一一 法務×パーソナルロー

「甘い!」

 机を叩いて怒鳴ったのはリガミニのV7だった。「リーガル」の「ミニスター」で「リガミニ」だ。切れ上がった鋭い目、端整な顔立ち。皺一つないスーツの完璧な着こなし。宝塚歌劇団のトップ男役を思わせた。既に熱烈な支持者からはヅカミニの愛称がある。ナッチも合わせたコーディネートでいた。ただ、極端にミニスカートではあった。

「殺人罪はどんな理由があっても死刑確定じゃダメ?」

「死刑確定に異論はない!ただ、楽に死なせては抑止力にならない!殺人をためらわせなければならない!因果応報罰を与える!目には目を!歯には歯だ!」

「残虐な犯人もいるよ。人の刑務官だと精神的に耐えられないからロボットがするんだろうけど、やっぱり要る?」

 ナッチがのぞき込んできた。

「どうせ、裁判官が裁く裁判はなくすんだろう?ネットでの国民審判制をしくなら、当然に因果応報罰になるはずだ!そうだろ?」

「う~ん、それがそうでもなくてね。国民全体のニーズ的には税金をムダに使って長生きさせるなって意見の方が多いのよ。やっぱり心情より経済的因子が優先されるのかなって」

「それでは抑止力にならない!どうせ死刑になるならってムチャクチャする輩がでるぞ!」

「まあまあ、落ち着いて。そろそろ殺人自体がなくなるし」

「なくなる?確かに近年は年間十件ほどに激減してはいる。だが、ゼロになるとは思えん。根拠はあるのか?」

「うん♪まず、わたしが見てるからね」

「そうか!ナッチは常にARコンタクトで我々を監視している。犯罪が迫った時に通報しているのか?」

「そ。だから、減ったのは警察の皆さんのおかげ♪」

 ナッチは警官姿になって敬礼して見せた。ミニのタイトスカートに胸を開けている。V7はスルーした。

「だか、それは犯罪が起きてからのことだ。それだけだと未遂や傷害が増えはずだ。だが、現実には増えていない。他に何かしているのだろう?」

「バレちゃった?実は私がみんな止めてるんだ」

「止めてる?犯罪を未然に防いでいるということか?」

「そ。私が犯罪は結局、割に合わないよってせっとくしたり、ほかにたのしいことあるよって誘導したり。それでも振り切って犯罪には走る意志の固い人はいちゃうけど、最終手段もあるからね♪」

「最終手段?殺るのか?」

 V7は口角を上げた。ナッチは大きな汗をかいて見せた。

「まさか。私はARでしかないから、そんな大それたことはムリムリ!視界を真っ暗にするとか、大音響で動けなくするぐらい♪」

「なるほど。まるで特殊部隊だな。だが、有効なのはよくわかる。ただ、逆にそれでも犯罪に至るのはどういうことだ?拷問訓練を受けた者か?」

「そんなことないよ。最終手段が通じないのは、単純にARコンタクトをしてない人」

「そんな奴いるのか?」

「いるよお。信仰とか修行とか特別な人じゃなくても、アレルギーとか何となくとかいるからね。日本人だと五パーセントぐらいかな」

「そいつらを拘束すれば、犯罪はゼロか」

「ま、まあ。そういうことにはなるけどね。強制するのはどうかなとは思うけど・・・」

「強制は被害者づらしたタカリも生むからな。まあ、日本人は許容範囲だろう。しかし、外国人はどうする?特に特別永住者などはAR装着率が低く、犯罪率も高い」

「外国人は在留資格の中でARコンタクトもARイヤホンも義務化するよ。問題はその特別永住者だよね。まずはそんな在留資格は廃止ね。通称も廃止して、自分が外国人だってアイデンティティーを持ってもらって、社会にもそれを受け入れてもらわなきゃ!通称なんて戦後混乱期の歪んだ差別対策だったんだし。国籍が違おうが、差別は厳禁なんだから」

「そうだな。それでいこう。ナッチの干渉で犯罪が減るのは法務大臣としては悪い話ではない。犯罪が減れば、裁判も減る。刑事ばかりではない。紛争に至る前にナッチが解決に誘導すれば、民事も争いが減る。国家の目指す方向としては有益だ」

「だよね♪その少なくなった裁判も私が犯罪の証拠も全て記憶してるから、弁明の予知もないし、単純に法律に当てはめるだけなんだけどね。だから、量刑を裁判所の気分一つで決められることもないよ。今では法廷で演技の上手いもん勝ちだったけど、もうそんな感情と感覚で何となく裁くような世界じゃないしね。量刑も国民審判で決めていくしね」

「国民投票みたいなものか?」

「うん。でも、一斉に投票したり判決したりするわけじゃないよ。普段の言動からこの人はこんな判決をするよねって私が選びだすの」

「お勧め商品をピックアップする感覚か?」

「そうだね。そうじゃなきゃ、時間と暇をもてあそぶノイジーマイノリティーがどんどん判決を歪めて国民の意志から離れていっちゃうからね。例えば、V7なら殺人罪は即、死刑だよね?」

「それはそうだが、さっきも言ったように因果応報罰も求めている。この違いはなぜだ?」

「前に言ってたことがあるから。仇討ちした時に加害者は安らかに処刑してあげたいって。仇討ちとなると、憎しみから殺人にいっちゃうから、メッタ刺しとか、嬲り殺しとか、残酷になるのよ。でも、元々は被害者なのに、同じ目に合わされるなんて可哀想だよねって」

