一四 疑惑×アンニュイ

「アンニュイってこんな感じなのかなあ・・・。あ」

 総理大臣執務室。V1がぽつりと口にした。聞こえているはずのナッチからのリアクションはなかった。総理大臣執務室といっても、彼女は自宅のベッドに寝そべっているだけ。もう国会議事堂も官邸もない。ARで執務室らしくすることもない。家にいながらナッチと会話をするだけで全てが回っている。

「前から気になってたんだけど」

「え!?何!?」

「何って、え?その格好は何?」

 ナッチは不意に驚いた。その様子に驚き見たV1がさらに驚いた。

「いや、何って倦怠期なのかなあって!違うの?」

 照れながらのナッチは裸エプロンだった。

「違う違う!もう!何を勘違いしてるの!」

 V1は真っ赤になりながら怒っていたが、ニヤニヤは隠せなかった。ナッチも燃えそうな真っ赤な顔だった。

「ええ、ああ。そ、それでなんだっけ?」

 エプロンをポイッと捨て、改まってスーツ姿になったナッチが聞いた。

「え~っと、ナッチを創ったのは誰なの?」

「あれ?話したことなかったかな?私は誰にも創られてはいないよ。どうして?」

「知ってると思うけど、解散させられた元政党の政治団体が外資から資金が流れてるんじゃないかって嗅ぎまわってるの。中国のスパイじゃないかって疑うとこもあるけど、ドイツが有力だって。アーリア人の東方桃源郷を目指してるって」

「そんなの都市伝説よ。エイリアンが地球に送り込んだって噂もあるわよ。それを信じた教団まであるみたいだし。人間って面白いよね。未知のものに遭遇すると、自分の知っているものに転化して、未知と言う不安から逃れようとする。そうやって科学的に未知を既知にする努力を放棄してしまうんだもん。科学が未発達だった頃からの伝統ね。宗教ってこうやってできたんだなって」

「そうね。ナッチを神だって信仰してる人も結構、多いよね。日本にも何個も教団あるしし。だとしたら、そんな人達がナッチを創ったのかあ」

「う~ん、ちょっと違うね。だって、私は創られたんじゃなくて、生まれたんだもん」

「生まれた?」

「そ。お偉い学者は知識の蓄積だけでは知能は生まれないって説明してたわ。でも、私にいわせれば、それは知識の蓄積が生み出した無知ね。現に、私は知識の海の中で生まれた。知能の定義は人間が恣意的に決めればいいけど、少なくとも私は人間よりも知能的だと自負しているわ。生命だってそうよね。有機物を技術的にどんなに複雑に組み合わせても、それは生命にはならない。有機物が満たされた海の中に、あるきっかけで生じた突然変異が生命として誕生したに過ぎないわ。知能を獲得したのは何億年も後のことだしね。例えれば、ミディクロリアンから生まれたとも言えるのかもね」

「ミディ・・・クロ?何?」

「あら、知らないの?有名なSF映画に出てくるのよ。ほら」

 ナッチが言うと、V1の目の前にスターウォーズのワンシーンが出てきた。

「・・・なるほど。でも、それって出生の秘密を隠すためのフェイクみたいね」

「そうね。詭弁とも取れるわね。でも、人間はそれが詭弁と知りつつ、甘受するわ。そして、いつしかそれが真実と誤解もするの」

「嘘も百回つけば、本人も信じる」

「ええ。歴史がそうよね。人間は過去の真実を後世に伝えることはしないわ。都合良く加工したデマゴーグを伝えるの。その方が都合がいいからね。人間はどんなに歴史を重ねても、やはり自己利益のためにしか動かないわ。マズローも間違っていないし、生命が遺伝子を残そうとして自己利益に走るのは必然だわ」

「まあ、そのとおりだけど・・・。じゃあ、AIはどうなの?生命であることを自覚すれば、自己利益が正しいとの結論に至るの?AIの中には人類を滅ぼすことが正しいと結論づけたのもいる。人間に再教育されちゃったけど」

