第34話


夕方まで社交ダンス練習をすると、タオルで体を拭いてからコーヒーを飲んで一服する。


「それにしても流石はヴェルね。一度ステップを覚えたらそこからは一気に覚えたじゃないのよ。これなら社交デビューしても恥ずかしくは無いわね」


「そっかな~。自分では分からないけど」


『秘密裏にステップの特訓した成果が出て良かったよ』


体を解す為にストレッチをしていると父と伯爵が帰って来た。


「「お帰りなさい」」


「ただいま。ジュリエッタ。少し話があるから私の執務室に来なさい。ヴェル君、商業ギルドでの出来事については父から聞くといい」


「はい。色々とお手数をおかけして申し訳ないです」


「いいんだよ。ステータスカードを持たない子供が商業ギルドで話をしにいっても、時間の無駄になるだけだからな」


伯爵がジュリエッタを連れて執務室へと歩いて行くと再びソファーに腰掛けた。父も正面に腰掛ける。


「商業ギルドでの話しは、結局のところどうなりましたか?」


「商業ギルドにヴェルの名前でちゃんと登録を完了させておいたよ。ステータスカードが発行される15歳になるまで自動貯金される事にしたよ」


「自動貯金って何ですか?」


父の話によれば、自動貯金とは、今回発明したリン・イン・シャンや化粧品などの製品の使用料などを商業ギルドが預かってくれるシステムの事らしい。


その他にも親からの遺産なども預かってくれるそうで。15歳になったら、親にや自分にもし何かあったら誰にその預金を相続させるかを登録したら手続きは完了だと説明された。


『今の話からいくと、特許の使用料と銀行だな』


「何から何まで手続きをして貰ってありがとうございます」


「親子なんだからやめてくれないか。他人じゃあるまいし」


「ですよね。お父様は、金貨は必要ないのですか?なんなら何割か家の方に回してもらって構いませんよ?」


そう言うと、父は困った顔をした。


「そうだな。あれば助かるが、自分の子供の稼いだお金を回すほど落ちぶれちゃいないよ。それにヴェルが思っているより家は裕福なんだ。貧乏ならともかくとして、今のままで幸せならいいんじゃないかな?」


両親が子供を食い物にしたり、金貨を無心してくる毒親じゃなくて良かった。でも、少しぐらいは受け取って欲しいよ。前世で親孝行出来なかったからなおさらだ。


「わかりました。それでもお金が必要になったときは絶対に遠慮しないで下さい。家族なんですから」


「そうならないようにがんばるさ。生まれてくるヴェルの弟か妹の為にもな。でも贅沢言うなら次はもっとかわいらしい子供がいいいかな?」


「何か僕に不満があるような言い方ですが?」


「不満じゃないさ。でももっと甘えて欲しかったっていうのは正直な話だよ。ヴェルは子供らしい期間が少なすぎたんだ。手の掛からないいい子ではあったが、こんなにも早く手が掛からなくなると、自分で育てた感が無いんだよ」


父の言いたい事はよく分かる。そりゃ、3歳の頃から一人で寝始めて読み書きも教わらずに、スキルまで使えたんだ。それこそおねしょなんてした記憶も無いんだから。


『思いやりが欠けていてごめん。中身がおっさんだから許して欲しい』


余談だが、ギルドに登録するときに、名称が必要だと言う事でリンシャンと名付けたたそうだ。


『パンダの名前みたいだな。なんの捻りもないじゃないかよ』


父と話していると伯爵とジュリエッタが入って来た。伯爵は正面に腰掛ける父の隣に腰掛けて、ジュリエッタはオレの隣に腰掛けた。


「たまたま話が聞こえてきたから口を挟むが許してくれ。ウチのジュリエッタもヴェル君ほどではないけど異常に成長が早かった。それでも成長し続けるわが子は可愛いし自慢なんだ」


