六 国防×プレデター
「ぬるい!」
防衛省に厳格な声があった。デミニのV2だ。防衛大臣は「防衛=ディフェンス」と「大臣=ミニストリー」を合わせて、通称デミニと呼ばれた。彼女はライブでも見かける軍服姿だ。いつも凛として厳しい面持ちを見せている。しかし、まれに見せる笑顔はナッチパーティーで一番とも言われ、ギャップ萌えがかなりのファンを獲得している。
「ナッチはいつも攻勢に出るAIだと思ってた。なのに、何?竹島奪還に軍を出さないってどういうこと?戦闘機の配備も完了した。空母も海兵隊もいつでも出動できる。何を躊躇う必要がある!?」
この年、純国産主力戦闘機F3の全国の基地での標準配備が完了していた。旧式化しているアメリカ製F35と混同されないよう、二〇三〇年正式採用にちなんで通称『ゼロ戦』。ナッチ政権前に始まったアメリカとの協議に時間を要し、既に五年を経てしまっていた。
「もう!V2は生粋の軍人さんね♪気が短いんだから~♪」
柔らかい笑顔のナッチも軍服姿だ。
「違う。短期決戦で事態を収束させるのは軍事作戦の基本だ。国を疲弊させる戦争の長期化は無能、いや軍人として失格だ」
「そうね。戦争になればね」
「どういう意味だ?」
「もうすぐパーフェクトな戦争放棄を実現するよ。国軍は解散。日本は名実共に軍隊を持たない平和国家になるの」
「何だと!?壊れたのか?AIも所詮は機械だと言うことか?国軍を復活させた今、私は核兵器保有まで踏み込んでくれると信じていた。瞬く間に侵略されて、日本が滅ぶぞ!武装解除など敗戦国の受ける屈辱を自ら進んでするのか!?」
「ほら、気が短いんだから♪戦争放棄して軍も解散するわ。でも、武装解除はしないわ」
「ますます分からん。何を言ってるんだ?」
「代わりに警察を強化するわ。憲兵って言っちゃうと誤解が多いけど、国家憲兵よね。カナダの王立カナダ国家憲兵、英語でMounted Police。略すとフツーの憲兵のMilitary Policeと同じMPだけど、そんなイメージ」
「国家憲兵だとしても、実態は警察だ。警察は国民を犯罪から守る組織だ。外国の侵略から国民を守るのが軍隊だ。役割そのものが異なる」
「国民の何を守るの?」
「何を今さら。国民の生命、財産あらゆる権利だ」
「そう。目的は警察と同じよ」
「目的は同じでも、相手が違う。警察は犯罪者を対象とし、軍隊は国家を相手にする」
「じゃあ、外国の犯罪組織が国民の生命や財産を奪おうとしたら?」
「それは警察の仕事だろ」
「その犯罪組織が国家によって編成されて、運営もされてたら?」
「テロ国家の手口か。そうなると軍のバックアップが入る。警察には手に負えん」
「そうね。でも、それは今の警察の武力が貧弱だからに過ぎないわ。装備が整えば問題にならないわ」
「侵略に対しても、その論理か」
「正解~♪」
突然、目の前にくす玉が現れて、盛大に紙吹雪が舞った。ナッチもいつの間にかバニーガールになっている。
「・・・おい」
V2は憮然として眉間に皺を寄せた。
「こんなの嫌い?」
バニーガールがうるうるの泣きそうな顔を見せた。
「嫌いならずっと一緒にはいない」
「ウフフ♪」
「ズルい奴だ」
軍服に戻ったナッチが不敵な笑みを見せた。V2も苦笑い。
「それで、警察を事実上の軍隊化して国外の取り締まりもするのか。だが、各国は主権侵害だと騒ぎ立てるぞ」
「そうかもね。でも、国外の犯罪に対する法律は、前世紀から変わらないまま活きてるし。刑法二条で、全ての者の国外犯に対して『日本国外において罪を犯したすべての者に適用する』として、内乱に関する罪や、外患に関する罪を適用してるわ。それに、刑法三条の二では、国民以外の国外犯に対して『日本国外において日本国民に対して罪を犯した日本国民以外の者に適用する』として、強制わいせつ、強制性交、殺人、傷害、傷害致死、逮捕監禁、略取、誘拐及び人身売買の罪、強盗などを適用してるわ」