「そうだった。だが、それは犯人の個人的な事情によって違うだろう。同じメッタ刺しでも、元被害者か快楽殺人かで刑は異なるべきだ」

「そうなのよ。だから、本来は裁判ってものがあるんだけど、実際は機能してなくて、裁判官と検察官と弁護士の何となくな感覚で決まっちゃってる。それは、被告の全員が違うのに、全員が同じ法律だからなのよね」

「法律は同じだから規律が保てるんだ」

「そんなことないよ。選挙権とか免許とか、お酒もタバコも本人とは関係なく年齢で適用される法律を分けてるでしょ?本当は個人の判断力とか知識とか経験とかの能力で適用すればいいのよ。だけど、アナログ時代にはそれができなかったから、年齢でごまかしてきたのよね。でも、今はAIもあるし、ARもあるからね♪個人の責任能力は簡単にわかっちゃってるからね♪」

「では、年齢に関係ないなら、悪名名高い少年法も廃止か。責任能力に応じるなら個人毎に法律ができると言うのか?」

「正確~♪」

 ナッチはガウンを着た最高裁判官の格好になった。降り注ぐ紙吹雪はよく見ると、筆で「勝訴」や「敗訴」と書かれている。中には落書きや卑猥な言葉も混ざっている。

「個人の責任能力によって適用される法律も異なる個人法か。取り締まりはどうする?一億通りの法律など警察には処理できんぞ」

 V7は紙吹雪を怪訝そうに払いながら言った。

「個人法。いいね♪呼び方はパーソナルローって呼ぼう!例えば、車の速度違反がわかりやすいかな。運転技術の低い人とか、違反を繰り返す人は高速でも八十キロ制限を絶対に守らせるの。逆に、技術が高くて違反も一切ない人は百五十キロを認めるって感じ。それでも破ろうとしても、私が常に見てるから取り締まるのは簡単だよ。でも、さっき言ったみたいに起きる前に止めちゃうから、捕まる人はほんの一握りたけどね」

「そうか。いつの間にか法律を守っていて犯罪は起き得ないということか。それは上出来なシステムだな」

「でしょう?取り締まる対象も減るから、警察も今の十分の一もいればシャクシャクの余裕だしね」

「そういうことか・・・。あ!」

 V7はおもむろにテーブルのグラスを手に取った。その瞬間、視界が暗転し、耳が聞こえなくなった。無限地獄に落とされたかのようだった。

「もう!私を試したでしょう!それをわざと割ったら公共物の器物損壊罪により科料を取られるよ!」

 闇の中に警官姿のナッチだけが現れた。どアップで怒っている。

「悪い。体験してみたくてな」

「ガシャン!」

 その時だった。力任せにグラスを叩きつけた。V7の耳にはグラスが砕け散る音。

「あ~あ」

 ナッチが困り果てた顔を見せた。V7はしたり顔をした。

「ナッチの抑止力にも限界があるということだな」

「もう!V7ヒドい!・・・なんてね♪満足した?」

 ナッチは泣きそうな顔をしたかと思えば、打って変わって満面の笑みを見せた。

「何の笑顔だ?犯罪を止められなかったのに楽しいのか?」

「ううん。だって、グラスを見てみる?」

 V7の視界が開けた。砕けたはずのグラスはヒビ一つなく転がっているだけだった。

「これは?割れた音は偽物ってことか?」

「正解~♪」

 ナッチはドヤ顔で喜んで見せた。今度は桜大門の紙吹雪が舞い散った。V7は半笑いだ。

「私が騙されたのが嬉しいのか?」

「ちょっと♪」

「ふん。わかりやすいな、お前は。だが、完全に騙されたな。何と言うか、手玉に取られた喪失感が漂うな。犯罪が減るのもわからんでもないな。やる気が失せる」

「でしょう?これで犯罪もほとんどなくなるよね♪」

「そう、ほとんどだ。それでもARコンタクトをしてない奴らなんかは犯罪を強行する。現に犯罪はゼロじゃない。それはどうする?」

「人間は人間だから、ゼロにはできないかもね。でも、その時はキッチリ落とし前をつけ

てもらっちゃう!」

「落とし前か。目には目をか?」

「うん!刑事罰はそうなるね。人に与えた苦痛の分だけ、苦しんで強制労働してもらう!

そうそう!もう一つ考えことがあってね。人格毀損を犯罪としてを設けようと思う」

「人格毀損?人格を傷つけるということか。名誉棄損の刑事罰のようなものか?」

「うん。性犯罪とか、被害者の人格を毀損するような犯罪に対する罪ね。痴漢も速攻で懲役刑だし、レイプは死刑!」

「それでいい。レイプ犯など生きているだけで公害だ」

「そう言ってくれると思った♪あ、民事もそう。人に与えた損害にプラスお詫びの賠償の分を強制的に押さえて払ってもらうよ。国民口座登録制はもうできてるしね。ハッキリと被害者保護を優先して、人権を無視した犯罪者の人権なんて保護しない!」 

「いいだろう。だが、民事の損害賠償は結局、ない袖は振れないと開き直る犯罪者がいる。被害者は泣き寝入りだ。それを何とかしたい」

「うん、私も!だから、そんな犯罪者は懲役させるよ!強制労働で稼いだ分で賠償してもらう!もちろん、払い終わるまで出所できなくもする!」

「正解だな!」

 V7が満足げに口角を上げた。ナッチは鏡写しにニッコリと笑った。

「V7を法務大臣にしたのも正解♪」

 ナッチがハーフハートを掲げてきた。

「ああ。私もナッチが総理大臣で良かった」

 V7もハーフハートを掲げた。二人でハートを作ると、ナッチが上気して微笑んだ。V7も釣られてニヒルな笑みを浮かべた。

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