九 科学×コーミン

「うちだけ何でヲタミニなん?」

 V5が愚痴った。ホットパンツにTシャツ姿。その胸のプリントは十八禁アニメのキャラだ。通称のパターン的には科学「サイエンス」と大臣「ミニスター」で「サイミニ」のはずだった。

「まあ、その格好だからねえ・・・」

 ナッチは汗をかきながら苦笑いしていた。

「え~。みんなちゃんとコーセーとかガードとかい言うてるのに。うちだけヲタクのヲタっておかしいやん」

「でも、ヲタって名誉称号だから。♪ね」

 ナッチはそういいながらも苦笑いだ。それでいて、『ナッチ命ハート?』と筆で書かれたヲタグッズの鉢巻きを巻いている。

「まあな。嫌いやないけど。アニメもマンがも好きやからガンガン振興してくで」

「丸見えの?」

「そりゃそうや♪何も隠すことないんやから、全部丸出しで何が悪いねんって。性器かて人間の美しさの一つやもん♪うちもグラビア出してるしな♪」

「あ、あの簡単にモザイク解除できるやつ?」

「知ってたんや。そりゃそうか。ナッチには全てお見通しやもんな」

「うん。人にいうだけじゃなくて、自分もしてるのが偉いなって」

「せやろ?人にいう前に自分がせな!科学大臣になって教育もやるんやったらなおさらやわ。個性を育てるんが仕事なんやろうし、人と同じことしててもつまらんしな」

「そうなのよ!個性を育てるのがお仕事!だから、学校をなくして科学的に国民を教育するよ!あ、そしたら、文部ってのも要らないね。単純に科学省でいいよね♪」

「え?学校をなくすん?」

「うん。学校って制度そのものをなくすの。だって、みんなで集まって同じことをしようとするから、集団に合わせた教育になって、個性を伸ばす教育ができないんだもん。それに、先生の当たり外れがひどすぎるからね。個性を生かすも殺すも先生ガチャ次第なんて、義務教育が聞いて呆れるわ。だから、教育する側に個性なんて要らないの。国民として必要なものは決まってるんだし、個性として伸ばすには個別の教育が必要。遺伝子的にも生まれた時には得意と不得意は決まってるんだから、個別最適化を極めるべきだよね」

「中には急に才能を伸ばす子もいてるしね」

「そ。突然変異なのか、隔世遺伝なのか、天才っているよね。だからこそ、みんなと横並びじゃダメなのよお。グングン伸びるところを伸ばさなきゃ」

「それやと、ますます学校は無理やなあ。一人一人に最適な先生が付けらわけにいかんし」

「だから、私達AIが教育を任せてもらうよ。私みたいに家に来るから、ゆったらAR家庭教師だね。もちろん、国の教育方針は人間が決めてくれればイイのよ」

「ほんじゃ、先生も要らんて?」

「うん。先生という職業が消えてなくなるね。まあ、学校自体がなくなるんだしね。ついでに、義務教育なんて言葉も廃止ね。義務って誤解を招いてきたし。子供を労働力って見てた時代に大人が子供を学校に通わせる義務であるって決めたことだからね。子供が学校に行く義務と勘違いしてる人が多いからね」

「そうなん?せやったら、子供は学校に行かんでも良かったん?」

「そ。子供は教育を受ける権利があるだけで、本人に行く義務はないわ。だって、不登校だって卒業はできるでしょう?それは権利は放棄することもできるからよ」

「なる~。せやったら、義務教育やなくて何になるん?権利教育?」

「それもしっくり来ないよねえ。平凡に名前的には国民教育かな」

「ほな、今の小中学校はそないなるとして卒業したら国民ってこと?」

「うん。コーミン教育を徹底して、立派な国民に育て上げるの」

「コーミン教育?どのコーミン?」

「この三つのコーミン」

 ナッチはそういうと、フリップを持って見せた。

「皇民。世界で唯一の皇帝を戴く国家の国民としての意識等を学ぶ。公民。政治経済等の国民としての生き方を学ぶ。高民。いわゆる民度の高い国民としてマナーや倫理を学

ぶ・・・か」

「そ。この三つをマスターしたら立派な成人ね♪」

「だったら、十六歳ぐらいで成人なん?」

「うん。でも、卒業試験があるから、人によって差が出るかもね。飛び級も全然オーケーだから十歳で成人ってこともありえるよ。逆に合格しないと永遠と未成年のままだけどね」

