八 厚生×トッコー
「ねえ。そのトッコーって、要は売春?」
ウェルミニのV4がクリームソーダを飲みながら聞いた。「厚生=ウェルフェア」と、「大臣=ミニストリー」を合わせ通称ウェルミニ。いぶかし気な上目遣いだ。
「売春じゃないよ!だって無料だもん♪国が政策としてエッチを推進するのにお金取る訳ないでしょう?」
「売るわけでも買うわけでもないってことか。トッコーって名前は?」
「特別厚生官の略だよ。とりあえず、今の女子も男子も処女とか童貞とか多過ぎだもん!まずはエッチを覚えなきゃ?」
「ってことは女子用もあるの?」
「うん♪マッチョからスリム、巨漢だってより取り見取り取り揃えるのよ♪」
「選べるのか?」
「だって日によって気分が変わるじゃない?色んなプレイだってしてみたいでしょう?」
ナッチは仮面を着けて、ムチを持ち出した。
「ナッチはそんな趣味があるの?」
「例えばだよ、例えば!」
そういうと、今度はナース姿になって見せた。
「でも、そんなにサービス良かったら満たされきって、なおさら恋人作ったり結婚したりしなくなるんじゃない?」
「エッチするためだけに彼氏とか旦那が欲しいわけじゃないでしょ?こう、一緒にいて嬉しいとか楽しいとか。幸せってやつ?」
「まあね。でも、受け入れられるかなあ。意外と世間には貞操観念とかあるよ。歴史的にもずっとなかったんだし」
「ずっとって言っても、日本は二千年以上の歴史の中でほんの百年前まで公娼制はあったんだから。むしろ、ない歴史の方が浅いよ。まあ、男女公娼制はなかったけどね」
「倫理的とか人間としてとか、イミフな思考停止なバイアスがかかるのよね。なんで複数の相手とエッチしてはいけないのかよね。財産とか親権とか、法的とか経済的とかは子供が産まれてからの問題だし。この百年の価値観って、結局はアメリカのキリスト教的な価値観の押し付けでしょ?複数を相手にすることでパートナーを比較して、選別した結果で優秀な遺伝子を残すのは生物として当然だわ」
「そうよね。ベッドでは本性が出るわ。女子に優しいか冷たいか。やったらほったらかしか、その後も愛撫してくれるかで人格がわかるわ」
「ナッチもわかるの?」
「もちろん♪ただ、情報としてね」
「あ、そうか。私がエッチしてる時もエーコンにアクセスしてるんだもんね。私のエッチの趣味とか、誰も知らないことも全部データベースに蓄積してるよね?ネットショップがアダルトコンテンツを蓄積してるようなものよね」
「まあ、ねえ・・・」
ナッチは真っ赤になって顔をなくした。V4はクリームソーダを飲みながら、ニヤニヤしていた。
「そう思うと、日本に公娼制がないこと自体おかしいよね」
「そ。っていうか、今も世界中でないのは日本ぐらいだよ。性犯罪対策としても採用されてるしね。タダでしたいプレイができるなら、そりゃ犯罪も減るよね」
「それでもマニアックな奴はあえて性犯罪に走るよ。公娼制のある国でも、性犯罪がないわけじゃない。きっと、エッチな行為よりも、犯罪のスリルとかが快楽というか」
「犯罪プレイも用意するよ♪でも、望まない人には絶対させないわ。性犯罪は超ウルトラスーパー厳罰化だよ。性犯罪はトラウマになるから人格を破壊する殺人だからね。未必の故意による殺人罪を適用するの。判例なんて白紙にして一発死刑ね」
「うん。それはいいね」
V4はハーフハートをして見せた。ナッチもハーフハートをして応えた。
「だったら、私もなろっかな、トッコー」
「いいんじゃない?ミニが率先してくれれば、他のトッコーも胸を張って勤められるし、国民のみんなも使いやすいわ。でも、子供がいたら無理だけど。。。」
ナッチは遠慮がちに言うと、V4の顔を覗き見た。
「やっぱバレてたか。エーコンで日常生活は丸裸なんだもんね」
「まあね。日常生活をもっともっと向上させるのが私の仕事だし」
「じゃあ、このお腹の子も誰かわかる?私にはわからないんだけど」
「排卵日に相手した人はわかるけど、毎日コロコロ替えるし。さすがに確定はできないなあ。やっぱりDNA検査だね」
「だよね。でも、誰の子でも構わない。だって、あたしの子には変わらない。半分のDNAが誰だって私が選んだ相手だもん」
