第13話





ブラッドグレズリを討伐したと報告を兼ねて休憩。宿場村でレリクさんに重力スキル?の事を伏せて説明した。


「なるほど…3歳の時から魔力操作に光を操るユニークスキルですか…それに9歳とは思えぬ剣捌きは自主的にと…お嬢様が驚いていらっしゃらないと言う事は知っておられたようですね」


「黙っててごめんなさい」


「口止めしたのは僕ですから、ジュリエッタが謝る必要はないよ。レリクさん黙っていてすいません」


「従者の私に謝る必要はありません。が…どうしましょう…それにお嬢様…いつ剣術を…」


「私もほら、ヴェルと同じ様に、こっそり鍛錬をしていたのよ」


ジュリエッタはそう言うが、明らかに目が泳いでいて嘘っぽい。


『ひょっとして、俺と同じで日本からの転生者?まさかな…』


部屋にあった備忘録を見ても何も反応を示さないし、たまに日本語で叫んだりするが意味不明って感じだった。聞いて違ったらオレの立場がヤバいので聞けない。


「どうせバレるから言うけど、私も治癒スキルが使えるわよ」


「本当ですか…もう何と言ったらいいのか…お二方ともこう言っては失礼ですが、控えめに言って異常です」


『ですよね…初めての魔物との遭遇に、怖気づいてしまうどころか、実力を試したくなって、つい調子に乗ったちゃっいました…なんて言えないよな』


「レリク、それはいくらなんでも言い過ぎじゃない?」


「言い過ぎじゃありません。Fランクのゴブリンならともかくとして、どこの9歳児がDランクのブラッドグレズリを無傷で仕留めるんですか?坊ちゃんの話なんて御伽噺の世界ですら無理があるレベルの話です」


当然の事ながら伯爵令嬢のジュリエッタを危険に晒した事や、レリクさんの護衛の立場を考えて行動して欲しいと散々怒られた。


いくら自信があったとはいえ、ジュリエッタを危険晒した事や軽率な行動をしたのは自分であって、言い返す言葉も見つからない。


そらから話し合った結果、この件については伯爵閣下には伏せておく事になった。今後はバレても言い訳が出来るように、剣術や生活魔法をレリクさんに指導を受ける事に決まる。


それからさらに半年が経ちもうすぐ10歳となるが冬を迎える…


この間に起きた事と言えば、生活魔法をいとも簡単に覚えた事とジュリエッタの母親が懐妊したと言うニュースだけである。この件は小説にも書いた。


そして最も重要な出来事…ターニングポイントとなるコレラが流行る運命の季節だ。以降の生き方に関わる分水嶺となるだろう。必ず流れを持ってこなければ…


もはや、これは運命として避ける事が出来ないようで、この年の冬、王都も然る事ながらこの領地にもコレラの厳戒令が発法された。


これによりこの2年間、週に1回は必ずここに来て勉強をしていたジュリエッタと剣術の指導をしてくれていたレリクさんとも、コレラが収束するまでお別れとなる。次に会えるのは約3ヶ月先になるはずだった…


伯爵家の立派な黒塗りの竜車が玄関に到着をした。竜車から伯爵閣下に連れられてジュリエッタは笑顔でやってきた。


伯爵閣下がこの屋敷に来るのは久しぶりだ。でもここで更に違和感を覚える。レリクさんが大荷物を降ろし始めたからだ。まさか…


「それでは昨日伝書鳩で伝えたように、これから数ヶ月の間、ジュリエッタの世話を頼む。ワシはこれからコレラの感染が収まるまで王都の屋敷で寝泊りする事になったからな。ヴェル君後は頼んだぞ」


「は?え~!!」


大荷物を降ろし始めた時点で何となくは予想していた。でもオレはこんなサプライズは聞いちゃいない。


「なんだその驚き様は?まさか知らないのか?」


「どうだヴェル、これはワザと言わなかったんだ。どうだ驚いたか?」


父は茶目っ気たっぷりにそう言うが、ちょっと予想外の展開に言葉が出ない。ジュリエッタと一緒なら嬉しいけどね。でもここはそんなできないじゃないか。一拍置いてオレは言う。


