第38話

翌朝、朝食後に王城から文が届いたので内容を確認すると、マイアが到着後に買い出しと昼食に出かけないかとお誘いだった。


着の身着のままってわけじゃないが、王都に滞在し続けるなんて想定外だったので、普段着や下着など欲しかったし商業施設を見て回りたかったのでありがたい提案だった。


マイアが到着する前に、父が領地に発つので見送りする。


「お父様。道中気を付けてお帰り下さい」


「ああ。ヴェルもあまり無理をするんじゃないぞ。姫殿下に挨拶をしてから出立するのが筋だが、予定が合わなくてそこまで待てない。申し訳ないと伝えておいてくれ」


「分かりました。失礼のないように伝えます」


「アルフォンスも道中気をつけてな。また領地で会おう」


父とウォーレスさんはがっちり握手を交わした。


「それじゃヴェル。今度は母さんを連れてくるからな。がんばるんだぞ」


「お父様こそ、息災で」


「ジュリエッタも息災でな」


「はい。義父さま。またお会いできる時を楽しみにしております。お気を付けて」


父は馬に跨ると「それではレリクさん。ヴェルの事を宜しくお願いします」と頭を下げた。


「最善を尽くします」


父はほっとした表情を浮かべると、進行方向を向いて出発する。


「お父様、息災で!!」


振り返らず手を上げる父を見送ると、ウォーレスさんは仕事に戻るため屋敷の中へと入って行った。


俺達は玄関ホールのソファーで、今日から一緒に同棲生活を送るマイアを待つ。


それにしても、いくら大人びているとは言え異性の女の子2人と同棲とはな…独身を貫いた前世は大違いだな。


中学から全寮制ってのは聞いたことあるけど、この歳で親元を離れさせて不安はないんかね。そこそこ早熟でも普通親から離れて暮らしたら泣き叫んで嫌がるものじゃないのかな?さっき父は颯爽と帰って行ったけどカケラの悲壮感も無かったし。


屋敷に入り、ソファーに座りそんな事を考えているとメイドさんが、コーヒーと紅茶を用意してくれた。


「今日から王都で新生活か。楽しみね」


ジュリエッタは紅茶で喉を潤すと笑顔でそう問いかける。ふむ。ジュリエッタも伯爵と離れることに何の不安も無いようだ。


他愛のない話をしていると、馬の鳴き声と馬車が止まる音がした。


「あっ。着いたみたいよ」


「ほんとだ。それじゃ行くとしようか」


急いで飲みかけのコーヒーを一気に飲み干すと、ウォーレスさん階段から下りて来た。


「お父様、マイアが到着したようなので出迎えに行って来ます」


「そうか。私も付いて行ってやりたいのだが、王宮で開催される社交パーティーの準備に呼ばれたのでな。そちらの方へ行かなくてはならない。今日は姫殿下の護衛が付いてきてくれるそうなのでレリクは私が連れていくぞ」


「ええ。王室の護衛ってさぞかし凄いのでしょうね」


「それはそうだろう。姫殿下の護衛だからな。おっと、こうしてゆっくり話をしている場合ではなかった。昼食は姫殿下と買い出しに行く時に一緒に食べてるんだったな」


「はい、マイアを待たせる訳にはいかないので、それでは行って参ります」


「お父様それでは」


「それでは、また。王城で会おう」


手伝いか。上級貴族も大変だなと思いながら挨拶を交わしてから外に出ると、真っ白な2頭の馬に引かれる、御伽噺で出てきそうな、金細工を施した真っ白な馬車が止まっていた。


護衛の兵士が頭を下げ、馬車の扉が開くとマイアと執事さんが降りて来た。こんな目立つ馬車で来て、誘拐するなって言うのが間違ってるような気がするんだが。


「おはようございます。ヴェル。ジュリエッタ」


マイアが満面の笑みで挨拶をすると、挨拶を返して馬車に乗り込んだのを確認すると、扉が御者に締められ、馬車はゆっくりと進み始める。


両脇に美少女二人に挟まれるのは役得だと思うけど、マイアは王女だ。接し方がまだ慣れてないからどう話題を振ったら良いのか分からない。黙ってるとマイアがこちらを見て話しかける。


