第28話

10人の年上の子供達が木刀を持って襲ってくるが、動きがスローに見える。馬鹿正直な剣筋を見切って、まずは小手調べとばかりに、のらりくらりと攻撃を躱しきる。1ターン目はノーダメージ。


「なんだこいつ、全然木剣が当たらねー!」


サブカルだと回避スキルがどうのこうのだが、そんなものが無くても相手が何がしたいのか手に取るように分かる。子供だけだからなのか、作戦もへったくりもない。


それにしても木剣でも全力で空振りすると疲れるし、隙が大きくなるって教えてないのか?


次のターンは、ボクシングなんぞやった事無いが、木剣が空を斬る度にひとりづつ顎を狙って脳震盪を起こさせ失神させていく。そしたら2分も満たないうちに、全員を失神させて無力化させた。


木剣とはいえ当たったら骨折レベルだから、これぐらい許されるよね?煽ったの俺じゃないし。と心の内で自己弁護。


「レリクさん終わりましたけど」


振り返ると、レリクさんは口を開けてあんぐりしていた。求められていたのはこれじゃなかったみたい。護身術の合気道ならともかくとして、身体能力の差を無視して攻撃したら、もっと悲惨な光景だった筈だ。


未だ茫然としているレリクさんの目の前で手を打つと、やっとの事で再起動。


「レリクさんの狙いはどうであれ、終わりましたが?ご期待に添えられなかったみたいで申し訳ない」


申し訳ないなんてこれっぽっちも思っていないが、いちおう謝る。


「まさかここまで実力差というか、全員の顎を寸分違わず狙い撃つとは…気絶を狙うとかどんな技ですか?スキルですか?」


『ちょっと言葉がおかしいぞっと。気絶と失神って同じ意味だったか?定義が曖昧だな…どちらにしても気を失うって事では同じだから拘らなくいいか』


レリクさんには一応、顎を狙い脳を揺らすと人は簡単に意識を失うと説明した。


「なるほど…じゃ済みませんよね。どこでそんな知識を身に着けたのかは存じませんが、私は今から治癒スキル持ちを連れて来ます」


「ああ。起こすのなら任せておいて下さい。治癒スキルなんて使うのは勿体ないですからね」


俺も何度か気を失っている人を助けた事がある。心臓病を患っていたので、サポートはお手の物だ。自分のしでかした事だけど、まさか自分で書き始めたラノベの中で、こういった知識までもが役に立つ時がやってくるとはな。


両肩を手で支えて膝で脊髄をぐっと押して活を与えると、ひとりづつ意識を取り戻すと、怯える者、何が起こったのか分からない者の二通りに分かれていた。


「いったい何が起こった。魔力を奪われたのか!剣を振ったら意識を失うなんてスキルなんて聞いたこと無いぞ!」


「あの小僧が何かしたのは間違えない。悪魔の化身かよ!」


「ひぃ~!こっちを見ないでくれ!!バケモノが!」


英雄、勇者から悪魔やバケモノ扱いに転落。流石にドレインなんて魔法はオレも使えん。


「悪魔だろうがバケモノだろうが呼び方なんぞ、もうどうでもいい。好きに呼んでくれたまえ。ふはは…」


思わず悪乗りして悪態をつくと、子供達はさらに怯える。たまにはヒールキャラを演じるのも悪くないな。性格悪いよなオレって…なんだか自覚してきたよ。


でも大事な事だから何度も言うが前世では友達はたくさんいたんだからな。


「ヴェル殿、悪者の振りをして遊ぶのもいいですが、もうじき魔法の講義をしている女性達が来ます。冗談で済むうちに撤退をお勧めますが」


楽しくなってきたところを、レリクさんは苦い顔をして小声でそう言うので、とっとと退散させて貰う事にする。


「分かりました。それがいいですね」


「よし、残った君達は、本来ならこの後、剣術の講義を続けるつもりだったが予定を変更する。女子組のレイニーに引き継ぐから、すまないが、今日は剣術ではなく魔法に講義を変更する。各自それまで待機」


「やったぜ!久しぶりに女子と合同練習だってさ!」


『男子達は喜ぶがこれでいいのかよ。なんだか納得いかないのはなぜだ』


そんなわけで、レリクさんと一緒に、女子が講義中の教室へ行くと全員が一斉に俺に注目。まるで転校生みたいな気分になる。


しかもジュリエッタの専属騎士の話を知っているようで、なぜだか睨まれる。ジュリエッタって女子にも人気があるのか?悪目立ちしてないこれって…


気まずさが顔に出ていたみたいで、レリクさんは教室から出て通路にレイニーさんを呼んで事情を話すとレイニーさんは苦笑い。


「だから言ったではありませんか。自分より優秀な生徒など教えるなどありえないって…ヴェル殿もお嬢様はもう学園への入学は諦めたほうが宜しいんじゃないですか?」


「ですね。本来ならば王都へ行くまでの数カ月間、作法やダンスを覚える準備期間だと旦那様は仰っていましたが、直ぐに出立するべきだと進言をしておきます。良い意味でも悪い意味でも、ヴェル殿は、この屋敷ではあまりにも目立ち過ぎていますからね」


「えっ、何を言っているんですか?ダンスはまだ覚えていませんし、作法もまだ…って言える雰囲気や立場じゃありませんよね」


昨日の件もそうだが、これ以上この屋敷のみんなに迷惑を掛けるわけにはいかない。ずっとぼっちだったのでっ張り切り過ぎた。この先、俺の居場所はあるんだろうか…将来が不安になって来た。


