第35話

次の日、朝寝ているとドアをノック音が聞こえる。


「ん?ここはどこだ?」


見知らぬ天井を見て、ここが王都の伯爵閣下の屋敷だと思い出した。…ってお約束の言葉ですよね。慌ててベッドから起きてドアを開けると、メイドが俺の顔を見るなり頭を下げる。


「おはようございます。お二方とも、お食事の用意が出来てございます。旦那様が汚れてもいい服をお召しになって食事の間へ、いらっしゃるようにと言付けを預かっています」


「分かりました。直ぐに用意して参ります」


そう返事をするとメイドは笑顔で戻って行った。なぜ笑顔なんだと不思議に思ったので、鏡を見てみるとマンガやアニメの様な俗に言うアホ毛のようになっている。あの笑顔の正体が寝ぐせだと思うと恥ずかしい。


「ジュリエッタ、朝だよ起きて」


隣で寝るジュリエッタを揺すり起こすと、ジュリエッタはまだ眠たいようで目を擦りながら起き上がった。


「ん、あ~おはよう。緊張したせいか、昨晩は2回も目が覚めては魔力操作をして気絶して寝直したわ。ヴェルはそんな事は無かった?ぷぷっ、なに、その髪の毛っ!」


「笑うなら笑うといいさっ、それで緊張が和らぐなら儲けもんだよ。オレはよく眠れたよ。それよりも、今メイドさんが来て、朝食は普段着でと伝えにきたよ」


「分かったわ、今日は王族と会うのに、たいした緊張もせずに眠れるなんて、ヴェルは大物ね」


「褒め言葉と受け取っておくよ」


オレの答えにジュリエッタは満面の笑顔。


ジュリエッタが着替えるので、部屋を出て洗面所に行って身だしなみを整える。風呂に一緒に入ったけど湯衣を着ていたし、お互いに着替えを見られるのは未だに恥ずかしい。


洗面所の鏡を見て、日本にいた時は朝起きたら髭剃りとか面倒だったよな。子供の体は楽でいい。蒸らしたタオルを頭に乗せて、寝ぐせを直すとジュリエッタと交代した。


着替えてから一緒に食堂へと向うと、既に全員が集まっていた。


「おはようございます。遅くなって申し訳ありません」


「ああ、おはよう。良く眠れたようだな。二人とも緊張していないのか?」


朝起きたときにジュリエッタと交わした話題を繰り返して苦笑する。


「緊張するほどまだ実感は沸いてきません。着替えでもしたら実感するのでしょうが」


「私は、寝ている時は緊張気味だったけど、今は緊張してないかな」


ジュリエッタはオレの顔をチラっと見ると思い出し笑い。もう直したんだから笑うんじゃないよ。


「ならいいんだ。私が一番最初に王城に行く事になった日は、緊張し過ぎて眠れなかったから心配していたんだ。王城に着いたら緊張して震えがくるし、ガチガチになってた記憶があるよ」


そんな話をされると妙に意識してしまい緊張してきた。伯爵は狙って言っているんじゃないのだろうが、このタイミングで言って欲しくなかった。


朝食後、メイドさんに手伝って貰って、新しく仕立てて貰った正装に着替える。恥ずかしいから自分で着替えると断ったけど、これも役目だから駄目だと言われて素直に受け入れた。


