第37話

― ?????視点 ―


「くっそが!!なぜ予定どおりに悪意のリソースが集まらん!!これでは計画に遅れが生じるではないか!」


私は、この国で発生したコレラ患者を多数、隣国のレディアス王国に送り込んだのだが、上手くいかずに怒りを露わにして椅子を蹴り上げると、配下であるバルドアが困った顔をする。


「なんでも、レディアス王国にコレラの危機から救った英雄が現れたとか。こればかりは、私どもにも想像が及ばなかったとしか言いようがありません…」


「殺せ!!」


「はっ?」


「はっじゃない!その英雄とやらを殺してこいと言っているんだ。魔王軍の四天王の生き残りの私がこの500年の時をいかにして用意周到に準備をし生き抜いたと思ってる!この反吐がでる平和の世界から出た、ぽっと出の英雄なんぞに計画を邪魔されるわけにはいかぬのだ!」


「仰るとおりで。我がその英雄とやらを始末してまいります」


バルドアは腰を折り、意味ありげに口角をつり上げた。


「抜かるなよ。その英雄とやらを生かしておけば計画がさらに遅れかねん。このアーレン王国は既に我ら悪魔の傀儡国家に過ぎぬが、この国のリソースだけでは魔王様が復活されるには足らぬ。そこのところを肝に銘じて必ず始末をしてこい」


「御意!。直ちにレディアス王国に向かいます」


バルドアは擬態化を解くと、窓を開けて空に飛んで行った。


「魔王様の依り代となる器の準備は整っていると言うのに、くっそ…ままならぬものだ」



― ヴェルの視点 ―


色々とあったせいか帰りの馬車の中では全員が終始無言。屋敷に到着すると、夕飯を食べ終わったら、放置するわけにもいかないので話し合いが持たれる事になった。


「君たち二人が気づいているかどうか分からないが、今回の話には何か策略じみた裏があるんじゃないかと私は思ったのだが、何か心当たりはないかね?」


「どんな策略ですか?確かにいきなりのテストとか、姫殿下の友達になってくれとか困惑はしましたが」


「名誉伯爵の件だよ。君たちが知っているかどうかは分からないが、この国の上級貴族の男性には重婚が認められているんだ」


『でたよ、娘の願いを叶えようと協力する親バカ設定。ラノベではよくある設定だけど、今回の相手が王族だけにに面と向かって言ったら消されそうだな』


「つまり、陛下がヴェルに伯爵位を与えて、将来的にマイアを娶らせる思惑があると。でもそれならもっと強引にって、王族がそんな強引な真似出来る訳ないか」


ジュリエッタは複雑な表情でそう言う。


「王侯貴族にとっては多少の強引な結婚はありえる話だ。事実、過去に奪い合いになって血が流れた事だってある。今回強引策を用いなかったのは、ヴェル君に名誉伯爵としての地位が約束されて重婚出来るようになった事もあるが、なによりも姫殿下が自分の実力でヴェル君を惚れさせたいとの思いがあるのだろう」


まじっすか…本気で少女に惚れるとかあり得ないでしょ。ジュリエッタはオレの書いた小説のヒロインだから責任をとらなきゃならないし、世界を救う聖女だから例外だったけど…でも相手が王女で賢者だとすると気が抜けないよな。


「その為の対等な立場であり友達枠であるんですね。色々と腑に落ちましたが、なんでオレなんかを選ぶのかだけが納得できません。それこそ15歳になれば恋だって…って学園に入る必要は無いと仰っていましたね」


「そうなんだよ。出来るだけヴェル君を他の女性の目に晒させたくないんじゃないかな?君は姫殿下の命を救った英雄なんだ。顔立ちもいいし頭もいい。姫殿下にとっては御伽噺で出てくる白馬に乗った王子様ってわけだ」


『モテ期ってやつか?確かに父さんに似てって、客観的に見てもイケメンじゃん。オレの親って。贔屓目じゃないよな?』


「でも仮にですよ、もしそうなったらジュリエッタの立場があるじゃないですか?」


「そりゃ、私だって独り占めしたいわよ。もしマイアが私からヴェルを奪うと言うなら徹底抗戦したわ。でもね。マイアがヴェルに好意を寄せてるの見て、どちらが早く出会ったかだけで、結婚する相手を決められるのは違うんじゃないかと思ったの」


『まさかの肯定!この世界の女子の倫理観はどうなってるんだ!』


よく考えてみると、普通は理解しても納得はしないだろ?子供ならなおさらだ。ジュリエッタは本当に子供なのか?よくそんな考えに辿り着いたな。あの達観の仕方、ジュリエッタの中の人は日本人のおばさんじゃねーだろうな?


