第8話

それから、数十分経つと書庫の扉をノックする音がする。


「はいどうぞ」


「失礼致します。準備が整ったからと奥様がお呼びです。大広間にお越し下さい」


侍女のテーゼからそう言われ、ジュリエッタさんの手を取り大広間に向かう。ジュリエッタさんは頬を少し染め嬉しそうな顔をしていた。


大人ならあざといと思うような行動でも、子供なら嫌味が無く自然に出来る事に感謝だ。


「それでは皆様。本日は私の誕生パーティーにお集まりいただきありがとうございます。本日こうして私の誕生日を迎えられたのも、皆様の支えがあったからこそであります」


誕生パーティーは父の挨拶から始まったが、結婚式でもないのに自分から挨拶をするのは、書いている時にはいかがなものかと思ったんだけど。


まあ解釈によっては誕生日を迎えるにあたり1年を通して無事に過ごせたのは、周りの支えがあってからでこそと考えれば、みんなに感謝する言葉から入ってもいいのかなと思うし、実際にこうしてみると違和感は無い。


パーティーが始まり周りを見回しているとと、ジュリエッタさんが大人に混じって居心地が悪そうにしているのが見えた。


「お父様。ジュリエッタさんが、一人で寂しそうなので行ってきても宜しいでしょうか?」


「ああ。女性に気を配るのは紳士の勤めだ。行ってやりなさい」


「はい」


両親はそんな俺の姿を見て優しく微笑んだ。繰り返すが日本ならマセガキだと言われるようなことも、貴族社会ならエスコートとして見なされるから素晴らしい。


それから、おじい様とおばあ様に声を掛けて、許可を貰うとジュリエッタさんを連れ出した。


「その。迷惑じゃなかった?」


「うん。誘ってくれて嬉しい」


ジュリエッタさんの顔が赤いので理由を考えてみると、自然と手を握っていたようで自分も顔が赤くなる。


やっちまったとは思ったが、ここでいきなり手を解いていい訳をする方が恥ずかしい。


そんな訳で手を繋いだまま、先ほど話した好きそうな食べ物も皿に盛って貰い、二人でテーブルに腰掛けて食事を食べ始める。


「ヴェル。あなたは女性に対していつもこんなに優しいの?」


「まさか。さっき言ったとおり同年代の女性と話すのは初めてなのでつい」


阿る気持ちなんてこれっぽっちもないし、通算何十年と、ずっとぼっちだったので嘘は付いていない。何の自慢にもならないが、無意識のうちに気持ちが高ぶっているのかも知れないな。


「それにしては、女性の扱いに慣れている気がするわ」


「同年代の子供と今まで遊んだ事がないので、ついはりきっちゃったかな。気を悪くした?」


「いいえ。でもこの先は気をつけた方がいいわよ。誰にでも優しいと、その…色々と勘違いをされるかもしれないから」


そう言うことか…思わせ振りは止めておけと。自分が書いた小説にはこんな展開が無かったのでどう返事をしたらいいのか迷う。この先彼女は俺の最大の味方になるので、ちょっと格好をつけすぎたが引かれても困る。


「なるほど。これからは気をつけるよ。ご忠告どうも」


無難にそう答えると、ジュリエッタさんはクスっと笑う。その笑顔の意味は理解出来なかったが、どうやら答えが間違っていなかったようで安堵する。


それから、誕生パーティーが進むと大人達は酒で酔っ払い始めて、お開きの時間となった。


日本にいた時は酒が大好きだったので羨ましい限りだ。心臓病を患っていたので嗜む程度しか飲めなかったので、俺もぐでんぐでんになるほど飲んでみたいものだ。ま、今は子供だから嗜む程度でもぐてんぐでんになれるかもしれないけど。


こうして最後、父はみんなから花束やプレゼントを貰い感涙していた。正直な話、酔う前にやれよとツッコミたい。


プレゼントの受け渡しが終ると、全員が席を立ち上がり玄関前でお見送りする事になった。


各人に挨拶をしてお別れをしていると、ジュリエッタさんの順番になった。


「それではヴェル。今日は楽しかったわ。またお会いできるのを楽しみにしているわ。おやすみなさい」


「はい。こちらこそ、すごく楽しかったよ。またいつでも尋ねて来て欲しいな。おやすみなさい」


馬車から身を乗り出して手をふる彼女を見て、エスコートは成功だったと確信する。


小説では、二年後に助けられると言う形で再会するが、その前にまた会いたい…そう思うと途端に寂しくなる。


「やるな~ヴェル。お前がこんなにコミュ力があるなんて思わなかったぞ」


「そうね。将来どんな美人のお嫁さんを連れてくるのか楽しみだわ」


「気が早すぎますよ」


中身はともかくとして、身はまだ俺は9歳児だぞ。今から期待をしてどうすんだよ…と口をつきそうだ。そんなヘマはしないよ。


ここら辺の流れは書いた小説と同じ内容だったが、ガチで今日は楽しかった。ドーパミンでも出ているのかな。こんな充実した気持ちになったのはいつの日以来だろう。


そんな事を思いながら少し酔った父親に誕生日プレゼントを渡す。


「お父様。誕生日おめでとうございます」


日本ではお馴染みの肩叩き券を5枚だ。手抜きだと思うだろう?でも本命はこれじゃないんだな。


浄水器を渡そうと思ったが、こんな夜更けに渡してどさくさに紛れるのも嫌なので渡すのは明日にした。使ってもらわないと意味ないからね。


「ヴェル。ありがとうな。感激だよ~」


たかだか肩たたき券程度で、こんなに感謝されるとはチョロい。と一瞬思ったけど震災で亡くなった両親も喜んでいたっけ。思い出すと目頭が熱くなるな。


しかし、こうして自分の書いた小説の中に入って生活をしていると、小説では文字数行で終る話でも、実際には色々な会話や情報が入り日々目や耳から入り、感情と言うスパイスが脳を刺激する。


小説を書いている時は、出来るだけその世界に入り、頭の中で色々と空想しながら書くのだが、風景や空間は思い浮かべれても、キャラクターの顔や声までは中々想像はしにくい。


夢の中の声を思い出したり、適当な声優の声などをあてがうが毎回声が違うような気がする。


だからこそ、こうして自分の書いたキャラクターが目の前に居て、会話をしてみると感情が生まれる。


これは凄い事で素晴らしいと感動すら覚える。文字では伝わらない感動がここにはあった。

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