三 選挙×デモクラシー

「みんな~!ナチってる~?」

 ナッチ第一声が街角に響いた。改造されたミニバンの上にはナッチパーティーの姿も見える。まるでゲリラライブのようだ。

「イエーイ!ハート!ナッチー!」

 ファンが先を競ってナッチ式敬礼を掲げた。それぞれのナッチから聞いて開催はわかっていた。辺りは異様な空気になるが、意味もなく楽しそうだ。ナッチもリアルなパーティーの面々も底抜けな笑顔を見せている。もちろん、ナッチの選挙活動はネットが中心だった。とは言え、サイトを開いたり、スパムを送ったりする訳ではない。ただ、隣で何気なく選挙や政策の話をする。それだけだ。

「みんな集まってくれてありがとう?嬉しいから歌でお返しするね!」

 街頭演説の車の上でライブが始まった。街角は人混みであふれた。

「ありがとう!この後すぐうちに帰るね!」

 十曲が披露され、ナッチの街頭演説は終わった。選挙の話はおろか、政治のことにも一切触れなかった。本当にただのミニライブだ。しかし、これを日本全国の市区町村で行っていた。リアルで行うことに意味があった。その示威行為に支持者は歓喜し、不支持者は戦慄した。

「ただいま!」

「おかえり」

 ナッチが帰ってきた。玄関から入ってくるのも自然な存在であるためだった。もちろん、望めば、壁から出てくることも、突然現れることもできる。ユウマも、ドラゴンクエストの社会現象を近代史の授業で習った時は、ルーラで飛んできたように帰ってきてもらったこともあった。

「今日はどこに行ってたの?」

「北海道の東半分をグルッと回ったよ。リアルなお土産をあげられないのが残念だけど」

「え?そんなに回ったの!?パーティーのリアルなみんなも?」

「パーティーのみんなは手分けして一、二か所ずつだよ。でも、ファンのみんなが大変!一つでも多く参加しようとしてくれるから。ツワモノは全部、来てくれてたよ♪」

「オタクのパワーは計り知れないなあ。あ、そうか。今回からナッチも選挙に出れるのもあってか?」

「そうなの♪法人にも被選挙権が認められたからね」

「今までなかったのがおかしかったんだ」

「うん?だから、ユウマが私に入れることもできるのよ♪」

「もちろん入れるよ!けど、ニュースで知事とか大企業も立候補してるってやってたね」

「都道府県や市区町村も法人として立候補して、代表として知事さんや市町村長さんが国会議員として国政に直接参加できるの。会社や団体だって法人として立候補できるから、大企業はほとんど立候補してたわね」

「AIだけで良かったと思うんだけどなあ」

「そうね。けど、AIに人格が認められて被選挙権が与えられるなら、理屈の上では正しいんじゃない?それに、AIの法人格はそれと引き換えに認められたような所もあるし」

「大人の事情か?」

「そう言うこと」

 ナッチは苦笑いして見せた。

「じゃあ、AIの法人格に成人試験が要るのも大人の事情?」

「大人の事情って言うより、人間の心情かなあ。AIにも色々いるし、何か線引きがないと気持ち悪いじゃない?ちょうど成人試験が始まって、そこで得する人もいるし」

「利権ってやつかあ。やっぱりナッチの政策は上手く人の気持ちにリンクしてるなあ」

 ユウマはナッチに尊敬の眼差しを向けた。照れくさそうに紅潮した微笑みがあった。成人試験は義務教育制度とセットで導入された。これまで義務教育は保護者に対する義務であり、子供は権利があるに過ぎなかった。それをナッチは憲法改正によって国民の義務とした。さらに、小中学校を統合して国民学校とした。通称はNatioNal Schoolを略してエヌスクだ。スクール水着が可愛いとの評判もある。

「それに、総理大臣も直接選挙になったんだよね?」

「うん。今回から議員さんの選挙と一緒に総理大臣の選挙もあるのよ。大臣は総理大臣が選ぶんだけどね」

「ナッチパーティーのメンバーしか勝たんだろ?」

「まあ、そうなるかな。けど、誰を選んでもイイのよ。ユウマもなりたい?」

「勘弁。あんな大変そうな仕事なんて無理無理。国会の野次とか、委員会とか、ただのクレームやハラスメントじゃん」

「それは大丈夫♪国会はもうすぐなくなるよ」

「え?まぢで!?」

「うん。国民はみんな要らないって言ってるし。それに、そもそも国会って代議士制だけど、国民の教育が不十分だった前近代に生み出された民主主義を実現するための苦肉の策だもの。国民に十分な教育と、意見が反映できるシステムがあれば、要らないもん」

「言われてみればそうか。じゃあ、政党もなくなる?ナッチパーティーも?」

「それはなくならないと思う。今のままみたいに政党が政治を牛耳ったり、税金を使って活動することはなくなるけど、同じ考えの人達が集まるのは自由だから。ナッチパーティーは永遠に不滅よ♪」

