第36話

宰相のマーレさんに先導されて会議室に向かう。身内全員が怪訝そうな顔で終始無言だ。やっぱり誰も何も聞いてないんだな。


「それでは、すぐに陛下達もおみえになるでしょうから、先に腰掛けてお待ち下さい」


マーレさんに促され部屋に入ると、先にいたメイドさん達に席に案内され、引かれた椅子に腰を下ろした。


『子供用の椅子が準備されてるとはね。最初からこうするつもりだったんだな。でもなんでだ?』


そんな事を考えていると、マーレさんが陛下や王族と一緒に何か書類と筆記用具を抱えて会議室に入ってきた。誓約書でも書かされるんだろうか?


王族達が全員席に腰掛けると、陛下が咳払いをしてから喋り始める。


「皆の者、儀式は終わったのだ、楽にするとよい。それでは話をする前に、ヴェルグラッドとジュリエッタに我が家族を紹介するとしようか。そなた達の事については全員が既に知っているので、紹介は省くとしよう」


正室のジェニファ王妃様、側室のクロエ側妃様、エルファス第一王子、フェスラ第二王子、マイア姫、宰相のマーレさんの順番で紹介と挨拶があった。


「それでは褒賞の話をすると言ったが、その前に、ここにいる子供達にテストをして貰おう」


「なぜこのタイミングでテストなんですか?私達は何も聞いてはおりませんが?」


エルファス王子が立ち上がり陛下に問うと俺もついつい頷いてしまう。なんなんだ?


「エルファス、落ち着いて座るがよい。ここにいるヴェルグラッド、ジュリエッタ、マイアは従者達に、神童、天才、鬼才と呼ばれているそうだ。ならば実力が気になるではないか?」