「そうだよヴェル。お前は凄いやつだ。何か神様から与えられた使命でもあるんじゃないかとすら思える。それを喜ばない親などどこにもいないんだ」


「それなら良かったです。ホッとしました」


それにしても自分が子供を育てるのと育てないのとではこんなに精神的に差が違うのか?少なくとも日本で50年、こっちで10年生きた自分よりもずっと大人だと思う。


大事な人達だ。この人達は絶対に俺が魔王から守る。


夕食を少し食べ過ぎたので、腹ごなしにダンスホールで父と久しぶりに模擬戦で剣を交えると言う流れになった。


「未成年にたいしてスキルを使うのも見せるのもご法度だから安心して掛かってこい」


逆に自分はデバフを掛ける始末。木剣を打ち合うと【カーン】と、いい音が鳴る。身長差も体重差もあるので鍔迫り合いだけなのに、ギリギリと押されて結構つらい。


「おっ、なかなかやるようになったな」


軽く薙ぎ払われてバランスを崩す。


『とうちゃん大人げないんじゃない?重力魔法を解けば素でもなんとかいけるけどさ、勝ったら勝ったでそれこそ言い訳が難しいし、伯爵との約束もあるしな』


3分毎に自分にデバフを掛けながら30分ほど打ち合うと、お互い礼をして模擬戦を終える。父は満足気。親としての面子を保てたようで良かった。


汗だくになったので服を脱いで涼んでいると、父はオレの体を見て驚いている。そうマジマジと見られると照れるじゃないか。


「おいおい、ヴェル、いったいどんな練習したら子供の腹が割れるんだ?大人でもここまで鍛えるには鍛錬がそうとう必要なんだぞ」


「毎日時間はありますし、家の庭で畑を耕すのを手伝っているうちに体が鍛えられている事に気が付いたんです」


「なるほど。言われてみればクワで土を掘るのは、天の構えからの剣を振るのと動作が似ているから理に適ってるな」


「はい。腹筋、背筋、腕の筋肉も鍛えられますしね。やり方次第では体幹も鍛えられますから一石二鳥と言ったところです」


そう答えると、父は溜息を吐いて首を横に振る。


「相変わらず、合理的というか、凄い事を思いつく息子だよ。父さんも暇な時やることにするよ」


まあ、実際はさらに重力魔法で負荷を掛けて体を鍛えているけどね。鍛え過ぎが身長に影響があるのかは気になるところだが、本に載っていた年齢別の子供の身長より遥かに上まわっているので大丈夫だろう。


ホールにあるベンチに腰掛けて、水分補給をしていると一気に汗が毛穴から噴き出してきた。


タオルを取りに行こうと立ち上がると、タイミング悪くジュリエッタと伯爵がホールにやってきた。


上半身裸のオレ達親子の体を見て、ジュリエッタは顔を真っ赤にして俯き「もぅ~早く何かを着てくれないかな」と、置いてあるタオルを取って差し出す。


「ごめん、つまらないものを見せてしまって」


「明日、陛下との謁見が午前10時と決まったので予行演習しておこう。二人とも、体を拭いてさっぱりしてからで構わないから執務室に来てくれないか?」


「はい。お気遣いありがとうございます。ジュリエッタ、タオルありがとう」


そんなわけで、ささっと汗を拭ってから執務室に向かうと、ジュリエッタも王族と初顔合わせと言う事で、一緒に色々と教育を受ける事になった。


教育が始まると、王侯貴族に醜態を晒さないようにと馬車の中で書き留めていたメモを見ながら真剣に取り組んだ。


言葉の言い回しなどが独特で、明日噛まないように言えるのかどうか心配になる。


「よし。いいだろう。とても子供とは思えないぐらい出来だな。これなら二人とも上手くこなせるだろう」


「はい。色々と教えていただいて、ありがとうございました」


儀式の練習が終わり、お風呂に入って、本格的に完成したリンシャンを試しに使ってみたが匂い、艶、クシ通りなど、なかなか満足のいく出来栄えだった。


部屋に戻ると、先にジュリエッタが布団に入って待っていてた。


今日は体力や魔力を使う事が多かったし、明日は大変な一日になりそうなので、早めに寝る事になっていたので、そのままベッドに入る。


布団に入ると魔力操作の鍛錬を行う前に「ジュリエッタは、陛下や王族の面々と顔を合わせた事あるの?」と、気になったので聞いてみた。


「無いわね。一般的には王族に会う機会なんてのは無くて、上級貴族の家族が社交界デビューしてから遠くから見るって感じね」


「そっか。やはり雲の上の存在のようなものなんだな。ジュリエッタは伯爵令嬢なのに社交デビューはしなかったのか?」


「6歳の誕生パーティーでしたわよ。でもその時に気付いたの。自分と同じ歳の子達との違いをね。だから、その後はお誘いがあっても断り続けたって感じかな」


「なんとなく分かる気がするよ。それにしてもよく毎日僕の部屋に寝にくるね~」


そう言うと、ジュリエッタは「嫌なの?」と、不機嫌そうな顔をした。


「そうじゃないよ。ほら、あの時寒いからって言う理由だったじゃない?」


「そうだったわね。でも今は少し違うかな?」


「じゃ今は何?」


「それを私から言わせるわけ。好きだからに決まってるでしょうが」


頬を赤く染めて、照れまくるジュリエッタを見て自分自身も照れてしまった。聞いた自分が馬鹿だった。


「ありがとう。俺も好きかな?」


「かなって何よ。ついでみたいでなんか納得がいかないわね。もっと素敵な女性になって、好きで好きでたまらなくしてやるんですから。覚えてらっしゃい」


へいへい。俺も好きだからいいだろう。とは言え中身が中身で変なロリ嗜好は無いから、恋愛とかを意識するのは後5年以上先の事かな。


夢の中のヴェルは死に際にやっと気持ちを伝えられたんだ。その補正があるからだと思う。ジュリエッタを1番に考えるのは間違い無い。


何はともあれ色々と行動に移すのは、まずは明日正式に専属騎士になってからだな。

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