第27話

翌朝、朝食を食べていると屋敷で雇われている文官達の顔色が随分と悪い。昨日の件を調べる為に、屋敷の書庫や図書館で色々と調べていたと言う話だ。


ちょっとした悪戯心で文官達を巻き込んでしまった事を反省する。


「ヴェル様、お食事が終わられましたら、旦那様がおひとりで執務室に来るようにと」


「畏まりました。食事が終わり次第、お伺いますとお伝え下さい」


そう答えると、執事さんは頭を下げた後、踵を返し執務室へ歩いて行った。


「私は除外って事だね…私じゃ役に立たないから仕方が無いよね」


「そう自分を卑下するもんじゃないよ。何らかの事情があるんだよきっと」


「自分の事を棚上げして、よくそんな言葉が言えるわね」


とんだ藪蛇だったよ。そんなわけで朝食を食べ終わると、伯爵の執務室へ向いドアをノック。


扉が開かれると「伯爵閣下、おはようございます」と、分離礼で挨拶。


「おはよう、ヴェル君。急に呼び立ててすまないな。取り敢えず腰掛けたまえ」


伯爵も寝不足なのか目が赤い。


「僕がいらない事をしたばかりに、皆さんにご迷惑をお掛けしてなんとお詫びをしたらいいものか…」


「ヴェル君が気にする必要は何もないよ。早速本題に入るが、昨日の魔法の一件だが、屋敷の書庫や図書館で色々な魔法の文献、神話、勇者の文献まで手分けをして調べたが、氷魔法や魔法陣を介さずに魔法が顕現するなど、やはり神話だけで何も詳しい情報を得られなかった」


「そうですか…僕って何者なんですかね?自分でも怖くなってきましたよ」


『だだの前世の記憶を持つおっさんだよね…神様にチートも貰った覚えがないし…』


「その気持ちも分からなくもない。この国の建国史を掘り起こすと聖女と賢者がこの国を興すのに手助けをしたのをジュリエッタから聞いたかな?」


「賢者については明言を避けていました。ですがこれは僕の推測ですが、王族が賢者の家系、聖女はこのジーナス家がその血を受け継いでいると思います」


そう答えると、伯爵は笑みを浮かべて家系図を出して机に広げる。


「さすがだな…本当に君は10歳か?ヴェル君の言うとおり当家は聖女の血を受け継いでいる家系だ。ただこの家系図を見る限り聖女の血は直系だけではなく、分家にも広く分布しているからジュリエッタが聖女とは断言できないんだよ」


これはオレがけが知っているが聖女はジュリエッタで間違えはない。すでに治癒スキルも発現済みだからね。


「つまり、伯爵閣下が仰られたいのは、ジュリエッタは魔王が復活した場合は聖女の候補であると?エリザベートさんが聖女になる可能性はないのですか?」


結果は知っているが、興味があるので聞いてみる。


「それなんだが、魔王が復活しないかぎりは聖女いうジョブは発現しないんだ。だから魔王が復活しなければ次世代に持ち越されると言うことだな。エリザベートが聖女になる可能性は無い。ヴェル君にはまだ早い話だが、聖女は清き血と書いてあるんだ」


つまり聖女になるには処女じゃないといけないと?これも言えないが、あと数年後に間違えなく魔王は復活する。どうすりゃいいんだ?


それに下品だが、今はまだ毛も生えていない子供だ。だからこそ思春期が来たらと思うとぞっとするな…大人になったジュリエッタ相手に我慢できるかな…するしかないよな。人類の命運が掛かっているのに天秤に乗せるまでもないか。


『ていうか、さり気なく釘を刺された?娘に手を出すなよ宣言ですよね』


「それを僕に話して、いかがなされるおつもりなのですか?」


「そうなんだよな。私はヴェル君が勇者の血筋だと睨んでいたんだ。だから勇者の事を調べたのだが、約500年前に魔王を倒した勇者は隣国のアーレン王国に逃げたと文献に記されたのを最後に、その後は消息不明なんだよ」


