第48話

―― ジュリエッタSIDE ――


今を遡る事1年前、四天王と称す配下の悪魔達が操る魔物の前に、我が生まれ故郷レディアス王国は亡国となった。


この話は過去に遡る。


私とヴェルの出会いは、ヴェルの父様の30歳の誕生日パーティーに呼ばれて行った時だ。


この頃の私は、上級貴族の娘と言うことで、阿る…つまり子供の自分にも媚びたり機嫌を伺うような態度を取る、周りの大人やその子供に本当に嫌気が差していた。


そんな時期に出会ったヴェルは常にこちらの態度を伺ってくる周りの子供とは違い、控えめで、かわいい弟のようでとても新鮮だった。


誕生日パーティーのときも、歳が近い事もあって二人で話すこともあったのだけど緊張しているのか「はい」「いいえ」のそっけない返事ばかりだったが、それでも次第に打ち解けたようで言葉数も増えて、友達のようにいろんな話をした。


少し頼りないところもあったが、何かこの子を守ってあげたい。どことなくそんな気持ちになったと記憶している。


それからも、遠縁とは言え血縁で、また私が住む屋敷から近い事もあって、ちょくちょくは交流を持つ事になった。私は友達としてだけではなく本当の弟のようにヴェルを可愛がった。


それから、私が11歳になると運命の日が訪れる。コレラだ。


コレラが流行り出すと、国中で厳戒令が敷かれ、お父様は王都に緊急で呼ばれて、私は屋敷で一人ぼっちで3ヶ月の間過ごす事になる。


家庭教師の文官達も自宅待機で、なによりも母が妊娠中なので実家に帰っていてため、専属の侍女はいたが、お母さ様より年上だし、話をする事もあまりないので、ずっとひとりぼっちで読書にあけくれるしか無かった。


それから半年が過ぎようとした頃、厳戒令は解かれたが、ヴェルのお母様や屋敷で働く侍女達がコレラで亡くなったと、おじい様に聞かされた。


お父様も単身で王都で対応していてかなり大変だったようだ。なんでも王女殿下もコレラに感染して薨御されたそうだ。鬼才だとは聞いてはいたが病には勝てなかったと聞かされた。


『ヴェルは大丈夫なんでしょうか?』心配して手紙を出したけど返事は返ってこなかったが、葬式などで色々と忙しいのだろう。


それからも心配はしたけれど手紙は一方通行。ヴェルとの交流が途絶え不安になったので、おじい様にそれとなく聞いてはみたけど、今はそれどころでは無いらしい。ヴェルのお母様が亡くなったのだ。会いたい気持ちをぐっと堪えた。


厳戒令が解かれ1年が過ぎた頃、いつも元気だけが取り得のような祖父が、深刻な顔をして父と執務室へと入っていった。


何事かと思い従者を言いくるめて離れて貰う。意外に上手くいくものだ。それから扉に耳を付けて、聞き耳をたてて聞いて見る。スパイ活動のようでドキドキする。


「ヴェルが、義母に折檻を受けて重傷を負った。出来る治療は施したが、どうも塩梅が悪い。義母を問い詰めたら教育だと言い張り、重症を負ったのはヴェルが悪ふざけをして階段から落ちた事故だったと申しておる。だが背中に傷跡が多数あるうえに、従者の話と食い違いがありすぎる」


「それで、アルフォンスは何と言っている」


「息子は…アルフォンスは、すでに酒なしでは生きていられない腑抜けになっておった。今は治療所で療養中で、見舞いに行ったが何を聞いても知らんの一点張りだ。グレースがコレラで亡くなってから、ヤケ酒を飲んでいるとは聞いておったが、まさか商売女と再婚すると言い出すとは思わなんだ。それにヴェルと同じ歳の連れ子は、ヴェルが痩せこけておったのに対してぶくぶくに太っておったわ」


