖水も効かないのよ!!ヴェル!死なないで!!」


「ジュリエッタ様!この呪いにはスキルや魔法は効きません!諦めてヴェル君を楽にしてあげましょう」


ミラは泣きじゃくりながら私を止めるが、ここで私が諦めたらこのままヴェルは死んでしまう。自分勝手と言われようがヴェルが死ぬなんて嫌。


「そんな事無い!諦めるもんですか!!癒しの光!!解呪!!」


「とても辛く苦しそう…苦しむ姿に私は耐え切れそうもありません。ヴェル様を早く楽にしてあげてください…」


フェミリエもまた、泣きながら私を止める。


「ごめんねヴェル!私が油断したばかりにこんな事になって!!」


そう泣きじゃくっていると、ヴェルが力なく目を開けた。


「…許すも何も、聖騎士として聖女様の盾になって死ねるのですから。ジュリエッタ、君はこの世界の希望の光…無事で良かった。最後にひとつだけ言わせてください。今まで言えませんでしたが…ずっと好きでした」


ヴェルは私の専属騎士で婚約者なのに、今まで一度たりとも好きだと意思表示をしてくれなかった。それをこんな死に際に。


「馬鹿!こんな時に何を言ってるのよ!告白をするなら元気な姿になって、正々堂々と言いなさいよ!」


「それは…ごめんなさい。叶えられそうもないです…気が遠くなってきました。先にあの世に…ぃってます」


ヴェルは力を振り絞るようにそう言うと、全身の力が抜け落ちた。


「――――!」


「――――!」


「……死んじゃゃいやっっ!!ヴェル~!!」


私の最愛のヴェルはこうして亡くなった。私を残して…


◇ ◆ ◇


ヴェルの冷たくなった亡骸に縋り続け、朝を迎える。


死後硬直が既に始まっていたので棺に入れた。安らかに眠るヴェルを見ると涙が再びこみ上げてくる。


ヴェルを慕ってやまなかった二人は、涙を流さずに淡々と棺の中に花を並べていた。


「あなた達、ヴェルが死んでしまったというのに、随分とあっさりしているのね」


「ジュリエッタ様。いい加減にしてください。私達が普通でいるように見えますか?あなた程ではないでしょうが、私達は二人はヴェル様をお慕いしておりました。とうとう最後まで言えませんでしたがね」


「ヴェル君は、ジュリエッタお嬢様一筋でしたからね~。振られるのが分かっていて言えるわけないです」


「そのヴェル様は、あなたを守って死んだのです。それが彼の望みであったのなら、私達二人が何を言えるのでしょうか!泣いて、喚いてヴェル様が生き返るなら何度でも言います。こうして、涙を堪えながらお別れなんてしたくありません。ヴェル様を!ヴェルを返してお願い。神様~!!」


気丈に振舞っていたフェミリエは堪えていたのだろう。大粒の涙を流しながらそう叫ぶと、ミラまで泣き出してしまった。


「ごめんね!こめんなさい二人とも!!」


心の底から謝罪をしたが2人の言うとおり泣いてもヴェルは返ってこない。これだけは確かだ。


夜になり砦に戻ると「聖女様達が帰って来たぞ!!ご無事だ」と、聖国連合軍の兵士から歓迎ムードだったが、私達が引く棺を見ると兵士達はヴェルがいない事に気が付く。


兵士達は剣を捧げ、剣を持たぬ者は全員敬礼をして、私達が通り過ぎると、剣を置いて胸に手を当てて黙祷を捧げる。


ヴェルは連合軍に入ると、類まれな剣の才能を開花させたヴェルは兵士達に剣を教え込み、その持ち前の優しさと強さに兵士達からも慕われていた。その彼が亡くなったのだ。泣き崩れたり号泣する兵士を見て、もう出尽くしたと思った涙が溢れ出る。


その晩、ヴェルの遺品を涙を流しながら整理をしていると手紙が見つかった。1通は私宛、もう1通はフェミリエとミラ宛だった。


手紙をしたためてみる。


『ジュリエッタお嬢様へ。


この手紙を見たと言う事は、私は恐らく死んだのでしょう。


思い返せば、お嬢様と出会い、助けられたことばかりを思い出します。もしあの時お嬢様に助けられていなければ、私の死はもっと早かったのかもしれません。


私は、お嬢様に助けられてばかりの人生でした。そんな私はお嬢様を好きになりました。身分が違う。気持ちを抑えながら、勉強や剣に打ち込み、自分の気持ちを打ち明けられず誤魔化し続けました。


お嬢様の専属騎士にならないかと言われて、将来、私の妻になると決まった時は、本当に天に舞い上がる気持ちでした。


私がその気持ちを、専属騎士になった時に打ち明けようと決心をしていましたが、祖国は魔王が復活いて亡国となり、その機会を失ってしまいました。


お嬢様が聖女と認定されて、結婚が無理となった時は死にたい気持ちにもなりました。あの時、お嬢様が私と一緒に逃げてと言った時には、嬉しくて本当に全てを捨てて逃げたかったのです。


ですが苦しむ人々を見捨てて、自分達だけ幸せになるなんて受け入れられませんでした。


お嬢様、ファミリエ、ミラと一緒に旅が出来た事は本当に楽しくて充実した毎日でした。今も私は幸せです。


最後になりますが、お嬢様は世界の人々にとって最後の希望の光です。私と同じように不器用なフェミリエとミラの事を宜しくお願いします。


気の利いた言葉は最後まで口に出して言えませんでしたが、お嬢様を思う気持ちは誰にも負けません。出来れば自分の口から言いたかったかったですが、ごめんなさい。


もし来世があるなら、今度こそ一緒になりたい。愛しています。


ヴェルグラッド・フォレスタ』


手紙を読み終わると、私達は互いに胸と背中を貸しあい号泣した。なぜ、私はあの時、聖女なんてやめて強引にでも契りを交わさなかったのかとも後悔した。


でも、今更後悔してもヴェルは生き返ことはない。それから暫く経って泣きやむと、二人がいいと言うので二人の手紙を読んでみる。


『フェミリエ、ミラへ


二人の気持ちに応えてあげられなくてごめん。もしもっと早く君達と出会えていたなら、なんて、都合のいい事を思ったりもしたけど、僕の隣にはずっと愛するお嬢様がいた。


二人は美しくかわいいから、直ぐにいい人が現れるよ。自信を持ってほしい。


最後になるけど、もし僕がいなくなっても、お嬢様を支えてあげて欲しい。願わくは、また来世で一緒に旅をしたいな。一緒にいれて楽しかったよ。


ヴェルグラッド・フォレスタ』


手紙を読むと、私は、この場にいるのが耐えれなくなり外に出た。


すると、どこから沸いて出たのか分からないけど夜光蝶が夜空を舞い始め、その幻想的で儚い光を放つ姿は、まるでヴェルを天国に導くように見えた。


夜光蝶を見ながらヴェルが天国で安らかに眠れるように、ただ時間を忘れて祈りを捧げ続けた。

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