袖を通した瞬間、仕事に行く朝の事を思い出す。いや、入学式かな。メイドさんが着替えを手伝ってくれる母に見えてきた。今日は朝から妙に日本の事を思い出す。


着替えが済むと別室で着替えているジュリエッタを部屋の前で待つ。こんな時こそエスコートするのが紳士の勤めだ。


そう思っていると、ドアが開いた。


「どうヴェル?似合うかな?」


白いマーメードラインのドレスを身に纏ったジュリエッタが、その場でくるりと一回転した後に、微笑むジュリエッタの姿を見て思わず息を呑んだ。


見惚れて一瞬固まったオレをジュリエッタは見逃さない。


「んっ、どうしたのって言うか、さては見惚れていたな」


図星をつかれた。バレバレか…


「あ、ごめん。似合う!今まで見たドレスの中で一番似合ってるよ」


「そう。ありがとうね」


そんなあっさりとした返事だが顔が緩んでやけている。かわいいじゃないか。着替えを手伝っていたメイドも微笑ましく見ている。ごちそうさまって感じかな。


おっさんなのに、小娘に翻弄されるとは情けないがね。ジュリエッタの手を引いて玄関ホールに向うと集まっていたみんながこちらを注目をする。


「おっ。馬子にも衣装とはこの事だな」


「もぅ、お父様!褒め言葉だったら、もっと言い方があるでしょうが」


ジュリエッタが、プイっと横を向いて拗ね顔になる。


「そうだな。すまない。人前で自分の娘を…っていかん、時間が無いから行くとしよう。遅刻は厳禁だからな」


言いたい事はわかります。父も今日は正装をしていて見違えるほどカッコいい。伯爵の正装は王城で管理されているそうなので王城で着替えるそうだ。


みんな揃って屋敷の玄関を出ると、正装なので気を遣いながら馬車に乗り込む。今日は馬車1台で行くそうなので少し狭く感じる。


「レリク、やってくれ」


「はっ! では、出発します!」


王城を目指して馬車はゆっくりと進み出すと、いつもと違う雰囲気に呑まれたのか急に緊張してきた。よく考えてみれば、国の王様と会うんだぜ?ゲームや御伽噺の世界じゃないか。


「何だか今頃緊張してきたよ。ジュリエッタはどう?」


「私も緊張しているわよ」


そうは見えないから聞いてみたんだがな…どちらかと言えば懐かしんでいる感じなんだがな。それに王族に会うのも初めてって言うんだからそうなんだろう。


「まぁ、そんなに緊張しなくても陛下はとても気さくな方だ。気楽ってわけにはいかないだろうが、子供の君たちが必要以上に気負う事はないよ」


「そう仰いますが国を代表する国王陛下ですよ?緊張するなと言う方が無理ですよ」


「父さんも最初は緊張したけど、今ではそうでもない。ヴェルは、いつもの調子なら大丈夫さ」


励まされているうちに丘を登りきって王城の門に辿り着く。城壁はかなり高い。国の象徴である城の存在感をアピールするものだろう。


城壁に挟まれた威圧されそうなぐらい立派な城門に着くと門兵が敬礼をしていて、そのまま馬車は中に入った。


庭園に入るとお約束のように、芝生が広がり、人工的に作られた丸池、噴水、花園、正面には王城が屹立している。


王城の左右には、宮殿が二箇所あったので聞いてみると、正室用の宮殿と側室用の宮殿と別れているそうで、それぞれの宮殿に繋がる通路となっているそうだ。


白をベースとした宮殿は見た目は、神殿のような佇まいをしていて、所々に金の装飾があしらわれていた。その豪華さに圧倒される。


「さぁ、そろそろ降りる準備をしようか」


伯爵閣下がそう言うので襟を正してもう一度身なりを整える。馬車が王城前に停車すると全員が馬車から降りた。もちろんジュリエッタに手を差し伸べてエスコートする。


「ヴェル君やるね。紳士の鏡だよ」


「そう言っていただけて嬉しいです」


毎回やってるんだから今更なんだけどね。それに今日はジュリエッタはゴージャスなドレスだ。ドレスに足を引っ掛けて転倒なんてシャレにならないから。


他のことを考えていると幾らかは緊張も解れる。王城に入ると、兵士が敬礼をしている横を伯爵の後をついていく。


「誰か案内を待たなくていいんですか?」


「馬鹿を言え。伯爵閣下は王宮医療技師だろ?勝手も分かるし、信用もあるから自由なんだよ」


「なるほど」


城の中には初めて入ると天井が高い分だけ少し寒い。だが、大理石で作られた柱の一本一本はちゃんとデザインがされていて、壁にはこの国を立ち上げた初代王の肖像画が飾られていた。


『本やアニメと違って、立体的で迫力が違う。圧倒されるなこりゃ』


王城内の中庭に差し掛かると、大理石で作られた回廊の中心部は中庭になっていて、芝生に囲まれた噴水の水は天気がいいせいで、太陽の光が水面に反射して美しさを強調している。


