第26話
翌朝…朝食を食べると、早速ダンスホールで社交ダンスのレッスンとなる。
ジュリエッタに手を引かれて、居住棟から行政棟の1階最奥に向かうとダンスホールはあった。それにしても屋敷の中にダンスホールがあるとはな…流石は上級貴族だ。
周りに気を取られながらホールに入ると、ダンスを教えてくれる講師の先生が待っていた。
ダンスの講師は「初めまして。私の名はミッシェル・ボーグと申します。以後お見知り置き下さい」と、恭しく頭を下げた。
俺も挨拶をすると、まずマナーの講座から入る。
社交パーティでは、ダンスホールに入る順番があるそうで、最初は王族と上級貴族(所帯持ち)、次に妙齢(結婚適齢期)の王侯貴族、最後に15歳以下の子供達の順番で踊るそうだ。
地球ではどうかは知らないが、こちらの世界では女性がダンスを誘うのが常識なのだとか…
やんわりと理由を聞いてみると、上級貴族は一夫多妻制が認められているから側室、妾狙いの婚活女子が少しででも良縁を望むからだそうだ。肉食系女子って怖くない?男爵家だから俺は対象外の筈なんだが、とても嫌な予感しかしないのはなぜ?
余談だが、一妻多夫制は今のところないそうだ。ちょっと安心したのは内緒だ。
「注意しなければならないのは、連続で踊れるのは2曲まで、誘われて了承する場合は(踊りましょう)の一言で、手のひらを上にして手を取りエスコートをしてダンスホールへと、断る場合は相手を傷つけない言葉でお断りして下さい」
『一番重要なところをボカすんじゃないよ!具体的に教えてくれなくちゃ分からないだろうが!』
自分で考えろって事なんだろうが、もうこうなったら断らずに全て受け入れる事にすればいいのかと結論を出したが、それはそれで疲れるし何とか考えようと思う。
それから、人にぶつからないように周りを気にしながら踊るのだとか、ホールに入る前に男性はボウ・アンド・スクレープ、女性はカーテシーで返して、ホールに入るタイミングなどを教えて貰い、やっとの事でジュリエッタと講師がダンスの見本を見せてくれる事になった。
「ヴェル。今から手拍子のタイミングをやって見せるから、パン、パン、パンのリズムで手拍子をお願いね」
「了解だよ」
『つまり三拍子だよね?アン・ドゥ・トロワとか言う言葉はいらないのかな?』
要らぬ事を言うとやらされそうなので、三拍子で手を叩き始めると、ジュリエッタは貴族令嬢らしく優雅に社交ダンスの手本を見せてくれた。俺は手本だと言う事を忘れてしまい思わず見惚れてしまった。
社交ダンスなんてダサイと思ってたが、目の前で見ると想像以上にかっこいい。
それから、自分の出番となる。まずはステップの練習だ。ちなみに日本にいた時やった事のあるダンスはオクラホマミキーサーとマイムマイムだけである。フォークダンスじゃどう考えても役に立ちそうもないし無理だろこれ…
それから講師の先生の言うとおり、手拍子に合わせて練習をした。鍛えた身体能力と、重力魔法で体を軽くするというインチキを行い、3時間でなんとかステップを覚えた。
「もうステップを覚えるなんて才能あるじゃない」
「そっかな~。まるで自信が無いよ」
頭を掻いて誤魔化す。流石にインチキ使ったなんて言えないよな。バレないように、部屋か庭でこっそりと反復練習するしかないな。
汗を掻いたので、体を拭いてさっぱりすると、昼ご飯を食べてから、かねてから希望をしていた魔法の練習となる。講師は文官長のレイニーさんだ。
レイニーさんは魔法は中級攻撃魔法まで使えるのだとか。ちょっと楽しみになって来たぞ。
「ヴェル殿は、既に魔力操作が出来るという前提で話を進めますが、魔法の知識がどれほどあるのかテストをしてもらいます。このテストに合格をしないと魔法を教えてはいけないと言う法がありますのでご容赦を」
魔法についての法、倫理、概念、今まで仕入れた知識をテスト。
