2時間目 圭介とシズトリ 

 その日、事件が起きた。圭介は机の中を何度も確認しては、顔を引きつらせた。

「数学の教科書、忘れた」

 絶体絶命のピンチである。なぜ、こんなにも圭介が焦っているのか。それは彼に教科書を貸してくれるような友達がいないからである。

「今まで忘れたことなんてなかったのに」

 ユーシアという仲間ができて、気が緩んだのかもしれない。圭介は頭を抱えた。

「ん?気が緩んだ?」

 その時、圭介は思い出した。

「シズトリさんがいる!」

 そう、この高校にはユーシアの仲間、シズトリがいるのだ。今までは頼る人間が高校にいないと思っていたから教科書を忘れることはなかったのだが、シズトリがいると無意識に思っていたから忘れ物をしてしまったのだ。

「でも、こういう時、どんなふうに借りればいいんだろう」

 圭介は困ったようにシズトリの教室に向かった。



 シズトリの教室に向かったはいいものの、肝心の彼女をどのようにして呼び出せばいいのか、わからなかった。

「あ、携帯がありました」

 今更携帯の存在を思い出した圭介はシズトリに教科書を忘れてしまったことと、シズトリの教室の前にいることを伝えた。

「圭介」

 数分待つと、シズトリが教科書片手に圭介の前に現れた。

「はい」

 シズトリは圭介に数学の教科書を渡した。圭介は申し訳なさそうに微笑んだ。

「シズトリさん、すみません」

「大丈夫だよ、それより」

 シズトリが何か言おうとしたが、それはチャイムによりかき消された。



 無事に数学の時間を迎えられた圭介は安心して教科書を開いた。

「わぁ」

 圭介は思わず呟く。彼女の教科書は色とりどりの付箋で彩られていて、細かいメモがたくさんあった。その教科書から伝わる真面目さに圭介は微笑んだ。そして、ペンケースからある物を取り出した。



 教科書を返そうと教室を覗くが、シズトリの姿はなかった。

「圭介」

 背後からシズトリの声がして圭介は勢いよく振り返った。

「さっき言おうと思っていたんだけどさ、ウチの教室、ここじゃないよ」

「えぇ!?」

「ウチの教室はこの教室の隣」

「そ、そうだったんですか」

 圭介はあまりの恥ずかしさに顔を赤くした。しかし、すぐに顔をブンブン振って、シズトリに教科書を返した。

「これ、ありがとうございます。助かりました」

「ううん、いいよ」

 シズトリはそれを笑顔で受け取った。



 数時間後、好意を寄せる少年からの小さなメッセージにシズトリは教室を間違えた圭介以上に赤面することとなる。

《教科書、ありがとうございます!色々書いてあって、尊敬しました!》

 その嬉しいメッセージにシズトリは教科書で緩んだ顔を隠した。

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