「お父様!馬鹿を言わないで下さい。驚くに決まってるでしょうが」


「何よ~。私と一緒に生活するのが嫌なの?」


父に言った筈なのに、ジュリエッタが食いついた。


「そうじゃないってば。誰だって心の準備ってものがあるでしょうが」


「そんなもんかね~」


「そんなもんです!」


それにしてもこれにはいささか驚いた。サプライズにも程があるだろう。まぁ、それから事情を父から説明された。


その内容を要約すると、厳戒令が出されると家庭教師である文官もこれなくなったようだ。それに加え、いつの間にか生まれていた弟と伯爵夫人は、母親方の実家にいるので伯爵家の屋敷には身内がいなくなってしまう。


1年前のように、おじい様に預かって貰う事も考えたらしいが、それならば、家庭教師にもなる俺の傍がよいと言う事で、今回白羽の矢が立ったと話をされた。


「お母様の実家には行かないのかい?」


「ええ。今は赤ちゃんがいるし、こんな時期だから動かない方がいいって、遠まわしに断られたわ」


「そっか。そう言うことなら仕方がないね」


「そう言う事だ。ジュリエッタが泣いて頼んだんだ。ヴェル君、後の事は頼んだぞ」


「お父様!それは言わない約束でしょ~!!」


「そうだったか?すまんな。それじゃワシは行ってくる。皆も息災でな」


照れまくるジュリエッタをよそに、みんなは微笑ましくこちらを見ている。どう俺は反応したらいいんだ?そう考えるが、こんなイベントも覚えがないので、もはや成り行きに任せるしか無いだろう。


それに、ジュリエッタが自分に対して好意があって言っているのかは分からないが、夢に出てきた二人は付き合っているようには見えなかった。じゃなければ死に際に愛の告白などしないはずだからな。


自分自身もジュリエッタといると楽しいし、ここまで来たなら致し方がない。身分差はあるし、彼女は可愛いがそれと恋愛は別だ。


外見は子供だけど中身はおっさんなのだ。ここでなんかしたらロリコン確定だ。まあそのあたりどう折り合っていくのかオレ知らんもん。成り行き成り行き。


それから、ジュリエッタの荷物をレリクさんが屋敷に運び入れた後に、伯爵閣下を見送り自室の隣の客室に荷物を運んだ。


それから、二人で暫く休憩していると、父が慌ててこの屋敷で働く全ての者を集めた。


「みんなも既に知っておろうが、コレラが王都で流行り始めた。実に15年ぶりだ。原因や対策を打ち出してはいるがどれも眉唾だ。その関係でたった今のことだが、王都から連絡が来て私も王都に召集命令が下された」


伯爵閣下も然る事ながら、父も王室からお呼びが掛かったようだ。王都の治安維持が目的らしい。


「それでは私がいない間、君達従者の処遇だが、まずは出来るだけ外に出るのを控えて貰いたい」


「それではここで寝泊りしろと仰るのでしょうか?」


「そうだな。根本的な対策が無い以上そうするしかなかろう。無論この屋敷に家族を呼んで貰ってもいいし、コレラの流行が終るまで自宅待機でもいい。自宅待機の場合は給金の7割を支給しよう」


この話は、仮の想定で昨日俺が父に進言をした。実は数日前に、王都でコレラの流行る兆しありだと王都から各貴族へ通達があったのだ。


貴族の中でも大きな領地を持たない男爵家には、真っ先に王都に召集されると父から聞いていたし、書いた小説でも父は存命だったので王都に行っても大丈夫だと高を括っている。もし夢の中や小説の中で父がコレラに感染していたなら意地でも止めている。


休業補償の件は、日本にいた時に政府が打ち出した某ウイルスの救済策のパクリだけど、父に進言して納得して貰った内容だ。従者達がコレラに感染して、この屋敷に病原を持ち込んだり、飢え死にするよりはマシである。


コレラが流行る期間は、多く見積もって3ヶ月間とみていいだろう。過去の文献にもそう書いてあったのでエビデンスもしっかりある。


実際に俺が書いた小説では、母とテーゼさんがコレラに感染して亡くなっている。なので、更に補足をして感染経路を断つ。


「従者の皆さん聞いて下さい。コレラは空気感染ではなくて口から感染するのだと推測します」


「その根拠はなんだ?」


「はい。まず空気感染なら確実に隔離をしないと誰もが死んでしまいます。過去の死亡者数の統計データを見る限りでは、コレラを発症した人と同じ家にいて感染をしたというデータがありません。この事から接触を避ければ感染はしないでしょう」


「なるほど。流石は神童と呼ばれているだけはある。統計を使うと説得力が違うな」


「お父様。こんな重要な話をしている時に茶化さないで下さい」


「ああ。すまなかった」


「それでです。口からコレラを感染させない為には、まずこのような布で口と鼻を覆えば咳やくしゃみからの感染は防げます。口に付ける食器などは全て煮沸消毒するといいでしょう」


