第29話


2日後…朝食を摂ると早速王都に出発する準備を始める。


衣服をカバンに詰めながらこの二日間を振り返ると、詰め込み教育&地獄の特訓だった。


ノーブレスオブリージュ(貴族としての振る舞いと、責任と矜持)の教育は前世の記憶もあるし、ある程度は本で読んで知っていたが、貴族としての振る舞いはともかくとして10歳の子供に責任って…


教育してくれるレイニーさんに嫌味が無いように、やんわりと質問をする。


「ヴェル殿はジュリエッタお嬢様と婚約をするわけですし、親の庇護下にあるにも関わらず勘違いする令息、令嬢が多いのですよ」


「それなら教育する意味は無いじゃないのですか?」


「上級貴族の令息や令嬢は、責任の重さに見合わないので押しつぶされる者も多いのです。そのストレスはもう…その点お嬢様は上手くやりましたがね」


「それはどう言う意味で?」


「上級貴族ともなると、自由に恋愛出来る期間は少なくて、学園を卒業するまでに結婚相手を決めておかないと政略結婚させられますから」


ぐぅの音も出ないな。つまり要約すると上級貴族の令息や令嬢はブラック企業の中間管理職みたいなもので学園を卒業すると自由が奪われる。そりゃストレスも溜まるし焦るわな。


細かな所作を上級貴族レベルにまで引き上げるとの事で、指先にまで神経を集中させる修行が特に辛かった。人間の集中力は2時間が限界なのだよ。


そんな状態でダンスを教わるものだから、こちらは言わずもがな。


準備が出来ると玄関ホールで屋敷に残る者に挨拶する。じいさんとエリザベートさんは居残りだ。


「おじい様。それでは行って参ります」


「ああ。アルフォンスが、ヴェルと陛下との謁見に付き合うそうだ。ワシも今日自分の領地に帰る。陛下との謁見の話を詳しく聞きたいからな。なのでアルフォンスに立ち寄るように言っておいてくれ」


「分かりました。伝えておきます。おじい様も息災で」


「うむ。ヴェルも息災でな。気をつけて行って参れ」


じいさんとの別れを済ますと、エリザベートさんが寄ってきて「それで、ダンスの練習はどうだった?」と聞いてきた。


「なんとか踊れるレベルになりましたが、まだまだ時間が足りませんでした。言い訳がましいですが集中力も低下していましたし」


と答えると、エリザベートさんはジュリエッタを呼んだ。


ちなみに、昨日伯爵夫人と声を掛けると無視され、エリザベート様と言っても無視をされた。仕方がないのでエリザベートさんと呼ぶと満面の笑みでこちらを振り返った。どこに拘りがあるのかさっぱり分からん。


「それじゃ宿場と王都の屋敷でもう少し練習をしておいたほうがいいわね?私はウェールズがいるから、一緒に行けないから残念ね。ジュリエッタ、ヴェル君の練習に付き合ってあげてね」


「ええ。全力で協力するわね」


「お手柔らかに頼むよ…」


なんだかジュリエッタは乗り気だが、オレ自身ははっきり言えばやりたくない。ただ王城の宮殿で開催される社交パーティーで恥をかくのはもっと嫌なので、最低限の練習をしておくけれど…


それから清流スライムをどうしようか迷ったが、エサは綺麗な水だけなので、自前の簡易的な浄水機を用意して連れて行く事にした。綺麗な水も用意して木製の水筒に詰めてある。


ジュリエッタには内緒だが、昨日ジュリエッタが部屋に来る前に少しスライムに試しにナイフで傷を付けてみると、コラーゲンがコップ1杯分取れた。


なんだか可愛そうだとは思ったが、傷跡は直ぐに無くなり、気持ち小さくなったような気がするレベルであった。直ぐにスライムに水を与えると、大きさも戻って嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねていたので、まあ大丈夫だろう。


