第12話

治療所から山間を抜けると目の前に海が広がり、窓を開けると潮風が気持ちよく久しぶりの海の匂いに心が躍る。


「うわ~!良く晴れてて良かったわね!凄く綺麗だね」


「そうだね!」


『久しぶりに見る海だ!防波堤や三角テトラの無い海なんて見たのは初めてかも』


白い壁に囲まれた門を通り抜けてミュゼの町へ入ると町は多くの人で賑わっていた。


「寄ってらっしゃい見てらっしゃい!今日の目玉は、このレガントフィッシュだ!内内地じゃ中々手に入らない珍味だよ!早い者勝ちだ!」


「おっちゃん、もう一声!」


「くぅーっ!じゅこれもつけてやる!もってけ泥棒!」


『バナナのたたき売りかよ!』


と、ツッコミたくなるほどの、活気のいい声が飛び交っていた。


夏の海の町ということで町の人々は総じて日焼けをしていて健康そうだ。


竜車を馬屋に預けてから3人で食事に向う。レストラン街に向うと魚介類独特のいい匂いがする。


特に網焼きされているサザエ?やオオアサリ?風の焼けた匂いが胃袋を刺激する。『醤油があればいいのになぁ~』と、思うが魚醤すら未だかつて見た事がない。


レストラン街を歩いていると、ファーストフードの店もちらほらある。


本当はファーストフードが食べたいが、貴族令嬢と一緒なのにそんなわけにはいかないので、藁で作られたパラソルが立ち並ぶフードコートを横目にしながらシーフードレストランに入った。


店に入ると、魚介とベーコンを煮込んだシチューと黒パンを注文して海の幸を堪能する。


「うまい。クラムチャウダーみたいだ!!」


「クラムチャウダー?そんな料理あったっけ?」


ジュリエッタは不思議な顔をして首を捻る。またしても失言しっちまった…ラーマソ〇トかよオレの口は。


「ほら、家にある本を見ながらさ内緒で作った事あるんだ。確かその時に本で見た料理の名前がクラムチャウダーって書いてあったんだっ」


そう誤魔化すと「へ~そうなんだ。料理まで出来るなんて本当に何でも自分で出来るのね。尊敬するわ」と。何とか誤魔化せたみたいでほっとするが、何歳までこの手が使えるのやら…


ジュリエッタはよく出来た子だ。あまり突っ込んでこないので助かるよ。反省反省。


食事が終わると、オレはトランクスタイプの水着を購入。その間にジュリエッタは竜車の中で水着に着替えを済ませていた。ピンクのワンピースタイプの水着だが良く似合う。


海岸沿いを少し歩いて行くと、港が見え木製の漁船やガレー船のようなものまで見えた。


「知ってたら教えて欲しいんだけど、あの大きな船は?」


「あれは、ルーン大陸に向う船よ。あっちは神聖国ヴァリスタかレギオン王国に向う船だと思う」


「へー。また今度詳しく教えて欲しいかな。世界の事をもっと知りたいから」


「そうね。学園に入ったら習うはずだけど機会があったら先に教えるわね」


そんな話をしながら砂浜への階段を降り始めると、砂浜は思ったよりも混雑していた。


砂浜には先ほど見かけた藁で出来たビーチパラソルっぽい物が沢山並び立っていて、海を見てみると、そこから見る感じでは遠浅で結構沖まで人がいる。


流石に、浮き輪とかサーフィンをして楽しむ人は見かけなかったが、木を加工して作られたビート板のような者で遊んでいる若者の姿が目に入る。


本当にこの世界は凄いな~。地球ほどではないが文明の高さが手に取るように分かる。


階段を下りて砂浜に入ったとたん「熱つつつ!」と、口をつくほどの熱さ。ビーチサンダルぽいもの買って履いているが、そんなのはお構いなしとばかりに足に砂がかかる。


「ほんと、砂が熱いわね」


ジュリエッタと、手を繋ぎ走って波打ち際まで行く。う~ん青春ドラマのシーンのようだ。外見は小三のガキだがね。


それから久しぶりの海水浴を楽しむ。持病の心臓病があったので前世から泳げなかったが、それはそれで自然でいいような気がする。


望んでこうなったわけじゃないけど、ぼっちで引き篭もりのはずのこのオレがいきなりここでクロールなんて披露しようものなら、またいらぬ誤解を招きそうだ。できないけどね。


ジュリエッタと砂で城を作ったり泳いだりして海水浴を楽しむと、時間はあっという間に過ぎて行く。作った砂の城も波にさらわれて崩れていたのを見届けると帰ることになった。