「なるほど。戦争と一括りにされると犯罪にならないことばかりだな」
「それに、戦争をするには宣戦布告が要るけど、現行犯逮捕をするのに犯人に逮捕を先に伝えるなんてことはないわ。制圧した後に犯人に宣告するものよ」
ナッチは屈託のない笑顔をした。V2も不敵な笑みを返した。
「それだけ問答無用な力押しをするなら、各国を黙らせるそれなりの準備も必要だ。徴兵制や核兵器保有を勧めるんだろうな?」
「ブブー!」
ナッチの顔は罰印になった。
「逆だよ。もう誰も犠牲にならないわ。MPに人間はならないの。みんなAIロボットよ」
「なるほど。ナッチがそれを統率する訳か」
「正確~♪」
黄金色のリボンが大量に発射され、V2に降り注いだ。慣れているV2に特別なリアクションはない。
「人間はロボットに支配されるのか?」
「そんなことないよ。だって、それはみんなの意志だもん。民主主義よ、民主主義♪」
ナッチは爽やかな笑顔を見せていた。V2も思わず微笑んだ。
「では、核武装は?ならず者どもを黙らせるには核の力が要る」
「そんな時代遅れのガラクタは要らないわ」
「時代遅れ?知っていながらそんなことを。まだ世界は核抑止力の下で辛うじて均衡を保ってる状態だ」
「ううん。もうすぐ怖くて持ってることさえ躊躇われる無用の長物になるよ」
「どういうことだ?」
「例えばあ、謎の事故とか。関係者の暴走とかあ」
「分からん。核の管理体制は少なくとも先進国では万全だが?」
「そうでもないんだなあ。じゃあ、いくよ・・・」
ナッチが小悪魔の顔をしてニヤリと口角を上げた。わざと顔に影を差して見せる。そして、おもむろに指を三本上げた。
「何を?」
「三、二、一、ポン♪」
指を折りながら数え、最後は手を広げた。
「ニュース速報か!?これは!?」
V2のARコンタクトレンズにタグが立ち、直ぐに開く。アメリカの核搭載原子力潜水艦が事故を起こし、ハワイに向けて緊急寄港を行うというもの。
「ご覧ください!アメリカの原潜が煙を上げながら航行しています!付近に放射能漏れが心配されます!」
煙を吐きながら、浮上して航行している映像だ。報じているのは、たまたま別の取材で飛んでいたテレビ局のヘリコプターらしい。
「これを今やったのか?」
「うん。ネットに繋がってれば、いつでもどこでも♪」
屈託のない笑顔に鳥肌が立った。ナッチに悟られていることは承知の上で、V2は気丈に振る舞う。
「ネットに繋がっていないスタンドアローンの核も無数に存在する。それはどうなんだ?」
「ネットに繋がってない人はいないし、人に繋がってない核はないからダイジョウⅤ♪」
「人に繋がって・・・。ん?またニュース速報か?ウイグル省の人民軍基地で爆発事故か」
さらにV2のARコンタクトレンズにタグが立った。人民軍が必死に撮影を阻止しようと罵声を上げ、発砲音も聞こえる。
「まさか、現場にメディアがいるのも、お前の誘導か?」
「うん♪世界遺産の取材を誘導して、そのランチに立ち寄ってもらったの」
「爆発は人を通じてなのか?」
「そう♪人を操ることはそんなに難しくないのよ。軍人さんは意外と操られ易いし」
「しかし、ここには核はない」
「そうね。表向きは治安維持名目の歩兵師団しか配置されてないことになってるし。ネットに繋がってもない旅団だから私でもデータを持って来れてない。けど、戦術核が持ち込まれてるのよ」
「じゃあ、なぜ核があると?・・・待て!人か?」
