第11話


ジュリエッタがこの屋敷に来るようになってからはや半年の月日が経過した。そんな夏のある日の事……


朝、いつもより早い時間にジュリエッタがやって来た。


「おじい様が倒れたそうよ。ねえ、今から一緒にお見舞いに行かない?ヴェルは知らないと思うけど、おじい様の領地には海があるのよ?せっかくだから泳ぎに行きましょうよ」


『んっ?倒れたって言うのにずいぶんと軽く言うな。大したことないないのかな。ちょっとした疲れとか?じーちゃん無理すんなよとは思うけど感覚的にはオレも同世代だから偉そうなことは言えないな』


「お父様に聞いてみてもし許可が出たら行きたいな?海があるなら泳ぐのもありかもね」


ここ最近、ジュリエッタ専属護衛のレリクさんが面倒を見てくれる事もあって、比較的外に出やすくなっているし海水浴と聞いたら海の幸にも期待できる。そりゃ行きたいでしょう。


父からはあっさり許可が出たので早速準備する。水着は現地に売っているようだ。


準備を終えてから馬車に乗ろうと外に出てみると、初めて見る竜馬に心を奪われた。


「すっげ~!!これが竜馬か~」


本に載っていたとおり竜馬は馬より大きく軍馬に近い印象を受けた。魔物を恐れない理由も分かる。雰囲気とか風格ってやつ?とにかくカッコいい。


「ヴェルが竜馬を見たがっていたでしょ?今日は長距離だし、お父様の許可が出たので竜車に乗ってきたのよ」


ジュリエッタはドヤ顔でそう言う。確かにそうは言ってはいたけどこんなに早いタイミングでそんな機会があるとは思わなかった。


「ジュリエッタさまさまだよ~」


「えっへん!ていうか、私が偉ぶったり誇るのも違うわね。お父様のものだもの。取り敢えず時間が勿体無いから竜車に乗りましょうか」


そう言いながら、竜車に乗り込んだ。馬車と竜車とでは内装は同じだが車輪の大きさが違う。馬力と耐久性が違うから?軽自動車と3ナンバーみたいなもの?


両親に見送られて竜車は出発すると、屋敷を出発をするとゆっくりと竜車は進み始めた。おじい様の領地の療養所までは約2時間の道のりのようだ。馬なら倍の時間が掛かるらしいので竜馬の実力は相当ななものだ。


農道?から街道に入ると途端に道が広くなって、片側2車線の道ではなかなかのスピードで飛ばし始めた。体感で時速50キロといった感じ?結構な勢いで景色が流れて行く。


ちなみに、この世界の馬車にはサスペンションが標準装備で中々快適だ。道もアスファルトやコンクリートとまでとはいかないが、きちんと整備さてている。


「この街道に使われている土は何か違うようだけど、知っていたら教えてくれないかな?」


「この街道に使われている土は魔法で固まる土が使われているのよ。じゃないと凸凹でこんなに早く馬車や竜車が走れないからね」


日本にも真砂土にセメントを混ぜる固まる土はあったが、街道全体に使われているとは思わなかったのでびっくりだ。街道に使われる量と言えばとんでもない量になる。しかも若干狭いが4車線だ。


「魔法で固まる土ってそんなに多く採掘されるのかい?」


「ええ。この土には土属性魔法のフォームを掛ければ形状は記憶されるって仕組みなのよ…山まるごとその土の場所があるって習ったかな」


なるほど…と、納得する。魔法の世界は素晴らしい。


「話は変わるけど、おじい様の治療所は、おじい様の屋敷のある町にあるのかい?」


「違うみたい。隣町の海沿いにあるミュゼの町の近くにあるみたいよ」


「海沿いにある町か~そりゃ楽しみだよ。そう言えば、僕はおじい様の領地に行った事がないから教えて欲しいんだけど、おじい様が治める領地ってどんな感じなんだい?出来たら国全体の事についても教えて欲しいかな?」


「そうね。おじい様の管轄する領地には大小含めて6つの町と30の村で構成されているわ。その中で一番大きな町がゼノの町で、おじい様の屋敷もそこにあるわ。ヴェルのお父様はその中の一つの町と6つの村を治めている感じかな?」


「そっか~。さすが伯爵の娘だけはあるね~。詳しい情報が得られて嬉しいよ」


そう褒めると、ジュリエッタは笑顔になる。


暫く街道を一直線に進んでいくと山越えをするようで、その前に宿場村で休憩を挟むとの事…


宿場村に到着すると、村人達が集まって何か深刻な顔をして話をしていた。


「なにかあったのかしら…」


『決まってこんなイベントがある時はフラグ立つんだよな…落石あるいは魔物か』


レリクさんが聞きに行くと、数時間前に山道にDランク相当の魔物であるブラッドグレズリが現れて行商人が襲われたそうだ。


「まあ心配ないでしょう。討伐隊が組まれて山狩りに向かったらしいので」


「もし襲われたとしても、レリクはBランク冒険者だからね。武器も竜車に積んであるし心配はいらないわね」


初めて知ったが、レリクさんは元Bランク冒険者だったそうだ。


なぜ冒険者を辞めたのか理由を聞いてみると、王都の学園を卒業後に下級騎士試験に合格したので、今は引退をしてジュリエッタの専属の護衛となったそうだ。エリートってやつだな。


あまり深く考えても先に進めないし、今さら戻る選択肢は無いそうなので宿場村を出た。


山間部に入った途端に道が山道1車線になるとスピードが落ちはしたが、カーブがきつくなんだか乗り物酔いのようになってきたので、ジュリエッタにそれを伝えて横になる事にした。