取れたコラーゲンは陶器の小瓶に入れて持って行く。それと、コンディショナーを作る為に、レモンを絞って小瓶に詰めた。クエン酸の効果を期待する。


これら知識は小説を書いていた時に得た知識で、いずれ書こうと思って調べておいたものだ。


馬車に乗りこむと、今回はレリクさんも合わせて護衛が4人といつもより多い。ジュリエッタに聞いてみると、御者の交代要員も兼ねていてようだ。


それに、先日面会をした王都から来た使者の情報によると、今から通る街道で魔物や野盗が現れたそうなので帯剣を許された。


魔物を相手にするのはどんとこいだが、人間を相手にするのは気が引けるし、できれば誰にも重力魔法は見せたくない。


あんなの見せたら何を言われるか目に見えている。


伯爵の準備が出来たようで、屋敷の者に見送られて2頭引きの馬車は王都に向けて出発をする。


今回2台で行く事になったので竜車は置いていくようだ。人数を考えると竜車1台でもいいんじゃないかと思って聞いて見たら「知らないわ」と言われてしまった。きっとなんか意味はあるのだろう。


馬車が走り出して30分が経った。馬車には時計が付いていたのはありがたい。ジュリエッタは馬車の中でもっと話しかけてくるのかと思ったが直ぐに船を漕ぎ始めた。


「眠かったら、横になるといいよ。なんなら膝を貸そうか?」


「気を遣わせてごめんなさい。膝枕をされているのをお父様達にバレたくないから、少しここで横になるわ」


ジュリエッタは、そう言うと椅子に寝転んだ。何を今更遠慮する事があるんだ?とは思ったが、朝日が差す方向のカーテンを閉めた。


喋る相手もいなくなり、俺は最初こそ初めての長距離移動で流れ行く風景を楽しんでいたが、遠くに見える山や草木ばかりの変わらない風景が続いたため途中で飽きてしまい、途中からは寝ては起きてを繰り返していた。


それから、馬車は何事も無く4時間ほど走ると中継地点の小さな村へと辿り着いた。ここまでは魔物も盗賊も現れなかった。


「お二方とも、トイレ休憩と腹ごしらえをするそうです。おや、お嬢様は寝ていらっしゃいましたか」


レリクさんは、すやすやと眠るジュリエッタを見て、申し訳なさそうな顔をしている。


「ジュリエッタ、起きて。トイレ休憩みたいだよ」


馬車の椅子で寝転がっている、ジュリエッタの肩を揺らして起こすとジュリエッタは眠そうに起き上がった。


起きたジュリエッタと一緒に、村に入ると土産屋などがあって、道の駅やパーキングエリアのようで思ったより楽しい。ジュリエッタと一緒に少し散策をすると展望台があって、そこから見る景色は渓谷があって絶景だった。


「ん~。ちょっと寒いけどいい眺めね。こうしてヴェルと景色を楽しめるなんて思いもしなかったわ」


「そうだね。こんな泊まりで旅をしたことがないから新鮮だよ」


深呼吸をして大自然を楽しんでいると、レリクさんがそろそろ出発をすると呼びに来たので共同トイレに行き用をたした。


手を洗い出口に向うと、入る時には気付かなかった掲示板があり、魔物の出現情報や盗賊の情報などが書かれていていた。出発前にジュリエッタが言っていたのはこのことなんだろう。


詳しい内容を見てみると、どうやら昨日はゴブリンやポイズンスライムが出現したようだが、既に討伐完了と書いてあったのでもう誰かが倒したのかな。


もう一枚の方を見ると、こちらは盗賊情報だ。場所は王都と最後の宿場村の間で20人とかなり人数が多い。討伐の褒賞金は生死問わず1人につき金貨1枚と書いてある。命を懸けて戦うにしては随分と安いものだ。


こちらは未解決となっていて、冒険者ギルドに依頼中だと書かれていた。


それから、ジュリエッタと露天を冷やかしていると、なんと、もち麦で作られた串団子が売っているじゃないか。早速買って馬車の中で二人で食べてみると、その味と食感の懐かしさに思わず目をつぶって感傷に浸る。