「昨日はワクワクして眠れませんでした」


「私は色々とありすぎて疲れて直ぐに寝てしまいました」


そう答えると、マイアが頬を膨らませる。


「ヴェル、もう敬語はやめて下さいと言ったではありませんか。お友達なんですから」


「すいません。いや、ごめん。まだ慣れてないから許して。そう言えば、ジュリエッタの時も同じようなやり取りをしたね」


「ふふふ。あの時のヴェルもグズグズ言ってお父様を巻き込んでいたわね」


「今度敬語を使ったら、罰ゲームとして頭を撫でてもらいますからね」


「その罰いいわね。私も今度からそうしよっかな」


姫殿下の頭を撫でる?友達なのに?意味わからん。


「とにかくです。いちいち言葉を選んでいたらストレスが溜まります。私も今からそうしますから、敬語は止めです」


「そうよヴェル。いつもの口調が気に入ってるのに、また元どおりなんて嫌だからね」


「王宮では聞かないような言葉遣いになるかもしれないけど、目に余るなら言って欲しい」


「そうね。じいや、それでいいわね」


それまで微笑ましく俺達の会話を聞いていたじいやさんは、話を振られて真顔になった。


「はい。私は口を挟まないように陛下から仰せつかっておりますから、私からは何もありません」


無いの?執事さんと俺は同年代じゃないかな。言葉遣いには思うところがあると思うんだけど無いと言うならまあいいよね。


「ちなみにじいやさんは執事の仕事だけをやっているのですか?」


「いえ、そう言えば、私としました事が名前を名乗るのを忘れていました。私は姫様専属の教育係兼執事のレバルと申します。じいやとお呼び下さい」


『そこはレバルだろ!!』


まさかじいやと呼べとは。ツッコミたい。いや声に出してツッコミたい。ジュリッタもツボったのか笑いを堪えてる。


「それでじいやさん。マイアと一緒に住む事になったら、一緒に生活されるのですか?」


「もちろんですとも。私は姫様が生まれた時からご一緒でしたから、姫様の事なら何でも知ってございます」


最後の一言は駄目だろ。まるでストーカーじゃないか。色々とツッコミ甲斐があるじいさんだ。失礼だがオレと同じ匂いがする。


「そう言えば思い出しましたが、来月にセリーヌ川で夜光蝶祭りがあるので一緒に行きませんか?」


「その夜光蝶祭りってなんだ?」


「死者を弔う儀式があるのです。夜光蝶はこの時期が繁殖期なので川に集まります。卵を産んだ夜光蝶は死んで光の魔石となるんですよ」


「えっ。夜光蝶は魔物なのか?」


「魔石に変わるので魔物として扱われています。スライムと同じですね」


「それがなぜ死者を弔う儀式になるんだ?」


「子孫を残して役目を終え、光となって漂う夜行蝶を魂に例えそれを人と重ねて死者に手向ける、と言った比喩的なものでしょうか」


「なるほど」


マイアと話していると、ジュリエッタがまた涙を流していた。理由は聞かずにポケットからハンカチを出して、ジュリエッタに渡す。


「ありがとう。夜光蝶を見ると思い出してしまうことがあって」


「そっか」


「ええ。でも、もう大丈夫。色々とね」


11歳にして色々と思いだして涙を流す?少なくとも近しい人が亡くなったりしたらオレの耳にも入るはずなんだけどトンと心当たりが無い。幼少期に今でも思い出して泣くことなんてある?


ぼんやりジュリエッタを見ながらそんなことを考えていたら上級貴族街にある商業区域が見えて来た。


「王都には上級貴族専用の商業区域があるんだな」


「最初からあったわけではなく、時間をかけて今の形に落ち着いたのです。ありていに言えば貴族と平民の棲み分けのようなイメージですね」


「それはどうして?」


「最初からこういう形では無かったのです。ともすれば選民意識や差別排除を助長させかねないという観点から、貴族平民の区別なくオープンだったのですが、結局それぞれの需給に対するニーズや、高級品や貴族を狙った犯罪やトラブルに対処しているうちに今の形に落ち着いた、といった経緯があるようですね」