「察しが良くて助かります。ヴェル殿なら今は作法やダンスが出来なくても何とでもなるでしょうね」


「それは間違いありませんよ。私が太鼓判を押します。もし王侯貴族に対して何か粗相しても、姫殿下を救った英雄を咎める者などいませんよ」


「だといいのですがね…」


まだ授業の途中だと言う事なので、俺とレリクさんは伯爵に報告をする為に執務室へ向かうと、要人との打ち合わせ中との事。


30分以内に終わるとの事なので、ホールでレリクさんと、お茶をする事になった。


ソファーに腰掛けるとコーヒーを飲んで一息つく。


「そう言えば、教室でジュリエッタを見かけませんでしたがどこへ?」


「お嬢さんも、ヴェル殿と同じで、周りの子供達がついていけないので家庭教師付きなんですよ。ヴェル殿と知り合ったお陰で、ますます差がついてしまって…嬉しくもありますが寂しくもありますね」


「なんだか申し訳ない。は~、これから僕達二人はどうなっていくんですかね?」


「それこそ神のみぞ知るって事としか申しようがありません。それよりも、ヴェル殿って剣の方も実力を隠していませんか?ブラッドグレズリを倒した時と男爵邸で剣術指導していた時とは、実力差に違和感を感じたんですが」


流石に見抜かれたか…実のところ、実家でレリクさんに剣の指導をして貰ったが、重力で負荷を掛けて実力を隠していた。


「なぜそう思うのですか?」


「いえ、足捌きと目の動きが冒険者の動きとは違うからです。どちらかというと対人戦に近い動きと感じましたから…普通の冒険者は剣筋を確認してから対応する傾向が強いのですが、ヴェル殿は、相手の目、腕、足の動きで相手の攻撃の初動を見切っていませんか?」


服とか鎧とかで隠れていた意味は無いけど、基本的に魔物は衣服は荷に纏っていないと本で読んだからね。


「やっぱりバレましたか。降参です。剣の達人相手だと目の動きでフェイントをしてきたり厄介ですから通用するとは思いませんが、服を着ていない魔物に対応するにはその方がいいと結論を出したんです」


「まるで、達人と戦った事があるって言いぐさですね」


語るに落ちた…剣道をしていた時にそれなりの達人と竹刀を交えた事があるからな。それにしても、どうして俺は詰めが甘いんだろう?最近調子に乗ってるんか?馬鹿だな俺って、なんの進歩も無い。


「そう本で読んだからですよ。剣の達人が僕のような子供を相手にするわけないじゃないですか?誇れる事じゃありませんが9歳までぼっちですよ。あはは…」


「まあ、そう言う事にしておきますが、もう一度はっきりいいますね。もうヴェル殿に関して言えば変に剣術を覚えない方がいいです。今こそ身長、腕の長さ、体重、経験の差で私の方が強いとは思いますが、15歳になる頃にはおそらく私では相手にもなりません」


「ほぅ、そこまでか!」


不意打ちで声を掛けられたと思ったら伯爵が腰掛けていたソファーの後ろに立っていた。気配を消して聞き耳を立てていた事に驚いた。


「旦那様!いつからそこへ!」


「いやな、ずっと接客で座りっぱなしだったのでな。目覚ましを兼ねてそなた達を呼びに来たんだ。そしたら興味深い話をしていたのでな…つい」


「お人が悪い」


そらから、執務室に呼ばれると、レリクさんが伯爵へと報告した。


「なるほどな。ジュリエッタと同じ状態だって事か…経緯も身分も違うし、他の年長者達と軋轢が生まれるのでは無いかと危惧をしていたが、そのとおりになったって事だな。そうだな…ちょうど陛下から早く来て欲しいと今しがた連絡があってな、ヴェル君の意思を確かめようとやってきたが、確かめるまでも無さそうだな」


接客相手は、王城から派遣された使者だとの事。作法やダンスの件、コレラの件もきちんと伝えたそうだが、作法やダンスは、レイニーさんの推測どおり、目こぼしをしてくれるそうだし、コレラの感染者は既に皆無なのだとか…


「アルフォンスからも早く王都へ来てほしいと連絡があった。色々と王城で大変だからな。潰れる前に、王都に行くとしよう。ヴェル君、そう言うわけで2、3日中に王都に向けて出立するが良いか」


コレラの件で厄介ごとに巻き込まれているんだろう。何だか申し訳ない。


「どうやらその方がいいようですね。私が調子に乗ったばかりに、皆さんの予定を狂わせて、ご迷惑をお掛けして申し訳ないです」


「予定を早めろと言ってきたのは、陛下だからな。ヴェル君が気にする事は無いさ。それに用意と言ってもそれほどないだろう。いくら目こぼしをしてくれるとは言え、それに甘んじるのも君の性格だと納得は出来ないだろう?ミッシェルに伝えておくから、作法とダンスのレッスンを限界まで極めておいてくれ」


「恐れ入ります。出来る範囲でがんばります」


伯爵が王都からやってきた使者に返事をしに執務室に戻っていった。


前世では心臓病で色々な制限があって、今生でもジュリエッタが現れるまでずっとひとりだったんだ。自業自得ではあるが、目まぐるしく変わる毎日に充実感はある。


中身が前世の記憶のあるおっさんだけに、色々と意地もあるからがんばろっと…


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