「エラ~い♪」
ナッチは頬を赤らめ、キラキラかがやく瞳を見せた。
「そ、そう?あたし的にはフツーなんだけど」
V4は照れ笑いしながらお腹を撫でた。
「エラいよ!もうドンドン応援するよ!子供を産んだり、育てたりすると、年金が出るようにするね!」
「年金?さっきも言ってたけど、年取ってからお金もらってもねえ。美味しいもの食べるぐらいしかできないんじゃあなあ。若いうちこそお金欲しいのに」
「違う違う。その若いうちに直ぐにもらえるのよ♪」
「直ぐに?」
「そ。子供を一人産んだら翌月から年金あげちゃう!それに足して成人するまで育てれば、倍あげちゃうよ!もちろん、年金だからお亡くなりまでずっとね♪」
「そんなことしたらアッちゅう間に財政破綻じゃない?」
「そう?財源はちゃんと考えてるよ。消費税は百パーセント!わかりやすいでしょう♪」
ナッチの目が¥になって、紙幣が紙吹雪になって降り注ぐ。
「単純に値段が倍になるの!?」
「うん。でも全然平気だよ♪まず、義務教育から替わる国民教育が終わったら成人なの。だから堂々と子供も産めるよ。国民学校の修了には資格試験合格が要るから人によってバラバラだけど、だいたい十六歳が目安なの。ここから平均四人は産んでもらうよ。それで、四人産んだら働かなくても生活できるぐらいの年金にするの。一人目六万円で、二人目十万円、三人目十四万円って具合に一人増える度に四万円ずつプラスであげちゃう♪四人が標準として月収四十八万円、年収五百七十六万円よ!」
「それが産むだけで一生もらえるって?十六歳まで育てれば、倍なんだよね?」
「うん♪。月収九十六万円で、年収千百五十二万円ってこと♪」
「そんなに!?その辺のOLどころか、一千万プレーヤーになるじゃん!」
「だからイイのよ♪それなら子宝っていえるでしょう?」
「けど、そんな大盤振る舞い、消費税百パーセントで足りる?」
「計算してみたらわかるよ。今、十六歳から四十歳までの女子の人口はざっと一千万人でしょ。産んでもらうだけで五百七十六万円かける一千万人だから、年五十七兆六千億円。みんながみんな十六歳まで育てたら千百五十二万円かける一千万人だから百十五兆二千億円要るよね。消費税は一パーセント上げると、少なく見積もって二兆円になるから百パーセントで二百兆円になるから余裕だよ♪」
ナッチはまた¥の目で不敵にわらった。
「余裕だなあ。じゃあ、もっと産んでもお金的にはオーケーってことか」
「うん♪もちろん、政府予算はガンガン削る作戦も考えてるからプライマリーバランスはドンドン良くなるよ♪それはまたマネーミニのV4との話になるけど」
「そっかあ。けどさあ、育てるのってお金かかるよ。病院代とか学費とか、もらった分だけ出て行ったらプラマイゼロじゃん!」
「ふふ~ん♪それがそうでもないのよ♪医療費は無料にするし、学校は十五歳ぐらいまでの国民教育は無料だし、高校以上はなくしちゃうからね♪」
「お金はかからなくなるってこと?」
「そ。子育てでかかるのは衣食住だけだよ♪」
「だったら、年金は丸々育てるのに使えるのかあ。あれ?そういや、産むだけってのも言ってたよね?」
「うん。産むだけもありあり!」
「じゃあ、何人も産めば、それだけで生活できちゃうとか?」
「いいとこに気づいたねえ♪」
ナッチは白衣に瓶底メガネをした博士風になった。白髪でアフロヘアーをしている。
「何その格好?」
「博士のイメージってこうじゃない?それはともかく、産む人、ボーンする人で、ボーナー。そんな職業も想定してるよ」
「ボーナー?子供を産んで生活するの?」
「そのとおり!十六歳成人後に年子を四人産んでも、まだ二十歳だしね。もっと余裕と贅沢がお望みなら九人産んじゃおう!すると、月収はなんと百九十八万円!年収二千三百七十六万だよ♪二十五歳にして二千万プレーヤーで悠々自適な生活できちゃうよ~♪産むだけだから後は自由だし♪」
ナッチの目の¥がキラキラ輝いていた。V3の目も輝いていた。
「だったら産むね」
「でしょ?まさに子宝♪」
「けど、産まれた子はどうなるの?大量のみなしごは?」