帰りの道中歩いていると海岸はカップルだらけだ。


レリクさんが竜車を取りに行くと言うので展望がある公園のベンチに腰掛けて、水平線に沈みゆく茜色に染まった海原と夕日を見て待つ事になった。


『レリクさん…気を利かせすぎじゃないか?俺達はまだ子供だぞ』


そんな思いとは裏腹に…、ジュリエッタが手を伸ばしてオレの手を握り「ヴェル。私今日ここに来て良かった」微笑みながら、俺の肩に頬を寄せた。


なにかが爆発しそうなぐらい恥ずかしい。これで意識をするなと言う方がおかしい。しつこいようだが9歳だぞ?いや、何も言えねっすわ。


「そっ、そうだね。この日を一生の思い出にするよ」


無難にそう答えると、ジュリエッタは握っている手を強くした。これ以上の言葉を発するのは無粋ってやつだ。


竜車の準備ができると、串焼き系の軽食と乾燥昆布、茶色がかった天然塩を購入して自宅へ帰る。


ちなみに、海水を持って帰ろうとしたが、容器がバケツか動物系の袋しか無かったので断念した。


帰路につくとジュリエッタが船を漕ぎ始めたので、今度は俺が膝枕をすると提案した。


「ヴェルも疲れているのにいいの?」


「うん。普段から鍛えているからね。少々じゃ疲れないよ」


「それじゃ、私もお言葉に甘えようかな」


ジュリエッタは満面の笑みでオレの膝に頭を乗せる。


まるで恋人同士。今はそんな事を気にする歳ではないが、おっさんのオレを子供のくせにドキドキさせやがってと、軽く抗議をしながら帰路に着く。


それからどれぐらいの時間が経ったか分からないが、いつのまにかオレまでもいつの間にか寝落ちしていたようだが、竜車が急停止した勢いで目を覚ました。


「何があった!」


「起こしてしまって、すいませんが緊急事態です!魔物が道を塞いでいます!」


レリクさんが御者台から飛び降りたので外を見ると、竜車に吊り下げられていたランタンの光が反射して、目を光からせる巨大熊が3体…って、宿場村で討伐隊だどうなのだとか言っていた、ブラッドグレズリが魔物が山道を塞ぐように待ち構えていた。


「ちっ!ここでフラグ回収かよ!ジュリエッタ、確か出発前に武器があるていたけどどこに!」


ブラッドクレズリの一体が威嚇するように二足で立ち上がっり、残り2体は竜馬に目線を向けて「「「グルルルッ」」」と唸る。


竜馬は威嚇に怯む事はないが、ブラッドクレズリは逃げ場を無くする気だ。


ジュリエッタが座席のシートを持ち上げるとギミックが仕掛けられていて、刀身60cmほどの片手剣があったんで迷わず鞘ごと剣を手に取った。


「ヴェルってば、剣なんて持ち出してどうするの!」


「スキルもあるし剣には覚えがああるんだ。加勢してくるからジュリエッタはここにいて!」


「私も手伝いする!」


ジュリエッタは細剣を取る。

『暗がりだから光属性スキルはかなり有効なはず。今日は海に行くと分かっていたが出番があるとは思わなかったがこんな形で使うとはな…』


やる気満々なのでサングラスを渡すと、何をするのか理解したようで、二人一緒に頷き合いながらサングラスを掛けた。


「ジュリエッタ、竜馬の目を保護してしてやってくれ!」


「分かった」


竜車から出ると、レリクさんはブラッドクレズリと既に対峙していて1体は片腕を失っていたが、魔物は痛覚が無いのかお構いなしに腕を振り上げてレリクさんの頭を狙う。


熊手と剣が交差するとガーンと重低音が鳴ってパリィ。はじき返されて、腕が上がったところを喉元を狙って刺突。とどめを刺した。


『さすが元Bランク冒険者!』


「レリクさん目を閉じて!」


「坊ちゃん!お嬢様までも!何をする気ですか!」


「直ぐに魔法を放ちますから!」


レリクさんは片手で目を押さえるのが見えたので【閃光】続けざまに小声で【パワーライズ】と詠唱。


全開で光属性魔法を放つと辺り山道が一面が真っ白に。竜馬に向かって走りかけていたブラッドクレズリは急停止。立ちあがり目を押さえるような仕草をとった。


光が収まると、サングラスを取ると、間合いを詰めて、柄をぐっと握り締め、脇抱えから横薙ぎ。遠心力に力上昇パワーライズのバフが掛かっている状態なので胴体を一刀両断。


竜馬を狙っていたブラッドクレズリを1体倒したので、立ち上がったままのもう一体を逆風で斬り付けるが、子供の力じゃバフっていても遠心力が無い分だけ威力が低くなった。


バランスを崩して、四つん這いになったブラッドクレズリをジュリエッタが細剣で首を刎ねた。


『女性は度胸が据わっているって言うが…ジュリエッタって容赦ねーな、おい!戦い慣れしてないか?』


結局、危なげなくブラッドクレズリを3体倒したのを目視で確認すると、レリクさんは驚愕した顔をしていた。


「ぼ、坊ちゃん!いまの光は…それに子供2人がDランクの魔物を…どういう事か説明を」


口も引き攣っているし、顔は笑っているが目が笑ってない。


「また、詳しい話は後にしませんか…」


「ですね…ブラッドクレズリの毛皮は高く売れるので剥ぎ取りをしますから、竜車の中でお待ちください」


ジュリエッタと一緒に竜車に戻ると納刀した剣と細剣を元の位置に戻した。


「やり過ぎちゃったかな…」


「ええ…そうね。それにしてもヴェル。胴体を一刀両断って、大人真っ青なぐらいの力があって驚いたわよ」


「僕も色んな意味で驚いたよ…」


明言はしなかったが、聖女の力って魔法だけじゃないのかと思うほどの剣筋は玄人。考えれば考えるほど頭がおかしくなりそうだ。


まるでワザと、互い詮索しないように無言になるが、暫く経つと二人の体が少し発光する謎現象が起こった。


「なっ、なにが起こった!」


「おそらくだけど、レリクが魔物を浄化をしたからレベルが上がったのかも…」


「レベルだって?まだ神託の儀を受けていないのに?」


「しっ!声が大きいわよ」


それからのジュリエッタの説明では、魔物を倒して素材を剥ぎ取った後に、浄化のステックと言う魔道具を使って魔物を浄化すると条件は分からないが、スキルのレベルが上がるのだとか…


まだギルドカードを発行していないので、何がどう上がったのかは分からないそうだ。


ステータスを見れない不満が残るが、まるでゲームのようでワクワクが止まらない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る