第25話
お昼ご飯を食べた後、観光スポットを巡るが特段と目を引くような物はなかった。武器屋とか冒険者ギルドとか気になったがデートには向かないしね…
それにしても、色々な子供とすれ違ったりしたが、平服なのにジュリエッタはやはり他の子供とは違うと思い知った。
俺と二人でいる時は時々ポンコツになる時もあるが、楚々とした女性というか、歩き方ひとつとっても所作が洗礼されて品があり、平服を着ていようが、いいところのお嬢さんにしか見えないので誤魔化しきれていない。
自然とそう振舞える姿を見ると、それに比べたら、俺なんて独学で貴族の真似事を無理して演じているようで、まだまだ足らない部分が多い事を知る。中身が大人だけになんだか情けなくなる。
『前世が平民だったので仕方が無いか…でも釣り合いがとれるように頑張ると決めたので、こらからは自然と同じ様に振舞えるように努力しなくちゃな。そんな大人の振る舞いが出来るからこそ、相手が少女なのにジュリエッタに惹かれたのかもしれない』
夕暮れとなったのでデートを終えて、屋敷に戻ると伯爵が玄関ホールで赤ちゃんを抱っこしていた。いつもの威厳のある顔とは違って柔かな笑顔だ。父親の顔ってやつだ。
「おっ。ようこそヴェル君。家族ともども世話になったそうだな」
「お帰りなさいませ伯爵閣下。こちらこそお世話になっています」
ジュリエッタは頬を少し膨らませて「ちょっとお父様。先に娘に挨拶じゃないの?もぅ。でもいいわヴェルなら許す」直ぐに機嫌を直した。デートの効果なのか?機嫌が直るのが早すぎる。
「すまんすまん。相変わらずヴェル君の事になると寛容だな。それにエリザベートからも聞いているよ。何でもひと月分の仕事を1日で済ませたんだって?」
「お父様。2時間です」
「それは凄い。天才とはいるもんだな。王女も鬼才だと呼ばれているが、私はヴェル君の方が上だと思うな」
「ええ。それであなた。あの件なんですが」
「おお。おまえの事をエリザベートと呼ぶ件か。ジュリエッタの婿の候補なんだ。構わないよ。何なら私の事を義父さんと呼ぶかね?」
『ありえねぇ~。どうしてこんなに軽いんだ』
「世間体を考えて、それはご容赦願います」
「ははは、それは残念だな。陛下との謁見や王都へ行く件で話がある。注文したスーツが届いているそうだから、手直しが必要かも知れないので着替えてから執務室に来なさい」
「はい。それでは着替えたら直ぐに伺います」
そう答えると、買ったスライムを受け取って客室に戻った。客室に戻ると、スライムを机に置いて服を脱ぎ始める。届いたスーツはどこにあるのかと探していると扉をノックする音が鳴る。
「どうぞ。開いてます」
そう答えると、メイドさん二人が荷物を抱えてやって来た。
「旦那様から、明日の服が届いたので試着するようにとのことなので失礼します」
パンイチ靴下、恥ずかしいにもほどがある。なんでこんなタイミングでうっかり返事をしてしまったんだろう。くそっやっちまった。俺のバカ。
「自分で着替えますので置いておいていただけますか」
「いえ。調整もありますし、これが私達の仕事なのでお任せを」
結局、メイドさん達に着替えをさせられた。
着替えをさせられると、何だか今まで着ていた一張羅とは明らかに着心地が違った。生地を触ってみるとシルクのような肌触りで高級感が半端ない。コートを着てみたが、カシミアのような感触で暖かい。
「坊ちゃま。お似合いですわ」
「本当ですか。ありがとうございます」
メイドさんがそう言うのだが、こんな子供にまで社交辞令とは…メイドさんと言う職業も大変なんだと思う。
メイドさんに鏡を見せられて『馬子にも衣装だな。だいたいここまでの格好したことないし…』と思う。
「それでは旦那様がお待ちになっております」
メイドさんに執務室の位置を知っているかと尋ねられたので「はい。把握しています」と答えると、コートを預けて足早に客室を出た。
一人で廊下を歩きながら『しかしいつもならジュリエッタがギャラリーに来るんだけどな~』と辺りを見回してしまう。いつの間にかジュリエッタの事を気にかける機会が増えてきた。
まあ専属騎士になるしいずれは結婚もするのだからこんなものか。しかし、まだ10歳と11歳の子供だぞ。異世界では常識の範疇らしいが、もう婚約って早すぎないか?