「なるほど。王都の人たちも理解しているの?」


「ええ。そういうことになります。さ、着きましたよ」


御者さんが馬車の扉を開けると馬屋の前だった。まず俺が降りてから、婚約者二人の手を取って馬車から降ろした。


「こうしてヴェルに手を取ってもらって馬車から降りるのって、素晴らしい気分ですわね」


「そうでしょ。私も毎回同じ気持ちよ」


この世界では外国のようにレディーファーストだからな。最初こそ気取りやがってと思われるのではと気恥ずかしさもあったが、逆に褒められるんだからいくらでもやるよ。


物珍しさもあって歩きながらチラチラ周りを見ていると、獣人やエルフもちらほら見受けられる。


「人族が中心の国の上級貴族街なのに、人族ばかりじゃないんだね?」


「それはそうでしょ。商業施設を運用しているのは上級貴族だけじゃないのよ。それに人族だけとは限りらないわ。雑貨や武器屋はドワーフが、薬品や素材なんかはエルフが店を出すのが多いかな」


「ジュリエッタの言うとおりです。これは条約の取り決めによる事なのですが、同盟国に限り上級貴族街に出店も出来るし住む事も可能なんですよ。人気店なんかは、お願いして出店して貰ってると聞きます」


「入るのにあんなに厳重なのにか?」


「私達には発行をされていませんが、ステータスカードに偽造防止機能、カードの色での識別、犯罪履歴の有無など、簡易的な結界が判定しますので簡単に入れる様になります。15歳未満なら入門許可のカードさえ見せれば素通りのようなものですよ」


「なるぼどね。ステータスカードって大事なんだな」


「総合ギルド会館が見えて来ました。その角を曲がれば商業区域に入りますよ」


「総合ギルド会館か。色々なギルドの複合施設って事かな?」


「ええ。冒険者ギルドが1階、商業ギルドが2階、建築ギルドが3階となっています」


「上級貴族に冒険者ギルドが必要なのかは疑問なんだけど」


「そう?依頼は受けなくても出す事は結構あるわよ。それに上級貴族でも冒険者を兼務する人が大半だし」


「そうなのか?」


「学園の授業で迷宮試験がありますからね。それに上級貴族達は上位スキルや優れた才能を持った人材が多いのです。生活に欠かせない魔石も当然必要ですしね」


「よし。僕は当面は冒険者になるよ。決めた」


「私もヴェルと一緒に冒険者になるわ。この先平和が続くなんて保障も無いし」


「ジュリエッタの言うとおりです。私も、イザとなったら自分の身は自分で守らなくてはならないですから。守って貰うだけの王族などにはなりたくないですしね」


「王女様が冒険者ってありえないんじゃないのか?」


「あら、お父様はCランク、お母様もDランク冒険者です。たまにですが兵士達と一緒に訓練をしていますよ」


「家は両親ともBランク冒険者よ。王宮医療技師になるには必要な資格だからね」


夢で出たきたジュリエッタは聖女だったから何となく理解をしていたが、どうやら王族でも冒険者になるのが普通らしい。死んだら大変だぞ?


いずれギルドを案内してもらうことにして商業区域に入った。


身形の良い上級貴族ばかりだけと思っていたが意外なことに軽装姿の者ばかりだ。気持ちは分かる。堅苦しいからな~


その為か、少しおめかしした二人は目立つ。


「ヴェルは何が食べたいですか?」


「肉系なら何でも。店の選択は任せるよ」


「相変わらずの肉系ね。ま、私もお肉好きだからそれで異論はないわよ」


「わかりました。それではじいや。いつもの店が空いているか先に見てきてくれますか?」


「畏まりました」


そう言うとじいやさんは足早に歩いて行った。とても老人とは思えぬ体捌き駆け抜けていく姿を見て目を疑う。


「じいやさんすげ~。そういえば護衛の兵士を付けると言っていたけど見当たらないな」


「じいやはその昔、護衛の仕事をしていたらしいです。それに護衛ならいますよ。ほら」


マイアが指差す方向を見ると、怪しい黒尽くめの男達が4箇所に配置されていた。中には御者をしていた者までいた。


「ひょっとして御者さんって護衛の兵士なの?」


「そうですよ。気付きませんでしたか?あの御者はレオールと言って、今は引退しましたが元Bランク冒険者でした。教養も高く、礼儀作法も身に付けていたので、上級騎士を授爵されたと言う経歴を持つ努力家です」


