第39話
早めの昼食が終わると服を買いに行く。
周りを見渡すと、貴族街なのにドレスを着ている人はほとんどいない。カジュアルな服ばかりだ。そもそも上級貴族が自分で買い物をする事なんてありえるのか?偽装しているのかも…
「二人ともどんな服を?」
「動きやすい服がいいかな」
「私もです。ドレス以外の服を着るのも、自分で服を選んで買うなんて人生初で楽しみです」
マイアは、嬉しそうにそう言ったが王女殿下が自分で服を買いに行く?普通にあり得ないっすよね?日本でも子供の服は親が買った服しか着る事はない。男だからかも知れないが…
「じいやさん的にはありなんですか?」
「王宮で着る服ではありませんので、逆に目立たないように市井の民と同じ服の方が宜しいかと」
「なるほど…そういう見解ですか」
今回の買い物は全て王宮で支払ってくれるとの事。有難いが気が引ける。
子供服専門店と書かれた店に入ると、二人は俺をそっちのけで目を輝かせて服選びを始めた。
『なんやかんや言っても、ここだけ切り取って見れば、年相応の普通の女の子だよな』
前に貴族の教育を受けたが、何でも素肌が見えているのは淑女として品格がと言っていたが、二人はお構いなしに機能的な服を手に取っていた。
余計なお世話だが、これからの生活はまだ子供なんだし冒険者になるんだ。魔王軍が攻めてくるまでは自由に生きて貰いたいと思う。
俺も自分の着る服を選ぶ為に店内を確認すると、店内のショーウインドウにはスーツやドレスが飾られていて【素材、寸法、お値段の相談を承ります。お気軽に声をお掛け下さい】と、貼紙が張ってあった。
今回は目的や用途が別なので、あらためて店内を見回すと、性別と身長ごとに棚に衣料が並んでいた。
身長を計測する目盛りが壁に刻まれていたので店員さんに測って貰うと147cmだった。
『筋トレの影響はなさそうで良かったよ』
今の自分の身長にほっとしながら【150cm~160cm】と書かれた売り場へと向った。
俺は、ゆったりめな格好が好きなので、少し大きめの色違いの半袖シャツを5枚と、無難に黒と白の綿の長袖シャツを買う事にした。シルクなどのシャツも売られていたが、成長期なので消耗品扱いでいい。
裁縫スキルでもあるのか、ミシンが無いのにまつり縫いや押し縫いで裾は縫われている。この世界の裁縫の技術が思ったよりも高く、デザインが日本の昔流行ったものと酷似している。
パーカーやオーバーオ-ルがそれらにあたるのだが、服飾のデザインだけは中世と言うよりどちらかというと近代に近い。
お金を払って、二人の買い物が終わるまで買った服を預かって貰う。
二人を探すと、店員さんに試着を希望していたようで、二人とも数点の服を手に持って試着室に入って行った。
今となっては遥か昔だが、日本にいた時にも女性とのデートで幾らかはこのような経験した事はある。どこの世界にいっても変わらないよね。女の性ってやつだな。
人によっては大変だと感じるかも知れないけど、見知りの女性が着飾って美しく見えるのは嬉しいものだ。我慢が我慢にならないと言うか、実際に今も待ち時間が暇ではあるが苦にはならない。まあ何割かは前世で叶わなかった自分の子、あるいは孫が着飾るのを見る親や祖父の気持ちに似た部分も無いわけでは無いがね。
そんな事を思いながら、立ったまま何もしないでいると店員さんに呼ばれて、試着室の前にあるソファーに案内された。机にはオレンジジュースが用意されていて、貴族街にある店はこんなサービスもあるんだと、ありがたく頂戴する。
それからしばらく待つとジュリエッタが試着室から出てきた。春らしく若葉色のワンピースを着ていて良く似合っている。
「どうヴェル。似合うかな?」
「季節にぴったりの色で、いいんじゃないかな?似合ってるよ」
「ふふふ。それじゃこれは第一候補で、他のも着てみるから、また感想を宜しくね」
ジュリエッタは笑顔で試着室に戻ると次はマイアがベージュの半袖のニットと黒のフレアスカートを着て恥ずかしそうに試着室から出てきた。ドレス姿しか見た事が無いので思わずガン見してしまう。
「このスカート短いですが、どう思われますか?」
「いやいや。ありだと思うよ。マイアは肌が雪のように白いし似合っていると思うよ」
いや、それを買って欲しい。そんな事を言えないが、そのチョイスはオレ好み。眼福だ。
「それでは、私はこれに決めます。なんだかヴェルが嬉しそうですしね」
お?バレたか。顔に出ていたとは。修行が足りないな。でも逆に言えば顔に出せばオレ好みの格好をして貰えるわけか。
