第33話

この話は時系列では15話ぐらいの話となっています。以後マイアは、私(わたくし)と言った感じで脳内翻訳していただけたら…



― マイアSide ―


コレラの非常事態宣言を受けて、父の厳命で私は王宮の外部との交渉を制限される事になった。


『王族の血が絶たれれば国の存亡に関わるので仕方が無いか…でも、これだけあれば、退屈しのぎにはなるわね』


壁一面の本棚には恋愛小説が隙間なく並ぶ。


稀に廊下から衛兵や従者達の声が聞こえてくるけど、残念ながらこの王都でもコレラ感染者が急増していると言うネガティブな内容ばかり。


そんなある日、幼き頃から私の面倒を見てくれていた、専属侍女のエーレがコレラに感染したという衝撃的なニュースが入ってきた。


「エーレ、死んじゃ嫌…」


根拠も何もなかったけれど、漠然と自分やその周りは大丈夫なのではと思っていたので、それは目の前に突然現れた危機。


コレラと呼ばれている流行り病を患うと80%以上死ぬと言われている。私は目に見えないコレラと言う流行り病に戦慄した。


食事の受け渡し以外は極力部屋から出ないように警戒は続けたが、ある日の晩、お腹が痛くなり、吐き気がする。お腹が痛い、何度も自室にあるトイレを往復するが、その度に水分を摂るが次第に症状は悪化、眩暈がする、力が入らない、朝方になると、ついに私も口から大量の白い水のようなものを吐き出してしまう。この症状はコレラ…


いつもなら、じいやか侍女がお付でいるのにコレラの感染予防の為に誰も部屋にいない。


布団のシーツを必死で掴んで、なんとかにベッドの這い上がって「誰か!」と助けを求めた。


扉が勢いよく開いて私の姿を見るなり「姫様!!」と衛兵が飛び込んで来てた。


朦朧とする意識の中で「私は、死ぬの?嫌、こんな風に死にたくない」と、ぼんやりと弱音を吐く。


「そんなことはかありませぬ。必ずやお救い致しますから!!」


「恋も知らずに死んでいくなんて嫌です」


最後に出た言葉がこれでは恥ずかしい限り…ですが、まだこの世に生を受けて9年しか経っていないのに、恋もせずに死に直面するなんて。


それから、薄れゆく意識の中で生まれてからの人生が鮮明に浮かび上がって来た。これが走馬灯と言うものなんだろうか…


◇ ◆ ◇


私は、この国の第一王女として生を受け、今まで何不自由なく幸せに生きてきた。


そんな時に、思い出されたのが、幼き頃に今と同じ様に病床に伏せている自分の姿が頭に浮かぶ。


ああ、今思い出したけど、私は風邪を拗らせて今のように生死を彷徨った事があったんだわね。


『今思えば、あの事が切っ掛けで瞬間記憶能力スキルに目覚めたんだ。あの時は何も自覚は無かったな』


もともと、英雄譚や恋愛の話などが好きだったから、こっそりと部屋に本を持ち込んで文字は読めていたけど誰にもその話はしなかった。


そんな事を振り返っていると目の前が真っ暗になる。


◇ ◆ ◇


まるで舞台を見に行った時のように目の前が暗転したかと思うと、次に頭に浮かんだのは、お父様が専属の教師を付けて王侯貴族としての振る舞い方から勉強を始めるよう言われたんだ時の事だった。


この記憶は4歳ごろのかな…教師が絵本を使い文字を教え始めてくれることになったんだ。


「姫様、文字を記憶するように、私に続けて同じように読んで下さい。さすれば、文字を覚えて読むスピードが上がります」


私は絵本を持ち「きおく?ですか?」そう言ったのです。


今思うと、それがスキル発動の詠唱だったのでしょう。絵本に書かれたページが脳に刷り込まれた気がしました。私は本置いて、得意げに本の内容をすらすらと読んで教師に聞かせました。


あの時は大事になるとは思いもせず、特に何も考えなどなかったな。今ならけっして言いません。


「これは凄い!陛下にすぐにお伝えせねば!!」


教師は慌てて部屋を飛び出して行きました。


お父様と教師は戻ってくるや、私の能力を再確認すると、お父様は幼い私を抱え「素晴らしい!この子は神から遣わされた神の子かも知れぬ!!」と大喜び。


『あの時は、ただお父様が喜んでいるのを見て、自分は良いことをしたのだと思ったんだっけな』


その後文官が文献を調べたようで、過去にはそういったスキルではなく先天的に瞬間記憶能力を持つ人族もいたとのこと。私は教師からこの能力の事を詳細に教えて貰いましたが何だか違う気がする。


