第45話

翌日、色々な問題がひと段落ついたので、レリクさんとシャロンさんに連れられて、予約をしていた血液型検査をする為に王都国立治療所へ向かう。


鍛錬中に怪我をしても速やかに治療ができるようにとの事と、数年後に冒険者登録する際に血液型の申告は必須となっているそうだ。


じいさんの見舞いに言った時に輸血があるとは知っていたが、輸血が必要になるほどの出血量の怪我って…どれだけ過酷な鍛錬をさせる気だ?実際は依頼中の大怪我に備えているんだと思うけど。


世界の医療体制の事について聞いてみると、切創や骨折などは治癒魔法やポーションで治るので入院する必要は無いが、骨折の時にポーションを使う場合は正しく接いでからでないと骨が曲がってくっついてしまうので、冒険者ギルドの登録時に一般的な緊急治療に関しては簡単な講義があるそう。


入院はどう言った病状の患者がするのかを聞いてみると、失血、重度の流行病、一部の生活習慣病、精神疾患、四肢を失った人のリハビリなどが一般的だそうだ。


馬車が走り出して、しばらくすると大きな教会が見えて来た。金を掛け過ぎではないか?と思うぐらい立派な建物だ。


白とベージュをベースとした外壁の上部には釣鐘が見える。朝6時~夜9時の1時間毎に鳴る鐘は、この教会で鳴らすようだ。建物の上部のガラスはステンドグラスが使われていて、なんちゃら大聖堂と言ってもいいだろう。知らない人が見たら王宮だと言われても信用するんじゃないか?


「儲かってんだな~」と思わず口に出てしまったけど、二人は苦笑いをしながら沈黙。


神託の儀は教会で行われ、神様からスキルを与えられるともなれば、信仰が篤くても当然だな。


「後から観光ついでに神様にお祈りに行こうか?」


と言うとあっさりと却下された。王族となるとアポ無しで祈りを捧げるのは色々と面倒な事になるんだってさ。


教会を通り過ぎると、じいさんが入院していたと同じような治療院に到着した。貴族専用の治療院なので作りもさほど変わりがない。


治療院に入って受付を済ませると、診療室に案内されて採血が始まる。


「以前に採血を行った事はございませんか?」


白い修道服を着た、若くかわいいシスターにそう尋ねられた。


「いえ、初めてです。優しくしてくださいね」まるで…いや止めておこう。婚約者二人のジト目が痛い。


「少しチクっとしますよ。気分が悪くなったら言って下さい」


3人とも採血を終えたが結果が出るまで3日掛かるそうだ。後日じいやさんが聞きに結果を聞きに来てくれる事になった。


帰りの馬車の中で、二人にシスターにちょっかいをかけるなと怒られた。洒落と軽口ぐらいでめくじらを立てるのはやめて欲しい。中身はおじさんなんだからね。


ちなみに血液型の結果は オレとジュリエッタが火。マイアが水であった。A、B、AB、Oでは無く火、水、風、土と分類されているようだ。



□ ■ □


 王都に住み始めて既に数日が経って色々と落ち着いたので、今日から本格的に訓練に入る。


「まずは、この庭をランニングしよう。あそこの角からあちらの角までは100メートルくらいか。その区間はダッシュでいこうか」


「シャロンさん、それって本気で言っていますか?僕はともかくとして女子二人には結構きついのでは?」


この屋敷の周回は約400mある。いくら今まで鍛えていたとはいえ、婚約者の二人も一緒なのでこれは少々やりすぎだ。15歳の体が出来上がった状態ならともかく子供の歩幅ではきつい。


シャロンさんは少し考えた後に「確かにそうだな。じゃあ時間制にしようか。疲れたら休憩しても構わない。毎日、何周出来るかを記録として残せば成長度が分かるからな」と、少し折れてくれた。


「そう言う事なら」


「それと、訓練中の返事は”イエッサー”に統一しましょう。その方が訓練ぽくて引き締められますから」


「いいですね。それではそうしましょう。みんなそれじゃ”イチ、ニ”と声を出してランニングを始めるぞ!」


「「「イエッサー」」」


水分補給の4回の休憩を挟みながら何とか10周した。婚約者の二人は7周だった。疲れきったオレ達とは違いシャロンさんとレリクさんは15周と、普段から防具も付けて訓練をしているだけに余裕だ。早く二人に追いつきたい。


それから、女児二人は魔法専門職なので筋トレは免除になり、レリクさんと一緒に魔法を基礎から学ぶそうだ。


「ヴェル、がんばってね」


そんな励ましを受けつつオレ、シャロンさん、レリクさんの三人は腕立て伏せ100回を3セット、ヒンズースクワットぽいものを30回を3セット、腹筋100回を3セットをこなす。


