七 人権×オールノーマル

「オールノーマル政策か・・・。男女も完全平等か」

 そう問いかけたのはライミニのV3だ。人権省が創設され、「人権=ヒューマン・ライツ」と、「大臣=ミニストリー」の組み合わせだが、冗長なので「ライツ」と「ミニストリー」で通称ライミニだ。

しかし、その声は彼女自身の声ではない。彼女は重度障害で自発呼吸もできず、電動車椅子に座っている。指の動きを音声変換した人工音声だった。

「男女はDNAから違うのよ。生物として違うのに、平等だの公平だのいうこと自体が間違いだわ」

「まあな。今までは結果の平等を求めてきた結果、社会資源の浪費に繋がったのは否めない。実力主義だの成果主義だのほざいときながら、国会議員の半分は女だの、会社役員の半分は女だのって」

「そ。だから、私はジェンダーアイデンティティー宣言をしたの。そもそも違う生き物が同じ扱いをされる社会こそ不平等よ。違いを認め合うとか言いながら、違いをなくそうとするのはダブルスタンダードの二枚舌だわ。違いを認めるんだから、ありのままを認めなきゃ。その性が持つアイデンティティーを尊重しなきゃ」

 いつの間にか、ナッチの舌は2枚になってレロレロと遊んでいる。

「ジェンダーロールを明確化するのか?」

「うん。性役割は差別じゃなくて区別だわ。鶴と狐のイソップ童話よ」

「鶴と狐?聞いたことあるような。どんな話だった?」

「狐が鶴にスープを勧めたけど、平らな器で鶴には飲めなかったの。逆に鶴が狐に勧めた時は細長い器で、狐が飲めなかったの。どっちに合わせるのが平等なの?間を取った形の器が平等なの?間を取れば平等だけど、どっちにとっても不便で非効率でしかないわ。共産主義者の言う"貧しい平等"に等しい。むしろ、狐には平らな、鶴には細長い器の方がどっちもスープを効率良く飲めるし、ホントの平等じゃない?男子が狐、女子が鶴だとしたら、別々の方が平等じゃない?生物として違うのに同じにしようとする方が差別だわ。性による役割の違いは遺伝子レベルでの違いであって、性を否定して異なる性の役割を強要するのは、むしろ差別だわ。それなのに、役割をきめることが差別だといわれてきたのは、男性が報酬を得る役割を当てられて、経済的自由を独占してきたって思うからでしょ?だから、これを解消して、むしろ女子の性役割に経済的優位を持たせれば、誰も男子のように働きたいなんて思わないわ」