その違和感が明らかになったのは、私の場合は覚えられるのは、紙に書かれた文字だけで「記憶」と言わなければ覚えられない。


『魔力の消費を感じるのでこれはスキルだろうな』


お父様と文官が苦労して調べて教えてもらったので申し訳なくて、そのことは今まで誰にも言ってはいません。


それに、15歳まではスキルを使えることはないのです。うっかりこれはスキルですと言えば、今よりもずっと面倒な事になるに違いない。子供ながらにそう思った事を今でも思い出せます。


スキルならばの利点もありました。魔力を流しながら本を読んでいると、意識を無くしてどんな時でも安眠出来るし、どうでもいい日常などは覚えなくてもよいのです。悲しい記憶やどうでもいい記憶に縛られることもありません。


◇ ◆ ◇


再び暗転すると、次に頭に浮かんだ記憶は6歳の誕生パーティーでした。あの時のショックは今でも忘れられないな…


各国の王侯貴族から、アプローチを受けて、それなりに会話をしましたが、顔は申し分ないのですが、同世代の子達との会話内容は玩具、流行りの物、お菓子の話ばかり。


『何ですか?会話の内容や、言い回しの程度が低すぎやしませんか?』


なので少し年上の男の子達と話をしても、私に気に入られようと言動や行動ばかりでうんざり。


『これはまずい。恋愛結婚を望んでいる私にとって由々しき事態。8歳上と6歳上のお兄様との会話も何となく物足りなさを感じてはいましたが、まさかここまで酷いとは…』


なので、その気持ちを両親に吐露しました。


「お父様、お母様。このままでは、私は結婚出来ないかも知れません。その…驕り高ぶる気などまったくありませんが、みんなが私の機嫌をとろうと必死ですし、会話がかみ合わないのです」


「うむ。やはり同じ年代の子供では物足りなかったか。瞬間記憶能力は素晴らしいが、このような弊害が出るとは思いもよらなかったな」


「でもマイア。ある程度は妥協は必要なのではありませんか?身近な王侯貴族を探しても、今のあなたに見合う子供などいないのですから。でも安心して。年を重ねれば埋められるわよ」