『いや、気にならねーよ』


「それでは、私とフェスラは関係ないじゃないですか?」


エルファス王子は不満をぶつける。いいぞいいぞ、もっとやれ。


「そう言うな。この者達は未来の王国を背負って立つ貴重な人材だ。実力があれば、将来きっとそなた達の助けになるとは思わぬか?」


エルファス王子は「お父上の意図は分かりました。そう言う事なら仕方が無いですね」と言って溜息を吐く。


「分かりました。私も学園では主席です。三人がどれだけのものか見せてもらいます。なぁ、フェスラもやるだろ?」


「はい。私も座学は得意なのでやります」


計算なら負けない自信はあるが、歴史や礼儀作法などなら勝負にならんぞ?王命には逆らえないので受けるしかないんだけど。


「質問なんですが、発言をお許しいただいても宜しいでしょうか?」


「うむ。もう謁見じゃないんだ。自由に発言するとよい」


「テストをする科目を教えて下さい」


「算術計算100問だ。他の教科では学園に入っている息子たちと争うには不公平がありすぎる。全員それで良いな」


「「はい」」


全員が返事をすると、問題用紙と筆記用具が配られる。


「それでは、この場はマーレに任せた。ワシらは執務室で業務をしているので後の事は頼んだぞ」


「はい。畏まりました」


「それでは、保護者は控え室で待機して待とうか」


「はっ!」


父と伯爵はそう答えると、テストを受けるオレ達と宰相を残して会議室から退出していった。そしてテストが始まる。


「それでは時間制限45分、始め!」


テストが始まると一気に計算を始める。


問題を見てみると、桁数が多いだけの何の捻りも無い問題ばかり。最後の方には分数や小数点の問題もあったが小6まではいかないレベルだ。まあはっきり言ってチョロい。


ジュリエッタは最初は算術が苦手と言っていたが筆算を教えたら得意になっていた。そんなことで問題は無いだろう。


テストが始まって5分、全問書き終わった。見直しもしたが完璧だ。


「出来ました」


珠算教室通っている段持ちなら、この程度の計算は秒速よ。


「もう終ったのか?100問全部」


「はい。見直しも終わりました」


「見直しまでしたと言うのか?噂違わぬ神童であるな。宜しい。こちらに解答を提出するのだ」


そう言われたので、立ち上がり宰相に手渡した。


「それではヴェルグラッド、控えの間で待たれよ」


「はい。では失礼します」


席を立った時、王族の3人は口を開けて絶句をしていたが、ジュリエッタだけはニヤニヤしてる。ほれ、こっち見てないでさっさと解きなさい。


ジュリエッタの答案を答案を提出する時に覗いてみたけど半分以上が終わっていた。当然だ。オレが教えたんだからね。とちょっと誇らしい気分になる。


控え室に行き扉を開けると、父と伯爵閣下が驚いた顔で俺を見る。


「もう100問の計算が終ったのか?まだ10分も経っておらぬが?」


「終りましたよ。ジュリエッタも半分終っていたので、もうすぐ来るでしょう」


「本当にヴェルは私の息子か?末恐ろしいな」


「こんな黒髪の子供などなかなかいないでしょ。どう見てもお父様の子供ですよ。お母様に言いつけますよ」


「すまん。内緒にしておいてくれ」


父が苦い顔をする。


「それにしても、エリザーベートが言うとおりだな。ひと月分の税金の書類を2時間で済ませたとか、既に我が屋敷の文官の中ではヴェル君は伝説となってるよ」


「持ち上げ過ぎです。コツとやり方で…」


「いや出来ないから」


日本では古来から読み書きそろばんと言われるぐらい、そろばんは誰でも出来た。それが、現代になると、電子計算機、スマホ、パソコンなどが普及し、そろばんが下火になっているのは確かだ。


俺が小学生だった昭和50~60年代には、いたるところに珠算教室があったが、今こうして電子機器の無い異世界に転生すると、珠算を習っておいて良かったと心底思う。


目を瞑ればそろばんが頭に浮かび、自然とそろばんをはじいている。就職氷河期+詰め込み教育+競争社会+リストラ…ずいぶんと苦しんだけど、今だけは団塊ジュニア世代で良かったと思う。


ソファーに腰を下ろして数分経つと、ジュリエッタがやってきた。開始から15分と言ったところか。11歳でこの時間なら天才の領域で間違えない。


「思ったより時間掛かっちゃった。姫殿下と同時だったわ」


「瞬間記憶能力者の姫殿下と互角の勝負をしたんだ。充分凄いじゃないか」


そう褒めると、ジュリエッタは首を横に振る。


「ヴェルの速さは異常だけど、姫殿下も筆算を知らないのに私と同じ時間なんて、噂どおりの鬼才ね」


「ところでその筆算とはなんだ?」


「計算を間違えにくくして、やり易くする方法ですよ。後日必要であれば説明します」


「ああ。頼むよ」


まだ時間があったので、王子達の事を聞いてみると、第一王子は17歳で学年主席、第二王子は15歳で体が少し弱いらしくて、座学ではトップだが剣術では劣るらしく首席ではないようだ。


そんな話を聞いていると全員のテストが終ったと連絡が来たので、再び会議室に集まるように言われたので会議室へと向い、元いた席に腰掛けると、陛下達も会議室に入ってきて元の席に腰を下ろした。


「それでは、みんなご苦労であった。結果は1位はヴェルグラッド、100点で時間は5分。2位はマイアとジュリエッタ、点数は二人とも98点で時間も15分でほぼ同時だった。残りの王子二人は後から自分で聞きにくるように」


『王子達の結果は?邪推するのは失礼か』


「それにしても噂どおりだな。ヴェルグラッドについては、答えを知ってていてもこんなに早く解答が書けるものなのかと思うほどである。王宮で働いている文官より秀でているのは確かだ」


「恐縮です」


「うむ。礼儀作法も教育も行き届いておるな。アルフォンス。凄い息子を持ったな」


「私には過ぎた子供です」


「それにジュリエッタ。まさかそなたがここまで出来るとは思わなんだ。そなたも噂どおりの天才と言っていい。感服したぞ」


「勿体無いお言葉を頂戴し、恐縮でございます」


「うむ。二人ともこれに奢らず、これからも精進するのだぞ」


「「はい」」


陛下は俺達二人の出来に満足した顔をしていた。


陛下は姫殿下の方を向いてウインクすると姫殿下は笑顔で頷いている。何のやり取りだろう…


陛下は、マーレさんに小声で何か指示を出すと、会議室から家族を引き連れて退出していった。


「それでは皆様。褒賞の話は午後からになります。食事の間に昼食を用意しました。陛下達も後から、皆さんと一緒に食事の間でお食事していただきます。案内を致しますので移動しましょうか」