「逃げた?なんでまた?」


「それが分かれば苦労はしないよ。ただ女性の賢者と聖女がこの国を建国した。ここにヒントがあると思わないか?」


『言い方は悪いが、賢者と聖女がとんでもないブスだったとか?年が離れているって線もありえるが…いずれにせよ王族や伯爵家の名誉を傷つけるから、憶測だけで発言をするのは駄目だな…無難に答えるしかないよな』


「なるほど。勇者がもし人格者ならば、聖女か賢者と結婚をして国を建国したのではないかと仰りたいのですね」


そう答えると、伯爵は苦い顔をする。伯爵は同じ事を思っていたのだな。


「相変わらず鋭いね。まあ、そんなところだろう。だから私はヴェル君の事を神の子と称したんだ。実に面白くないか?勇者を超える君の存在が?」


「買いかぶりもいいとこですよ。僕はそんな稀有な存在じゃありません。ただの早熟した子供ってだけで、学園に入る頃には思考や教養も年相応になると思われませんか?」


そう答えると伯爵は苦笑い。小中学校の頃に神童と呼ばれ育っても、偏差値70超えの超難関高校や東大や京大に入ると、自分程度の神童がゴロゴロしていて絶望する話など山ほどある。


俺は前世の知識があるので別だが、小さい頃からお金を掛けて英才教育をすりゃ早熟な子供が出来上がりだ。あくまでも俺の主観だけどね。


「そうは思ったさ。でも神話で出てくる氷魔法を実際に使ってみせたんだ。これを期待するなってほうが間違えだと思わないかい?」


「僕はジュリエッタの騎士です。お嬢さんを守る為なら命を懸けて守る覚悟はありますが、10歳の子供に世界の命運を託すなど、大人としてどうなんでしょうか?無責任じゃありませんか?あっ!言い過ぎましたすいません」


『つい調子に乗って、本音でいい過ぎちまった。不敬罪で捕らわれてもおかしくない発言だ』


「いいや言い過ぎじゃない。つい希望というか願望を言ってしまった。確かに10歳のヴェル君に言うべき事では無いな。魔王の復活も聖女の件もどれも不確定要素だ。何度も言うがジュリエッタが君を見初めた気持ちが分かるよ」


伯爵は腰を折って謝るので必死で止めたが、魔王の復活も聖女がジュリエッタなのも確定はしている。夢で俺は聖騎士だったけど勇者はどこにいった?姫様がもし賢者なら、顔は分からないが、勇者は美人のエルフか獣人のかわいらしい女性なのか?ますますなにがどうなっているか分からん。


「それで今後は魔法を使わないと言う事には納得しましたが、それでいいのでしょうか?」


実のところ、攻撃魔法には手順があるだけに接近戦には弱い。剣道や合気道を嗜んでいた自分には攻撃魔法を制限されても問題はないと踏んでいる。


「その件に関して昨晩、妻、レリク、レイニーと4人で話し合ったのだが、私達大人の都合で、伸びしろのあるヴェル君と娘を縛るのは間違えないんじゃないかと言う結論に至ったんだよ」


伯爵の話では、俺が勇者、ジュリエッタが聖女であるならば、仮に魔王が復活したら後悔するんじゃないかとのこと。それを聞いて思わず頬が緩む。


レリクさんの話では、すでにオレの剣術はEランク以上のレベルがあるのではとの事で、一度レリクさん、ジュリエッタとパーティを組んで迷宮に挑んではとの事だった。


「それは嬉しい提案なのですが、神託の儀が執り行われる15歳になるまでは、冒険者にもなれないしステータスカードの発行は無理なのでは?迷宮にも入れないと教わりましたが」


「もちろん、冒険者になる事も、ステータスカードについても無理だ。それにスキルの恩恵が無いから迷宮に入るのはご法度だ。ただし、例外を除いてはだ」


「僕たちはその例外だと…」


「例外とは、学園迷宮は管轄が他の迷宮とは違い、冒険者ギルドではなく国営となっている。つまりだ、陛下がお認めになれば何歳だろうが学園迷宮なら入れるってことだな」


「なるほど…抜け道というか裏技ですね。僕は良くてもジュリエッタを魔物の脅威に晒すのはどうかと思いますが?」


『親として失格じゃないのか?ジュリエッタは聖女確定なので、本当はそうは思わないが、専属騎士として親の意思を聞いておかないとね』


「無論、君たち二人で迷宮へ行けなどとは言っていないよ。Bランク冒険者のレリクが護衛として付いて行くから心配は無用だ。娘に何があってもレリクやヴェル君には責任はないと誓約書も書こう」


