霊感少女サキちゃんの穏やかでない昼休み

尾八原ジュージ

サキちゃん

 汗すっげえな、と思ったが黙っていた。僕じゃなくて、サキちゃんの汗がすっげえなのだ。

 額が水玉模様になってるし、顔色も色白を通り越してもはや青い。普段はひとり言が多いのに、黙りこくって一言もしゃべらなくなってしまった。

 こんなに動揺しやすいんだったらやめとけばいいのにあんなこと――と思いながらも、僕は何も言わずにおいた。今まさに、サキちゃんがやったことのツケが回ってきているのだ。


 幼なじみのサキちゃんは、十四歳の誕生日、霊感に目覚めた。

 ――のだそうだ、本人いわく。

 そんなセンスがあったなんて、保育園から一緒の僕でも知らない話だ。そこをつっこむと、サキちゃんは「急に目覚めたの!」と言ってじろっと僕を睨んだ。反論しても無駄だと判断した僕は、ひとまず放っておくことにした。

 突然自称霊感少女になったサキちゃんは、なんと、その名に恥じない活躍を見せ始めた。

 掌に載るサイズの(それでもあちこち持ち運ぶには重すぎない? と思うのだが)水晶玉を持ち歩き、それに右手を意味深な動きと共にかざして占いをする。

 これがよく当たるのだ。

 あっという間に人気者になったサキちゃんに、僕は「ちょっと非科学的過ぎない?」と苦言を呈した。暗に(やめとけ)と仄めかしたつもりだったのだが、「超弱小科学部に言われても全然響かない」とサキちゃんはけんもほろろだった。ひどい。これでも僕が部長なのに。

 それ以来、(まぁ君がそう言うなら何も言うまい)と思って静観してきた僕である。そんな僕をよそに、サキちゃん人気はますます高まっていった。

 元々色白でミステリアスな美人ということもあって、サキちゃんの占いには謎の説得力がある。彼女は野球部やバスケ部などのアクティブな陽キャたちの恋愛相談に乗り、かと思えば、財布の盗難事件を持ち込まれてすぐに「そのへんの隅とかに落ちてると思う」と見抜いたりもした。霊感少女のみならず、名探偵の名までほしいままにしたのである。

 僕はなおも静観していた。いつかすごい反動が来そうだな、と思いながら。


 そして今に至る。


 サキちゃんは脂汗でぬるぬるの額を拭おうともせず、膝の上に両手を置いてギュッと握りしめたスカートはぐちゃぐちゃ。黙ってるかと思いきや今度は小声で何やらブツブツ呟き始め、隣に寄って聞いてみれば「どうしよどうしよどうしよ」と繰り返している。

 だからやめときゃよかったのに……と思っても後の祭りだ。

 しかし二年生の各教室と部室棟に合わせてたぶん二十個近く、そのうちのたったひとつが見つかったからってこの動揺っぷりでは、霊能力なんかなくたって、君が怪しいってわかってしまうだろうに。

 何で盗聴器なんか仕掛けたんだい、サキちゃん。

 サキちゃんの蒼白の横顔を眺めながら、僕は心の中で問いかける。

 そこまでしてスーパーヒーロー的なものになりたかったのかい。虚飾にまみれた自分像を愛でて満足していたのかいサキちゃん。ていうか結構お金かかったよね? コスパ悪くない?

 僕がじろじろ見ているのに気づいたサキちゃんは、泣きそうな顔でこちらを見てくる。そんな顔されても困るとしか言いようがないし、彼女にしたって僕に「どうしよう」なんて相談する気なんかたぶん微塵もない。単に幼なじみと目があったから縋ってみただけなんだと思う。

 そんなサキちゃんの気も知らず、教室の中はさわがしい。

「これは先生に言うべきでしょ」

「いやいや、警察じゃね?」

 このたび盗聴器が発見され、目下被害者ということになった男子バスケ部の生徒たちが特に騒いでいる。

 いくら昼休みで教室に先生がいないといっても、校内のどこかにはいるだろう。担任でもバスケ部の顧問でもいい、とにかくさっさと職員室にでも行くのが手っ取り早いのではないか――と僕なんかは思うのだが、

「犯人が先生だったらどうすんの?」

「うわっ、怖!」

 と誰かが言ったおかげで、未だ事態は自然発生的に開かれた学級会の域を出ていない。まぁ結構な騒ぎになってるので、このままではいずれ誰かしら先生が来るだろうけど。

 まぁでも、サキちゃんのためには一生セルフ学級会の域を出ない方がいいのかもしれない。たぶんキチンと調べられたら、サキちゃんの仕業だということはいつかわかってしまうと思うから。サキちゃんは小心者だし、何しろ詰めが甘いのだ。