それから馬車が出発すると、結界が張られているのに、なぜ掲示板に魔物の目撃情報があるのかと尋ねてみた。


ジュリエッタの話では、街道に出える魔物は、盗賊達に壊された結界から出てくるそうだ。魔物は金品には興味が無いから魔物に戦わせて、その隙に金品をくすねるというセコイがなかなか賢い。


「それじゃ、森の中に入ればそこらじゅうに魔物はいるのか?」


「そりゃ森の中や山の中に入ればいるわよ。魔物の強さが選べないから、自分の適性レベルに見合う魔物とエンカウントするには迷宮に行くのが一般的ね。冒険者ギルドに行けば魔物の間引きや目撃情報などで討伐依頼が出るけど迷宮や竜脈が通る場所とは違って、地上では魔素が溜まる場所が少ないから比較的弱い魔物しか出現しないわよ」


「ん~。迷宮に竜脈かっ、冒険心をくすぐる言葉だな~」


「15歳までは、危険を冒してまでわざわざ魔物と戦う必要はないわよ。また詳しい話は学園に入ってから勉強する事になるから、適当な事を言って間違っていても嫌だからこの話はここで終わり」


「陛下から特例がでればいいんだけどね」


話をしているうちに馬車は何事も無く、今日宿泊をする宿場村のメリッセ村へと辿り着いた。


話を聞いたところでは、王都に通じる街道ではこうした宿場が馬車で8時間~10時間ごとにあって、馬屋で馬を休ませたり疲れた馬を交換したりするそうだ。


メリッセ村に入ると貴族専用の宿に泊まる事になった。今回はジュリエッタとは別々の部屋だが、当然のようにジュリエッタが俺の部屋にやってきた。


「今から夕餉まで時間があるから、この間にメリッセ村を見て回らない?レリクに言ったら良いってって言ってたから」


「そうだな。それも楽しそうだね」


「そうこなくっちゃ」


そんなわけで、夜にジュリエッタと村の散策に出かけたが、特に目新しいものは無いが、長距離の旅というのは初めてだし、隣にはジュリエッタもいるから話しながら散策をしているけでも楽しい。橋の上で立ち止まり川のせせらぎを聞いてるだけで充分満たされる。


夕食を食べてから、お湯で体を拭くと、いつもどおりジュリエッタがお忍びでやってきて一緒に寝る。ここらへんは何時もと同じだが、いつもとと違う布団や枕で旅に来たんだと思うと新鮮な気分になるのは旅の醍醐味だな。


 夜が明けると村を発つ。馬車が出発をしてから3時間ほどすると街道の前方から凄い勢いで馬車が走って来た。


すれ違いざまに商人が乗っていると思われる馬車を操る御者が「野盗だ~!!野盗が出たぞ~!!」と、連呼しながら走り抜けて行った。


すると馬車は止まりレリクさんがやって来た。


「どうやら、野盗が出たようなので伯爵閣下と同じ馬車に乗って下さい。襲撃に備えましょう」


どうやら、野盗は後を追ってこなかったようでまだ姿が見えない。とは言え、やはりあの掲示板はフラグだったか。


「こんな、まっ昼間から野盗とは運が無いですね」


「この街道には宿場町が多いですからね。夜は誰も行き来しないのですよ。ですから野盗も朝から夜にしか現れないんです。魔物も討伐され、コレラで厳戒令が出てやつらも食い扶持に困ったでしょう」


「なるほど。世知辛い世の中ですね」


「同情の余地はありませんよ。食べたかったら働けって言う事です。それでは私は今からこの馬車の反対側を警戒します。二方が馬車から降りたら後方からお守りします」


レリクさんはそう言うと、馬車の反対側に警戒しながら歩いて行った。


「それじゃジュリエッタ。伯爵閣下の馬車に移ろうか」


「ええ、取り敢えず武器を取りましょう」


何だかジュリエッタの口調がいつもと違う。緊張しているんだろう。


馬車の扉が開いた瞬間、狙いすました様に正面の木々の間から野盗が現れた。

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