第40話
王城へ向かう馬車は宴の開かれる正宮へ向かう。
マイアの話では広い王城の敷地はいくつかの区分けされているそうで、正室の家族が住まう王宮、側室の家族が住む別宮の他に、今回開かれる社交パーティーを行う行政ブロックや軍事ブロックがあるそうだ。
行政ブロックに入ると、見た目がギリシャの神殿建築となんら変わりない建物の前は階段になっていて、受付前には多くの人だかりが見える。
「さあ。着きましたよ」
レオールさんが馬車の扉を開けたので二人をエスコートして降りると兵士達が並んでいて一斉に敬礼。規律の高さがうかがえた。
敬礼する兵士を横目に階段を上がり終えると眼前に飛び込む景色は正に圧巻の一言。神殿の多柱の1本1本まで繊細な彫刻が施されており、その意匠は柱によってさまざまだが迫力が半端なく凄い。
白をベースとした王宮の壁が夕暮れのオレンジ色に染まり、その織りなす影とのコントラストが息が止まるほどに美しい。
オレは息を飲んだまま、終始笑顔な二人の花を両腕に携え先導するレオールさんに着いて行くと、俺達に気付いたウォーレスさんとレリクさんが笑顔でこちらにやって来た。
「お待たせしまして申し訳ありませんでした」
「まだ始まる時間には早いよ。君達全員受付は必要ないから、早く会場の中へ入りなさい」
「もぅ、お父様ったらマイアが居るのに挨拶を省くなんて、作法に煩い上級貴族が聞いて呆れるわ」
「すまないが、ジュリエッタ達が姫殿下と一緒だから目立つんだよ。それに身内に時間を掛けれる時間が無いんだ。これでも王宮医療技師だからな。他国の要人にも挨拶をしなくちゃならないしな」
「なんかすいません。私のせいで…」
「謝る必要はないってば、変な噂が立つといけなから中に入ろうか」
恋人でもないのに自然とマイアをジュリエッタと同じようにエスコートをしている事に気が付いたが、ここで手を払い除けれるわけがない。
「そうね。マイアが気にする必要はないわよ。お父様の言うとおり早く中に入りましょ」
開かれた3メートルを超える大扉をくぐり会場の中に入ると一斉に無数の視線がこちらに向いた。値踏みするような視線に思わず『ほっといてくれ』とボヤキたくもなる。
じいやさんに、予め決められていた席へと案内をされると会場を見渡すと、多柱室の天井には金細工が施された彫刻に圧倒される。
「なんか歴史を感じるな…」
各テーブルには飲み物が置かれ、会場の壁際は所狭しとオードブル的な料理が並べられていていてビュフェのような食事形式になっていた。壇上近くに目をやると、オーケストラの演奏者が楽器を持って椅子に座り始めていた。
『さすがは王宮だな。芸術に疎いオレが感心するくらい素晴らしい。ちゃんと教養がある人が見たらどう言う評価をするんだろうか?』
「それでは、私は王族の席に参りますね。また自由に動けるようになりましたら戻って参ります」
「王族も大変だね。あまり無理はしないように。また後でね」
「ええ。それでは」
マイアはそう笑顔で答えると、王族達が集まる席へと向って行った。改めて思うが9歳とは思えない所作と風格だ。
「ちょっと聞きたいんだけどさ、マイアがなんだかグイグイと来ることにあざとさを感じるんだけど、オレってジュリエッタの専属騎士だよね?文句の一つでもないの?」
「えっ?別に何も思わないけど…マイアがヴェルに好意を持っているのは知っているからね。朴念仁じゃあるまいしヴェルも気付いているんでしょ?あとはヴェルの気持ち次第じゃないの?もう貰っちゃいなさいよ」
犬や猫の子じゃあるまいし…確かにマイアはかわいいけど、相手は王族だしロリ属性があるわけじゃないだけにどうしたらいいのやら。
「はいそうですかとは言えないよ。友達枠と言われてるからはっきりとした言葉を貰わない以上、受けるとか断るとかそもそも選択肢すらないし、それこそ今簡単に決めると政治利用とか言われそうだし」
「上級貴族ともなれば一夫多妻だし政略結婚もありなんだから、深く考えなくてもいいんじゃない?ヴェル的にはそう言うのは嫌だと思うかもしれないけど、王族が後ろ盾になるのなら前も言ったけど私は賛成だわよ」
うーん。相変わらず子供の意見とは思えん。日本での記憶があるだけに、拒否反応っていうか理解出来ないよな。建前にするならマイアが賢者で騎士として守るってのは在りかもしれないが、どちらにしても答えを焦らないほうがいいし出す必要もないか。
それから、ウォーレスさん達が戻ってくると、入り口の扉が閉じられた。
「お疲れ様でした」
「ああ。正直、肩がこるよ」
その気持ちは分かります。俺なんてこの衣装だけでもそんな感じだもんな。体力や鍛える筋肉とは違う精神的なものかも知れない。そんな事を思っていると、オーケストラーによる国歌の演奏が始まった。