『えっ!?王城で昼メシ食うの?!』


マーレさんにそう告げられると全員が立ち上がった。オレは驚きのあまりワンテンポ立つのが遅れた。


なんでわざわざ午後に?陛下が何を考えてるのかサッパリだ。みろ。立ち上がりはしたが、身内の顔が引き攣ってるじゃないか。


それに、王族も同席?なんなのこれ。腹は減ってるけど、だいぶ面倒くさくなってきた。さっさと儀式終わらせて帰りたいところだ。


食事の間に到着をすると椅子を引かれ席に腰掛ける。正面に伯爵閣下、その隣に父が腰掛けた。


俺の隣にはジュリエッタが腰掛けるのだが、子供用の椅子が3席横に並んでいる。これってやっぱりそういう事なんだろうな…でもなんで?あっち側じゃねーのかよ。ジュリエッタを真ん中にしてやった方が良かったかな。同性だし。


それから、待っていると王族達がやってきた。


「マイア。希望どおりヴェルグラッドの隣に座ると良い」


そうきたか。ジュリエッタは苦い顔をする。伯爵は横に首を振り、父は苦い顔をした後に、こめかみを押さえる。


「ここに、お掛けしても宜しいでしょうか?」


「どうぞ」


「ジュリエッタもそれで構わないかな?」


「マイア姫とお近づきになれるのなら、構いませんわ。ほほほ」


『珍しく動揺しているな。ま、ジュリエッタもどうしたらいいのか、わかんないんだろう』


近くで見る姫様は、先ほどよりも白みがかった金色の髪で美しい。ジュリエッタも美少女だが姫殿下もかなりの美少女だ。陛下が可愛がるのも無理は無い。


「うふふ。本当にあなた達二人は凄いですわね。勉強で負けたり、同点など生まれて初めてです。言葉や礼儀作法もそうですが本当に同年代なのですか?」


「見た目どおりですよ」


『ふふん。中身は違うがな』


「そうですね。私もヴェル様とお呼びしても?」


「はい。お好きに呼んでいただいて結構です」


「それと二人にお願いがあるのですが、私の事は、今後は姫殿下と呼ぶのはやめて下さい。マイアと呼び捨てで呼んで下さい」


姫殿下は笑顔でそう言うが、オレもジュリエッタも一瞬固まる。


「流石に王族の方にそれはできませんよ」


「あら。お父様も了承してくれていますわよ。命を救ってくれた恩人ですし、ジュリエッタさんもですが、初めてお話の合いそうな同世代なので、お友達になっていただきたいのです」


「マイア姫では駄目でしょうか?」


「駄目です。もう決めました」


ジュリエッタも苦笑いしている。やれやれ。ここにも頑固者がいたよ。


「わかりました。ただこれにより不敬を問われると困りますから周知をお願いします。それに、マイアと呼ばせていただく以上、私のこともヴェルと呼び捨てでお願いします。ジュリエッタも構わないよね?」


「ええ。私の事もジュリエッタと呼び捨てにして下さい」


「分かりました。それでは、ヴェルにジュリエッタと呼び捨てさせていただきますわね」


姫殿下、いや、マイアは笑顔だ。ジュリエッタは顔が少々引き攣っているが笑顔を崩さない。動揺を抑えきれないオレとは違って大人だ。


そう決まると、早速マイアはじいやと呼ばれる執事を呼んで、我々の関係を周知するよう指示を出した。仕事が早すぎる。


そうしている間に、ワゴンに乗って前菜から食事が運ばれてくる。ナスは出てきても食わないけどな。


料理が運ばれる合間に、マイアはオレとジュリエッタに好きな食べ物とか嫌いな食べ物を聞いてくる。最初が大事だとナス嫌いを力強く主張したら、ジュリエッタが呆れ顔を向けていた。ジュリエッタ、オレはブレない男だぜ。


