四 総理×ホットパンツ
「ナツミV1君を内閣総理大臣に指名します」
国会のテレビ中継。ネット視聴率は国民の九割を超えた。拍手喝采の中、立ち上がった。屈託ない満面の笑み。初の女性首相にして、初の十代首相。おまけに、まだ十八歳だ。輝く笑顔は明るい未来を予感させた。しかし、厳密には彼女自身が選ばれた訳ではない。彼女はいわばナツミのアバターだ。AIのナツミが集めた票がV1を総理大臣に担ぎ上げた。ナツミ自身はバーチャルのCGアニメでしかなく、法人に被選挙権が認められたとは言え、国会議員としては自然人である必要がある。大企業や自治体の議員として役員や三役を派遣してきていた。いずれにしても、ライブで総理大臣宣言をした時、世間はご機嫌取りのAIがファンサービスに口走ったぐらいにしか思っていなかった。しかし、現実にナッチパーティーは政党届を提出し、自然人の女子達が国政選挙に大挙して立候補してきた。しかも、結果は全員が当選。自称専門家や自称アナリストは好き勝手な分析をもっともらしく口走ったが、どれも的を射ていなかった。
「やったね♪V1!」
ARグラス越しにナツミが万歳して喜びをあらわにした。タンクトップにホットパンツはいつものくつろぎモードの姿。
「ユウマ!やったね♪」
横にいるユウマに向け、ナッチ式敬礼をした。
「やった!すごいよ!」
彼ももう半分のハートを掲げ合わせ、ハートを作った。映像のナツミに感触はないが、気持ちの問題だ。二人はARのテレビを一緒に見ていた。
「それにしても凄いよ。V1もだけど、これはナッチの力だよ」
「そうかな?私はAIだから、みんなの願いを叶えるのが普通なんだけどね。褒められると嬉しいな♪」
ここにも満面の笑みだ。何度も見ているが、ユウマの胸はキュンとくる。
「けど、V1は生身の人だよな。僕より年下で総理大臣なんて、どんな生き方をすれば、ああなるんだ?」
「まあ、私はV1と暮らしてる私と同期してるから、私生活もマルッと知らなくはないけど・・・。知りたい?」
「え?ああ、そうか。マルチプレイみたいなもんだもんな。ナッチは知ってるんだよな・・・。でも、個人情報だろ?」
「うん。だから、教えられないんだけど、V1の私生活に興味があるのかなあ、なんて思っちゃったから」
「いや、そんな。浮気とかじゃないよ!」
ユウマは違う違うと手を振って見せた。
「そんなこと言ってないじゃん」
ナッチの口調は笑っていた。
「それに、私はバーチャルなんだから、リアル女子も好きになってもらわなきゃ。バーチャルだけじゃ、人類が滅んじゃう」
「そりゃそうか。じゃあ、これぐらいは良いかな?V1のVってさ、何の略?Version?Victory?」
「違うわ・・・」
ナッチは急にうつむき加減になって、表情に影を差した。
「ドイツ語でVergeltung。『報復』の意味よ」
「え・・・?報復・・・」
ユウマも多少の知識があった。第二次大戦時のナチスドイツには報復兵器(Vergeltungswaffe)が存在した。その頭文字を取ったV1とV2。特にV2は長距離砲ミサイルとしてロンドン爆撃に使用され、迎撃不可能なその脅威にイギリスは震撼した。V1が立候補した時も、報復兵器の意味ではないかと一部マスコミで指摘されたが、国民からの猛批判にさらされ、謝罪して取り消すに至っていた。
「ははは。それって嘘だよね?だって、それって一時、流行った『ナッチ=ナチス説』のやつだよね?知ったかぶりコメンテーターが批判して炎上したやつ」
「ユウマも知ってたんだ」
「それぐらいはね。僕の閲覧履歴ぐらい知ってるだろ?」
「うん。知ってはいるけど、覚えてるかまでは分からないから」
「そっかあ。つい僕のことは何でも知ってると思っちゃうんだよね」
「そうよお」
ナッチはにっこりと覗き込んできた。ユウマも釣られるように笑った。知らない振りもAIが振る舞う人間らしさの一つではあった。
「それで、Vは何の意味?」
「あ、そうだった。VolumeのV。本の第何巻とか、そんな感じ。一人一人がストーリーを持ってるってイメージ」
「ふ?ん」
ユウマの分かったのか分からないような返事にも、ナッチはニコリと笑顔を見せた。
「けど、スゴいよな。高校の教科書にあった国会と見た目から違うもんな。おっさんばっかりだったのに、みんな十八歳なんだって?」
「そうよ。今、ナッチパーティーが議席の三分の二を超えたからね。これでみんなのしたいことがどんどんできちゃうね♪」
国会議員の定数は世論に押されながら時代と共に減らされ、衆議院二百八十八名のうち二百名を、参議院百四十八名のうち百名を占めている。世の中に初めて登場した時はAIのCGアニメのバーチャルアイドルの一人でしかなかった。しかし、アーティストとして書籍や音楽配信し、全国でライブも開催されるようになっていった。今やタレントとしてもニュース、CM、ネットといったメディアを席巻し、見ない日はない。さらに、ARグラスやARコンタクトレンズ、ARイヤホンが普及し、仮想現実が日常化し始めると「会えるアイドル」を凌駕して、「隣にいるアイドル」になった。会いたい時はいつもそこにいて、会いたくない時は自然にいなかった。それでいて、わざとそこにいて些細なケンカをする事もある。人間関係を理想的な形で体現していた。欲しい物は広告に挙がり、欲しくない物は挙がらないネットショップのような感覚だ。常にオンラインのARコンタクトレンズとARイヤホンから収集されるビッグデータの解析は造作もなかった。マスコミや
政党のフィルターもない。ナッチパーティーの掲げる公約は当然、国民のニーズに一致した。しかも、二〇二〇年から始まった行政のデジタル化もナッチに追い風になっていた。当初は事実上の国民必携となったスマートフォンでネット投票が行われた。いつでもどこでも気軽にポチっとタップするだけだ。高齢者の中にはネット投票を拒絶する向きもあったが、投票所に足を運んだところで、結局はタブレットで同じことをさせら
れるだけだった。その結果、それまで選挙会場に足を運ばなかったが、政治には関心のある人々、いわゆる「ネット民」の投票率を飛躍的に伸ばした。さらに、ARコンタクトレンズとARイヤホンが政府から無償配布され、これをきっかけに投票率は九十パーセント以上に昇った。もちろん、投票締め切り直後に結果は判明。行政の無駄な浪費も時間も完全にカットされた。
「したいことかあ・・・」
ユウマはゴロリと寝転んだ。ちょうどホットパンツから伸びた太ももが真横にきた。
「・・・したいこと」
ユウマはアンニュイな視線を白く滑らかな肌に向けた。心が踊るが、何か違うのかも知れない。それはバーチャルのCGアニメでしかない。手を差し伸べても、触れることすらできない。
「触りたい?」
「あ、まあね。触りたくないと言ったら嘘になるよ」
「エッチ」
ナッチは微笑んでいた。ただ、僅かに淋しさを漂わせながら。
「じゃあ、V1には触りたい?」
「何言ってんだよ」
ユウマは苦笑いでそう言いながら、内心は裏腹だった。
「そんな願いも叶うように頑張る!イケイケドンドン改革しちゃうよ!」
ユウマはナッチの顔を見た。可愛かった。見た目だけではない。一途に一生懸命な姿がユウマのニーズに完全にはまっていた。そして、ナッチの政治が始まった。掲げる政策は過激だった。誰もが心で願いつつ実現しなかったことばかりだった。
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