回廊の突き当たりを左に折れると、それから道なりに歩き、ちょうど真ん中に奥へと続く通路があったので右に回る。


日が差し込まない暗がりの通路を歩いていると、伯爵は控え室と書かれた扉の前で止まる。


「それでは、私は着替えなくてはならないし、陛下にも報告がある。みんなはこの控えの間に入って待っててくれ」


それぞれが緊張した面持ちで「「「はい」」」と返事をすると、伯爵は扉を開けて通路を歩いて行った。


控えの間に入ると、床が大理石で出来ているせいか少しひんやりする。決して狭くないこの部屋には、3人掛けのソファーが6組置かれていた。広い空間に3人しかいなのでとても広く感じる。


「このソファーでいいか。とりあえず座ろう」


父が指を差す出入り口に一番近いソファーに腰掛けると、緊張をしているのか?父もジュリエッタも無言だ。息が詰まりそうだな。ジュリエッタも顔が強張っていたので、父の前だがそっとジュリエッタの手を握る。


「ありがとう。少し落ち着く」


「やるな。いつの間にか成長した息子を見ると、父さん嬉しいよ」


「大袈裟ですよ」


二人の表情も和らぎ、いくらかは気が楽になった。


「それにしても、何でお父様まで緊張を?何度も陛下に会ってるのでしょ?」


「緊張なんかしてないよ。自分の息子が何を言われるのか気になってるだけさ」


「10歳の子供相手に、そんな突拍子も無い事を言われるとは思えないのですが?」


「王城内では姫殿下を救い、多くの国民も救った英雄ってことで、ヴェルが考えている以上に凄い事になっているんだ。コレラが収束して間もないのに呼び出しが早すぎるのもあってな。まあ異例なわけだ」


父は苦い顔をする。


「そもその英雄って誰が言い出したのか分からないけど迷惑な話です。戦で武功を上げたわけでもないし」


「それを言い出したのが他ならぬ姫殿下なんだよ。だから心配なんだ。それに爺さんに聞いただろう?今回の謁見を強く望んだのは陛下なんだ。何を企んでいるのやら」


まあ10歳の子供に無茶を言うことはないだろう。滞りなく無事に終わって欲しい。


それから伯爵閣下が着替えをして戻ってきた。上質で金銀糸が施されたいかにも上級貴族です!と言った格好をしている。謁見ひとつでここまでしないといけないのか?緊張感が増す。


「待たせたな。謁見の準備が整った。行くとしよう」


互いの服装の乱れが無いかを、鏡と互いにペアとなってチェックしてから通路に出た。


通路の突き当たりを左に折れると突き当たり、兵士によって重厚な大扉が音を立てて開かれた。扉の両サイドには兵士が立っていて敬礼をしていて、謁見の間の入り口で一旦止まると謁見の間を見渡す。


『ここが謁見の間か?いや玉座があるから玉座の間じゃないのか?オレの認識が少し違うのか?』


謁見の間、それは国力を現す象徴のようなものだと本で読んだ事がある。


白く大きな部屋の中央通路には、両脇に金の刺繍が施されているレッドカーペットが敷かれ、そのカーペットの行き着く先には、三段だけの低い階段があった。その中央には赤を基調としたクッション材で、金のフレームがあしらわれた玉座が一際存在感を放つ。


玉座の奥の上部の壁には、国章をモチーフとしたレリーフが彫られていて、正面の壁の両端には出入り口の扉がある。きっとそかこら王族がやってくるのだろう。


ちなみに、レディアス王国の国章(国旗)は、ドラゴンが中心に描かれていて右に剣、左に杖がクロスされた物だ。見慣れたとはいえ、最初見た時はファンタジーぽくてニヤニヤした記憶がある。


天井には4つの大きく燦然と輝く金色のシャンデリア、横を見てみると窓枠にも金枠が嫌味なく使われていた。とにかくまあこの上なく豪華だ。


異世界系アニメを見てきた俺からしてみればまさにテンプレ。ただ、実際に質感を伴ってそこにあるとアニメとは違って圧倒される。リアルで感動して声も出ない。


「どうぞ、前へお進みください」


声がかかると「はっ」と我に返り、一礼をしてからシミ一つ無いレッドカーペットを歩いて行く。左サイドに貴族、右サイドには騎士と思われる人物達が、誰一人として姿勢を崩す事無く、無言で立ち並んでいるのが目に入る。