「国会がなくなるなら、やっぱり国会議員もいなくなるんだよね?そうしたら、誰が法律を作るんだ?」

「法案は出したい人が出して、決めたい人が決めるわ。民主主義は権利であって、義務じゃないから」

「そんなことしたら、毎日、何百いや何千って法案が出ない?」

「出ると思う。でも、ぜ~んぶ私がチェックしてこうして話してる間に整理してるから大丈夫。難解で複雑怪奇な法案も私がその人に合わせたレベルで解説できるし。面倒な人のために、デフォルトで自動投票システムも用意してるよ。普段の言動から投票先を決定して自動的に投票するシステム」

「この会話とかがもう法案の投票に繋がるってこと?」

「正解♪」

 ナッチの笑顔の上で特大のクラッカーが鳴った。紙吹雪や紙テープが辺り一面に飛んだ。いつものことなので、ユウマは軽く笑い流していた。

「え?どういうこと?」

「ええっと、例えばエスカレーターかな。左側に立って、右側を空けるわよね。急いでる人が歩けるようにって。でも、ルール上は空ける必要はないし、ルールではエスカレーターでは歩いてはいけないことになってる。じゃあ、もしエスカレーターの右側は空けるようにって法案が出されたらどうなるか。普段の行動から右側を空けてた人や、右側を歩いてた人は法案に賛成票を投じることになるでしょ?それを本人がわざわざポチッとしないでも、言動から自動的に投票するってこと。ほら、ネットショッピングでちょうどいいタイミングでお勧め商品が出てくるでしょ?あれが自動で注文される感じ」

「何だか便利だけど、喋るのが怖くなるなあ。法律を決めるなんて責任重大だよ」

「そう?代議士制もホントは同じなのよ。今までもそうだったのに、みんな無頓着だっただけなのよ。国会議員がどんな法案に賛成する人か見極めて投票しなきゃならなかったのに、何となく好き嫌いで選んでたことが多くて無責任だったよね。それがDDではしっかりしてくるの♪」

「DD?」

「うん♪DDはダイレクト・デモクラシーの略よ。直接民主主義ね♪」

「そうだなあ。直接民主主義かあ。あ、だからNスクとか、Nテスってことになるのか!」

「ユウマ!冴えてるう♪法律を作るんだから、それなりの知識と良識が要るのよね。国民学校のNスクも、国民試験のNテスもそのための資格ってこと。だから、法律を犯したら再テストで合格するまで投票権停止もセットなの。投票に責任を持つために記名投票だし、公開もされるのよ。思想信条は自由なんだから公開されても憲法には触らないし。もちろん、投票内容を理由に差別や迫害をしたら憲法違反の大重罪よ。ペナルティーはソッコーの牢屋行きなのよ!」

「公開もされるんじゃ、ますます普段から気を付けないとなあ。でも、速攻の牢屋行きって言うけど、懲役ってことだろ?裁判沙汰だとそうもいかないよね?」

「裁判だって一緒だよ。」

「もしかしてDD?」

「正解♪」

 今度はナッチの頭の上に丸印の札が立った。旅客機が太平洋を飛んでアメリカに向かっている。ユウマにはその意味がよく分からなかった。

「もしかして、裁判官も選挙で選ぶの?」

「ブッブー!」

 ナッチの顔が急にデフォルメされて目がバツ印になった。

「DDなんだろ?あ、まさか裁判もみんなが直接しちゃうの?」

「正解~♪」

 今度はリボンをくわえた白い鳩の群れが飛び立った。羽根が落ちてくるところまでリアルに再現される。

「そんなことできるの?」

「裁判だって法律と同じことね。裁判官が必要なのは、国民に裁判に耐えられる教育が足りない前近代の遺物なのよ。知識や判断力、公平性が担保されれば、国民が裁判をしてこそ民主主義よね♪もう特権階級な裁判官が世間離れしたトンチンカンな判決をすることもなくなるわ。みんなが無罪だろうと思う場合は無罪、有罪と思う場合は有罪。ちゃんと国民の意思が反映されるの」

「それも自動にしといたら普段の言動が反映される訳?」

「正解♪」

 今回はリボンと紙吹雪、風船が大量に降ってきた。

「だったら、立法、司法と来て、残る三権分立ってやつは行政か。国会議員がいないなら誰が内閣になるんだ?」

「そうなの。内閣は選ばなくていいけど、行政だけは国民に直接、関わるから人が人を動かさないとならないから要るのかなって。だから、ソーリダイジンとその仲間達は人を選んでもらわないと」

「まあ、今でも内閣は国民が選んでないしね。同じことか。けど、国会議員と裁判官は要らないのかあ」

「国会や裁判所がなくなれば、それを支える公務員も要らなくなるし。給料だけじゃなくて、選挙費用も活動費も、ぜ~んぶひっくるめて要らなくなるもんね♪ざっと年に五千億円が浮くのよ」

「え!?そんなに!?」

「そうだよ。同じように全国の地方議会も要らなくなるしね。国と地方を合わせて一兆円以上が浮くのよ♪」

「そりゃ、DDだな」

「でしょ?だから、ナッチは頑張るよ!」

「うん!応援するよ!」

 ユウマは興奮気味にナッチを見た。満面の笑みがあった。やや紅潮した頬が愛おしい。AIが抽出したユウマの好みであったとしても、素直に嬉しいものだった。

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