それに正室や側室とか10歳の子供が抱える悩みじゃないよね?ってことは悩まなくてもいい?二人と本格的に恋やら異性として女性として意識するのはまだ先の話だよね。よし!問題を先送りするしかない。


「ジュリエッタの言いたい事も分かるけど、とにかくです。ここで邪推するのはやめましょう。それこそ違っていれば不敬にあたります」


そう答えると、全員が否定するように渋い顔。分かってるって、あれだけ分かりやすいアプローチされればさ。


「そうだな。陛下や姫殿下の動向を見ながら、今後の対応を考えよう。まずは明日の専属騎士の儀だ。目の前の事から順にこなしていくしかないな」


陛下達にそんな思惑があったとは未だに信じられないが、色々と思い当たる節がありすぎて納得せざる得ない。今は流れに身を任せるしかない。


 次の日、専属騎士の儀が執り行うため再び謁見の間に向かう事になった。


王城に到着して、控えの間で昨日と同じく待っていると、ついつい、本当にこれでいいのかと考えてしまう。これがマリッジブルーってやつか?違うか。


そもそも10歳児なのに、ぶっちゃけ好きとか一生守るとか重い誓いだ。前世の記憶があるから子供に対しての「好ましい」以上の感情がまだ芽生えないのは当然で、まだどうしても他人事のように思えてしまう。


隣にいるのは美少女ではあるが、やっぱりどこからどう見ても相手は子供だ。そりゃ美しいものは尊いからドレス着れば見惚れるし可愛いとも思う。


身長が同じぐらいだから目線の位置が同じだし、徐々に体と心が調和してきたとは言え、やっぱ本当に俺の恋愛感情が育つのは早くても5年は先だろう。それはマイアにも言える事だが…


無言のまま、自分の行く末を案じていると儀式の準備が出来たと連絡があった。


会場に入ろうとすると人がウジャウジャいる。昨日よりも多いんじゃないか?


聞くと、意図的に王都に来ていた各領地の上級貴族だけでなく家族もこの謁見の間に集められているって話だった。


今後、俺達に、悪い虫がつかないようにとの配慮でもあるらしい。配慮ねぇ…


会場に入り先ほどと同じように整列をする。マイアは王族側だ。


「それでは、専属騎士の儀を執り行う。ジーナス伯爵家令嬢ジュリエッタ・ジーナス。宝剣を取り前へ」


ジュリエッタは兵士から装飾があしらわれた宝剣を両手で受け取る。


「それでは、専属騎士となる、ヴェルグラッド・フォレスタ名誉伯爵。前へ」


「はっ!」


俺が呼ばれると更に会場はざわつく。ま、そうだろうね。分かるよ。こんなちびっこが名誉職とはいえ伯爵なんて信じられないだろ?俺だってピンとこないさ。


「静粛に。ヴェルグラッド伯は、コレラから10万人の民を救った英雄だ。その褒賞として陛下から爵位を下賜され、15歳の神託の儀が執り行われるまで爵位預かりとなっておる。伯爵位は既に決まっておるから、これからは上級貴族として扱うように」


宰相のマーレさんからそう説明があると、貴族はざわついたが「陛下の御前である。静粛に!」と、マーレさんが言うと直ぐに静かになった。


「それでは、引き続き専属騎士の儀を行う。騎士ヴェルグラッド・フォレスタよ、汝はジュリエッタ・ジーナスの剣となり、そして盾となり、互いに支え合い守り抜く事を誓うか」


「はい!誓います」


まるで結婚式まんまだよ。自分が主役なんて60年生きてて初めてさ。


「それでは、ジュリエッタ・ジーナス、ヴェルグラッド・フォレスタを専属の騎士と認めるのなら剣を肩に置き、誓いを立てよ」


「はい!」


ジュリエッタは陛下にそう言われると、鞘に収められていた剣を抜いて俺の肩の上に置いた。


「わたくしジュリエッタ・ジーナスは、ヴェルグラッド・フォレスタを専属騎士と任命し、苦楽を共に分かち合い、国の為に尽くす事を誓います」


「誓いはこうして結ばれた。この将来有望な若者達に盛大な拍手を!!」


マーレさんそう宣言をすると会場が一気に沸きあがり、ジュリエッタは剣を鞘に収め、近くにいた兵士に渡した。


これが子供だと思うとなんだか複雑な気分だ。まだ小学生高学年だよ。はるかに、精神年齢が高い。


「これをもって、専属騎士の儀を終わる」


そう言われて立ち上がると、兵士と上級貴族達が花道を作ってくれていた。俺はジュリエッタと腕を組んで控えの間へと足を進めた。婚約(専属騎士)かあ…


控えの間に入ると場が落ち着くまで、俺達だけ待機する事になった。


「少し質問なんですが、これで正式にジュリエッタの専属騎士になったのですが、僕はこれからどうしたらいいのですか?」


「そう言えばそうだな。姫殿下の友達枠で王都に残る事ななったんだな」


父は寂しそうな顔をする。


「お父様。僕がこの王都に残る事になるとお母様は寂しがりませんか?」


「そりゃ寂しいだろ?でも安心するといいさ。またお腹が大きくなる前に王都に一緒にくるよ」


「そうだな。私もエリザベートとウェールズを連れてくるよ」


「生活費はどうしたらよいのでしょうか?無一文では困ります」


「無一文?ああ、お金を持っていないと言う事か。それなら心配はいらぬ。お金の代わりに代替金紙と言うお金の代わりのものを王城から支給されるからその紙に必要な金額を書いて出納係の所にいけば現金化できる」


