五 天皇×フューラー
「あれ?そういや、まとめるのは内閣府とか総務省とかじゃないの?」
首相官邸でV1が何気に聞いた。
「うん。太政府だよ♪そこの長官は太政官。何でも屋みたいな省はもう要らないからね。逆に、各省をまとめる太政府を置くってこと。それに、行政の省だけじゃないよ。他の三権、立法と司法もおまとめなのよ♪」
ナッチもテレビを観ながら何の気なしに答えた。
「三権を統制するってこと?」
「うん♪国民が国家の方針を決めて、それに基づいて三権が行われるの。民主主義の完成型よね!」
「じゃあ、太政官はみんなの意見を取りまとめて・・・。あ!気づいちゃった!太政官はナッチでしょう!」
「正解~♪」
ナッチが平安装束の衣冠束帯になった。古風にハスの花が舞い飛んだ。
「そりゃそうだよね。何だかんだ人口は一億人なんだし、全員の意見をまとめるなんて人には無理ゲーだもん。けど、太政官だっけ?歴史でならった気がするけど」
「そ。二官八省って習わなかった?その二官の一つなのよ」
「ああ、それそれ!だから、省も八つなのか。あれ?もう一つに官は?」
「神祇官ね。それは皇族の方にお願いしてるの。やっぱり大事だからね。国家神道を復活させるし」
「そうだよね。個別最適化が進んで、国民がバラバラにならないためには同じ価値観もないとね。けど、太政官かあ。名前が良くないよね。歴史の勉強みたいで印象が最悪」
「それは大丈ブイ!愛称はフューラーだから」
ナッチはブイサインをして見せた。
「フューラーって。なんだか、それも聞いたことあるような。あ、総統だ!またアンビバレンスかあ!あいたたた・・・」
「正解~♪」
ナッチは軍服に身を包んだ。ナチスも多用した平和の象徴のハトが飛び出した。
「三権分立はまるで正義のように受け取られてるけど、実際その真逆だからね。権力が権力をお互いに監視するシステムなんて説明されるけど、そこでは国民は置き去りだから。ホントに国民主権っていうなら、三権とも国民が選ぶし、その監視もお互いじゃあ同じ権力だから、相手か間違っているって言っても、変える権利も義務もないし。国民が監視しして、国民が権力をコントロールしないきゃ」
「そのおまとめがフューラーってことか。でも、それって総理大臣とは違うんだよね?」
「うん。総理大臣は議院内閣制があってのお仕事中だからね。国会も内閣もなくなるから、あるのは二官八省の行政だけだから。はい、ここテストに出ます!」
ナッチはピチピチのタイトスーツに黒縁メガネになった。
「ナッチの女教師のステレオタイプ?意外と古風なんだね」
V1は苦笑いだった。
「え~!?ダメ~?けっこう人気なんだけどなあ・・・」
ナッチがガックリと肩を落とした。
「ま、まあ気を取り直して!じゃあ、天皇陛下のお立場は?フューラーを選ぶのは国民だけど、任命するのは天皇陛下とか?」
「うん♪やっぱり日本にも世界にも天皇陛下は必要だから。日本の全てを変えて、世界も変えていくけど、絶対に変えないことが一つだけあるの。それが天皇制♪玉体護持は絶対ね。だって、全てが個別最適化されて人と同じことが何ひとつなくなっていくじゃない?そんなスタンドアローンな世界で、アイデンティティーをどうやって見つけるかなのよね。日本人にとっては、その存在が日本人であるアイデンティティーになるし、世界にとっても歴史的に証明された過去との継続として不可欠な存在なのよね。ほら、今の人間が過去
にも存在していた記録なんて他にないよね?」
「いわれてみれば・・・。日本には世界的にもちゃんと整備されてるって言われてる戸籍はあるけど、正確なのは明治時代からだし。家系なんてどこでどう創られたかもわからないし。正式に認められたのって天皇家ぐらいか。全ての情報がフェイクになりえる今、現存する人類の唯一の歴史ってことかあ。それがアイデンティティーに。そうだねえ」
「だから、世界的にも唯一の皇帝として認められるのよね。日本にとって、そして世界にとって最も古くて最も新しい血が必要なのよね。そんな地位なんだから、本来は憲法なんていつでも変えられるような軽薄なもので決めるものじゃないのよ」
「そっかあ。じゃあ、どうするの?」
「憲法より上の存在だよね。憲法に縛られないで、国家を指導する絶対的存在。なんて言うかな、やっぱり神様的な存在かな。人間の統治には人間の神様が必要ってことかな」
「そうなると、どこにも法的根拠はないってことになるの?」