食事を終えると再び会議室に呼ばれる。会議室に入ると、陛下と王妃様、宰相とマイアがやってきた。


「それではまず、褒賞の話をしようか。今回、ヴェルグラッドが救った命は10万人とも言われている。これは、都市1つ分の人口に匹敵する。それにマイアを始めとして、上級貴族や下級貴族達からも多くの命が救われたと感謝の言葉がいくつも届いておる」


「10万人とはどのようにして計算をしたのですか?」


「これは過去50年間の統計から計算した数字だ。多少の誤差はあるが聡い子だ、平均値だと言えば分かるな」


「なるほど」


「それでだ、本来ならその功績を称え、領地は無いし、一代限りだが名誉伯爵位を下賜するつもりだ。だだヴェルグラッドはまだ10歳の子供だ。よって15歳の神託の儀まで余が爵位を預る予定だ」


そう陛下が言うと、正面に腰掛ける伯爵閣下と父が驚愕をした顔をしている。そりゃそうだろ。いきなり子供が上級貴族の仲間入りなんだからな。俺なんか手が震えているよ。


「お待ち下さい。それは困ります」


「なぜじゃ?不満か?」


「いえ。陛下はご存知かと思いますが、私はジュリエッタの専属騎士になることを決めています。上級貴族になってしまったらそれが果たせないのじゃありませんか?」


「知っておる。専属騎士のまま結婚をすればよかろう」


ちょっとまて。よかろうじゃねーよ。ジュリエッタもそこで照れるな!


「それともう一つ提案なのだが、先ほども言ったとおりマイアには同世代の友達がおらぬ」


「分かります。僕も同じ悩みを抱えていましたから」


「私もヴェルと知り合っていなければ同じでした」


その答えに、王族達は同時に頷く。


「だろうな。先ほどのテストの結果を見て、もはやそなた達3人は学園に入る必要は無いと判断しておる。交友を深めるにしてもこれだけ差があれば利用されるだけだ」


言わんとしようとしている事は分かる。でもさ、人の縁って大事じゃない?利用したり、されたり互いに助け合って生きて行くものだと思うんだよ。その縁を潰されるのは駄目なんじゃないの?


「それで陛下は私に何を求めるのでしょうか?」


「うむ。ヴェルグラッド、ジュリエッタはこの王都に残り、マイアの傍付として15歳になるまで一緒にいて貰おうと考えておる」


「失礼ですが、私やジュリエッタに執事や侍女の真似ごとをしろと?」


「そうではない。上級貴族となる令息や令嬢をそんな扱いは出来ん。そうだな…枠としては家庭教師という立場でどうだ」


「お父様、そこは友達枠でいいです。私は主従関係は望んでいません」


マイアは立ち上がって強く主張するが、それはそれで困った。それこそ周りに何を言われるのか分からん。


どう答えていいのか分からないので、父達の方に目配せすると伯爵の口元が緩む。何を閃いた?


「陛下、恐れながらヴェルグラッド、ジュリエッタは剣や魔法の才能にも長けております。それならば是非、学園迷宮へ入る許可を頂ければと」


なるほど。利用されるなら、こちらも利用しろと仰りたいのですね。流石は伯爵。腹黒い。


「よかろう。その案を受けようではないか。ちょうどマイアも魔法の鍛錬を始めるところだったからな」


「ええ。皆さんのご周知のように私は瞬間記憶能力があります。既に上級魔法まで魔法陣は記憶しおりますので、きっとお役に立てるかと」


チーター現る!そいや魔法陣を覚えればどんな魔法も使えるんだよな…憶測に過ぎないが、さすが賢者の血筋って事だな。


そう決まると、当面の間は住む屋敷は伯爵の屋敷となる。


友達枠と言う事と王城や王宮では悪目立ちしてしまうと言う事で、マイアが王宮から屋敷に通うと言う話になったからだ。


また、護衛のレリクさんに加え、王国騎士団から護衛と身の回りの世話をする執事も屋敷に派遣される事が決まると解散となった。

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