まああれよ。今の自分の状態ってのは心情や知識は大人でもそれをオレ以外知らないわけだから、どこからどう見てもただのこまっしゃくれた子供なのだ。
じいやさんが金貨を支払うと荷物を持ってくれた。
「じいやさん、荷物持ちをして頂いて申し訳ないです」
「いえいえ、直ぐに護衛が馬車へと運びますのでお気になされずに」
店を出ると、護衛の一人が待っていて荷物を持ち帰ってくれた。なんだかすまん。
それからも色々な店を回って、二人は俺の反応を見ながら、1時間もの間ファッションショーを繰り返して、狙い通りに自分好みの服や靴、靴下、下着を買い揃えた。
「それにしても、随分と物入りだったな。爆買いとはまさにこの事だな」
「爆買いか~。おもしろい例えね」
「本当ですわね。それにしても買い物は楽しいです。なんと言うか心が満たされる感じですね」
「そうね。私達全員、自由に買い物をした事が無かったから余計にね」
二人は満足気にそう語っていたが、自由に買い物を出来るのは金貨があってこそなんだけどね。経済は回してなんぼだし、無粋な事は言わないが転生をしても貧乏性だけは直りそうもない。
「こんなに買うのならマジックバックを持ってくるべきでした」
「そんな物があるんだ」
よくラノベで出てくるような、空間収納的なスキルは勇者しか使えないと文献には載っていたが、レアアイテムとしてアイテムバッグは存在しているそうだ。
今までアイテムボックスの存在を知らなかったのは、上級貴族でも引いてしまうような値段で取引されているからなんだとか。興味がてらマイアに聞いてみる。
「ちなみに、マジックバックとやらはいったい幾らぐらいなんだ?」
「最低でも光金貨3枚はすると聞いています」
3億円だと!たしかに上級貴族でもドン引きする値段だ。
「そりゃ、見た事も聞いた事も無い筈だよ」
「そうね。王族かSランクの冒険者か、大商人しか持っていないわね」
いや。何かいろいろおかしいよ?バック1つで3億円?価値観が違い過ぎて焦る。
時刻は13時となり、社交パーティに行く準備をしなきゃならないので屋敷に戻る事になった。
「あの、気のせいではないと思うのですが、お二人の髪、随分とツヤツヤしてませんか?昨日から気にはなっていたのですが」
あー、やっぱり気づいてるのね。リンス効果のあるシャンプーなのだよ。今日の宴で王族に献上をする予定だけどマイアに渡してもいいだろう。
「それじゃ…」
と言い掛けるとジュリエッタが俺の顔の前に手を出して止める。
「これはね、髪を洗う専用の石鹸で、リンシャンって言うんだよ。髪がサラサラのツヤツヤになるのよ。うちの家族にも大好評だよ」
「陛下へ献上する予定だからマイアも使ってみるといいよ。王宮では髪の毛は誰かが洗ってくれるのかい?」
そう聞くと、なんでも6歳までは侍女が一緒に入って洗ってくれていたそうだが、それ以降は自分で洗うそうだ。日本と同じぐらいだったかな…シャンプーハットなんて無いだろうから大変だ。
ジャンプーが目に入った時の痛さは子供にとっちゃ、トラウマレベルだからな。古い過去を思い出し苦笑いしてしまう。
「お二人は、いつぐらいから自分ひとりで入るようになったのですか?」
「下級貴族だからね。湯舟に浸かる習慣は無かったかな」
「私は5歳かな?」
「うっかり滑って溺れそうになったりしないのですか?」
「そりゃ、小さな体だから油断したらそうなるかもだけど、そんな経験は無いな」
まぁ、心臓病で心筋梗塞で死ぬ確率はもっと低いと思うけどね。
「じいやさんが許してくれるのなら、2人で一緒に風呂に入ってマイアも使ってみるといいんじゃない?」
「王宮で入る予定でしたので、スケジュール的には問題はありません」
「使い方はジュリエッタ、使って悪いけど教えてやってくれないか?」
「もちろんよ。なんならヴェルも一緒にどう?」
『あざとい可愛いとは思うが嫁入り前の子供が言う言葉かよ!』
丁重にお断りすると、なぜだかマイアまでもが残念そうだ。意味わからん。
屋敷に到着すると、二人は仲良くお風呂に行ったので、自室に戻って献上予定だったリンシャンと化粧水を布の袋に入れてラッピングをする。
二人が出てくるまでじいやさんとコーヒーを飲みながらホールで待つ事にした。
「お待たせ~」
そう言いながら、二人はツヤツヤした髪で脱衣場から出てきた。マイアは白金の髪の色がキレイにまとまって天使のように見える。
「どう?仕上がりの感じは?」
「最高でしたわ。髪を乾かしてもクシ通りが良くて。ツルツル・ツヤツヤです」
「本当ですな。じいやも感服しましたぞ」
違いが分かるのか、じいやさんも驚きいた顔を向ける。
「それでは、私はこれから王宮で衣装替えがあるので、先に王宮でお待ちしております」