執務室では執事さんが扉の前で待っていた。
「旦那様がお待ちです。どうぞお入り下さい」
「はい。ありがとうございます」
そう答えると、執事さんはノックをしてから扉を開けた。
「伯爵閣下。お待たせしました」
「うむ。それではこっちに掛けなさい」
「失礼します」
ソファーに腰掛けるように促されたので遠慮無く腰掛けると、伯爵は俺の前に腰掛けた。
「まず話と言うのは、本当にジュリエッタの専属騎士になるのか意思を確かめたいのだ。ちなみに私はヴェル君が娘を貰ってくれるなら大賛成なんだ。むしろ私からこの件を持ちかけようと思っていたぐらいだからな」
親子ともどもプレッシャーを掛けてくる。断るつもりは無いが、この状況で断れる人間がいるなら見たいものだ。
「身分差があるのに、伯爵家のご令嬢と婚儀を交わすなど本当にいいのだろうかと正直悩みましたが、皆さんか良いと仰られるのなら断る理由はありません」
「コレラから救った英雄に、そう言ってくれるとこちらもありがたい。それでは正式に王城で儀式を交わすように手配しなければな」
「えっ!英雄とはまた大袈裟な…それに専属騎士になるには儀式が必要なんですか?」
そもそも英雄の定義は良く分からないが持ち上げすぎだ。陛下との謁見だけでも相当プレッシャーなのに、儀式があるなんて聞いていないぞ。
「おや、知らなかったのかい?上級貴族になると社交界で周知することになっているんだ。二人の事を認められれば、この先余計なちょっかいを掛けられずに済むからね」
そう言う理由があるなら、もっと早く言ってもしいものだ。こちらにも心の準備があるだろう?口に出して言えないないよな。
「なるほど。社交界も大変ですね」
「そうだよ。聞いているかもしれないがヴェル君は王城では今や時の人だ。実際の話、ヴェル君狙いの貴族避けにはこうするしか無いんだ」
「はい?僕の為なんですか?ジュリエッタじゃなくて。僕から見てもジュリエッタは見目麗しき女性ですし、それこそ社交界に出れば引く手も数多だと思いますが」
「娘はヴェル君意外見向きもしないからね。娘の将来を憂いていたところだったが、君と言う存在が突然現れてた事は、私達にとってとても僥倖だったんだ。それに娘を高評価して貰えるとは親として嬉しい限りだよ。実際の人数までは把握していないが数万人の命を救った救世主だからね。君はコレラ治療で姫殿下を救ったから、王城では英雄扱いだ」
意図的ではなかったとはいえ姫殿下を救っていたとは…それで陛下と謁見となると面倒な事になるのは目に見えているじゃないか。
「なんだか疲れますね」
しみじみとそう言うと、伯爵も溜息を吐いた。
「ああ。特に年頃の子供を持つ上級貴族はね。それにしても、ヴェル君のお陰で王城でコレラ感染者が出ても誰も死ななかった。しかもアルコール消毒とマスクだったか?あの対策のお陰で王城内で感染が広がらなかったのだ。もっと誇ってもいいのだぞ」
そうは言うが、何をどう誇ったらいいんだ?