『それは大人を見ていれば分かります…でも、ずっとこのまま我慢しろと?』


そう頑なに拒否するのは、やはり本の影響なのかも知れません。恋愛の話に思いを馳せない女性などいるはずが無いのです。


私は自分に相応しい相手が見つかるまで安易に婚約者など作る気にはなりません。絶対に後悔するのだから…


◇ ◆ ◇


微睡みながら幼い頃を思い出していると、突然目が覚めた。


「姫殿下。気分はいかがでしょうか?」


声がする方向へ目をやると、口と鼻を覆う奇妙な布をした王宮医療技師のウォーレス卿が目の前にいて驚く。


「私はいったい?」


「ええ。コレラに感染して3日間も眠りになられておられました。もう峠を越えたので大丈夫ですよ」


私は右手に違和感を覚え首を捻り確認をすると、ガラスの瓶にゴムが繋がれた管が右腕に刺さっていた。


「これは?」


「これは、ある人物が考案した生理食塩水という点滴にございます。なんでも人間の体に流れる成分と同じ成分であると」


「私は助かったのですね。エーレは!エーレは無事ですか?」


「無論ですとも。侍女のエーレも無事回復しておりますよ。この点滴のお陰で王城のコレラ感染者誰一人として亡くなっておりません」


幼い頃から面倒を見てくれていたエーレの無事が確認できると、目から熱いものが零れ落ちた。


「よかった…本当に良かった。さぞかし高名な研究者が考えたものなのでしょうね」


「ははは。実はその人物は表舞台に立つ意思はございません。内密との事で私も強く口止めされているのです」


「それはいけません。私の命を救った恩人なのですもの。是非、直接御礼を申し上げたく存じ上げます」


「分かりました。その者には伝えておきます。まだまだ姫殿下は病み上がりでございます。今はごゆるりとご静養くださいませ」


私の命を救ってくれた者に心から感謝を…


◇ ◆ ◇


それから1日が経過すると点滴も外れて、スポーツドリンクという薬が処方された。


『なにこれ…美味しい』


五臓六腑に染み込んで行くような感じでとても薬だとは思えない。この飲み物も私の命を救った方が考案なさった飲み物なのだとか。


点滴が外れて、手足が自由になったので、本を読んでいると、お父様とお母様が私の部屋へとやって来た。


「マイア、助かってよかった。万が一を思うと生きた心地がしなかったぞ!!」


感極まったようで、両親は人前なのに涙を流して喜んでくれて、私まで涙が出てきた。


「心配かけてごめんなさい。それにしても、その口と鼻にしている布は何です?ウォーレス卿も同じ物をしていましたが?」


「ああ。これはだな、コレラの蔓延を防いだ者が考案したマスクと言うものだ。その者がこれらコレラ対策や予防する物をたくさん考案してくれたお陰で、コレラによる死者は激減して、既に王都でもコレラは収束に向っておる」


あまりにも、嬉しそうに話すお父様から話を聞いていると、いつもなら国全体で10万人を越える死者が出るのに、この度の死者はコレラ対策が広がる前に亡くなってしまった1千人程度の被害だったそう。


『もう少し対策が早ければ、私のように助かる命だったかもしれないのに…』


自分は運が良かっただけ…そう思うと亡くなられた人には申し訳ない気持ちになって、手放しでは喜べなかった。


「それにしても凄いですね。10万人の命を救うなんて。王宮医療師のウォーレス卿がその考案を持ち込んだと聞いておりますが、お父様はその者をご存知なのでしょうか?」


「もちろんだとも。それを伝えにこちらに来たのだ。驚くなよ。なんでもこのコレラ対策を考案したのは、ヴェルグラッドと名の男爵家の10歳の子供だそうだ」


「えっ、嘘!本当に?」つい自我が出てしまい恥ずかしい。


お父様は手を叩いて誰かを呼ぶと扉が開き、ウォーレス卿と純白のマントを羽織った見覚えのない、黒髪の騎士の恰好をした男性が部屋へと入って来た。


「ウォーレス伯爵。紹介を」


「姫殿下、お身体の調子が良さそうでなによりです。こちらに控えますは今回コレラ対策を考案されました、ヴェルグラッドの父、アルフォンス男爵にございます」


ウォーレス卿に紹介をされると、アルフォンス男爵は緊張した面持ちで一歩前へ出た。


「お初にお目に掛かります。只今紹介に預かりましたアルフォンス・フォレスタにございます。以後お見知り置き下さい」


恭しく挨拶をした男爵に、私は一瞬見惚れてしまう。


アルフォンス男爵は美丈夫と言いうか、整った顔立ちと均整のとれた体格、この国では珍しく艶やかな黒髪、黒真珠のような黒い瞳をしていて何か神秘的な感じがする。


『好みの問題だとは思うけど、メイド達に人気のあったウォーレス卿よりも人気があるんじゃない?私を救ってくれた、子息も父親と似ているなら…』


そう思わずにはいられない。当然、子息の事を知りたくなる。


「そうですか。あなたのご子息が私の命…いえ、国民の命をも救って下さったのですね」


「はい。息子は3歳で読み書きを覚え、私が買い与えた他国の本にも興味を示して精通しておりました。その本を見て今回のコレラ対策を思いついたと」


「さっ、3歳でですか!それはざぞかし周りは驚かれたでしょう」


「はい。従者からは神童と持てはやされおりました。私の子供とは思えないほど優秀です。あっ、つい自慢して申し訳ございません。親バカですね」


アルフォンス男爵は顔を赤くして頭を下げる。


「親バカにもなりますわよ。誇るのも当然です。多くの民を救ったのですから。それに、ヴェルグラッド様は、お父様に似ておられるのでしょ?」


『やばい、つい勇み足を…』


「親の贔屓目と笑われるかもしれませんが、顔立ちは私よりもいいと思います」


なんたる僥倖!是非ともお会いしたい。喜んでいることが顔に出ないよう話を続ける。


「命の恩人のヴェルグラッド様に直接会って、お礼を申し上げたいのですが?」


すると、ここでウォーレス卿が前に出る。


「それについて私から補足させて下さい。この度、私の娘であるジュリエッタが、そのヴェルグラッドと共に、社交パーティーにて専属騎士の儀を執り行う為に王都へやって参ります。もしその時で宜しければ、お目通りが叶うかと存じ上げますが」