「はい。じゃ僕ももお風呂に入ってから着替えて行くよ。あっ、そうだじいやさん、おそらくリンシャンのことも聞かれると思うのでこちらをどうぞ。それとこの製品は大人専用の化粧水という顔に塗る液体なんですが、お風呂に入った後に使って貰って下さい」
机に置いた、見本を置いて説明をすると、ラッピングした物をじいやさんに渡す。
「化粧水ですか?初めて聞く名ですが先ほどの説明を聞くと大人専用ということですがなぜ?」
「皺が出来ない子供には効果が薄いからだよ」
「分かりました。それでは、お母様達に使って貰いますね」
マイアはそう言うと、笑顔で王城に戻って行った。めでたしめでたし。
「マイアとは初めて一緒にいたけどジュリエッタはどんな感想?」
「私はうまくやれそうでほっとしたかな?最初は姫殿下は鬼才なんて噂を聞いていたから、どんな傲慢で我儘なお姫様が出てくるかと思ってたけど、話も合うし杞憂に終わってよかったわよ」
「そうだな。とても9歳とは思えない、庶民的なお姫様って感じだね」
「あ、馬車が迎えにくるまで、あとどれぐらい時間があるかな?」
「後2時間はあるわよ」
「それじゃ、ゆっくり風呂でも入るとするかな」
「ごゆっくりどうぞ。私は少し寛いでから、先にドレスに着替え始めるわね」
「うん、じゃまた時間が来たらここで」
ジュリエッタと別れると、風呂に入りホールで少し涼んだ後に自分も着替え始める。
良いと言うのにメイドさんに着替えさせられると、自室に戻り読書をしながら時間をつぶすことにした。
時間が来たので玄関ホールでソファーに腰を下ろすと、ジュリエッタも後は口紅を塗るだけの化粧を済ませメイドさんと一緒に降りて来た。昨日の白のドレスと違い、ダンスを踊るので黄色のカクテルドレスだ。
「どう?昨日のドレスとどっちが好き?」
「どっちもって言ったら怒られそうだから言うけど、個人的には白とか黒が好きだから昨日の方が好きかだけど、今日のドレスも花の妖精のようで、よく似合って素敵だよ」
ジュリエッタが分かりやすく顔を真っ赤にして嬉しそうにしていたので、言葉選びは間違っていないようだ。
自分でも、すらすらと歯が浮く言葉が出てくるので、なんだか言っててむず痒くなる。なんというかさ。10歳の子供にドレスの好みもへったくれもないだろ?
ややあって、ホールで寛いでいるとメイドさんが恭しく頭を下げる。
「迎えの馬車がやってきました。ご準備の方はいかがでしょうか?」
「はい。準備は終っています。それではお嬢さん。いきましょうか」
立ち上がり、左手を胸に手を当て、右手を差し出すとジュリエッタは恥ずかしそうに手を取る。
「ありがとね。それでは参りましょう」
こんなキザな言い回しや行動も、こんな時には役に立つ。まっ、漫画やアニメの真似だがな。
メイドさんが玄関のドアを開けてくれたので、ジュリエッタの手を取ったまま外に出ると、先ほどと同じマイア専用の馬車が出迎えてくれた。
御者兼護衛のレオールさんが馬車の扉を開けると「へへへ。来ちゃった~」とマイアが身を乗り出して、てへぺろをする。ここにもおっさんキラーがいたか。
そんなわけで、ジュリエッタと一緒に馬車に乗る。
「いかがですか?このドレス。新調しましたのよ」
マイアは照れくさそうアピールする。今日のマイアの衣装は薄い黄緑色のカクテルドレスだった。白金の髪と合わせると、どことなくエルフを連想させる。
「うん。可愛いよ。よく似合ってる」
「そうですか。ヴェルって意外にストレートに言うのですね」
「ええ。いつでも直球勝負、当たって砕けろ派ですからね」
「砕けないでよ」
どっちにしろ俺の書いていた小説とはもはや別のストーリーが進んでいる。母、テーゼ、マイアの3人はコレラの犠牲となり、生まれてくる筈がなかった弟か妹が生まれる。
ひょっとしたら、あの夢で勇者が出てこなかったのはコレラで無くなっていた可能性だってあるので、この先どう進んでいくかは正直見当もつかない。
本当にもしもだけど、病の流行や天変地異的な大きなイベントは変わらずに、そこに生きる人たちだけがその取る行動によって変わると言うことならば、夢にあった魔王が復活する時期がズレる可能性すらある。
実際コレラの発生はあったわけだから無い話とは言い切れない。爵位を賜り王家との繋がりもできた。
力をつける環境は、夢や自分で書いた小説よりは遥かに良いと言っていいだろう。だからもっとこれを活かした準備しなければいけない。今度こそ寿命を全うしたい。
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