第18話
小高い丘を登ると立派な正門があって伯爵の屋敷に着いた。流石は伯爵の屋敷と言ったところか?実家の屋敷の10倍は優に超えている。
コの字型の中庭の中心部には噴水を中心としたロータリーになっていて、右の建物には沢山の馬車が止められていた。
「なんだこれ?本当に個人の屋敷なのか?」
「入ったら説明をしようと思っていたけど、右に見える建物が居住棟、正面に見えるのが行政棟、左の建物が使用人達の居住棟になっているわ」
「もう屋敷ってレベルじゃないよね…」
上手い例えが見つからない。あえて言うなら県庁とホテルがドッキングしたような?まあとにかくなにもかものスケールがとにかく大きい。
屋敷のロータリーに差し掛かると、ドアマンらしき従者達に紛れて、顔見知りのじいさんが落ち着かない表情で待ち構えていた。
屋敷の玄関前に竜車を寄せると、ドアマンが竜車のドアを開けたので、先に下りてジュリエッタの手を取りエスコートするように降ろす。
「うふふ、ありがとね」と、嬉しそうにオレの手を握って竜車から降りた。役得だな。
「良くきたな。コレラの件、まことに大儀であった。ワシも鼻が高いぞ」
「おじい様、ご無沙汰しております。コレラの件はともかくとして、何故自分が急に呼ばれたのか知りたいのですが?」
「なにも聞かされておらぬのか?は~、グレースめ!相変わらず悪戯好きだな。まぁ、そこが気に入ってるんだがな」
『はは、気に入ってるのかよ』
「それよりここではなんだ。ワシの執務室に行こう。細々とした挨拶などは後で良い」
「ジュリエッタの母君である伯爵夫人へのご挨拶が先では?一度も顔合わせしていませんが?」
そう問うと、じいさんは 苦い表情になる。
「男のワシから言い難いんだが、今は授乳の時間なんだよ。それに挨拶をする前に話をしておかねばならない事があるから、挨拶はまたジュリエッタが呼びにくると言う話になっておる」
『確かに授乳中じゃね。言い難い事を言わせちゃったな』
「そんな話になってるんだったら、私はヴェルがおじい様とお話をしている間に、お母様に到着を伝えてくるわね。報告が終わったら、おじい様の執務室にお邪魔するからじゃまた後でね」
ジュリエッタは手をひらひらと振って、先に屋敷の中へ入って行った。荷物はレリクさんが運んでくれるようだ。
屋敷に入ると、迎賓館と見まごうほどの大きな吹き抜けホール、天井には金色に煌くシャンデリアがホール全体を照らして、床にはグレーのカーペット、動線には赤のカーベットが敷かれていた。
だだっ広いホールの一角には来客用の黒色のソファーが置かれ、木の机には先ほどまでおじいさんが腰掛けていたのか?飲みかけのティーカップをメイドが片付けようとしている。
正面を見ると、絵画や彫刻が飾られていて、左右二つに分かれた階段付近に置かれた花瓶には、真っ赤で綺麗な花が一際目を引いた。
「この屋敷は凄いだろう。来客も多いので贈答品が増える一方だ。そこの絵画も毎週入れ替わっているんだ。興味があるなら後からジュリエッタに案内して貰うとよかろう」
「はい。また後でじっくりと拝見させて頂きますね」
『じいさんはオレの目線に気付いたのかそう声をかけてくれたけど、実の所を言うと、建築物には興味はあるけど芸術作品にそこまで興味は無いんだよね』
玄関ホールから右の通路に曲がると専用の執務室へと案内された。聞いたところによるとこの屋敷の一角には各町の領主の執務室があるそうだ。
執務室に入ると来客用のソファー、書棚、机二つあって、その机の一つに文官が腰掛けて頭を抱えながらウンウンと唸りながら書類と向き合っている。
そんな文官の仕事姿を横目にしながら、案内された来客用のソファーに腰掛けた。じいさんも正面に腰掛けると、領内でのコレラの感染者や死者の数が異常に少なかったことを、これでもかと言うくらいくらい主張してきた。そしてそれは俺の功績だと。
じいさんを含め、最初は誰もが懐疑的だったそうだが、王宮医療技師である伯爵閣下が提唱をした事もあるので、まずはと試したところ直ちに効果があらわれたそうだ。
そこからは即効性のある治療、予防効果のマスクや煮沸消毒は瞬く間にこの国に広がったとのこと。今後国策として工場が作られて各領地で生産されるらしい。日本で得た知識に感謝だな。
「そうでしたか。話は変わりますがこの屋敷は大きく広いですね。迷子になりそうですよ」
「ヴェルはこの屋敷に来るのは始めてだったな」
「はい。お父様の友人の屋敷には何度かお邪魔した事はありましたが、こんな大きな屋敷に来たのは初めてですよ」
「そう言えば、ワシの屋敷にすら来た事が無かったな。あやつ達の過保護っぷりには呆れるばかりだな」
「そうかも知れませんが、おじい様は領主の身でいらしゃるので、仕事でいつも多忙と聞いております。迷惑をお掛けしないように、お父様は気を遣っておいでになったのでしょう」
「うむ。相変わらずヴェルは口が達者であるようだな。これなら大丈夫であろう」
「何が大丈夫なのですか?」
この口ぶりと話の流れ、良い予感はしないな。
「それについてだが、ヴェルよ。お前に謝らなければならない事がある」
「えっ、何の事でしょうか?」
「それがな。コレラ対策を誰が考え出したのかと、王宮医療技師のジュリエッタの父が陛下に問い詰められてな…誤魔化しきれなかったと連絡があった。なので陛下が直々にヴェルに謁見を許すと申されるのだ」
血の気が引いた…まさかこんな事になるとは…勿論、小説には書いてはいないし、国王陛下に直接会うなんて想定外だ。断る!