「効き目について絶対の自信があったわけではありません。でも誰も悲しまずに済んで良かったです」
「ああ。陛下も姫殿下が感染した時の取り乱し方は異常だったからな。姫殿下は王国が始まって以来の鬼才だといつも仰られていたからな」
「少し気になるのですが、天才とか鬼才とかどのような判断で?」
「うん。姫は絶対暗記能力の持ち主なんだよ。瞬時に物を覚えれるそうだ」
前世でもそんなような能力を持った小説やら漫画は見た事はあったが、身近には居なかったので都市伝説的なものとしか思わなかったけど、実際にそう言った人物がいると分かると会って話をしてみたいと興味を持つ。
「ああ。なるほど。どおりで…スキルありきのこの世界ならばありえそうな話じゃありませんか?」
「えらいあっさりとしているな。もっと驚くと思ったよ。姫殿下は15歳に至っていないのにスキルを発現させるなどあり得ない話だからこそ鬼才だと言われているんだよ」
そう言えばそんな設定があったのを忘れてた。
「正直能力で天才とか鬼才とか、呼ばれ方にはあまり興味はありません。本当の天才っていうのは地頭というか、頭の回転の速さとか、瞬時に的確な答えを導き出せる者だと思います」
「なるほどな、確かに記憶力が完璧でもそれを活かせないと意味か…」
「ええ。机の上でどんな良い戦略を考え出せても、結局戦うのは血の通った人間です。体調の良し悪しもあれば気分もある。そこを正しい判断が出来て、どんな戦況下でも戦いに勝てる人間を英雄と僕は考えます。鬼才とか英雄とかの称号っていうのを、人の噂で勝手につけるのって何か微妙ですよね。後の歴史家が付けるのならともかく」
「まったくそのとおりだが、しかし、ヴェル君と喋っていると君が子供だとはとても思えないよ、どこかの偉い軍師と喋っているそんな不思議な感覚だよ」
伯爵は、言った後に苦笑いをする。少し饒舌に語り過ぎたと反省する。
「子供なのに生意気言って申し訳ありません」
「いやいいんだ。実際コレラ危機を君は救ったんだ。結果を見るなら君は英雄だよ。他が認めなくても私は認めるよ。そんな英雄に娘をやれるなんて私は幸せだ」
日本にいた時の知識だとは明かせないので他人の手柄を横取りしたような気分になるな。それでも重要なのは結果だ。母達が死なずに済み俺の運命も大きく変わったんだ。チート知識が非難されるようなことになろうが構いはしない。
「英雄は大袈裟だとは思いますが、皆さんの評価に相応しい人間になれるようこれからがんばります」
「ずいぶんと、自己評価が苦手なようだね。その謙虚さも好きだがね。それでは、これからも宜しく頼むよ。君ならひょっとして実力で上級貴族になれそうだ」
「傲り高ぶらずに、まずは足元をしっかり見て進みたいと思います」
「模範解答過ぎていつも驚かされるよ。それと確認しておきたいんだが君は礼儀作法は完璧だけど、王都へ行ったら宴もあるだろうがダンスはいかがかな?」
「自慢じゃありませんが、僕はぼっちだったんですよ。ダンスのダの字も分かりません」
『社交ダンスは一人では覚えられないし、音楽を鳴らす機械は生まれてこのかた見た事もないしな。それにしても、王都で宴って、また面倒だなこりゃ』
「そっか。ヴェル君でも出来ない事があるんだと思うと少し安心するよ。それでは、明日からでいいのでジュリエッタに叩き込んで貰いなさい」
それから、コレラが収束したとはいえまだ安心は出来ないので、数か月間の間に王侯貴族相手に通用する作法や魔法などの基礎を学ぶ事になった。
余談だが、このジェントの町から王都までは馬車で2泊3日の旅だそうだ。
「それでだな。今後どうする?この先は通うか、この屋敷の客室に住み込みにするかなんだが?」
「お父様は、いつ頃王都から戻られるのですか?」
「アルフォンスは王都に残るように陛下に命ぜられて残る事になった。まあ実質ヴェル君が王都に来るまでと言う事なので、人質に近い感じだがな…」
原因がオレのせいだから同情しますよお父様。それにしても、随分とやり方が露骨で、えげつないじゃないか。
「お母さまの同意が得られるならば、通うのは時間がもったいないですし、色々とリスクを回避するには、この屋敷にご厄介になった方が僕的には嬉しいのですが」
「そうだな。それでは1週間に1度自宅に戻る方向で調整をしようか。君の母親のグレースもその方が安心だからね」
「心遣い感謝します」
昨日持たされた荷物の量を見るかぎり母は既に知っている可能性がある。いったい誰の手の上で踊らされているんだろうな…大人達全員なのかも。なんだか怖くなってきたよ。
伯爵との話しが終わり、部屋に行くとジュリエッタが部屋の前で待ち構えていた。
「お父様との話はどうだった?」
「王都行ったら、宴があるかも知れないから、ジュリエッタにダンスを教えて貰う事になったよ。迷惑かけてごめんね」
「寧ろ歓迎なんだけど…私が手取り足取り教えるから大丈夫。任せておいて」
ジュリエッタは特に驚く事もなく、笑顔で胸を叩いた。よほどダンスに自信があるのかな?
「それと、この屋敷に暫くの間ご厄介になる事になったよ」
「そうなの。これからも毎日一緒にいられるんだね」
花が咲いたような笑顔に嬉しく思うが、本当にこれでいいのだろうか…子供同士なんだから気楽に行こう。
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