問題なく合格をすると、テキストを渡されて生活魔法の魔法陣を記憶する。簡単な記号のような魔法文字だし、それほど多い文字数ではないので簡単に覚えた。
「4種類とも覚えました」
「えっ!もうですか?」
砂に水が吸い込まれるように物事を覚えれる。若さって凄いと、おっさんだからこそ実感できる事もある。
魔法を室内で使うと事故が起こると責任が取れないとの事で、屋敷の裏庭にある鍛錬場に場所を移した。
鍛錬場に到着をすると、体を鍛える砂場や剣を鍛える様々な器具。射的のような魔法を打つ練習場があった。明日から時間があったら是非とも鍛錬したい。
「それでは、火の生活魔法から使ってみましょう。お嬢様、まず見本を見せてあげてください」
ジュリエッタは返事をすると「火よ顕現せよ」と詠唱。すると手のひらに火の玉が浮かぶ。ファイヤーボールだな。ビー玉サイズだけど。
「初歩的な質問だけど、消す時はどうしたらいいの?」
「魔力を遮断するイメージをすれば消えるわよ」
ここにきてイメージ?意味が分からん。
俺の出番となったので、頭に先ほど覚えた魔法陣を頭に思い浮かべながら同じ様に詠唱すると簡単に出来てしまった。
こんなに簡単に出来てしまうのなら、子供が9歳まで魔法を使ってはいけない法がある理由も分かる。
「流石ですね。一発で出来るとは…計算だけではなくて記憶力も凄いとは御見それしました。それでは次々と試してみましょうか」
昨日の一件で、どうもレイニーさんに気に入られたみたい。悪くはない気分だが、今は教えを乞う身だから複雑な心境だな。
その後も、水、風、土属性魔法を試したが難なくクリア。先ほど覚えた魔法陣が魔力を制御しているので大きさなどの出力は何度やっても同じだった。
「魔法陣を覚えれば、他の魔法も使えるって事でしょうか?」
「その認識で間違っていません。これは噂ですが、王女殿下は既にあらゆる魔法陣を記憶していて色々な魔法が使えるそうですよ」
なるほど、瞬間記憶なんちゃらのお陰か…そりゃそうなるよな。魔法陣を覚えれば色んな魔法が使い放題なんてチートじゃないか。賢者か…存外当たりかも知れないな。
「レイニー先生、一度攻撃魔法を見せていただけませんか?」
「ふふふ…いいですよ。お見せしましょう」
レニーさんは先生と呼ばれて気をよくしたのか、魔法練習用の的を用意して5mほど離れた。
「それでは行きますよ!ファイヤアロー」
そう詠唱すると魔法陣が頭上に現れて火の矢が顕現。手を振り下げると的に向かって火の矢が飛んで行った。火の矢が木製の的に当たると、科学的にありえない速度で的は焼失。
「魔法すげー!」
そう驚くと、レイニーさんは「初級魔法ですが的を外した経験はありませんよ」と胸を張る。何だかごめんだけど、胸の大きさはともかく初の攻撃魔法に興奮する。
「魔法って魔法陣からしか発動出来ないのですか?」
「神話では、魔法陣を介さずに魔法が使えたらしいですが、神話だけに本当か嘘かは分からないんですよ。研究者も否定していますし、私個人的な見解でも御伽噺、あるいは人によって作られた空想だと…」
ならばと、日本で習った科学をイメージしたらどうなるんかと俄然興味が湧く。
頭に火に風の混ぜ炎の槍をイメージしてみた。ラノベで言う「ファイヤージャベリン」そう言うと頭上にいきなりイメージどおりの炎の槍がいきなり顕現!慌てて魔力を遮断した。
ふたりは口を開けて絶句。無論、当事者の俺も仰天した。「こんなん出ましたけど」と、古いギャグ?でボケてみたけど通用しない。
仕方なく肩を叩くと二人とも大きく息を吸い込んで深呼吸。
「これって、どう処理をしたらいいの?」
「お嬢様、それを文官の私に聞きますか?魔法陣の出ない魔法の話をした1分後に、やらせてみたら出来ちゃいましたとか、ありえないでしょ?神話の世界ですよ!」
「まあ、二人とも落ち着こうよ」
「ヴェル殿!貴方は事の重大さが分かっていません!」
『出来ちまったものはしょうがないじゃないか!』じゃすまないよね?