「ちょっとお待ち下さい。私はまだ年端も行かぬ10歳児ですよ?国王陛下と謁見などあり得ない話。身に余る光栄とは存じますが、きっぱりとお断りいたします」
「ワシもそう言ったのじゃが、陛下は首を縦に振らなんだ。そんな
「どうしてもでしょうか?作法も何もかも独学なで粗相するのは目に見えています。断れるものなら断りたいのですが?」
「どうしてもじゃ。陛下の機嫌を損ねてみろ。ワシが治める領地など、ひと息で吹き飛んでしまうわ。ワシ等の為を思って頼む」
助けたのに、これじゃ脅迫じゃねーかよ。この世の中もどうかしている。
「分かりました。謹んでお受け致します」
「よし。そうと決まったら、陛下との謁見ともなればドレスコードもあるから正装が必要となる」
じいさんはそう言うと「パン、パン」と手を打つと、メイドが俺の近くにやってきて採寸を始めた。はぁ~、随分と準備がいいこったな。
採寸が終ってメイドがドアを開けると、ジュリエッタが笑顔で手を振って、手を振り返すと俺の隣にやってきた。
「ジュリエッタ丁度良かった。ワシの話は済んだからヴェルの事を宜しく頼むよ」
「お任せ下さい。さぁ、こっちよヴェル」
ジュリエッタはそう答えると、俺の手をがっちり掴んで、なされるがまま手を引かれて執務室を後にした。
通路を歩いている途中、ふと疑問に思った事をぶつけてみる。
「ジュリエッタは王都に僕が呼ばれた事を知ってたのかい?」
「ええ。黙っていて悪いけど、どうしてもおじい様の口から言うという流れになってね。それまでは黙っておくようにと約束したのよ」
ジュリエッタは申し訳無さそうな顔をしている。別に責めている訳じゃないんだけどね。
「それじゃ仕方無いね。それにしても、毎日こんな大人に囲まれて生活してるんだ~。みんな仕事をしてるから、これじゃ落ち着かないわけだね」
「分かって貰えたかな?大人ばかりに囲まれて、こう育ちゃいましたって感じでしょ?」
「ああ。言葉遣いが妙に大人っぽくて、礼儀作法や所作が美しくて完璧だなって思っていたけどこの環境じゃ納得だよ」
「そう思ってくれてたんだ…ありがとね。それにしても、ヴェルの方が凄いと思うよ。私と環境がまるで違うのに、大人びているなんてね」
「僕は、全部本の受け売りっていうか、本の中の言葉の真似をしているだけだよ」
「それが凄いって言うのよ。普通じゃないわよ。いい意味でね。さぁ、着いたわ」
伯爵夫人のいる部屋の前で止まると「あっ、ちょっと待って」と言って、ズボンのポケットから少量のアルコールの入った小瓶を取り出した。
まさか自分の住む屋敷を出るまでは、赤ちゃんに会うなんて思っていなかったので、必要最低限ではあるが消毒をしてから入ろうと思う。
赤ちゃんがいるから当然の行為だと思ったが、ジュリエッタは「ヴェルったら、何で消毒液を携帯してるのかは知らないけど、やるからには徹底的ね。ものすご~く尊敬するわ」と言って感心をして見ていた。
「消毒液を持っていたのは偶然だよ。最近いつも持ち歩いていたからね。つい癖で持ち歩いてしまうんだ。それに世の中は雑菌だらけだし、赤ちゃんは病気に対しての抵抗力が低いから何か病気をうつしたら大変だから、出来る事はしないと落ち着かないんだよ」
「まったく。ヴェルらしいけど、それで救われた命も多いのだから、私もそれに倣うわね」
顕微鏡の無いこの世界では、誰も細菌なんて見た事はないだろう。眼鏡はこの世界にあるから、またそのうち顕微鏡を作ってみようと思う。
その後、ジュリエッタも殺菌消毒をしている間に、緊張を解くために一度深呼吸をすると、伯爵夫人つまりジュリエッタの母と赤ちゃんがいる部屋の扉を開けた。
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