「部室入るのって基本オレらだけじゃん」

「そうそう」

「じゃあ、部員の中に犯人がいるっていうのかよ」

 話し合ううちに険悪になりかける男子バスケ部。県内ではそこそこ強豪だが、今そのチームワークが揺らぎかけている。しかしそこで「ほかに誰か入ったやついるっけ?」とバスケ部部長の鶴の一声が響き、サキちゃんはますます固まった。

 うん、あるんだよなぁ心当たり。だって一時期、サキちゃんをあちこちに連れてって霊視させるの流行ってたもん。

 たぶん「ここは幽霊いる」「いない」なんて、そんなことやってる間に、何だかんだ言って部室にひとりにさせたんじゃないかな。コンセントに差し込むだけのやつならすぐにつけられるし。しかしああいうのって結構高いんだけどほんと、いくらかけちゃったのサキちゃん。君がお年玉を貯めてたのは知ってるけど、中学生がそうそう趣味に使っていい値段じゃないと思うよサキちゃん。

 そのとき、普段からサキちゃんを慕っている、いわばサキちゃんのフォロワー筆頭みたいな女子がこう言った。

「揉めるより、サキちゃんに聞けばよくない?」

 サキちゃんの肩がビクンと震えた。

 やめてあげてくれ。今サキちゃんは名探偵になれるような状態じゃないんだ。僕は心配しつつ笑いをこらえた。

「ねぇサキちゃん、いつもみたいに占いやってよ! 犯人わかるでしょ?」

 サキちゃんの口から「あ、え、あ」と声が漏れる。僕は笑いを噛み殺すために、口の中の肉を噛んだ。

 しかしこのままでは、サキちゃんが死んでしまいそうだ。「憤死」という言葉があるくらいだから、びびりすぎて心臓が止まっちゃうひともいるかもしれない。サキちゃん、顔色が悪くなりすぎて「死相が出てる」と言われればそんな気もするし。

 この事態をさっさと収めるにはこうするしかない。僕は立ち上がり、大きく息を吸い込んだ。


「ごめんなさい! 僕がやりました!」


 教室が一瞬静まり返った。

「なんで!?」

 みんなの視線がこっちを向く。僕は顔を伏せ、両手をあわせて拝むようにしながら、口から出まかせの言い訳をした。

「男バスの部室、科学部の部室から一番遠いからさ……ちゃんと電波届くか実験してたんだ。ごめん、言い出せなくなって」

「おいおい、勝手にやんなよ」

「本当にごめん! 反省してる!」

「こんなのいつ仕掛けたんだよ?」

「それはえっと、前に鍵開いてたときがあっただろ。たぶんかけ忘れだと思うけど」

 これはハッタリだったが、男子バスケ部員たちには心当たりがなくもないらしく、それ以上の追及はなかった。

「ごめん! 弱小科学部って言われてるのが悔しくて、みんなを驚かせたかったんだ……本当にごめんなさい! もう絶対やらない!」

 可能なかぎり大きな声で「ごめんなさい!」を繰り返していたら、許されたというよりはドン引きされたらしい。「ま、まぁ、次からはやるなよ」みたいな感じで、学級会はお開きになった。

 いつの間にやらサキちゃんが僕をガン見している。まぁ見るよね、と思っていたら、袖をちょんちょん引っ張られて、

「ありがと」

 と、小声でささやかれた。

「いいよ、そういうこと今言うなよ。怪しまれるから」

 僕がひそひそと返すと、サキちゃんはうなずいた。が「なんでわかったの?」とすぐさま聞いてきたので、やっぱりなんにもわかっていない。

 僕は黙って、右手の人差し指で自分のこめかみをトントンとつついた。(ま、ここの中身が違うんだよね)という意味に解釈してくれたらしいサキちゃんは、「やるじゃん」と言ってふふっと笑い、おでこの汗をふき始めた。

 まぁサキちゃんのこういう、あさはかで虚栄心の強いところが、僕にとっては面白くってかわいくって魅力的なわけだ。

 しかしサキちゃん、きみの霊能力がウソなんて見抜くのは、とっても簡単なことなんだよ。なにせサキちゃんの家のリビングや自室には、僕の仕掛けた盗聴器があるから。自分はひとり言が多いってことを、少しは自覚した方がいいかもね、サキちゃん。

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