第16話
翌朝、朝食を食べ終えるとジュリエッタが慌ただしく持って来た荷物をカバンに詰め込み始めた。
こうして片付けをしていると段々と寂しくなってくる。ここでジュリエッタが居なくなるという実感が沸いてくる。
「どうしたの黙りこんじゃって。さては少しは寂しくなったかな?」
なかなか鋭い娘だ。それとも顔に出ていたか?おっさんなのに情けね。
「そうだね。なんだか片付けしてたら、もう居なくなるんだなって実感しちゃってさ。寂しい気持ちになっちゃた」
「そっか。やっと私の気持ちが分かったみたいね。でもこれを機会にまた泊まりにくるから安心して」
『11歳だよなあ、これで。まぁ、嬉しいからいっかな』
「それじゃ、竜車が来るまで屋敷の中で待ってよっか。まだ3月とはいえ寒いからね。風邪を引いちゃったら赤ちゃんに会えなくなるし」
「心配してくれてありがとう。でも風邪を引くのもありかもね。そしたらヴェルともう暫く一緒にいられるのにな~」
ジュリエッタは揶揄するような笑顔で俺の反応を見るが、治癒スキルじゃ風邪は治らないから冗談でも止めて欲しい。
柳の葉でもありゃ、アスピリンで…って案外ありかも知れないな。
「でもわざと病気なんてなろうとするもんじゃないよ。風邪引くと辛いのはジュリエッタなんだからさ」
「そっか。もう一声足りないわね」
「なにが足りないんだ?」
「こっちの話よ。それじゃ中に入りましょ」
そう言って屋敷に入ろうとすると、遠巻きに馬が走ってくるのが見えた。早馬のようだ。
早馬が屋敷の前に止まると伝達者は馬から降りて、こちらに向ってやってきた。
「ヴェルグラッド・フォレスタ様に伝言ですが、ご在宅でしょうか?」
「私がヴェルグラッドですが」
「あなたがヴェルグラッド様ですね。失礼しました。それでは伝言をお伝えします。明朝迎えを出すのでロゼル・フォレスタ子爵邸宅までこられたし、との事です。返事を伺ってこいと仰せつかわっていますが、返事をいただけますでしょうか?」
「少しお待ち下さい。母に確認して参ります」
その内容を屋敷で寛いでいた母に告げると「会いたくてしかなかったみたいだからいってらっしゃい」との事だったので、伝達者そう返事をすると、伝達者は馬に跨り走り去っていった。
「それにしてもなんの用事だろ?」
めんどくさいのが顔に出たのかジュリエッタが溜息を吐く。
「ほらっ ヴェル、顔に出てるわよ。思うんだけどこれってコレラの事についてじゃない?ヴェルの考えたコレラ対策が上手くいったからその報告だと思うわ。褒美が貰えるかもよ?」
「そっか。まぁ、それで被害が減ったって話だったら良いんだけど。」
ジュリエッタと玄関ホールで話をしていると、レリクさんが迎えにやってきた。
「お嬢様並びに皆様方、ご無沙汰しております。お迎えに上がりました」
「レリクお疲れ様。竜車に先に運び入れてちょうだい」
「それでは私は、荷物を竜車に運び入れますが、荷物はこちらで全てでしょうか?」
「ええ。これで全部よ」
レリクさんは頷いてから、荷物を竜車に運び入れ始めると、ジュリエッタは共に生活をした屋敷の従者達と名残惜しそうに握手をしていた。
竜車の前まで見送ると別れの挨拶をする。
「それじゃね。ジュリエッタ。また何かあったら連絡して」
そう声を掛けると少し涙ぐみながら
「うん。ここから私の住む屋敷まで竜車なら1時間だからまたすぐに遊びにくる」
「そこは勉強って言おうよ。これから弟が帰ってきて忙しくなるとは思うけど、お姉さんとしてがんばるんだよ」
「もちろんよ。ヴェルも今度は私の屋敷にも遊びに来て欲しいな。私が一方的に通ってただけだけど、お母様も一度会ってきちんとお礼がしたいって言ってたからね」
「ああ。赤ちゃんの首がすわった頃に折をみてお邪魔するよ」
ジュリエッタと初めて会ってから約1年の月日が流れていた。なのに言われてみればこちらから出向いた事は一度も無い。
理由を聞くと、ジュリエッタによれば伯爵家の屋敷は役所も兼ねているので、仕事の邪魔をしないようにと両親を気遣っていると言うことだった。
とは言え竜車ならば片道1時間で着く距離だ。理由を話すジュリエッタの目がなんとなく泳いでいたように見えたので本当の理由は怪しいものだけど。
「ジュリエッタさん。また遠慮しないで、いつでもいらっしゃい。ヴェルも寂しがると思うから。いつでも歓迎するわ」
母がそう言うと、ジュリエッタは左足を後ろに引き、スカートの両端を摘みお辞儀をする。
「お世話になりました。それではごきげんよう」
久しぶりに見るが、さすが上級貴族だな。気品に溢れている。