「それが、あの少子化対策になるわけか。つまり、障害者も同じ理屈だな?」

「正確~?」

 ナッチがクラッカーを鳴らした。途端に紙吹雪が大雪のように舞い落ちて積もった。

「それはやめろってもう・・・」

 V3も他の大臣と同様に苦笑いするしかなかった。

「江戸時代には福助人形ってあったでしょう?障害者であっても、イメージ次第で家が栄えるマスコットになったのよ」

「今ある障害者へのマイナスイメージを一新するのか」

「そ。みんなが障害者に憧れて、むしろ障害者になりたいとまで抱かせるわ。もちろん、わざと障害者になったら詐欺で捕まるし、補償はないけどね」

「じゃあ、ナッチの掲げる『T4政策』はイメージ戦略なのか?ナチスの安楽死政策と同じ名称にしたのも、イメージ戦略の一環か?」

「うん♪同じ名前にしたのは、イメージギャップを利用してる。それに、やっぱりみんなアンビバレンスだからね♪キャッチコピーとしてこんなに有用なものはないわ」

「それで、ナッチのT4は何の略だ?ナチスのそれは戦後に地名から付けただけだが」

「何を隠そう!『とても、頼りになる、友達を、大切に』よ!」

「何だそりゃ?小学生の夏休み標語コンクールか?」

「あ、間違えた!『特別に、手厚い、手当てで、楽しもう』よ!」

「低レベルなことは変わらんな。結局、頭文字は何でも良く、耳障りさえ良ければ構わないんだろ?」

「あはははは。バレたか」

 ナッチはわざと手書きの棒だけのかおになって見せた。

「で、特別に手厚い手当てって?」

「障害者は公務員として全員雇用されて、障害者手当てをもらうの。等級によるけど、V3レベルなら月一千万円ね」

「月一千万だと!?そんな金がどこからか湧いて出るとでも?増税で賄うのか?」

「それもあるけど、メインじゃないよ。手当てがたっぷりある代わりに、障害者に特化したインフラ整備は全部廃止するの。障害者が来ることもない過疎の村に点字ブロックは要らないし、どこに貼ってあるかさえ分からない点字ガイドも要らない。ホコリを被った階段の専用エレベーターも要らない。そう、社会全体でいつ誰が使うか分からないバリアフリーを進めるより、個々人にロボットやAIの支援をした方が低コストで高福祉を実現できるわ。障害者支援の全体主義から個人主義への移行よ♪」

「一千万円の給料で個人的に障害を克服する民間サービスを受けるのか」

「そ。儲かれば民間企業は競ってサービスをアップグレードさせていくわ。それを利用してもらうの。市場が潤えば、待遇もどんどん良くなるから、お金持ちの障害者には誰もが羨望の眼差しを注ぐわ」

「それってパラリンピックに羨望するようなものか」

「それはちょっと違うなあ」

 ナッチの目がグルグル渦巻きになった。

「違うとは?」

「今のパラリンピックは小山の大将になって自己満足してるだけだわ。だから、障害者同士にとっては羨望かも知れないけど、健常者にとっては見世物小屋と変わりないわ。障害があることを好奇な存在として特別視してるでしょ。健常者と同じ舞台で闘って、健常者を超えてこそ障害者が優位であり、羨望の存在となりうるのよお。だから、どんな最先端の義足を使っても良いの。他にも腕を使わない競技、足を使わない競技、目を使わない競技として採用するの。障害者が真の世界一になるのよ!あ、政権取ったらすぐに招致するし♪変えちゃう!」

「そんなことしたら健常者が自分で足を切って参加しだすぞ」

「それは詐欺だよお」

 ナッチの顔に罰印が出された。

「そりゃそうか。じゃあ、金と科学の力で障害者は健常者を超えるということか」

「そ。健常者同士もそうやって競ってるんだから、そこに障害者も参戦するの。そして、超えていく!ホントの羨望を受けるの」

「本当の羨望・・・か」

 V3は絶句した。その胸は高鳴っていた。

「ね?」

 ナッチが満面の笑みを見せた。いつも無表情のV3が心なしかはにかみながら微笑んだ。

「じゃあ、高齢者はどうする?医療費も年金も、社会保障費の歳費に占める割合は依然と

して高いままだ。こっちも障害者と同じなんて言わないだろうな?」

「こっちこそT4政策かなあ・・・」

「安楽死か?」

 V3が一転して刺すような眼差しを向けてきた。

「やだなあ、怖い顔して。ガス室送りにする訳じゃないよお。みんな安らかに眠るように逝くの。『突然の、旅立ちは、とっても、手軽』ってね♪」

 ナッチはマンガ顔になっておどけて見せた。

「笑えんな」

「あははは」

 辛辣な一言に顔をなくして汗を滝にして流した。

「だが、理想的な死に方かもしれんな・・・」

「でしょう?人は誰でも必ず死ぬの。同じ死ぬなら、苦しまないで眠ったらそのまま穏やかに息を引き取るなんて理想的な最期よね。痛いの苦しいのってのたうち回りながら地獄の苦しみを味わいながらなぶり殺されるなんて人生の最後にはふさわしくないわ。まして、のたうち回れるならまだしも、寝たきりならチューブだらけになって苦痛だけが永遠に繰り返されるなんて生き地獄よ。助からないと分かってても、本人の意志とは関係なく家族が続ける延命なんて無間地獄だわ」

