第46話

3人で王都での共同生活が始まってひと月が経った。


今日は、このひと月間で初めての休暇で、以前にマイアが話をしていた、セリーヌ川へ夜光蝶祭を観に行くことになっていた。


元々は、明日には俺とジュリエッタの両親が明日王都にやってくる予定だったので昨日行くはずだったんだけど、雨が降ってしまったため今日に変更になったわけだ。


屋敷の従者達に見送られて、馬車は王都を出る。


王都から馬車で約30分。セリーヌ川には露店なども出ており結構な人だかりだ。花火大会を思い出してなんだか懐かしい気分。


露店も花火大会そのもので、焼きとうもろこしを頬張りながら夜光蝶が産卵をし始める夜を待つ。日が落ちると川沿いに建ち並ぶ露天の天幕には光の魔石が吊り下げられ、道沿いに何十何百と次々と灯っていく。


完全に夜になると、川にはアゲハチョウよりもやや大きめの夜光蝶が蛍のように飛び始め、川の浅瀬の岩や流木に止まって産卵をし始めた。


「綺麗だな。来て良かったよ」


「そう言って貰えると、誘った甲斐があります」


その動きは子孫を残した喜びなのか?自分の生命が尽きる足掻きなのか?儚く神秘的な光景に感動した。


幻想的な情景を見ていると、ジュリエッタがハラハラ涙を流している。過去によほどの事があったんだろうな。言葉を掛けるのは無粋だと思いそっとハンカチを渡す。


マイアも気を遣ってか、何も言わずに夜光蝶を見ていた。


余談だが、この祭の後には、光の魔石が大量に川の中や川原に落ちているそうで、朝から冒険者や地元民が拾いに来てギルドに買い取って貰うらしい。


そういや、日本では祭や花火大会の翌朝には小銭がチラホラ落ちてるって話を聞いたことがあったな。ここと違って実際にはゴミの方が多いんだろうけど。


 翌日、予定どおり夕方に俺の家族とジュリエッタの家族が新居にやって来た。久しぶりに家族揃っての夕食だ。


母は、マイアと会うのが初めてで、挨拶の時から緊張しっぱなし。


「お母様お体の方は宜しいのでしょうか?」


「ええ。いたって元気よ。それよりヴェル、姫殿下に迷惑はかけていない?」


「私の事は、マイアとお呼び下さい」


母も、エリザベートさんも微妙な顔をしていた。そりゃそうか。友達枠だから忘れ気味だけど、マイアは王女様なんだからそうなるよね。


マイアは言葉こそそう感じさせないが、所作は気品に溢れてる。まあ口を開いたらマシンガントークなんだけど、普段着を着ていたらパッと見たところじゃ分からないがね。


「それにしても、ジュリエッタとヴェル君が、陛下の謁見と儀式をしに王都に向ったと思ったらまさかの展開ね」


「ええ。私も一時はどうなるかと思っていたけど、今は3人で仲良くやってますよ。」


「あなたの心配はしていないわ。ヴェル君が心配なの。ジュリエッタはワガママ言ってない?」


「言ってないわよ。たぶん」


オレに聞いたんだよね?ジュリエッタは、エリザベートさんにそう言われ少しむくれたと思ったら、こちらを見て同意を求められた。


「ははは、二人のお陰で楽しくやってますから、ご心配なさらずに」


「それならいいんだけど。それにしても、このひと月間で随分とヴェル君はたくましくなったんじゃない?」


「がんばりはしましたが、大きくはなっていませんよ。基礎訓練には苦労はしていますが」


そう、あれからも毎日朝から基礎訓練が始まり、晩まで剣の訓練をしている。お陰で結構体力、力、根性はついたが肝心の剣術はまだまだシャロンさんとレリクさんの足元にも及ばない。