今日の儀式の為か、貴族達は伯爵と同じような上質な生地を使った服を着ていて、帯剣している剣の鞘には宝石が散りばめられていた。武器と言うよりも芸術品、あるいは美術品の類だな。


右サイドにずらりと並ぶ騎士は、自分が目指す王宮騎士か?銀色の煌びやかな鎧を装い、純白の羽織るマントも上質な生地に金糸をあしらったものだ。鍛え抜かれた男性陣の中には女性も数名いる事に驚いた。


各所に装飾を凝らした豪華絢爛な白い空間に、ピンと張り詰めた空気に圧倒されて途中で足が竦みそうになったが、なんとか練習どおりに整列をする。つーか、陛下に会うだけでもいっぱいいっぱいなのに威圧するのはやめてくれ。


「それでは謁見の儀を始める。陛下や王族の方がお成りになる。伏礼」


そう声がかかると、ザッという音と共に一斉に跪いて頭を伏せる。練習どおり、タイミングもばっちりだ。


扉が開く音がすると足音と共に王族の入場だ。足音が止まり一呼吸置いて「皆のもの面を上げよ」とバリトンボイスが謁見室全体に響き渡る。


3秒を意識して頭をあげると、陛下が中央の玉座に座り、王族が両サイドに立ち並んでいた。


陛下は真紅のマントを羽織り、その頭上に金色に輝く王冠には大きなダイヤモンドの宝石があしらわれ、ひと目で国王だと分かった。玉座に腰掛ける時点で分かるけどね。


そして、横には金銀糸が施された上質な服を身に纏った王族が並ぶ。派手な服が下品と感じないのは立ち振る舞いによるものか。そんなオーラが出ているのか。存在感が明らかに自分達と違うと感じる。


「そなたがヴェルグラッドか。直答を許す。こちらへ寄るがよい」


「はっ!」


短く返事をすると練習どおり3歩前に出た。緊張し過ぎて心拍数がさらに上がったような気がする。


「この度は大義であった。そなたが考案したコレラ対策や予防でどれだけの大勢の民が救われたか…そう思うと感謝してもしきれぬ」


「陛下のお言葉、恐悦の極みに存じます」


「うむ。余の娘のマイアも、そなたの点滴で救われたその一人だ。マイア、自ら礼を」


輝く白金の髪が美しいお姫様は、一歩前へ出て純白の羽衣のようなドレスの端を摘み一礼をしてから、にっこりと笑う天使のようなその姿に思わず見惚れてしまった。本日二度目の眼福だ。


「あなたが私の命を救ってくれた英雄さんね。こうして今立っていられるのも、あなた様のお陰だと思うと、どれだけ感謝をしても言葉では足りません。それでも言わせていただきます。命を救っていただき感謝を」


「姫殿下の勿体無きお言葉を頂戴し、有難き幸せにございます」


ひとつ歳下と聞かされていたが気品さを感じる。陛下は笑みを浮かべながら姫殿下の方を見ると、姫殿下は意味ありげに微笑みながら頷いてから元の位置へと戻った。


「それでは、そなたに何かそれなりの報奨を与えたいのだが、お主はまだ10歳と聞く。余も思うことはあるのだが、謁見が済み次第、ここにいる保護者立ち合いの元でその事について協議をしたい。いかがであろう?」


「恐れながら私は年端もいかぬ若輩者。判断がつきませぬ故、伯爵閣下に判断を仰ぎたく存じます。宜しいでしょうか」


「許す。ではウォーレスよ、卿に問おう」


伯爵は立ち上がり「はっ。その話し謹んでお受けします」と言うと手を胸に当てて恭しく一礼をした。


「それではマーレ。この者達を連れて会議室に向え」


「仰せのままに」


陛下達王族が退出して行くのを見届けると、宰相のマーレさんがこちらに向ってやってきた。


「それでは、皆様には、今から会議室に移っていただきます。私に付いてきて下さい」


予想外の展開に父達も困惑した表情を浮かべている。オレもジュリエッタも褒賞の話など知らないって事は誰も聞いて無いのだろう。


何か面倒事に巻き込まれないといいなと思いながら会議室へと移動した。

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