それに合わせるように王族が壇上に上がっていく姿が目に入る。
王族がそれぞれの位置に付くと、国歌の演奏が終るまで目を瞑り右手を胸に当てていた。周りを見るとみな同じ姿勢だ。慌てて俺も同じように倣うが『なんも聞いてねーぞ』と聞こえないようにボヤく。
国歌の演奏が終り、目を開けると右手に王笏を携えた陛下が3歩前に出て、マントを翻して両手を広げ喋り始める。
「今日はよく集まってくれた。コレラも収束し皆が無事乗り越えられた事を祝う宴だ。既に知っているだろうが今回このコレラに打ち勝つべく知恵を生み出した英雄がここにいる。ヴェルグラッド伯。ジュリエッタ嬢、余の元へ」
『えっ!突然呼ばれたぞ?そういう大事な事は事前に言ってくれよ。セレモニーやサプライズはいらねーから。わかるか?オレだって心の準備が必要なんだよ。こういうのが快感って奴らとは違うんだからさっ』
みんなが注目をしていると思うと、緊張して心と体が離れたように強張る。
目を瞑り『落ち着けオレ。これは契約のためのプレゼンだ。このコンペは絶対に勝ち取らなくちゃいけない。緊張してる場合じゃないぞ』とサラリーマン時代を思い出しながら自己暗示をかける。
『そうだ。さあ胸を張れ。いけるか?オッケー。さあ行こう』
同様に顔を強張せるジュリエッタをエスコートしながら。陛下の待つ壇上へと上がると、会場に集まる面々に向ってう一礼をする。
「上級貴族には昨日儀式を通じて伝えたが、このヴェルグラッドとジーナス伯爵家の娘であるジュリエッタと専属騎士として儀式を交わした。他国の要人並びに貴族、大商人の諸君、わが国を救ったこの英雄に拍手を!!」
そう言うと万雷の拍手が会場に鳴り響く。耳鳴りを起こしそうなぐらい大きな音だ。そして、拍手が鳴り終わると王が口を開く。
「それでは前置きはこれぐらいにして、宴を始める。皆のものよ。今宵は楽しむがよい!」
陛下の言葉を合図に音楽が流れ始める。一言挨拶をと言われなくて安堵する。
宴が始まると、自分の娘を紹介する貴族や商人はいなかったが、それでもオレの周りには人だかりができていた。
「この度は我が領民をお救い下さりありがとうございました。もし大勢の民が亡くなっていたと思うとどんな言葉でも言い尽くせません。フォレスト伯の叡智に感謝を」
こんな感じで、次々と貴族達が挨拶にやって来た。あまりにも数が多すぎて名前を覚え切れない。まあその必要も無いだろうが。
それでも、公爵、侯爵、辺境伯、伯爵とは顔繋ぎはしないといけないので、極力がんばって覚えたつもりだ。上級貴族達の次は大商人達もやってくる。狙いはリンシャンだな。
「それにしても、その素晴らしい髪の艶、伯が新しい洗髪剤を発明したと聞き及んでおります。是非我が商会に取り扱わせていただけないでしょうか?」
「商業ギルドに話をしてありますので、そちらを通してお願いします」
リンシャンついてはさらりとあしらう。
まあ全体を通して概ね予想通りの結果だった。そう言やマイアに手土産として渡した物はどうであったんだ?先ほどは緊張していたので見もしなかったけど。
そうして改めて王族達を見てみると全員がサラサラ・ツヤツヤ・ピチピチだ。さっき渡したばかりだぞ?反応早いじゃないか。
それから、他国の要人と挨拶を交わしてからやっと食事にありつける。客観的に見てオレは子供なんだからさ、メシが先なんじゃねーの?無駄に大人扱いされてる気がする。
オードブルが下げられ、食事そのものはじいやさんが新しい物をメイドさんに指示をして持ってきてくれた。出てきた料理は見た目も鮮やかな上に、その味は筆舌に尽くしがたいほど美味かった。
食事が終わるとダンスの時間となる。まずジュリエッタと踊る。ジュリエッタは俺の前に立つと「肩の力が入りすぎよ」と苦笑する。
「勘弁してくれ」
「そうだったわね。気楽にいきましょう」
ジュリエッタは笑顔でそう答えると、足を引き膝を曲げ、見事なカーテシーを披露すると、俺は緊張しつつも左手を胸に当て、ボウ・アンド・スクレイプで礼を返して手を取りダンスを始める。
練習の甲斐あってかジュリエッタ、マイアとも無難にダンスをこなした。恥をかかなくて良かった。
「それにしてもヴェル。あなた本当に本番に強いわね」
「ええ。とてもお上手でした。今日が社交デビューって言うのは嘘じゃないのですか?」
そうかそうか。失敗は無かったか。無事に役目を終えて安堵していると、俺達と同じ歳ぐらいの上品そうな、貴族の少女が護衛と思われる男二人を連れてこちらにやってきた。
「英雄ヴェルグラッド様。私はアーレン王国の侯爵の二女、マリン・ホーネットと申します。是非一緒に踊っていただけませんか?」