剣道と違って剣術は基本何でもありだし、トリッキーな攻撃に今のところ対処できないないのが現状だ。こればかりはスキルや経験の差もあるからそこまで落ち込んではいない。


そもそもシャロンさんは王宮騎士でレリクさんも元Bランクの冒険者だしな。良い先生に当たったよ。


「しかし、ヴェル殿はまだ神託の儀を受けていないのに、最近は、私の剣速についていっているではないか?足捌きなど達人レベルと言ってもいい」


「それはそうですよ。でなきゃ死んじゃいます。癒しの光が無かったらとっくに入院レベルですね」


「ジュリエッタ様は、まだ子供なのに癒しの光を使えたのには仰天しましたが、癒しの光さえあれば死にはしないとつい…」


「シャロン。張り切るのはいいが、くれぐれも大怪我だけはさせるなよ」


「無論、承知しております」


うそこけ。本当に承知しているならもうちょっと緩くてもいいんじゃないか?稽古を始めてひと月。今でこそ少し慣れたけど最初の方はそれは悲惨だったぞ。


スパルタを望んだ以上は文句は言えなが、癒しの光もそうだけど、木剣じゃなければとっくに死んでるわ。そりゃ手加減してくれているとは思う。でもしばしば大人気ないと思うくらい木剣や盾で打ちのめされてるぞ。


痛みによる恐怖心を克服する為の鍛錬と言っているけど、恐怖心が植えつけられれば逆効果じゃないの?と嫌味も言いたくなるくらい毎日満身創痍だ。


自分が負けず嫌いな性格で無ければ、とっくの昔に俺の心はバキバキに折れていただろう。あ、思い出すとつい遠い目で空を眺めてしまうぞ。まさに鬼教官。


あまりにも容赦ない、シャロンさんのドSぷりに見ていた2人が

「シャロン!子供相手にやりすぎです」


「これでは、ヴェルが死んでしまいます」


と何度も半泣きで叫んでいたのを思い出す。そのお陰で、今では盾が無くてもかなり木剣で防御できるようになったんだがね。


それから宴も進み、大人たちはお酒を飲んでドンチャン騒ぎだった。貴族だけに日頃のストレスも多いのだろう。オレたちは先に失礼してベッドに向かう。


 翌日の王家との顔合わせでは、母が初めての王宮に緊張と感動をしていた。


「まるで、御伽噺の世界のようね。王宮の中に入るなんて夢のようだわ」


王宮に入ると、王族たちがすでに待っていたので母を紹介する。王族の前では少し噛んだが持ち前の笑顔で何とか乗り切った。


和気あいあいと食事を食べた後に、陛下に執務室に呼ばれて現状報告をする事に…


「それで、マイア。魔法のほうはどうなんだ?」


「魔法陣は全て覚えているので、どんな魔法でも発動は可能にはなりましたが、超級はもってのほか、上級魔法なら1回で気絶、中級魔法なら5回、初級魔法なら26回と言ったところでしょうか」


もしMP量を可視化出来るのであれば目安だがマイアの魔力量は105を少し超えたところ、上級魔法は100、中級魔法は20、初級は5消費と言ったところだろう。


「まだ子供なのにそれだけ使えれば流石だと言わざる得ないが、魔素を魔力に変換する魔臓は臓器だからな。体の成長と共に使える使用回数も増える筈だ」


「はい。そのために今はレイピアの鍛錬もしていますから、お父様。ご安心を」


例え魔法陣を覚えたとしても魔力が無ければ魔法は使えない。初級魔法で20発。一見多いように見えるが、当たればいいが外したり、一発で倒せない魔物に連発すれば直ぐに魔力は枯渇する。


これ以上は、仲間を増やす予定が無いので、やはりレリクさんの言うとおりマルチプレイヤー化は必須だ。ちなみにジュリエッタは槍を特訓中だ。


それから何事も無く顔合わせも無事終了。屋敷に戻ると両親は二泊して実家に帰って行った。


 それから数日前が経ったある日のこと…


「ヴェル君。君は筋はいいがどうも小手先に頼ろうとする癖がある。考える前に行動する事を心がけた方がよい」


考える前に行動?身〇手の極意ですか?残念ですがGODにもなれないので無理です。それならばと剣道で培った技で勝負する。出来るだけ遠くで、出来るだけ相手に剣筋を読ませない様に半身のままで構える。