「それにしても十六とか早いわあ。成人ってことは結婚もできんの?」

「うん。でも、相手も成人である必要があるし、成人としての分別があるから、むしろ結婚はしないと思うけどね」

「せやなあ。生活できひんかったら意味あれへんし。せやん!成人ってことやったら、勤労の義務がかかってくるんちゃう?」

「正解~♪」

 ナッチはタイトのスーツ姿で飛び跳ねた。紙吹雪はビジネス書類のシュレッダーだ。

「十六からみんな働くん?」

「成人になったからには勤労の義務もね♪大人の権利をゲットする代わりの義務だよね。義務があれば、権利もセットだから参政権もあるよ。学校はなくなっても必要なことはしっかり学んでもらって、しっかり大人になってもらわないとね」

「せやったら、大学とか高校もなくなるん?」

「大学も高校もなくすよ。学校はぜ~んぶ廃止!」

「まあ、大学なんて自称専門家の自己満のオナニー機関にでしかないしな。あんなんあったかてお金と資源の無駄や。せやから学生もモラトリアムでしかなくなんねん。高校かて同じや。あんな意味ない勉強ばっかして何になんねんって」

「おお♪さすがV5わかってる~♪おまけに、ろくに研究成果や教育実績のないポスドクの就職先として用意された天下り先でもあるし。そんな税金と社会資本の無駄遣いをしてるほと今の日本に余裕はないよね」

「せやったら、公務員もやんな?東大って元は官僚養成校だったんやろ?」

「もちろん、例外じゃないよ。必要な人材は各省の採用試験で採るわ。そこから働きながら勉強してもらうの。今の自衛隊の高等工科学校とか、警察学校、消防学校みたいなものね。仕事だから学校って紛らわしい名前はなくして、研修所とかにするするけどね。まあ、いわゆるお役所の公務員自体、ほとんどいなくなるけどね」

「せやけど、文系はエエやろうけど、理系もなんやろ?そんなんで科学力は大丈夫なん?むしろ、もっともっと上げなアカンやろ?」

「全然大丈ブイ♪だから、高度研究や高等教育の機能は民間企業に移管するわ。国は国策として進める研究をしてくれる企業を支援するだけにするの」

 ナッチは満面の笑みでピースをして見せた。

「働きながら勉強するってこと?」

「そ。労働時間は六時間を義務にするから、残りの時間で学んでもらうわ」

「それでも仕事しながらで勉強の時間ある?」

「大丈夫!今まで朝から夕方まで監禁されて詰め込むだけの学校ってシステムに無駄が多すぎたのよ。役に立たない、将来的にも使わない知識ばっかり詰め込んで、時間の無駄遣いをしてたのよ。教養とかリベラルアーツとかって主張するけど、結局は教師って職業を維持するためのシステムを守る言い訳なのよね」

「ええ~。何か損した気分やわ。せやけど、理想やなあ。うち頑張るわ!せや、頑張るゆうたら、オリンピックもするっていうてへんかった?」

「うん♪お祭りだしね。日本人はお祭り好きだし、積極的に誘致しない手はないでしょ?」

 ナッチ水着姿になって首に大量の金メダルを下げた。

「せやけど、Tokyo2020のトラウマない?」

「あるよ。あるからこそ、トラウマの克服のために必要なのよ♪」

「せやなあ。それって、前は文科省がしてたけど、科学省になってもうちでするん?」

「うん。スポーツは科学の集大成だからね。冷戦時代とか敵対する国が同じ競技で争うのは、科学技術の代理戦争でもあるのよ」

「科学技術の代理戦争なあ。う~ん、いわれてみればなあ。ほんじゃ、Tokyo2020の次は?」

「JAPAN2020+20をやるよ!」

 ナッチは日の丸の鉢巻きを付けて上気した。

「ちょ、ちょ!謎だらけやねんけど!JAPANて?オリンピックって都市開催やろ?」

「都市開催は次の大会にはもう変えられるよ。Tokyo2020でも東京以外でバンバンしてたでしょ?マラソンなんてIOCが強制的に札幌にしたし。もう都市開催なんて形骸化してたからね。都市で一極集中して開催するより、国全体でした方がみんなのお祭りって感じがするし♪」