それから竜車に乗ったのを見送ると、ジュリエッタは少し寂しそうな顔をしながらも笑顔で手を振りながら帰っていった。
「は~。名残惜しいけど、なんとかひと段落ついたな~」
腕を伸ばし、背伸びをするように体を伸ばすと母は溜息を吐く。
「ヴェル。あなたね、もう少し女心を勉強しなさい。上手く行けば玉の輿なんだから」
「お母様。何を言っているんですか?まだ僕は10歳になったばかりですよ」
「恋に年齢は関係ありませんよ。貴族は早めに婚約を結ぶのが一般的なのですから」
たしかに日本にいた時に見た漫画やラノベの知識の中でも、幼き時から親同士で話し合い、許婚がいつの間にかいる話も珍しくはない。
いわゆる上級貴族のというのは家柄のバランスを気にするため許嫁を早く決める傾向がある。増して出来がいいとなれば早い者勝ち、優良物件と言うか青田買いだ。そう考えると母の言う事も理解できなくはない。
「それにしても、ジュリエッタさんは気立てが良くて可愛らしいからね。社交界に出たら引く手も数多でしょうに。それまでには、ちゃんと口説いておきなさいよ」
「それが親が子供に言う事ですか。ですが由緒正しき伯爵家と我が家のような男爵家の子息とで結婚しても、周りからの反対とか王侯貴族達との軋轢とか生まれないのですか?」
「あら。えらく乗り気なのね。そこは大丈夫よ。ジュリエッタさんが一人娘なら、周りからとやかく言われるでしょうが、ご子息が生まれたからね。それに、知っているかどうか知らないけど、上級貴族の令嬢は専属の騎士が指名出来るのよ。それでくっつく貴族がほとんどよ」
「なるほど。それにしてもお母様は随分露骨ですね」
「それはそうよ。上級貴族なら社交界で早めに決める事もあるの。学園で恋をする場合もあるけどそれはそれ、これはこれよ。とにかく、あの娘は将来とても美人になるわ。私が保障してあげるから、がんばんなさいよ」
やっぱりそうなるよな…文句は無いけど外堀が埋められた気がする。将を射んと欲すればまず馬を射よとはよく言ったもんだよ。我が家はジュリエッタに無双されてるじゃないか。
そんな母の思惑はどうであれ、実のところを言うともう専属騎士になるって約束しちゃったよ。頬ではあるがキスもいただいたしね。
後は、ジュリエッタの父である伯爵様の意向ひとつと言うことかな。いつまでも、心はおっさんだと意固地になっていても前に進まない。身は子供なんだから。
日本にいた時は心臓病のせいで、結婚どころか彼女すらもままならなかった。
最後に見た夢の中では、死ぬ間際にジュリエッタに告白をしていた。この先同じ事となって後悔をするくらいなら、今のうちからそうならないように努力をする価値はあるはずだ。
それから、ひとりで鍛錬をするがなんだか気合っていうか身に入らない。未だに自覚は無いけど、自分で思っていたよりもジュリエッタに心が惹かれていたんだろうな。
何か行動を起こそうとすると、すぐに思い出す…結構重症かも。
仕方が無く、部屋に戻ると机に両肘をついてこの2か月間の事を振り返と、コレラが流行る前に、本当なら家庭教師を雇い生活魔法を習うはずだったが、自宅待機になって魔法の練習も出来なかった。
母は生活魔法は使えるので一度教えてくれと頼んだが、専門の資格を持った者が、きちんと子供に火を筆頭に魔法は危ないと教育から始めないといけないと言う法令があると言う事。
オレが黒髪、黒目なので魔法特性が無いから急ぐ必要は無いんじゃないかと諭された。ちょっとした火遊びで、火事や人を傷つけたりすると、親が責任を負わなければならので母が慎重になる気持ちも分かる。
9歳になるまで魔法が使えないのは、魔力量が足らないのもあるが、魔力操作の鍛錬から入るのもまた、魔法の制御の問題や物事の良しあしの分別が出来ないからと言う事だ。
『日本でも(火の用心!マッチ一本火事の元!)と、俺の子供の時代は子供会が夜回りをしながら当番制で拍子木を打つという行事があったぐらいだからな…懐かしい話だよ』
ブラッドグレズリを倒した時にレベルアップをしたような感じはしたが、体感的には何もない。謎が深まるばかりだ。
この辺りの事は小説には何も定義していなかった。悔やまれるよな。
コレラで人々を救った事で、バタフライエフェクト?世界線?がどう変わったのかも謎だ。この先の未来がどう変わるか分からないが、上手く生きていくには出来るだけ死なない様に鍛錬を続けるしかない。
いま分かっている事は、前世で見た最後の夢で俺が死ぬという事実だけだ。ここまで努力を続けて来たんだ。死んでたまるか。
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