「正解~♪」
ナッチの頭にヒマワリが咲き、チョウが舞った。いや、ヒマワリは辺り一面にある。
「中国の軍人さんも家に帰れば、私がいるから」
「なるほど。恐ろしい話だな・・・。こうして話してるうちに漏れてると言うことか」
「日本を敵に回すとそうなるわね」
V2は自身の指先が震えていることに気付いていた。拳を作ってそれを誤魔化していた。AIのナッチはそれぐらいは簡単に探知していることは承知している。それでも、隠したいのが人間の心理だ。
「だが、ハッキングと洗脳だけで核廃絶ができるとでも?」
「ううん。もちろん実力行使もいつでもできるよ♪」
「そんな配備をした覚えはない」
「マッチョ(防衛省)の物じゃないからねえ。先々月だったかな?ドカタ(国土省)が打ち上げた地下資源探査衛星を覚えてる?」
「ああ。地下基地の発見にも転用できる衛星だ。それで地下の核施設を探すつもりか?」
「ブブ~!ハズレ~!」
ナッチの顔はバツ印になり、無数の子豚が降ってきた。V2にも降り注ぎ、頭で跳ね落ちていく。
「その衛星はレーザーで地下資源を探るんだけど、レーザーの出力は非公開なんだあ。出力最大にしてビーム径を一ミリにしたらどうなるでしょう?」
ナッチはスーツ姿のクイズ司会者に変じた。
「地下施設、いや核兵器を破壊できるのか!?」
「良くできました~♪それに、核兵器だけじゃないよ。何なら、ボールペン一本でも破壊できるよ♪」
ナッチは「正解」と言うかと思いきや、保育士の格好になって園児に接するように優しい笑顔で振る舞った。V2はチラリとナッチを見ると、凝視したまま胸ポケットのボールペンを床に投げ捨てた。
「パン!」
その瞬間、ボールペンは破裂し、真っ二つになって弾けた。床には焦げた跡があり、穴が開いている。
「雨漏りするかも知れないから直してもらってね」
床を見つめていたV2にナッチが平然と言った。固唾を呑んだ。
「衛星は資源開発と支援の国際貢献として無償で各国に情報提供するために地球中に張り巡らせたはずだ。だが、暗殺システムにもなりえる。プレデターか・・・」
「さすがV2鋭い!題して『GPS (グローバル・プレデター・システム)』よ!」
ナッチはこれでもかというドヤ顔をしていた。V2は苦笑いすらしていなかった。
「それで?これからどうなる?」
「核兵器は事故の起きやすい危険な玩具ってことで、どんどん廃れていくわ。持っていること自体が自国に危険をもたらすんだから。表向きは核の非人道性を謳いながら廃止していくんだろうけど、直ぐになくなるわ」
「日本は核の傘から抜け出せるのか」
「日本だけじゃあないよ。世界中が核の呪縛から抜け出すのよ。日本が旗を降ってね?」
ナッチは日の丸の小旗をパタパタと振って見せていた。
「ならず者も次々と不慮の死を遂げるのか?」
「皆殺しにすれば秩序がやって来るとは限らないのが人間の不思議なところなのよねえ。ほら、ドラえもんの『独裁スイッチ』みたいに、消しても消しても代わりの人が現れちゃって。だからメインじゃ使いにくいなって」
V2はいつもの苦笑いをしていた。
(ナッチの傘、いや、お釈迦様の掌ならぬ、ナッチの掌で人類は平和を築くというわけか・・・。明らかに人智を超えている。だが、理想的で現実的だ・・・)
内心ではナッチへの畏怖と憧憬が渦巻いていた。AIが人間を軍事力でも支配しようとしている。しかし、人間は戦争を繰り返してきた。AIに未来の平和を託すのもむしろ最善かも知れない。V2の想いは間違いないではなかった。
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