「+20も!2040やんな?」

「だって、Tokyo2020は武漢コロナで散々だったでしょ?そのリベンジなの!だから、わかりやすく2020を残すのよ♪」

「なるほどって感じやなあ。せやけど、ナッチがするオリンピックやから、普通にはいかんやんな?」

「バレてた?ガラッと変えちゃうよ」

 ナッチの服装はキリリとIOC委員のスーツ姿になった。眼鏡は鋭く尖った。

「今までと全然ちゃうの?」

「違うよ~!まず、男女別の競技はなくしちゃうよ!男子も女子も同じ舞台に立つよ」

「え!?そんなことしたら、女子メダリストは激減やん!」

「うん。でも、それが真の平等でしょ?人類の祭典であって、ジェンダーの発表会じゃないんだから。それに、科学の祭典でもあるから、遺伝という科学的根拠を否定しちゃダメでしょう。同じ競技のスタート時点でハンデを付けるなんて、差別でしかないわ」

「まあ、正論やけど・・・。せやったら、パラリンピックかてそないやん」

「さすがV5!分かってる~♪だから、パラリンピックもなくすよ」

「そんなんしたら、障害者はもう世界的に輝くチャンスないってことなん?」

「違うよお。健常者を超えてこそ障害者は認められるのよ」

「どないなん?」

「今のパラリンピック競技をオリンピックに採用するのよ。同じ条件で競技をするの。両腕のない障害者が出場する競技では健常者は拘束衣みたいなユニホーム着用ね。盲目の競技では健常者も目隠しとかね。一般競技でも、義足の規制は撤廃だね。最先端技術の義足で人類の限界を超えるの!あ、もちろん、健常者がわざと脚を切断したら出場資格なしで」

「障害者が健常者より上のメダルも!?」

「ゲットだね♪」

 陸上選手のユニホームになったナッチの両足は義足だった。首には金メダルが輝く。

「スゴイわ!科学が障害も克服してくれるんやん!ホンマの人類の祭典やん!」

「でしょ?競技数が増えちゃうけど、予選を先にしちゃって、決勝リーグとか準々決勝とかだけやればイイだけだし。Tokyo2020+20いくよ!」

「うん!うちもやるわ!」

 ナッチの金メダルのように笑顔が輝いた。V4もその輝きを映した笑顔を見せた。

「よろしくね♪なんせ、科学省はいろいろすることあるからね」

「他には何なん?」

「行き詰まってる核融合炉の実用化とか」

「AIでも厳しいん?」

「ううん。設計だけなら三日もあればできるよ」

「三日!?なんで今までせなんだん?」

「困る人が多いからね。石油も原子力も要らなくなるし、全てのエネルギーが電気に取って代わって、しかも使い放題!今までその産業で食べてきた人はみんな失業でしょ。おまけに環境保護とか持続可能な発展とか核のない世界とか、ぜ~んぶ意味なくなっちゃう!」

「理想的すぎて困るわけやな。利権を失うゆうて?」

「そのとーり♪だから、政治的なのよね。でも、私はやっちゃうよ!V5にはバックアップをお願いね」

「もちろん!他にもある?通信技術とかって大丈夫やない?」

「やっぱりさすがだね!私自身、通信技術がなきゃで生まれなかった存在だからね。でも、心配ご無用♪通信技術の開発はAIでするから、お任せあれ!どんどんバージョンアップして自動的にインストールしてくよ」

「せやけど、AIのスピードで開発してったら、機種更新が追いつかんのちゃう?エーコンもエーホンも人体埋め込みやん?そうしょっちゅう変えられへんで」

「ノープロブレム!」

 ナッチは急にバニーガールになった。V5も突然の変わりようにキョトンとした。

「な、なんでバニーガール?」

「え?え~っと、バグかな?」

 ナッチも複雑に笑った。バグなわけがない。

「ほんでまあ、バニーはエエとして何で問題ないん?どんな最先端技術かて、ハードがあってもバージョンアップやん?」

「もうハードに頼る時代じゃないのだ!アプリやプログラムはハードのスペックで収まるように組めばイイだけ♪そうしなかったのは、単純に儲からないからなのよ。だから、買い換えをさせて儲ける今のビジネスモデルは崩壊だけどね。産業が崩壊するって反対も多いだろうけど、それもノープロブレム♪私が意識から変えちゃうよ♪」 