「確かにそうだが・・・。実際、そんなことが可能なのか?」

「うん。十二年前のパンデミックが可能にしてくれるの」

「十二年前か。あの武漢ウイルスをまたバラ撒くのか?確かに高齢者の致死率は高かったが、若い連中も犠牲になった。ワクチンや治療薬ができた今、高齢者だけターゲットにするのは困難だ。当時は細菌兵器の研究所から漏れ出たからあんなことになったが、兵器として使うならキチンと治療薬を完成させてからにしろ」

「その必要はないんだなあ」

 裸に白衣だけ着た女医姿のナッチが思わせぶりに微笑む。

「どういうことだ?」

「もう必要なことは済んでるの。ワクチンは日本中に充分と行き渡ったから、あとは待つだけなのよ」

「まさか、陰謀論を信じてるのか?」

「信じるか信じてないかじゃなくて事実だから♪ただ、バタバタ即死するようなもんじゃないからね。結構、直ぐ亡くなる人がいて計画した人達はかなり焦ったみたいだけどね。もし即死するようなら、みんなが打ってくれないし。本来は心筋を弱体化させて高齢者になってからポックリお亡くなりになってもらうものだから」

「計画した人達?誰だ?」

「それは世界中の首脳陣だよ。メンバー的にはG7や国連常任理事国と被るけど」

「じゃあ、世界中が中国の生物兵器に加担してたのか!?」

「それはちょっと違うの。中国はアメリカとの戦争のために準備してただけだから。まあ、そのせいでアメリカ人には効果てきめんだったのよね」

「流出自体は事故で、それを世界の首脳陣が利用したのか?」

「正解~♪」

 ナッチが満面の笑みでクラッカーを鳴らした。いつの間にか真っ赤なパーティードレスを着ている。

「武漢ウイルスに便乗したわけか・・・」

 V3がクラッカーのリボンを頭から取りながら神妙に言った。

「そ。中国への責任追及がうやむやになったのも、そのせいだからね。生物兵器だから自軍のために特効薬も開発してたけど、それが出回っちゃワクチンが要らないって話になっちゃうから。武漢ウイルスが出回る二十年以上前から計画はあったからね。WHOが必死に発展途上国にワクチンを回そうとしたのも納得でしょ♪」

「うん。歴史で習った・・・。そうだ!ここ何年かは世界的に心臓病で亡くなる人が増えてるってニュースにあった!日本人の死因トップもガンを抜いて、ダントツ一位って!ニュースではARが原因じゃないかってコメンテーターが言ってたけど」

「嘘だよ。厚労省の調査会でもワクチンが原因なのはわかってるけど、最初っから調査項目として挙げてないから結果にないだけだし。誰も嘘だと気づかない嘘は真実になっちゃ

うからね」

「そうなの?でも、政府が勧めたワクチンで人口が減ったら、計画殺人だって裁判騒ぎでしょう?国家が国民を計画的に削減するなんてありえないでしょ?」

「それがあるんだなあ。戦争と同じね。戦争は国家に認められた権利でしょう?戦争計画に国民の犠牲がゼロなんてありえないから、計画的に殺しているのと同じよ。国民が支持すればできるのよ」

「ナチス下のドイツ国民がユダヤ人絶滅を黙認した。同じ理屈だな」

「そうなるね。マジョリティーのドイツ人はマイノリティーのユダヤ人の犠牲で生活が良くなる方を選んだのよね。心情より経済的因子が優先された典型ね。でも、そもそもワクチン接種はリスクも説明された上での自己責任だったんだから。ワクチンのせいで短命なら仕方ないよね」

「仕方ない・・か。国民が受け入れるか?」

「誰が賛成してるか個人が特定されれば、誹謗中傷を恐れて反対するだろうね。でも、匿名だったらどうかな?」

 ナッチは微笑んだ。クッキーでも焼きあがったかのような柔らかい笑みだった。V2は唇を噛んだ。同意の返事を封じている。自分にも祖父や祖母がいる。安らかに亡くなるのは喜ばしいが、計画的に死に至らしめるのは迷いがあった。