「ヴェル。気持ち悪いなら、あの…その…私の膝を枕にしてもいいわよ」


ジュリエッタは少し頬を赤く染めて照れくさそうにそう言った。


『これは予期せぬ膝枕チャ~ンス!!でも、オレとジュリエッタって恋人同士どころか付き合っているわけでもないよな?だとしたら一度断るべき?』


今は子供だからそこは気にしなくていいとは思うけど、おっさんの常識が邪魔をする。どうしよう、と悩んでると気持ち悪くなってきた。ウプ。


「迷惑掛けるようで悪いから気にしなくてもいいよ」


「迷惑だなんて言ってないわ。素直になりなさいよ。お姉さんに甘えなさい」


そう言いながらもこちらの顔を見ない。お姉さんか~。そんな感じなんだろうな。女の子の方が成長が早いって言うし……いいや、お言葉には甘えよう。


「それじゃお言葉に甘えて」


神様、ジュリエッタ様ありがとう。と心の中で拝みながらジュリエッタの膝に頭を乗せると、柔らかくて暖かい感触に感動を覚えた。照れもあり目を瞑るとスッと寝てしまった。


意識が遠のき暫くすると「ヴェル。おじい様の治療所に着くわよ」と、ジュリエッタの声に起こされて目を開く。すると未だ膝枕をされたままだったので慌てて体を起こした。


「ごめん。膝は痺れてない?」


「うん。大丈夫。それにしても良く寝ていたわね」


「ジュリエッタのお陰だよ。こんなに寝心地のいい膝は世界中探しても無いね」


「もぅ~。平気でそんな事言うんだから。将来が心配だわね」


まだ子供だぞっと…恋愛経験が乏しい自分には本当にそれは至福。生きてて良かった~!


それから間もなくして、治療所に着くと、まずその佇まいに驚いた。教会の横に治療施設があるのだが、大きな庭があり白を中心とした建物が並んでいて、病院というか日本で言うと老人介護施設のようである。


馬車が近づくと門兵が敬礼。竜車=上級貴族と言う事で止められる事は無いそうだ。それにしても、近づくにつれ全貌が明らかになるのだが、テラスもありリハビリをしている冒険者らしき姿もある。


「ここは本当に治療所なの?」


「ええ。ここは特別治療施設に指定されているの。貴族とか国の為に戦い傷ついた冒険者や兵士のみが入所出来る様になってるわ」


馬車を降りて厩に馬を預けると。3人で治癒施設に入り受付を済ます。


「領主様のご親戚の方々ですね。病状はそれほど重くないので病室へとご案内できます。ついて来て下さい」


シスターに案内されて部屋へと向う途中、何気なく治療患者を診てみると驚く事に輸血による治療が確立されていた。


思っていたよりこの世界の医療水準は高いみたいだ。これなら、コレラに有効な対策が立てられるのじゃないか?点滴とか。


生理的食塩水の濃度は約0,9%と漫画で見た記憶がある。海水が4%。ならば1/4に希釈すれば良い。海水ならミネラルも豊富だと書いてあった記憶もある。最悪500mlに対し天然塩50グラムと言う方法もある。


これなら、コレラに対抗出来る。色々と頭にあれこれ思い浮かび始めるが病室についたところで思考を止める。


本を読んでいるおじい様はシスターの言うとおり元気そうで安心した。付き添いのおばあ様と執事が立ち上がり頭を下げた。


「3人とも遠路はるばるよく来たな。途中魔物や盗賊は出なかったか?」


「はい。竜車でしたし、レリクさんに付いてもらっているので安心でした」


「途中の宿場村でブラッククレズリーの目撃情報がありましたが、幸いにして遭遇しませんでした。それに私はお嬢様と坊ちゃんの安全を任された身ですから、いざとなったら命に代えてもお守りしますよ」


「そうね。安心し過ぎてヴェルはずっと寝てたもの」


坊ちゃんとはオレの事だ…おっさんだぞ。坊ちゃん呼ばわりは勘弁して貰いたい。それに、竜車酔いですっかりブラッドクレズリの事を忘れてた。心配は杞憂で良かったよ。


「それは言わないでくれる?恥ずかしいからさ~」


膝枕をされていた事を思い出して頬を緩めるとみんなが笑う。


「おやおや。二人はよほど仲がいいいのね。私も安心だわ」


おばあ様が安心だと言うのだが、何が安心なのかは分からない。友達がいなかったから?言っておくけど前世では友達はいっぱいいたんだよ!虚勢を張れば張るほど虚しくなるな。


「それよりもおじい様。お体の調子はいかがですか?」


話題を変えなくちゃと思い、咄嗟にそう話題を振ると、おじい様は腕に力瘤を作った。意味不明である。


「ほれ、見た目どおり、もう大丈夫だ。体調がイマイチの時に炎天下で視察をしていたら突然目の前が黄色くなってな。それで倒れたようじゃが、ほらこのとおり体を冷やして一晩寝たら治ったわい」


「もう歳なんだから無理しちゃだめよ」


「年寄り扱いするのはよしたほうがいい」


うっかりオレが庇うと、みんなはきょとんとする。いやいやそこは主張するだろ?みんなは知らないだけでオレは同年代なんだからさ!


「まさか、ワシが言う前にヴェルに言われるとは思わなんだわい。でもありがとうな。気持ちを代弁してもらって嬉しいかぎりだよ」


それから少しの間、他愛の無い話をしてから、明日には退院すると言う話だったので、食事がてら海沿いの町へと繰り出すことにした。

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