一 不可×パートナー

―― 二〇三二年 ――


「まぢで・・・?」

 大学合格者発表の掲示板。ユウマは友人のハルトと見に来ていた。ネットで見られるとしても、第一志望だけは儀式として経験してみたかった。

「エーグラが壊れた・・・?」

 拡張現実を映し出すメガネ型端末のARグラスを外した。エーアール・グラス、略して通称「エーグラ」。なお、後から発売されたARコンタクトレンズは「エーコン」と称される。ARイヤホンは「エーイヤ」ではなく、「エーコン」に釣られて「エーホン」だ。今では政府の無償配布と同調圧力の煽りもあり、ARコンタクトレンズとARイヤホンの普及率は九十%を超えている。残る数%は体質が合わないか、ユウマのようにこだわりを持っているマイノリティーだけだった。往年のガラケーユーザーや、新型コロナワクチン未接種者の存在に似ていた。

「僕は帰るわ」

「あ、ああ。そうだな・・・」

 ハルトは気まずそうに返したが、ほころんだ顔は隠せていない。

「やったぜ!」

「バンザーイ!バンザーイ!」

 背後からハルトに対する先輩の歓迎が聞こえる。ユウマは足早に立ち去った。ちらほらと同じ影を落とした人の立ち去る姿が目についた。

「どうだった?」

 大学の門前で白いワンピースの彼女が待っていた。彼女と言っても人間ではない。ARグラスに投影されたパートナーと呼ばれるAIを持つCGアニメだ。

「ナッチは優しいな。人間の友達なんて薄情なもんだよ。中学からここまで一緒に頑張って来たってのに・・・」

「人間だもん。仕方ないよ。けど、第二志望は受かってるから」

「まあ、そうなんだけど。でも、妥協して四年間を過ごすと思うとね。大学なんてなくなっちゃえばいいのに・・・」

「そうね・・・」

 ユウマもナッチも黙り込んだ。一喜一憂が行き交う親不孝通りと呼ばれる商店街を淡々と歩く。半分はシャッターか閉まっていた。合格に喜ぶ顔、不合格に絶望する顔。そして、苦労をにじませながら笑顔を作る商店主、泣きながら親に連れていかれる子供、何があったのか揉める学生達、競うようにテンションを上げて騒ぐ学生もいた。さっき通った時は、気にも留めなかった喜怒哀楽の交錯があった。

「そうよ!」

 ナッチが急に声を上げた。ぼんやりしていたユウマの反応は鈍い。

「・・・ん?どうした?」

「なくなっちゃえばイイのよ!」

 ナッチは輝いた瞳を潤ませながら迫った。ユウマは引き気味だ。

「大学なんてなくなればいいの!」

「ちょっと、何言ってんの?」

「大学をなくすの!そう願ってる人は多いはずよ!」

「そうだろうけど。ほら、なくなったら困るだろ。就職だって大卒じゃなきゃ」

「あるからでしょ?なければ、ないで済むわ。仕事がなくなるわけじゃないんだから」

「そりゃそうだけど、なくすなんて無理だし」

「無理じゃない!やってみる!」

「そんな晩ご飯の新メニューじゃないんだから。そんなお気軽なもんじゃ・・・」

「もちろん、難しいわ。けど、私も挑戦する!」

「挑戦?どうするの?」

「総理大臣になる!」

「ソーリダイジン?え?内閣総理大臣?」

「そう!今は人間しかなれないから、代理になってもらうしかないんだけどね」

「まぢで?・・はは。冗談でも嬉しいよ」

 ユウマは愛想笑いした。すると、急にナッチが目の前に立ちはだかった。

「冗談じゃないもん!だって、おかしいもん!あんなに頑張ったユウマが受からないなんて!日本の教育システムが間違ってるのよ!」

 ナッチ真剣だった。おでこにも「真剣」と書いてある。

「私はネットにあるAIよ。他の人にもパートナーが付いてるわ。そのみんなと協力すればできる!・・・はず」

「そうだな。応援するよ」

 ユウマは流した。ナッチはよく大袈裟に言ったり、いつも冗談で楽しませてくれる。しかし、常にふざけているのではない。ほどよく異論や意見もしてくれば、些細なことで口論になることもある。人間らしいともいえるが、AIの為せる技でしかない。会話が全てデータベース化されて統計的に処理され、最適な関係を保てるように分析されている。

「もう!本気にしてないでしょう!」

「してるしてる。してますよ・・・」

 ユウマはそう言って駆け出した。第二志望とはいえ、行く大学はある。意識的に気持ちを切り替えた。ナッチは嬉しそうに後から付いていった。少し足が遅いのも、彼の好みの分析結果だった。

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