これは推測だが、俺が魔法をイメージで使えたのは、日本の学生時代に物理や化学を学んだからであり、魔法文字に書かれている文字は単語ではなく象形文字のような一文字で複数の意味を持つと推測したからだ。
神話とされる時代には科学の概念があり、魔法陣を介さずに魔法を顕現出来て、俺が同じ様に出来のは、分子(原子)が象形文字で書かれているのではないか…
地球にも未だに謎だらけのピラミッドがあったように、この異世界でも古代文明があって何らかの形で終焉を迎えて、色んなものがロストしたと考えるのが普通だ。
科学を理解出来ていれば魔法陣は必要なく魔法が使える事と言う結果だけだ。つまり、魔法陣を作った神様、あるいは研究者は科学知識があって、誰にでも安全に魔法が使えれるように魔法陣を開発したんじゃないか?そうとしか思えない。
だがこれをどうやって説明しろと?物理や科学なんてこの世界にないのに?魔法文字を解析した?う~ん、どう言い訳をしたらいいのか困った。
そんな事を考えていると、伯爵閣下とレリクさんが走ってやってきた。ジュリエッタの護衛を影でしていたんだろう。
「いましがた、レリクから聞いたのだが、なんでもヴェル君が中級の攻撃魔法を顕現させたと聞いたがまことか?」
俺が返事をするまえに、ジュリエッタとレイニーさんが頷く。
「それが信じられないのですが、魔法陣が現れないのにいきなり炎の槍が顕現したんですよ」
興奮気味にレイニーさんが語ると、伯爵は苦笑い。
「ちょっと待とうか。レイニー、君は何を言っているのか分かっているのか?神話の話をここで持ち出すなど冗談が過ぎるぞ」
「お父様。レイニーは嘘をついてはいません。私も魔法陣が省略されて魔法が顕現したのを確認しました」
二人がそう言い繕うと伯爵が顔を強張らせ「ヴェル君、一度私にも見せてくれないかな?出来たら違う魔法だと嬉しいんだけど」と、無茶振りしてくる。
どうせ神話の話になったんだ。ここは一発、ロスト魔法?の氷魔法でも見せてびっくりさせてやろう!出来るかどうか分からないが何事も挑戦だ。
ラノベやゲームでよく出てくる氷魔法。なぜ神話にしか出てこないか…科学を理解していなければ氷魔法は使えないからだ。
どうせならとことんやってやろうじゃないかと決めると、水属性魔法を頭にイメージ。次に水分子が摩擦を起こさないイメージをして「アイシクルランス」と詠唱。
今回も魔法陣は顕現せずに、槍の先が鋭い氷柱の形をした槍が空中に浮かぶ。成功をしたのを見届けると魔力を遮断して無かった事にする。
『ふふーんどうだ?望みは叶えたつもりだぞっと!』と振り返ると、神話の魔法を見て4人は腰を抜かしていた。
手を差し出して、全員を立ち上がらせるが放心状態。やり過ぎたのは認めるけど大人げなかったかな?
「なんかすいません。神話と言うので御伽噺で出てくる氷魔法を試してみたらなぜだか出来ちゃいました」
一番早く再起動した伯爵がプルプルと震え出す。
「英雄?勇者?いや、それすら飛び越して神の子か!!」
「何を意味の分からない事を?僕は間違えなく、父のアルフォンスと母のグレース息子ですよ。髪の毛の色だってそうですし」
「そんな次元の話をしているんじゃない。黒髪は魔法属性の遺伝は無い筈だ。現にアルフォンスも魔法は使えるが初級止まりだ。とにかくだ、今は頭と心の整理がつかん。ここに居る者は全員に今見た魔法は忘れろとは言わん。口外せぬように」
伯爵が興奮しながらそう言うと全員が神妙な面持ちで頷いた。
「今日は鍛錬はここまでにしておいてくれ。これ以上何かあっても対処できないからな。ヴェル君には悪いけど結果が出るまで魔法の使用は禁止だ」
ですよね。調子にのった俺が全面的に悪い。
「分かりました。自粛します」
これでスキルまで使えると知れたらヤバイかもな。魔女狩りとまではいかないが危険人物認定?人外認定、間違え無しだ。
転生をして上手く生きていこうと思ったが、選択をミスったかも知れないな。
少し気落ちしながら自室に引きこもろうとすると、ジュリエッタが手を握ってきた。
「もう過ぎた事をくよくよするのはヴェルらしくないわよ」
「くよくよしてるんじゃないってば。やり過ぎたと反省をしてるんだよ。それにこの力をどう利用するべきか考えなきゃな。過ぎた力を持つと何かと不都合もあるだろうからね」
「相変わらずの達観ぶりね。それより魔力はどう?あれだけの魔法を連続して顕現させたら魔力切れを起こしても不思議じゃないし」
ジュリエッタの話だと、魔法を破棄しても魔力は体内に戻らずに霧散するとの事。まったく影響が無いと伝えた。
「さすが3歳から魔力操作の鍛錬をしてるだけの事はあるわね。ちょっと相談なんだけど私にも氷魔法出来るかな?」
「う~ん多分無理だと思う。理由は分からないけどそんな気がするのは、僕の魔法って魔法陣が顕現しないから説明のしようが無いんだよ」
「そっか、そうだよね。お父様がどう判断するかは分からないけどまた見せてね」
「もちろんだとも。何れ理由っていうか解明出来たら教えるよ」
「うん、そうなるといいんだけどね」
自宅の書庫には俺がコツコツと書き記した備忘録がある。その中に物理、科学、高等数学、農学、火薬を使わない武器にいたるまで書き記してある。無論、日本語でだ。
何だか分からないが、それを今すぐ公開するのはまずい気がする。
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