二人は余裕だが俺にはキツい。終わった後に体育座りをすると、足の筋肉がプルプルしている。


『どこのブートキャンプだよ。現代のスポーツ界では、栄養学、生体力学、医療支援、指導法が確立されているが、これではまるで昭和の頃の部活動じゃねーか』


都合のいい時だけ弱音を吐くのは男らしくないので抗議したいけど、精神的には大人なのでぐっと我慢。それから軽くストレッチの後、お昼ごはんを食べて午後の練習に入る。


「装備品は、王室から支給されると聞いている。それまでは剣での素振りといこうか」


「イエッサー!」


そんなわけで、ひたすらシャロンさんと素振りをする。とはいっても基本的な上段、中段、下段の構えからのバリエーションだけだ。3歳から負荷をかけてトレーニングをしていて良かった。なんとか目標回数をこなせれた。


夕方になるとやっと鍛錬が終る。「クタクタだ……」手を見ると手が豆だらけだ。


「ヴェル殿お疲れだったな。兵士でも音を上げる訓練に付いて来るとはな。それに素振りとはいえ、足運びと体の軸がブレがないのは驚きだよ。熟練の兵士でもよほど鍛錬をしていなければこうはいかないのだが」


「3歳から自主的に鍛錬をしていましたからね。でもキツイスッ!」


「3歳!それは驚きだよ。上級悪魔を無傷で仕留めたのも納得だな」


「仕留めたのはジュリエッタですよ」


実際は前世でも剣道もしていたので剣道歴40年、体幹訓練もしてたからな。しかしながら体が子供だからきつい。それにしても兵士の訓練内容と同じだとはな。これからどうなるんだ。


湯船に入って筋肉を解す。この世界にも風呂があって良かったよ。


ゆっくりと風呂に入ってから髪を乾かすと、シャロンさんがマッサージをしてくれる事になった。筋肉痛の痛みは治癒スキルでは消えるが、それじゃ筋肉増強させる為のトレーニングの意味が無い。


こりや張りなどは戻らないし、豆を潰してこそ皮膚が分厚くなるから癒しの光を使って治すなんてもっての他だ。


マッサージが始まると、大人の美女にマッサージをしてむらえるなんて控えめに言っても最高!思わず顔が緩むと、当然のようにジュリエッタとマイアから物言いがつく。


「マッサージなら私がやります。やり方を教えて下さい」


「そうですわね。それぐらいしないと恩を返せません」


二人が力瘤を作り熱望する。いや、そこは熟練者に任せて欲しい。


「そうですか。それではお教えしますので、やって見てください」


シャロンさんは苦笑いをしながら、二人にマッサージの仕方を教えた。背中に乗られて踏まれるがハッキリ言って物足りない。二人には悪いがマッサージまでが訓練なんだから明日からはシャロンさんにやって欲しいな。こう、ゴリッゴリッとね。


いろいろ疲れたのでご飯を食べたら、部屋で魔法の事について聞いてみたが、魔法は、魔法陣を顕現させて魔力を注がなくてはならないので、聞けば聞くほど残念ながら剣士タイプのオレには向いていない事が発覚。


RPGゲームの世界ではロール(役職)と呼ばれているが、ようは適材適所だな。魔法を使うにはタイムラグが多すぎる。


だが知らなかった情報を得られる事も出来た。それは何かと言うと魔法に対する対処方法のやり方だ。


9歳から魔力操作の鍛錬を積むのは、相手の属性魔法に対して同じ属性の魔法をぶつければ相殺出来る。火には火を、水には水をという感じだ。


注目すべき事は、相手の魔法を上回ると押し返す事が出来ると言う点。逆に相手の魔法を下回った時は押し返されてダメージを受けると言う事だった。重要なのは相手が魔法を放った瞬時に相手の魔法を見極めて対処しなければならない点だ。


魔物と戦って魔法を使えば魔力も減るし、迷宮のような長期戦となれば魔力管理を怠れば死に直結する。


余談だが、ゲームのように火には水など、じゃんけんのようなレジスト方法を使って防御するのはどうなのか聞いてみたら、火属性魔法を水魔法で防ぐと水蒸気が発生して視界不良に、土の壁を作れば四属性攻撃魔法は防げるが強度の関係、壁を作った後は責任を持って片付けをしなきゃならないので現実的では無いとのこと。


こんなところだけ、物理的な嫌がらせっていうか、ファンタジーじゃないのはやめて欲しい。


□ ■ □


次の日も基礎訓練から始める。前世では心臓病を抱えていたので分からなかったが、子供の筋肉痛の回復力には驚くばかりだ。まったく筋肉痛の傷みが無い。


基礎訓練が終わると、今日はシャロンさんと剣を交える事になる。装備品が揃えば学園迷宮に入れるようになるから、現時点でどれぐらいの実力があるのか知っておきたいそうだ。