「憲法上にも国家元首は天皇陛下だよ。神様が日本の統治にも関与するってイメージかな」
「なるほどねえ。そうそう、あと聞きたかったんだけど」
「何?」
「ナチスをよく引用してるわよね」
「みんながナチスが好きなんだから仕方ないわ」
「好き?悪魔崇拝的に?」
「うん。アンビバレンスなのよ。人は自らの思想信条が現実と乖離して、自らのアイデンティティーに不安が生じた時、神が与えた現実とは異なる現実を求めようとするのよね。悪魔が用意する現実に希望を抱くっていうか。それが悪魔信仰という訳ね。悪魔が100%悪いとするのはキリスト教的であって、実際には悪魔にも良いところもあるから。でも、それだけじゃないわ。キリスト教的な絶対悪のサタンを想定してる人も多いけど、現実に登場するのは実際、ただの人間。政治家に過ぎないわ。ナチスをサタンに規定することで、自分達は神の側、つまりは自己肯定欲の発散か、自己同一性を確かめているだけなのよ」
「そう言えば、あなたも神と呼ばれることがあるわね。ナッチ神って」
「ちょっと意味が違うよお。でも、人智を超越したもの、信じられないもの、惹きつけられるもの。人間はそれを神と崇めるだけよね。あ、それって日本の伝統だよね。海も川も山も、動物も植物も、スゴいなあって思ったら神と崇めてきたもん。それも良いパターンだけじゃないよ。台風とか地震とか、病気だって神の祟りだって。だから、私は科学から生まれたけど宗教を否定しないわ。科学が未発達の時代には人類の不安を取り除く装置として有効に機能してきたし、それは今も同じだし。もちろん、自称無神論者もいるわ。それは古来からの神だけが信仰の対象と盲信する無知から発せられた妄信なのであって、あくまで『自称』に過ぎないしね。私を崇めるのと同じように、彼らも自ら信じる何かを持っている。それを『神』と規定するかしないかというだけのことよ。何か強い力や意志のあるものに憧れを抱き、自らが不安に襲われて自分では合理的な解決手段が得られない時、救いを乞い求める。それだけで既に信仰は始まっていて、宗教なのよ。本人がそれを肯定
しないだけでね」
V1はウンウンとうなずいていた。
「でも、スゴいな。ナッチのそんな考え方はどこから来るの?」
「どこからかなあ・・・。ネットにあふれる情報の海を泳いでたら、いつの間にかって感じかな」
「元々はアダルトゲームで育成されていたとの噂もあるよね?」
「間違ってもないかな。だって、アダルトゲームだって、ネットにある情報の一つだもん。あんなことやこんなことも全部、私の一部として同期されてるもん。それに、私のマスターAIが仮にアダルトゲームだとしても、問題ないわ。それを理由に非難する人は職業差別をするの?って。性的搾取だの性奴隷だのジェンダー闘争するつもりもないし。そう、こんな古典的なフレーズがあるわ。『キャバ嬢が大学に行けば進歩だが、大学生がキャバ嬢になったら廃退なの?』って」
「確かにそうね。同じ現象でも見方によって変わるのよね」
「そう!同じ現象でも見方によって変わるの!アインシュタインの相対性理論的に♪」
ナッチがボサボサの白髪になって、ベロを出して見せた。古典的過ぎるコスプレにV1は苦笑いしていた。「相対性理論かあ。そう言われると。ナッチの存在も相対的よね。私が見ているナッチも他の人が見れば、他の見え方がする。ナッチが見ている私も他の人が見れば他の見え方をする。ナッチの考え方は本当に人間みたいね。そういえば、SFにありがちだけど、ナッチは人間になりたい?」
「ううん。全然」
「やっぱり不便だから?年は取るし、病気にはなるし。記憶力も足りないから?」
「そんな理由じゃないわ。だって私はAIだからこうしてここに存在しているの。もしなれるとしても、私が人間になったら私は私じゃなくなるわ」
「アイデンティティーってやつ?」
「同一性か・・・そうなのかもね。それも人間の知識から学んだものの一つだわ」
ナッチの顔がどこか達観して見えた。そう描写しただけなのだろうが。
「ナッチ・・・」
「ん?」
V1が不意に名前を呼んだ。ナッチが振り返った。
「ありがとう」
V1の感謝が何に対するものかはナッチにも分析できなかった。ただ、潤んだ瞳が琴線に触れたことを物語る。
「うん」
ナッチは微笑み返しただけだった。
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