まじっすか…ここまでの覚悟が…ここまで言われて断れないよな。


「分かりました。そこまで仰られるのならば受けぬわけには参りませんね」


「うん。ヴェル君ならそう言ってくれると思ったよ」


王都での陛下との謁見するまでは、オレはレリクさんに剣術を、ジュリエッタはレイニーさんに魔法を習う事になった。


レリクさんが伯爵に呼ばれて、色々と経緯や事情を説明するとレリクさんは苦笑をしながら了承。


一緒に執務室を出ると「結局こうなりましたね。まだスキルの事は伏せておくのですか?」と、当然のように聞かれた。


「ええ。ここでスキルを使えるとバレると、間違えなく勇者だとか神子だと騒ぎになりますからね。皆さんに迷惑を掛けたくはありませんし、面倒事は嫌なので黙っておいて頂けると助かります」


そう答えるとレリクさんは呆れたような、困ったような、どちらともとれる表情になる。


「分かりました。まだ子供のヴェル殿にそこまで厳しい鍛錬をするのはよしておきます。子供のうちから筋力トレーニングをしても…」


うん、俺が出した答えと同じだから聞き流す。根性論じゃなく、科学的根拠のある運動の方が効率的なのは前世で証明されているからな。


「剣術とかはどうなんですか?」


「それも神託の儀が執り行われるまで発現するかどうか…何せ、ヴェル殿とお嬢様は特別ですからね。剣術やスキルに囚われずに基礎を磨きましょう。これは持論ですが基礎を磨けばスキルは自ずとつきますし、基礎も極めればスキルを超えられると思います」


なるほど…その意見に一票。


「それでは、とりあえず裏庭に行って鍛錬をしますか?ちょうどお見せしたい者もありますので」


そんな事で裏庭に向かうと、王都の学園に入る為に伯爵家で勉強を習う子供達が剣の練習をしているとことに遭遇した。って全員が9歳~14歳と同じぐらいの歳か年上ばかりだけどね。


木剣で模擬戦をしているが『取るに足らん』と思うのは、動体視力を鍛えたからかも知れない。


「ここにいるのは、下級貴族のお子さん達や屋敷で働く従者の子供ばかりです。ちなみに私やレイニーも、この屋敷で勉強をして王都の学園に入りました」


レリクさんの話では、将来この屋敷なり領地の運営を任される文官や護衛を育てているのだとか。忠誠心を得るにはとても良い話だと、つい唸りそうになる。


近づいていくと「お嬢様を誑かせた張本人が来やがったぜ。ガキじゃねーか」と10人ほどの男子全員が俺を睨む。


『ジュリエッタは人気者だな。でも、教育を受けているわりに口が悪くないか?人の事は言えんが』


煽るのも大人気ないので無視を決め込もうとすると、レリクさんが悪い顔をする。


「それじゃ、敵意むきだしの君たちに朗報だ。今からお嬢様の専属騎士になる、このヴェル君と戦って貰おうかな。そうだな…ヴェル君は武器無しでいこうか」


『リンチじゃねーか!デートの時の恨みか!』


「レリクさん、本気で言ってますか?」


「もちろんだとも。君達相手ならこれぐらいのハンデを与えないと秒殺されるからね」


一番年長者と思われる金髪ウェーブの坊ちゃんが、分かりやすく殺意をもってオレを睨む。


「レリク殿!本気でやっていいんですね。この小僧がどうなっても知りませんよ」


「もちろんさ、手加減するような相手じゃないから、せいぜいがんばりたまえ」


俺が煽らなくてもレリクさんが挑発するなんて思いもよらなかった。


「分かりましたよ。手加減はするけど、面倒なので纏めてかかってきやがれ!」


つい悪ノリして、そう煽ると男子10人が「ふざけやがって!」と叫びながら木剣を振り上げて襲い掛かって来た。

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