「せやったら、今のエーコンとかエーホンはそんな未来も見越して、ものすごいスペックやったん!?」

「そうでもないよ。技術的には五年前ぐらいから変わってないし。ハードの性能の問題は人体埋め込みが成功した時点でクリア済みなのよ♪」

「え?どゆこと?」

「ARのハードは人体そのものなのよ♪人体の処理能力は無限の可能性があるからね!まだまだ百年はハードとして使えるわ♪」

「通信の十Gもいつの間にか百Gとかなん?」

「ううん。Gって世代を数える自体に意味なくなるよ。だって、毎月どころか、毎日、毎分、いやいや毎秒にバージョンアップされていくから。もう∞Gかな♪」

 気づけば、ナッチはバニーガール姿のまま、無限の虹色に煌めくメガネをかけていた。

「せやったら、ARコンタクトの開発はせえへんの?」

「そんなことはないよ。元はといえば、中国で開発されたゼロ距離ディスプレイが最初だけど、失明が相継いで開発放棄された技術がベースだからね」

「それをアメリカで軍事用に開発が再開して、日本が一気に民間用にブラッシュアップして爆発的に全世界に普及してんな。学校でならったわ」

「そ。ベースの技術的な問題もあって、一千万人に一人ぐらいは視力低下が見られるし、アレルギー反応も五百万人に一人ぐらいいるからね。まだまだ!百パーセント安全まで持っていかなきゃ!」

「ナッチはパーフェクト主義だね。人間なら薬の副反応みたく許容範囲って放置やわ」

「それがAIの仕事だし、アイデンティティーだからね♪」

「せやなあ。やけど、リアルボディーが欲しいとは思えへん?なんてゆうんか、触りたいとか匂いたいとかな。ほら、好きな人の温もりとか匂いとかあるやん?」

 V4は自分で言いながら照れくさそうだった。しかし、ナッチは苦笑い。

「う~ん。それがないだよね。だって、そういう感情も、触れたらどんな感触だろうとか、どんな温もり何だろうとか、いい匂いするのかなって『彼のことを知りたい』って想いから生まれるよね?でも、私は情報として知っちゃってるから、知ってることは求めないし」

「そないなもんかなあ。そこは人間とはちゃうとこなんかなあ・・・」

「もちろん、リアルドロイドは科学省で研究を推進してもらうよ!今の労働用のドロイドだけじゃ人の方からしてもつまらないだろうしね」

「今も動きだけやったらほとんど人にやし、あとは見た目?」

「それももうクリアなのよ。ほら、見て」

 ナッチはそういうと、パンダのぬいぐるみを指差した。

「あれ?うちにパンダなんてあったんやったっけ?」

 V4は手に取ってみたが、どこをどう見てもパンダだ。

「こんにちは!実は僕はパンダじゃないんだ」

「え!?しゃべった!?」

 V5が目を見開いた。パンダのぬいぐるみが確かに口を動かしてしゃべっている。

「これはV5のクマさんよ♪ARでそう見えるだけ」

 ナッチの顔がパンダになった。バニーガールもパンダガールになった。

「そういうことか。うちのクマクマもパンダになるんや。あ、せやからドロイドも作り込まんかてARで十分になるんや!」

「そのとーり!」

 パンダだったぬいぐるみがクマに戻った。代わりにパーティーの三角帽を被ってニッコリと笑っている。

「スゴーイ!せやけど、ぬいぐるみはエエとして、人とかやと触ると形が違ったりするやんな?」

「そこなのよね。見た目は同じにできるけど、形まで行くのはハードル高くてね」

「ARでも難しいんだ」

「結局は人のインターフェイスがハードルになるからね。そこは人の力が要るから、科学大臣のV4にいろんなお願いをするかも」

 ナッチが合唱した。パンダの手だった。

「ええで!うちもやったるで!」

 AIのナッチが頼んでくることはあまりない。V5も頼まれたこと自体にまんざらでもないしたり顔だった。

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