「義母の狙いは、自分の息子をどこかの貴族に取り入れることだろうな」


「うむ。ヴェルは賢くてかわいい孫だ。何とか助けてやりたいがいい案が浮かばん」


その話を聞いて私は居ても立ってもいられなくなり、叱られるのを承知で扉を勢いよく開ける。


「お父様。それならこの屋敷で15歳になるまでの3年間、私がヴェルに勉強を教えると言う事にしては?嘘でもいいから、そう言って連れ出さないと取り返しのつかない事になります」


私は無我夢中でそう懇願をする。ヴェルは必ず助ける。なぜかそう思った。


「ジュリエッタ、いつからそこにいたんだ。盗み聞きとはあまりいい趣味ではないな」


「お父様!!真剣な話をしているんです。先ほどの話が本当なら一刻も早く行動に移して下さい」


机を叩いて詰め寄った。これじゃまるで脅しだが、それが功を奏したのか、父は驚いた顔をしながらも頷く。


「そうだな。ジュリエッタがなぜヴェルにこだわっいるのかは知らんが、ヴェル君は親戚だ。よし、あまり褒められたものではないが伯爵家として要請するからヴェルを強制的に連れ出そう。ジュリエッタ、ヴェル君の面倒はしっかり見るんだぞ」


「ありがとうございます。私にお任せください」


そう決まると、行動は早かった。


流石の義母も上級貴族が来たとなると逆らう事が出来ず、父がヴェルの部屋に入ると、重症で自室で寝ていたヴェルに癒しの光を掛けた。だが、栄養状態が悪いのか、なんとか動ける程度までしか回復させることまでしか出来なかった。


「ひぃ!僕は何も悪い事をしていません。どうかムチ打ちだけは、お許しください!」


ヴェルは、ムチ打ちされるのではないかとベッドの中にうずくまって怯えて震えていた。体の傷は癒えても、心の傷は魔法じゃ癒えない。


「それにしてもこれは酷い。実の母を亡くした子供によくもここまで酷い事が出来た物だ。貴様達!覚悟は決めておけよ!」


「お待ち下さい閣下!!これは事故です。そう、ヴェルは足を踏み外して階段から落ちたんでございます。ねっ!そうでしょハイド!」


「そのとおりです伯爵閣下」


私が読んだ物語に出てきたような話だが、どう見ても、癒しの光で治療する前のヴェルの体に残る傷はそうではなかった。背中にみみず腫れがありムチに打たれた形跡もあった。


「王宮医療技師を舐めるな!!私を騙そうなど不届き千万な親子だ!レリク!こやつらを牢にでもぶちこんでおけ」


「御意!!」


我が父ながらカッコいいと思った記憶がある。


そしてこの事件は思いもよらない幕引きとなる。それからほどなくヴェルの父様が衰弱して亡くなったのだ。死因は長期にわたる毒の摂取。本人は毒を盛られた事に気付くことなく療養先で亡くなったそうだ。


父によれば、牢にいる義母と義兄を様々な方法で厳しく問い詰めたところ、隣国のアーレン王国の間者だと白状したそうだ。結婚してから少量の毒を盛り続けたと言う。コレラで弱った貴族を内部崩壊させる命令を受けていたらしい。


父の逆鱗に触れた二人は即刻、処刑された。


貴族の一家を陥れたんだ、これは当然だろう。もはやコレラすらアーレン王国がワザと引き起こした仕業なのではないかと疑ってしまう。


この事は父も同じように思ったようで、陛下に詳細に報告して調査を行うと、各領地で見つかった間者がいると発覚したが、証人となる間者達は次々と自害。


アーレン王国に遺体を突きつけ外交的圧力を掛けるものの、間者は全員自害し証拠不充分だと、効果のある追及は出来なかったらしい。弱腰外交にも程がある。


ヴェルの父が亡くなって、本来ならば男爵家は一代限りなので取り潰しになるところだが、事情が事情なだけにヴェルが男爵を位を引き継ぐ特例を受けれるようにと、父とおじいさまの陳情で認められた。