「ヴェル君。その構えは?」


「たった今思いついた構えです。練習相手になって下さい」


シャロンさんは頷くと、盾を前に出して剣を構える。鞘付きの木剣と金属の盾だけど、流石は王宮騎士長だ。迫力が違う。ま、毎回思ってるんだけどね。


出来るだけ遠くに、剣を届かす為に鞘を少し前方に出す。


『今だ!』一歩踏み出し同時に木剣を横一線に振ると、盾と剣の合間をぬってシャロンさんのお腹に一撃を入れた。


シャロンさんは何も出来ずに驚きを隠せない。


「ヴェル殿に初めて一本取られたな。それにその技をなんと言うのかは知らないが、剣筋が予測できないし、君の小さな体のリーチを伸ばすにはとても良い技だな。後は、鞘から剣を抜くスピードさえ上がれば、効果的な攻撃になるだろうな」


「はい。ありがとうございます。剣速を上げるようにがんばります」


生前に座って刀を抜くまでの技が居合いだと本で読んだ事がある。自己流なので本物の居合い抜きにはほど遠いが、これを伸ばすならシャロンさんの言うとおりスピードを上げるしかない。


それにしても西洋剣で居合いの真似ごととはね。俺は強くなれるならなんでもやるよ。


□ ■ □


 王都に来て約半年の月日が経ち9月となる、既に鍛錬はルーティーンとなっていたので、今更弱音を吐くつもりもない。


そんな訳で、今日も整列から始まりシャロンさんの朝礼からスタートする。


「ヴェル殿も王城の兵士と遜色ない体力が付いてきたようだね」


「イエッサー!」


お?やっと基礎訓練が終わったか?と顔を緩めると、シャロンさんが悪そうな顔をして話を続ける。


「城の兵士は1年の基礎訓練が終わると、鎧を着て同じ訓練をするんだ。ヴェル殿はまだ1年経ってはいないが充分ついてこられると思ってる。ただ、子供騎士なんていないから鎧が無くてね。そんなわけでお二方ともご協力をお願いできませんか?」


「もちろん引き受けます。ふふふ。なんなら抱っこでも」


「それいいわね。私もその意見に賛成よ」


「アホか!!訓練だから!」


と、思わず本音で叫んでしまった。マイアとジュリエッタを交代でおんぶしながら周回をして、腕立ての時も二人が交替で背中に乗った。


○仙人流かよ!!キミたちは知らないだろうけどね。


剣の鍛錬というと、今では何回かに一回はシャロンさんから1本取れるようになった。我ながら順調だ。


居合い抜きも鞘から剣を抜くスピードが素のままでもかなり速くなった。これだけ短期間で自覚できるぐらい成長したのは驚きだ。


それから2ヶ月もの間、みっちりと体を鍛えると、おれはすっかり細マッチョだ。所詮10歳なので見た目はサッカー少年程度かちょっと上ぐらいかな。


そんな日常の中、家族や王族達を招待してジュリエッタとマイアの誕生会を兼ねた宴を催した。


ジュリエッタとマイアの誕生日は離れていたが、ごたごたしていたのでマイアの誕生日に合わせて1回でまとめてやることになった。


マイアは10歳となり年齢だけなら俺と同じになった。一緒に住み始めて半年も経つと友達や王女というより既に家族のようだ。


ジュリエッタは12歳となり出会った頃よりもかなり身長が伸びていた。胸の膨らみも出てきたしちょっと気になるが、既に婚約者の立場だが、精神的な部分がおっさんがだ、そんな事を言えるわけがない。


女の子の成長が早いのは、こちらの世界でも変わらないようでオレよりも身長が5センチほど高い。マイアでも身長はオレと同じだ。ヒールを履かれると更に身長差が開くんだけどな。とは言えオレの身長は今155センチ。もう直ぐ11歳なら、まぁまぁ大きいんじゃないかな。


お腹も目立つようになってきたけど、今はもっと動いた方がいいと言われて、それならばと一緒に来たそうだ。


宴が始まると、オレは二人に誕生日プレゼントを渡す。今回オレが用意したプレゼントは閃光の魔石が嵌めてあるペンダントだった。ま、数回しか使えないけど御守り代わりだね。