1年間この為にジュリエッタと一緒に作った布マスク50枚を、みんなにそれぞれ配った。


「すまん。何を言っているのかさっぱり分からん。もう少し噛み砕いて話をしてくれないか?」


「分かりました。コレラと言う流行病は、細菌と呼ばれる目に見えない病原菌だと考えられます。目に見て分かるのであれば誰だって分かるでしょうし、見えれば既に何らかの対策がなされているでしょう」


「確かに言うとおりだ。病原菌とは初めて聞く名だ。異国の本にでも書いてあったか?」


「はい。そもそもこの病原菌とは、総じて熱に弱いとも異国の本に書いてありました。なので口に付けるもの全てに於いて、熱湯に入れた物を使用すれば病原菌は死滅するのです」


「なるほど。分かった。試せる物は全てためそうでは無いか」


全て異国の本だと嘘をついたが対策方法は間違ってはいない筈だ。


「それともう二点ほど注意があります」


「なんだ。話してみろ」


「はい。もしコレラに感染した場合は、この生理食塩水を輸血と同じように輸液してくれと、ジュリエッタのお父様に伝えて下さい」


「血ではなくてか?」


「はい。人間の体は周知のとおり水で出来ています。だから大丈夫なんです。それと、衣類は熱湯に浸すか全て焼却して下さい。身内の方が看病をするならこのマスクで口と鼻を保護して手早く熱湯に浸けて下さい。それともう一点、部屋に出入りする度に、この国で一番強いお酒で手洗いするのが効果的です」


「また酒とは、いったいどうしてなんだ?」


「酒には、コレラを退治する効果があるからです」


これは、本当はこの国でも法律違反なのだが、こっそり隠してあった酒を舐めたことがある。言っておくが楽しむ為ではない。アルコール度数を調べる為である。


そんな事からひと舐めしてみたところ、原酒は喉が焼けるような感覚だった。あやうく一発ノックアウトだった。


これはパーティの時に気がついたのだが、この世界の酒は原酒を水割りのように希釈して飲むのがスタンダードであるらしい。


日本にいた時の経験からアルコール度数は80パーセントぐらいだと予測をする。スピリタスほどは強さを感じないし、 菊○酒造のアルコール77度と言うウォッカと似たような感じだったからだ。これなら消毒としても機能は充分だ。


それから経口補水液の作り方を書いたメモをみんなに配った。 まぁ、スポーツドリンクのようなものだ。これなら綺麗な水と塩、砂糖、好みで蜂蜜をいれればいいだけなので誰しもが簡単に作れる。


試しに作ってみたものをみんなに飲んで貰ったが、美味しいとすこぶる好評だった。特にジュリエッタはおかわりを求めるぐらいツボに嵌ったようである。


「それで、この経口補水液とはどのような効果があるんだ?」


『まあ気になるだろうね』


「お父様。汗の味をご存知ですか?」


「当たり前だ。毎日鍛錬で汗を流しているからな。塩味に決まっている」


「そうなんです。先ほどもお話しましたが人間の体の70パーセントが水で出来ています。ですから、それに汗と同じ成分である塩を加えて、吸収しやすいよう糖を加えます。この経口補水液は脱水症状に効果があるでしょう。ちなみに砂糖は失った体力の栄養源にもなるので、レモンや蜂蜜を加えると更に効果が増すと思います」


「すっ、凄いな。我が子ながらこの半端ない知識、それに説得力」


『そらそうだろ。元日本のサラリーマンのプレゼン能力を舐めるな』


「しかし、それなら、今話した方法をこの国全体に流行らせてはどうだ?もしこの方法でコレラが収まるのなら勲章もんだぞ」


「父様達は認めても、王侯貴族達がこんな年端もいかぬ子供の事を誰が信用しますかね?」


本来なら、父に進言して貰うと言う手もあった。だが、医師でもない下級貴族の父の言葉は到底受け入れられないと父は言う。そりゃそうだな。考えたら分かるよ。


「そうだな。ならばこうしよう。領主である、父上にヴェルの名前を伏せて貰い、まず父上に対処方法を教える。それから父上の判断で陛下のお耳に入れると言うのは?」


「そうですね。救える命があるならやるべきです」


こうして今できることは事は全てやった。後は成り行きだ。とりあえず父上の理解を得ることができて良かった。

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