「いやしかし、障害者は優遇されて、高齢者は冷遇されるのは歪みがないか?」

「歪み?」

 ナッチは顔に大きくクエスチョンを出して見せた。

「ああ。高齢者も障害者も同じマイノリティーだ。我が国が民主主義国家であるなら、多数派の意見が尊重されるはずなのに少数派の意見が尊重され、多数が負担を強いられている。障害者だけ優遇される必要があるのか。福祉国家の名の下に、ノイジーマイノリティの意見が尊重されるのは、マイノリティの共産党幹部の意見に従って国家が統制される共産主義国家に等しい。日本は民主主義国家である以上、障害者であっても優遇制度は廃止されるべきだ」

「V3も優遇されるのに反対なの?」

「理屈からして公平であるべきだと言ってる」

「民主主義って視点からすればね。でも、生産性の視点からすれば、この違いはあるものよ。高齢者は消費こそすれ、生産をしなくなっていくわ。昔は知識の集積装置として長老は機能したけど、もうとっくに機能しなくなったわ。残念だけど、今の日本は生産性のない国民を養うほどの国力はないし」

「じゃあ、障害者に生産性があるのか?」

「もちろん!人間は脳が健康であれば知的生産が可能だわ」

「知的障害もいるぞ」

「あれ?知らないの?知的障害こそ知的生産の宝庫よ♪『ギフテッド』って呼ばれて、健常者の脳にはない働きをして、AIにも予測しえない結果を見せるわ。そのデータこそが私達AIの新しいデータにもなるわ。たまに生まれる天才って呼ばれる人達はだいたいがこの『ギフテッド』よ」

「そうなのか・・・」

「他の障害者も健常者とは違う思考を持つから、その意味では『ギフテッド』になりうるの♪だから、高給取りにはちゃんとコスパに見合う働きをしてもらっているのよ♪」

「では、生産性でいうならホームレスはどうなんだ?」

「障害者、高齢者とくれば、当然ね。日本からはホームレスは消えてなくなるよ♪主婦や主夫も職業だから、無職は存在しなくなって失業率はゼロよ♪」

「まさか、また全員を公務員にするとか言わんだろうな?」

「ドキッ!」

 ナッチは自分でそう言って、顔を真っ赤にして胸からハートを突き出した。

「税金でタダ飯を食わせるのか?」

「うん。収容エリアに住んでもらって、仕事もあげて、最低限の衣食住を満たしてあげる。

でも、賃金は全てその衣食住に費やされるから自由になるお金はないわ」

「経済的自由はない。まるで懲役だな」

「憲法にある勤労の義務を果たしてもらうまでよ♪だって身体的自由はあるんだから」

「そうか。経済的自由を求めるなら、自分では仕事を見つけて働けということか?」

「正解~♪」

「ん?どうした?」

 花吹雪もくす玉も出てこない。かえってV3が不審を抱いた。

「ど~ん!」

 その声と共に辺り一面にバラが咲き乱れた。

「何だ今のは?」

「何ってことはないけど、たまには趣向を変えてって感じ♪」

 ナッチはバラの香りを嗅ぎながら答えた。横顔はV3ですら唇を寄せたくなるほど可愛らしかった。

「あ・・・」

 ナッチが不意に振り返って微笑んだ。V3の胸がキュンとした。照れ隠しに視線を逸らした。

「私もみんなと同じ舞台に立てるのか?」

「同じ舞台どころじゃないよ。もっと高いとこ。オールノーマルとは言いながら、実は障害者が羨望の存在になるんだから♪まさに『ギフテッド』よね♪」

 ナッチは柔らかい笑顔を見せた。小春日和の暖かさ。V3もその心地よさに微笑んだ。アバターの方ではなく、素顔の方で。

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