『ぐむぅ。既に売約済でしたか。専属騎士とは婚姻と同じ。恐らく家族ぐるみで将来有望なヴェルグラッド様を囲った?』


伯爵家の子女と一代限りの男爵家の子息では身分の差が違い過ぎるのに、あっさりと許したとならば、俄然興味がでるのは当然の話。


「そうですか。それではその時に是非、お礼を言わさせて下さい」


「姫殿下がそう仰られるなら、私に断る理由はございません。それでは日程が決まり次第、連絡さしあげます」


「はい。楽しみにしておりますわね」


「それでは、そろそろ私達は失礼を」


「うむ。二人とも悪かったな。また追って連絡をする」


「はい。姫殿下、お体をお大事にしてください」


ウォーレス伯爵がそう言うと、アルフォンス騎爵は恭しく頭を下げて部屋から出て行った。


ひとつため息を吐いて、早速だが両親に今の悩みを打ち明けることにする。


「お父様。相談なんですが、もし私がそのヴェルグラッド様を好きになったらどうなさいますか?」


その突然の問いに両親は驚いて困惑した表情になる。


『それはそうでしょうね。伯爵令嬢の専属騎士を好きになったらと言っているのですから。他人の婚約者を奪うなど、恋愛小説ならば悪役令嬢のやる事』


「んっ?何を言っておるのだ。先ほども聞いたであろう?かの者はウォーレス卿の娘の専属騎士になるのだと。それにまだ、顔も合わせておらぬのだぞ?」


『だから相談をしているのですよ。お父様。分かって欲しい。恋愛小説に出てくる悪役令嬢のように断罪されるのは避けたいから、妙案がないか聞いているのですよ』


「もしもの話です。私が好きになった場合をお聞きしているのです」


「それは困った。上級貴族であるなら重婚は禁止されてはおらぬが、一代限りの下級貴族となるとそうは行くまい」


お父様がそう答えると、お母様はなにか閃いたような表情を浮かべる。


「そうだわ。ヴェルグラッド様はこの国の人々を守った英雄です。今直ぐは無理でも将来、名誉伯爵の位を授爵すれば何とかなるのではありませんか?」


「お母様。それはっとても良い提案です。王位継承権を放棄して、私と結婚をすれば公爵になるのです。そうなれば、周りは反対など無いですよね?」


ただ、好きな男性と添い遂げられるなら、正妻や側室など呼び名などは、私は興味はありません。なので、お母様の提案に乗らないわけありません。


「けっ結婚だと!!」


「お父様、落ち着いて下さい。可能性の話です」


「そっそうだな。取り乱して悪かった。話は戻るが、この国を救った英雄となれば、領地の持たない名誉伯爵ならば授爵させるのもありだな」


「ヴェルグラッド様は、この国の民の命を救ってくれた功労者です。それに報いなければ王家の恥。市井の民も納得はしないでしょう」


まだお会いした事はありませんが、私にとって最大の好機が訪れている…逃してなるものですか。


「そうだな。授爵の件は話を進めようか。コレラから民を救ったのは紛れもない事実。まだどんな子供かも分からん以上、後の事は、謁見後に決めようではないか?」


「はい。そうさせて下さい。それと、くれぐれもこの事は内密にして欲しいです。狡猾だと思われたり、権力を翳して好きになって貰うのは嫌ですから」


『私が狡猾で悪女なのは認める。だけどやれる事はやってみたい。それが恋愛の基本であり醍醐味だから…』


「そうね。政略結婚ではなく、恋愛結婚したいと常日頃から言っていましたからね。お母さんも応援しているわ。がんばんなさいな」


「さすがは、お母様ですね。理解して貰えて嬉しいです」


その後、ウォーレス卿の子女のジュリエッタさんも、屋敷で働く従者達から天才と呼ばれているそう…しかも聡明で美しい方なのだとか。


それに、もしヴェルグラッド様が私の事をお気に召されなく、将来を誓い合う仲になってくれなかったとしても、神童や天才などと言われている同世代の子供と縁を持つ事は、国としても極めて重要なのです。


そんな傑物が突然、私の目の前に現れるなんて…それも2人同時にです。これは運命かも…神様に感謝せずにはいられませんね。

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