これも役目のひとつだと思い了承する。
年相応の微笑ましいカーテシーに、ボウ・アンド・スクレイプで礼を返すと、少女の手を取ると少女の手が異様に冷たい。違和感を覚えつつダンスを始めると、少女の笑顔は突然と邪悪な顔へと変わる。
見た目は少女のまま、おおよそ少女では発しないような野太い声で「つ~かまえた~!」と掴んだオレの片手を捻り上げ後ろに回る。合気道をやっていたが暫く鍛錬を怠っていたので反応出来なかった。
「いてーよ!離しやがれ!!」
本当に痛かったのでそう叫ぶように言うと、少女は徐々に変身を始め、身長は倍以上に伸びて、頭の両サイドに大きな角を生やした男の姿と変身。護衛だった二人も姿を変える。
周りは騒然。演奏も止まり、みんなこちらに目を向けるとマイアとジュリエッタも捕らえられていた。
「誰だおまえは!」
掴む手を振り解こうとするが力が強くてビクともしない。王宮騎士や魔法士は剣や杖を構えるが、オレ達が人質なので、苦虫を噛み潰したような顔をして見守る事しか出来ない。
「武器を捨てろ!!さもないと、この英雄とやらの命はないぞ!」
兵士達は武器を捨てて手を上げる。
「もう一度聞くけど、おたく何者?見たところまともな容姿じゃないが」
再度そう聞くと、男はこちらを見下ろしながら優越感に満ちた目で笑う。
「私か?しがない上級悪魔さ!あいつらは下級悪魔の手下だ」
「上級悪魔だと!!」
俺が言う前に、陛下がそう言うと会場はどよめく。
「それで狙いはなんなんだ!」
「英雄が現れたと聞いて急いで来たが、こんな子供とは話にもならん。何の脅威でもないわ。ガッカリしたが手ぶらで帰るのもなんだから、土産がわりに祭り上げられた英雄を殺して貴様らの希望を折ってやろうと思ってな」
上級悪魔はニヤニヤと周りを見渡す。
「なら、彼女達は関係ないだろ!解放しろ!」
「なに、ついでだ。魔王様の復活のリソースの為に、この国の姫と婚約者も殺害させて貰おう」
リソースって何だ?ヘイトじゃなくてか?とにかくだ、これだけ人がいれば何も出来ない。とりあえず退出願おう。
「陛下、私に構わず全員に退去命令を!!」
「おいガキ!なんの真似だ。そんなに早く死にたいのか?」
「なあお前、負けるとか全く思ってないだろ」
「バカか?このクソガキめ。なめた真似しやがって」
周りを見ると、兵士が扉を全部開け貴族や商人達は我先にと逃げていった。閃光を知ってる、ウォーレスさん、レリクさん、ジュリエッタが対閃光防御のためしっかりと目をそれぞれ保護している姿が見えた。
「追わなくていいのか?その余裕が命取りになるとか思わない?」
「拍子抜けだが今回は貴様以外の人間になどに興味はない。それでは犠牲になって貰うとするかな」
上級悪魔はそう言うと、魔力を手に流し始めたのを感じる。魔法で殺すつもりだ。全方向に魔力を張り巡らせる。
「ジュリエッタ!!」
間髪入れずに「閃光!!」と詠唱するように叫ぶ。
上級悪魔は苦しそうに「ギャャー目が!!!きさま~!!」と怯んだ隙に「パワーライズ」で拘束から逃れる。
そのまま「グラビティー・ロード」と詠唱すると重力に耐えられなくなり腰が折れて両膝を付く。
「かっ!体が重い!!貴様何をした!!」
目が見えないから何が起こってるかわからないだろう。重力魔法が効いているとは思うまい。オレが魔法を覚えた日に漠然とイメージした必勝法が形になる。通用するぞこれは。
「それはだな…」
そう言いかけた刹那、ジュリエッタ剣を振り上げて「ヴェル、伏せて!!」と叫ぶ。
察した俺は直ぐに伏せると、ジュリエッタは何の躊躇いもなく上級悪魔の首を刎ねると、迷いなく胸の3か所を次々と刺す。あまりにも突然の事に唖然。
周りをよく見ると、ウォーレスさんとレリクさんが下級悪魔を倒したようでマイアが震えて腰を抜かしていた。
「ヴェル。油断しないで。悪魔は黒い煙が完全に消えるまで安心しちゃ駄目って本で読んだわ」
「ああ。分かった。ここから離れよう」
俺たちは煙を警戒しつつこの場を離れる。30秒ほどで黒い煙が完全に消えるとジュリエッタが俺の胸に飛び込んできた。体が震えている。怖かったんだろう。
「よかった~。ヴェルが無事で。上級悪魔は心臓が3つあるって、首を刎ねただけじゃ殺せないって本で見たけど上手く倒せて良かった」
「ジュリエッタ、助かったよありがとう」
饒舌に語ったと思ったら、次の瞬間、感涙しながら俺の胸に飛び込んできた。
条件反射のように頭を撫でるとジュリエッタはオレの顔を見上げて、嬉しそうにそして安堵の表情を浮かべていた。
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