「二人とも誕生日おめでとう。オレからのプレゼントはこれだよ」


二人はラッピングを外して中身を見ると大喜び。オレは二人の首にネックレスを掛けた。


「なんだか幸せを感じる。ありがとう」


「わたくしもプレゼントを貰ってこんなに嬉しいのは初めてです。ありがとうございます」


「良かった。で、そのペンダントには閃光の術式を施した魔石が嵌められているからいざとなったら、君達を守ってくれるはずだよ」


「ありがとう。魔道具でも私達を守ってくれるのね」


「当然だろ?僕は君達を守るのが、僕に与えられた使命みたいなものだからさ」


閃光の魔石は自作した。半年前に上級悪魔に体を押さえられて動けなかったことがあったのでその対策として取り組んだものだ。


術式さえ展開出来ればあとは魔石にコピー&ペースト。なんだかな~と思わなくもない。


余談だが、閃光の術式を展開してみたが、俺が発動している光属性スキルの魔法陣と光の魔石で展開される術式は文字がまるで違うそうだ。魔法とスキルの違い?この事については公にすると面倒な事になりそうなので伏せておく事にした。


食事が始まると、久しぶりの家族との会話に花を咲かせた。


「男の子かしら?女の子かしら?ヴェルはどっちがいいかしら?」


エコーも無い世界でどうやって調べるんだよ。まあ膨らみ方から言うと、出っ張りが少ないから女の子っぽいが。


「どっちでも全力で可愛がりますよ。そういえば、着の身着のまま家を出てしまったので、生まれたら一度家の屋敷に顔を出します。テーゼさん達にもちゃんと報告したいですし」


「そういえば、テーゼで思い出したけど、来月町の教会でデリックとやっと結婚するのよ。近くの村に家を建てて通うから、寂しくはないけどね」


「そっか~。二人ともついに結婚か」


「ええ。ヴェルに先を越されたと焦っていたわね」


「僕は結婚したわけじゃありませんよ。まだジュリエッタの専属騎士です」


「そこは、否定して欲しくないわね」


「そうですよ。すでにこうしていつも一緒に行動しているんです。ついでにもう私を貰ってください」


「マイア、どさくさに紛れて何を言っているんだ!」


「まあ、ワシも今さら反対する事もないがな」


「陛下いつのまに後ろにいたんですか?僕達はまだ子供ですよ」


「息子達2人には既に婚約者が3人もおるのに、其方は固いのだな」


そう言うと陛下と王妃様は苦笑いするが王子は関係ないしょ。お願いだから外堀から埋めてくるのはよして。


「陛下の言うとおりだ。優秀な血は残すのが男の義務。それに相変わらずヴェル君は女心がいまいち分かっていないようだね」


ここにいる全員がそれを肯定するように頷くが、女心とか関係なくない?この手の話題になると全員が途端にポンコツになるな。


最近は考えないようにしていたが、好きという感情は薄いしジュリエッタと同じとまでは言えないが、マイアの事は大切だと思うよ。将来結婚する事は別として、守るべき対象となっているのは確かだ。


「それと、ヴェルも大きくなったから、服は着られないでしょうから納戸にいれておきますね。部屋はそのままにしてあるし、箪笥の変わりに3人で寝られるようにベッドを入れておきましょう。そんなわけで赤ちゃんが生まれたらまた連絡するわね」


「義母様はさすがです。女心が分かっていらっしゃる」


「でしょ?」


「ちょっと~!余計な事はよっていてててっ。いや、いいかげんお尻を抓るのはやめて。人前で異性の尻を触るなんてはしたないよ」


ジュリエッタにそう言うと全員が大爆笑。学習能力が無いのは認めるが、笑いを取るつもりは一切ない。


「先生は、本当にみんなから愛されているのですね」


「そうよ。でもヴェルと違ってお兄様達は自国民みんなから愛されるようにがんばらなくてはなりませんから大変ですよね」


「そうだね。がんばるよ」


「がんばって下さいね」


二人の王子は、マイアがここに住むようになってがらというもの、ちょいちょい、算術の勉強をしにくるようになった。


テストで負けた事で悔しい思いをしているのかと思ったけど、効果的な勉強の仕方を求めて年下に教えを乞うなんて意外と柔軟なんだなと感心したものだ。


だけどオレの事を先生と呼ぶのは止めて欲しい。何度言っても聞いてくれないんだけど。


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