但し15歳から3年間、学園で貴族教育を受けて18歳になってからと言う話になった。


それからヴェルは、私達家族が住む居住棟ではなくて、住み込みの従者達に与えられる部屋に住む事になった。個人的には不満はあったけど、身分や他の従者や子供達に恨まれないようにと配慮された結果だから我慢するしかない。


2年の間、私はお父様の言いつけどおりに、剣術と魔法はレリクが、私は勉強をヴェルに教えていた。他の下級貴族の子供達もいたが、年齢も違うし既に屋敷内での教育が進んでいたので、特別扱いではないと最初に説明があったので特に子供同士で軋轢は生まれなかった。


ヴェルはもの凄く優秀で、剣術はみるみる上達し、私達の役に早くたちたいと、書庫で寝る間を惜しんで努力をしていた。


この時点で私はヴェルの事を友達や弟ではなくて、それ以上の存在として意識をしだす。


「ヴェル。あまり無理をしないでね」


「いえ。助けていただいたこの命です。お嬢様をお守りするためにはまだまだ努力しなければ」


「ならさ、15歳になって学園に入ったら、私の専属騎士になってくれないかな?」


「私はあの助けられた日から、お嬢様の剣であり盾です。お嬢様の為なら喜んで命を捧げます」


私はこの言葉に痺れた。天にも昇る気持ちになる。


専属騎士、なんとかっこいい響きなんだろう。だけど、私もヴェルもこの時、専属騎士とは婚約を交わすのと同義だとは知らなかった。


それからヴェルは屋敷に出入りする従者やその子供達に、容姿もあって身分関係無くかなりモテていた。


当の本人はまったく恋に興味がないようで「私には命を捧げると誓った人がいます。申し訳ありませんが、結婚どころか、誰ともお付き合いする事はありません」と、ことごとく断りまくる。


『それって私の事…でいいのかな』


欲しい言葉を貰ったのに、私は浮かれ半分に不安半分。


お互いの性格や立場もあり行動や言葉では示していなかったが、私はすでにヴェルの事が好きで好きでたまらなくなっていた。


その頃には専属騎士=婚約と知ってしまった私は、子供同士の約束でヴェルを縛るのはズルいとは思いつつも、父にヴェルを専属騎士にしたいと話す。


「勝手に私に相談も無く約束するなっ!」とめったに怒らない父が私を怒鳴った。


だが意外だったのは他人を見る目は厳しい母がヴェルの事を認めた事だった。母曰く、なんでも光るものを感じるらしい。皮肉なことにその理由はヴェルが亡くなってから判明することになる。


神託の儀をひと月後に控えた私は、再びヴェルを専属騎士にするんだと両親の説得を試みた。王都の学園の寮に入るのに離れ離れになりたくない。


それに、専属騎士や従者ならば部屋は別々だが、学園の寮に従者として入れるからだ。


この頃のヴェルは屋敷内でも頭角をあらわしていて、既に父の護衛から母の文官としての業務の手伝いが出来るほどに成長していた。


「これだけ実力があるならば認めぬわけにはいかないだろう。ただしヴェルも来年には学園に入って貰い、主席で卒業するのであるなら専属騎士の件を認めよう」


「そうね。身分の差を考えるなら、それぐらいの箔は必須となるわ。まあ今のヴェルならば簡単すぎる条件だとは思うけど。ジュリエッタ、ちゃんと最後まで面倒を見なさいよ」


「もちろんですとも」と、すんなりと両親に認めて貰える事になった。


「お二人には多大な感謝を。卒業後は必ずや、お二人のご期待に沿えるように頑張って学園で学んでまいります」


言葉こそ重いが、ヴェルも嬉しそうにはにかんでいたので、心の底から安心し嬉しくなった。儀式が終ったら今まで溜まっていた思いを正直に話そうと決意する。


これで、本当の意味で恋人となり婚約者となれる。私は浮かれまくる。今思えばこの時が一番幸せだったのかも知れない。


浮かれ気分で、神託の儀を受けるため王都に向かった。


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