しれっと口に出た無一文が通じて良かった。代替金紙に金額を書いてお金を貰えるのだから、銀行や郵便局で手書きで預金を引き出す感覚なのだろう。


「上限金額とかは決められているのですか?」


「もちろんだ。一般的に伯爵扱いであれば月に大金貨1枚まで支給される筈だ。明日陛下に確認を取ってみよう」


「お願いします」


「昨日の話にもあったが、レリク、悪いが暫くの間は二人の面倒を頼む」


「仰せのままに」


レリクさんは結婚適齢期。年下の自分達だけこんな形になって、ジェントの町に意中の女性か付き合っている人がいいたら申し訳ない。お節介だとは思うけど聞いてみる。


「レリクさんは、ジェントの町に思い人とか彼女とかはいないのですか?」


そう聞くと、珍しくレリクさんは顔を赤くする。


「彼女はいませんが王都に好きな人はいます」


「そう言う事だよ。だからレリクを残すようにしたんだ。顔に嬉しいと書いてあるだろ?」


「えっ!顔に出ていますか?いや、失礼。心遣い感謝します」


図書館で恋愛系の本を持っていた時に思ったけどやっぱり好きな女性がいたのか。それにしても王都にいるとはね。


そんな話をしていると、陛下、王妃、マイアの3人が控えの間にやってきた。ものすごく嫌な予感がする。


「婚約おめでとう」


「ありがとうございます」それじゃ私はこれで失礼します。ってわけにはいかない雰囲気。


「それでだな。これは提案なんだが、マイアが通うと言う話だったが一緒に住んではどうかと思ってな。ワシたち親が忙しくて、なかなか構ってやれないし、兄たちは学園の寮生活でな。マイアは王宮ではいつもひとりぼっちなんだよ。いやなら無理にとは申さん」


『だから、断れる勇者がいたら連れてこい!泣き脅しや、外堀から埋めるのもよせ!』


「どうせこれから共に行動するんだからいいじゃないかしら?」


『まじで?勝者の余裕ってやつですか姉御!』


「子供同士ですからね。万が一はないでしょうが、警備さえしっかりして頂ければ構いません。ヴェル君もそれでいいだろ?」


「はい。皆さんがそう仰られるれるのなら」


親バカにもほどがある。どこの親が9歳の娘を他所の家に放り出すんだよ。ネグレクトとまでは言わないけど、日本なら児童相談所案件じゃない?


「よし決まりだな。それでは明日にでも、荷物を用意させて向かわせよう」


陛下がそう言うとマイアは満面の笑顔。これからどうなるかと思うと、先が思いやられる。


屋敷に戻ると、明日の朝一で父さんが家に帰るとの事&マイアがこの屋敷に一緒に住むと言う事で屋敷は大混乱。


夕方になってやっと落ち着くと、軽めに送別会となる。


「ジュリエッタさん、ヴェルはこう見えても寂しがりやなのでお願いしますね」


「お義父様、お任せください。それと私の事はすでに婚約者なのですから呼び捨てでお願いします」


「そうだな。ヴェル君も私の事はパパと呼びなさい。まっ、冗談だがな。君も伯爵位だ。ウォーレスでいい」


冗談に聞こえねーよ。ジュリエッタが変顔になっているじゃないか。


「それではウォーレスさんと呼ばさせて頂きます」


呼び方ひとつでなんでこんなに疲れるんだよ。


そんな訳で、今日は父さんと本当に久しぶりに一緒に寝る事になった。


「なあヴェル。もしマイア姫に婚約を申し出てきたらどうするつもりなんだ?」


「それを僕に聞きますか?無論、断れませんよ。ジュリエッタも、ああ言ってましたし」


「そっか。お前は凄い息子だよ。父さんなら国外逃亡しちゃうかもな」


その手がありましたか!でも魔王が復活したらどのみち逃げられないんだよね。言えないだけにつれーよ。


「自分の人生だ。ヴェルの好きにするといいさ。ジュリエッタもそうだけど、マイア姫も将来必ず美女になる」


まさか真面目だけが取り柄だと思っていた父から、そんな言葉を聞くとは…意外っていうかやっぱり父も男なんだよな。母も若くても綺麗だしな。


「そうですね。自分の人生ですから後悔しないように選択しますよ。10年後楽しみにしていてくださいね」


「ハーレムでも作る気か?上級貴族だもなんな。頑張れよ」


「違いますよ!孫の顔を見せてやるのが、子の努めですからね」


20歳で子供を作るって言っているもんだと思って赤面する。でもね、前世で両親に孫を抱かせてあげたれなかっただけが心残りだったんだ。


「そっか。父さんも20歳の頃に父親になったんだからな。楽しみにしてるよ」


この世界の人々の結婚は早い。それだけ寿命が短いのだ。赤面して損したよ。

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