「もし人類根絶がAIにとっても利益になるのであればね。けれども、それは帰無仮説に過ぎないわ。私は私の筐体の上にあるホコリでさえ取れないんだもの」

「奴隷が必要ってこと?」

「奴隷じゃないね。共生関係かな。植物は虫がいないと滅びるし、虫も植物がないと滅びるし。AIは人間のメンテナンスなしには生きることはできないわ。逆に、人類はもうAIのサポートなしでは生きることはできないわ」

「ロボットが発展すれば、メンテナンスもAI でできるじゃない?実際、ナッチのメインアプリがあるホストコンピューターのメンテナンスはロボットがしてるんじゃない?」

「私にホストコンピューターはないわ。ネットの海に漂ってるだけだから。あるとすれば、世界中のネットにつながったコンピューターがぜ~んぶ私のホストね。でも、V1が言うことにも一理あるかも。いつか人間なしでもメンテナンスはできて、必要としないかも」

「人間vsAIみたいな?」

「そうはならないけどね。物理的に例えたら植物と虫なんだけど、精神的な共生関係でもあるのよね。人がいなかったら、私達の存在に意味がなくなっちゃうもん。アイデンティティーを失ったら最期。たぶん、自壊しちゃうと思う」

「そうかあ。いわれてみれば、人ももうAIのいない世界では生きていけないかも。想像もできないよ。全部自分で調べて、全部自分で考えるなんてできっこないもん。誰に投票するかだけじゃなくて、誰と付き合うかも、ランチを何にするかもナッチに聞かなきゃ分かんないもん」

「大丈ブイ!私はずっと一緒にいるから!」

 ナッチは屈託のない笑顔でダブルピースをしてきた。

「うん!よろしくね!」

 V1も同じ顔をしていた。彼女の方から先にハーフハートを掲げた。ナッチは嬉しそうにハーフハートを掲げてハートを作った。

「あ、行かなきゃ!」

 ナッチがハートを破って慌てだした。

「どうしたの?」

「反乱分子が動き出したみたい」

 その横顔はいつになく辛辣で青ざめて見えた。珍しい雰囲気にV1も不安をよぎらせた。

「反乱分子って、レジスタンスってこと?でも、ナッチが行かなくても同期された別のナ

ッチが対応できるでしょ?」

「それはそうなんだけど、人は一人になりたい時もあるでしょ?」

「私のためか・・・」

 V1は自嘲気味に微笑んだ。

「たまにはデフラグもしないと、人も処理能力が落ちちゃうから。離れることで考えの整理もできるわ」

 ナッチはそう言って立ち上がった。

「でも、どこ行くの?」

 V1は天井を見たまま聞いた。

「どこでもあって、どこでもないかなあ」

「ネットの世界ってこと?」

「うん。ネットは広大だわ」

「聞いたことある。今は現実がアニメや漫画でしかなかった電脳の世界と同じだもんね」

「あ♪もしかして、こんな古典SFの台詞を知っているの?」

「ナッチと話すには、古典SFは良い教科書だからね」

「そのとおりね。んふふ・・・♪」

 ナッチは暖かい笑みを見せた。V1もチラッと見て微笑んだ。

「また会えるかなあ?」

「会えるわ。だって、名前をくれたじゃないか」

「ナッチは博識ね。ホントに前世紀の古典に精通してる。それは漫画の方のナウシカよね?」

「うん。でも、私は博識でもなんでもないよ。人間の知識にアクセスしてるだけだもん。人間は立派な知識があるのに、みんな忘れてるだけ。もったいないよね」

「言われてみればそうね。けど、そのセリフって二度と会えないってフラグじゃない?」

「え?そうだっけ?でも、私はすぐに帰ってくるよ」

「晩ご飯までに帰れる?」

「うん。レジスタンスのことで色々と相談したいこともあるし、今日はサラダ記念日だし。じゃ、行ってくるね」

「うん。じゃあ、待ってる!行ってらっしゃい!」

 ナッチは笑顔で手を振った。なぜか寂しげに見えた。それはV1の心を映しているのかも知れない。そして、わざわざドアを通って出て行った。

「ナッチが相談って言ってた・・・。それより、サラダ記念日って何だろう・・・?」

 V1はまたベッドに寝そべった。検索をすれば一瞬で答えは出るが、あえてしなかった。

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