「国が責任を持って育てるよ。子育てのプロがナッチユーゲントとしてね♪」
「ユーゲント?どっかで聞いたな。ナチスにいなかった?」
「あ、ヒトラーユーゲントのこと?あれは青年を集めて無理くりナチスの教育と軍事訓練をさせたものだわ。私の方は違うわ。言い換えれば、児童養護施設ね。生まれた時からエリートに育て上げるの」
ナッチが赤ちゃんの格好をしたかと思うと、みるみるうちに成長して少女になった。わざと服を小さいままでピチピチにしている。
「じゃあ、本物のお母さんはどうするの?」
「もちろん会えないわ。子供を育てる権利は義務とセットだもん。義務を国に譲渡したんだから権利もないわ。そのうち、エリートはナッチユーゲントが独占するようになるわ」
「じゃあ、わざとユーゲントに入れる親も出てくるよね?」
「そうね。それも自由だよ。もちろん戸籍からは外れるけど、それでイイならね」
「そりゃそうか。権利と義務の相関だね・・・」
「迷うなあ・・・。ボーナーかあ。トッコーの仕事も魅力的だしなあ。エッチが仕事の公務員かあ」
V4は膨らみ始めたばかりのお腹を撫でた。ナッチはその横顔を横目に見ていた。
「あ、トッコーのお仕事は卵子バンクと精子バンクも兼ねるからね」
「精子は搾り取ればいいけど、卵子はそう簡単に採れないんじゃ?」
「まあ、簡単な採取作業はいるけどね。プロに斡旋するって感じかな。もちろん、それにも謝礼を弾むよ♪」
「でも、それって何に使うの?まさか、人造人間?」
「まさか。不妊やシングルマザー用だよ。結婚しなくても子供が欲しい人はいるしね。まあ、実際はボーナーのニーズが高いかもだけどね」
V3はストローでサクランボを突いている。
「でもさあ。そうすると、女子はあんまり働かなくなるよね?ボーナーは意外と多そうだよ。好きな仕事をする人はいいけど、ほとんどは働きたくて働いてるわけじゃないし」
「そだね。あ、まさか労働力不足を心配してる?」
「まあね。大臣になるならそれぐらいも考えないと」
「えら~い♪子どもはちゃんと産むし、やっぱりV3を選んで良かった!」
「そ、そうかな?」
ナッチはキラキラした眼差しを向けてきた。V4はまた照れ笑い。
「でも、大丈夫!AIやロボットは全ての労働力の代わりになるよ。だから、必要なのはAIやロボットが代われない者なの。作ることはいくらでも私達ができるからね」
「そうか。要るのは生産者じゃなくて消費者か」
「正解~♪」
パーティードレスを翻してナッチが踊った。虹色の光の球が飛び交う。
「労働力不足が経済力を失わせるなんて机上の空論に過ぎないわ。女性を労働力として酷使するなんておバカ丸出しだよ。子供を減らせば将来の消費者を減らして、内需を減退させて、結局は経済力を衰えさせるだけ。海外で売ればいいなんていう人もいるけど、外交や為替に左右されるし、外国に自国の経済を依存するなんて国としての安全保障を放棄した基盤脆弱な発想だわ」
「国益を他国に委ねるんだから、売国に等しわね」
「そ。貿易立国は常に外国の脅威にさらされてると思っていいわ。内需にプラスアルファなら構わないけど」
「だからこそ、子供をしっかり増やす政策にするよ!男の人もしっかり消費してもらうために六時間以上の労働禁止にもする!」
「できた時間で消費してもらうわけか」
「そ。今まで過労死するまで働かせて一人一日十二時間働かせていた分を二人で働いてもらう。それだけで消費が増えるわ。子供も自然と増えるかもね。あ、トッコーが忙しくなるかもだけど?」
「収入も減る?」
「ううん。収入は今以上にする。AIやロボットは人間の仕事の補完はするけど、そこから得た収益は人間に還元するから」
「そっかあ。出産を増やして、育児は国が助けて、仕事は減らして、消費を増やすか。消費税が百パーセントでも文句はなさそうだね。
「でしょ?やってみよー!」
「うん、やってみよう!」
ナッチがハーフハートを掲げた。V3が答えてハーフハートを掲げて、ハートを完成させた。充実した笑顔が見合っていた。
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