相手は年上の美女とはいえ王国騎士団長。今回はバフやデバフこそ使わないがどれぐらいの実力があるのか見極めるのにはいい機会だ。


シャロンさんは盾を持つ重戦士スタイル。剣道には盾は無いのでオレはスピード重視の軽装スタイルだ。


「遠慮はいらない、本気で掛かってこい!」


「イエッサー!」


木剣を正眼に構えて、剣道で慣らした摺り足で隙を窺うが全くと言っていいほど隙が無い。


『これどうすんだよ。盾を持った相手と戦うのは初めてだからどう攻略するべきか、スピードで攪乱するしかないな』


そう決断すると、時計回りに動きながら一気に正眼から横薙ぎ。するとあっさりとパリィ(受け流し)され木剣が弾かれるとそのまま盾で殴られて吹き飛ばされる。


「子供相手に容赦なさすぎでしょうが!」


「何を甘ったれている。じゃんじゃんこい!」


鬼軍曹かよ!と、心の中で抗議をしながら何度も打ち合うが、悔しいけどバフ無しでは話にならない。


「ゴブリン数匹相手なら余裕だろうが、やはりまだ少し迷宮は早いか。実力は認めるが力とリーチの差はやはり大きいな」


正直言ってなめていた。剣道は剣筋が綺麗すぎる…魔法やスキルありきの、この世界の猛者どもには、絡み手やスキルを使わなければ埋めれない差がある事を実感した。


鍛錬の後に、女子達が風呂に入りにいったので、今後の事についてレリクさんに相談に乗って貰う。


「今日初めてシャロンさんと剣を交わしたのですが、まったくと言っていいほど相手になりませんでした。このままスキルを使わずに鍛錬を行った方がいいのでしょうか?それともシャロンさんに事実を打ち明けてスキルを使って鍛錬した方がいいですか?」


そう質問をするとレリクさんは困った表情をして暫く悩む。


「そうですね。私ならスキルは封印します。スキルは魔力を消費しますし、スキルはいざと言う時の為に取っといたほうがいいでしょう。基礎訓練をしっかり行えば筋力もつきますし、その上での身体能力上昇スキルで能力を上乗せ出来るのであれば、全体的に威力が上がるのでは?」


「なるほど。確かに言われて見れば。基礎の上にスキルで乗算されるのであれば、ごもっともな意見ですね」


「ええ。姫殿下やお嬢様もそうですが、ヴェル殿も焦り過ぎですよ。気持ちは察しますが、武具が出来上がっても直ぐには迷宮には行かない方がいいでしょうね」


「それはなぜですか?」


「3人パーティを組むとしたら、前衛役はヴェル殿、後のお二人は後衛となるでしょう。これだけ役割がはっきりとしていると、もしヴェル殿が突破されれば、中間に誰もいないとどうなりますか?魔物を一撃で倒し続けるなんて絵空事ですよ」


つまりスイッチが出来ないと…仲間を入れるにしても子供のオレ達に入りたがる者はいないだろう。そりゃ陛下に頼めば何とかしてもらえるだろうが、それじゃ納得出来ない。


「つまり、現状を打破するには、ジュリエッタとマイアにも物理的な攻撃が出来るようにした方が良いと言う事ですね」


「そう言う事です。私も冒険者をしていたので分かりますが、後衛職は魔力切れを起こして亡くなるケースが多いです。それに基礎訓練をしっかり積んだ魔法士は回避スキルのレベルが上がり生存率が上がります。今日お二人に魔法の基礎を教えましたが、幸いにして、お嬢様も姫殿下も魔法教育は必要ないレベルに達しています」


そう言われて唖然。マイアは瞬間記憶スキルがあるので分からなくも無いが、ジュリエッタまでとは驚いた。


マルチプレイヤー化か…ジュリエッタはただでさえ、剣もそこそこの腕前だし攻撃魔法も使える。実は聖女じゃなくて、勇者なのではないかと疑いたくもなる。


神託の儀を受けてからスキルのレベルアップは可能のようで、それを証明するように、個人情報なので本当は見せてはいけないらしいのだが、こっそりレリクさんがステータスカードを見せてくれた。


名前:レリク

職業:下級騎士

魔法属性:火(2)水(3)風(3)土(2)

スキル:剣(6)槍(3)盾(3)回避(5)

特殊スキル:気配察知、馬術、罠解除


顔には出さないけど。思っていたよりも情報が少なくてがっかり。


命、力、魔力、素早さ、物理防御、魔法防御、運などといった、RPGゲームのようなステータス表示が無いのは、数値化するのに基準が無いからなのかも知れない。


逆にもし仮に数値化されたら『戦闘力がたったの5だと。ゴミが…』なんて名ゼリフが言えるのだろうが、数値化される事によって格差社会が出来上がるともなれば、これぐらいの情報量が妥当なのかも知れない。


「これって()内がレベルって事はわかりますが、最高はどれぐらいなのですか?」


「最高はレベル10です。()内のどれか一つでもレベル6があればBランク冒険者、7、8がAランク冒険者、9,10がSランク冒険者の目安となります。基礎がにレベルの成長率に影響を及ぼすと研究結果で出ていますので、慌てる必要はありませんよ」


その後、今話した内容を女性陣を加えて話し合った結果、陛下に王宮から支給される予定であった武具の製作を待って貰って、当面は迷宮アタックでレベリングをするのではなくて、基礎訓練を中心に鍛錬を行う方針に決まった。

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