「そうなんだ。平民から上級騎士なんて凄いな」


「なに馬鹿な事言ってるの?男爵の子息から伯爵なんて前代未聞の大出世なんだから、ヴェルの方が断然凄いのよ」


「そうですよ。もう少し自分の事を正しく評価するべきです」


「ほらね。みんな言う事は同じでしょうが。ヴェルは国民の憧れや目標になると思うわ。自覚して」


「へいへい。また始まった。そんなこと望んでないのに」


「無欲だからこそ結果が付いて来るのです。不相応なものを望んで強引な手段を使う輩も多いと聞きますから」


「気をつけるよ」


還暦のおっさん、孫ぐらい離れている子供に説教させるの巻。全く笑えない。


そうこうしていると、じいやさんが戻ってきた。


「姫様。席をお取りして参りました」


「ありがとう。それでは参りましょう」


それから、2分ほど歩くと【風見鶏】と書いてあるレストランに入る。もっと畏まった所かと思ったけど意外に砕けた店だ。


「ここですわ。わたくし一押しの店です。人気の店で鳥を油で揚げた、から揚げが人気なのです」


「まじかっ。ここに来てから揚げが食べられるとは」


キタぞから揚げ。から揚げぐらい自分で作れるのだが、厨房自体に入る機会がほとんど無いからな。


「から揚げを知っているのですか?ここ最近売り出された料理だと聞いておりますが?」


「知ってる。噂で聞いてるよ。唐揚げはとても美味しいのだとね」


「そうですか。それは良かったです」


から揚げ?知ってるも何も半世紀前からの好物さ。楽しみだ。店に入るとウェイティングボードがありそれなりの人数が待っていた。


「これは姫様、いつもご贔屓にしていただいてありがとうございます」


「いつも美味しくいただいてます。それより、こちらの方々は、私の家族となる方達です。これから私と一緒に王都に住む事になりましたので、またお邪魔をすると思うので顔をよく覚えておいて下さいね」


「分かりました。わたくしは、この風見鶏を経営しております、ハーベスト・ブラウンと申します。以後お見知りおき下さい」


「挨拶はここまでにして席に案内を。変に注目をされていますので」


マイアがそう言うので、周りを見るとマイア見たさなのか全員が注目している。二階に個室があると言う事で、案内をされながら階段を上り始める。


「流石は、この国の姫様だな。注目の的だね」


「茶化さないで下さい」


「それにしても、誰も声を掛けてこないなんて不思議なものだね」


「あら、知らないのですか?他国はしりませんが、公式では無いプライベートの時間は、王族にたいして頭を下げなくてよい変わりに、何人なんぴとたりとも声を掛けるのは禁止なのです」


「なるほど、徹底していてるんだね」


席に案内をされると、席に座って注文をする。全員がから揚げドッグ(そうか、米はないのか)とジュースを頼んでから、手を洗いに行きアルコール消毒をする。


「このアルコール消毒のおかけで、いったいどれだけの国民が救われたか」


「ええ。私も救われました。本当に感謝してます」


マイアはそう言うと頭を下げた。


「マイア、もういいから頭を上げてくれ。対外的にも宜しくない」


席に戻ると、すぐに食事が運ばれて来た。米がないのは残念だがまごう事なきから揚げだ。


「あっさりと、お召し上がりになられる場合は、このレモン果汁をお使い下さい。それではごゆるりと」


店主自らがそう言って説明をしてくれた。それから一口食べてみると、醤油がないので俺の好みには少し物足りないが、にんにくと塩コショウベースのから揚げで美味しい。


二度揚げをしていないのか、クリスピー感には少し欠けるが、それでも懐かしい味だ。思わず目を閉じて大きく息を吸う。


「ああ。唐揚げだ…」


「連れて来て正解だったようですわね。良かったです。私が好きなお店を気に入って貰えて」


「ああ。また来よう」


ひとしきり、から揚げを堪能し日本に想いを馳せつつ店を出た。

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