第2話(回想シーン)

 ──それは俺達が三年生に進級した頃だった。


 偶々帰り道に紫晞と会った時だ。紫晞と俺の家は隣同士な訳で正直こういうことはよくある。なので平然としながら、当たり前のように隣同士を歩きながら自宅を目指す。



「ねえ、冬稀」


 大して話題のない俺達だが、その日は珍しく紫晞が話を持ち出した。


「ん?」


「私さ、結構美人だよね」


「ん? いきなりどした? まあ、そうだな。そこらにいる奴らよりは全然美人だな」


 実際、紫晞は本当に隔絶の美人だ。美人という言葉で済ましたくないほどに。


 長い脚に黒髪のロング。顔の鼻筋、目、骨格、どれをとっても自信満々に完璧だと言える。しかも学年一位を誇る頭脳に、部活で全国出場するくらいの成績を備えた脅威の文武両道なのだ。


 学校の高嶺の花と呼ばれる紫晞はその美貌を目の当たりにした男子を虜にする。俺もその被害にあっていたくらいだ。


 しかも紫晞にはその完璧な美貌だけではなく、多くの男子達までも虜にさせるだけのギャップを有していた。いわゆるギャップ萌えというやつだ。


 紫晞は運動神経抜群で何でもこなせる活発な女の子の見えたのならそれは大きな間違いだ。そう、紫晞はそこまで活発な女の子ではなく、怠そうな目をし特にしたい事もなさそうな口数の少ない女の子なのだ。自己主張もせず、自分が出来る女だという事も自慢しない、それは誰もが想いを寄せてしまう性格を紫晞はしていた。


 男子達が理想する女子が目の前に現れたらそれはもうたまらんだろう。


 そして俺はその紫晞から「私美人だよね」という言葉を投げかけられたのだ。あの自分が美人だとわかっていないと思われていた紫晞の口から……。


 俺の鼓動の脈が少し速くなるが、そこは幼馴染精神で平静を装う。


「私さ、こう見えてかなりの頻度で男子に告白されるの」


 こう見えてって俺がどうみてると思ってるんだよ、と思いながらそこはスルーする。


 男子からかなりの頻度で告白されているのは知っていた。俺が紫晞の幼馴染という立場からか、そこらにいる男子からよくそういう話を持ちかけられていたのだ。


 ここは適当に誤魔化してやればいい。


「良かったじゃん。それだけ紫晞がかわいい証拠だよ」


「む、な、なによ……はぐらかさないで。そうじゃないの、私困っているのよ」


 困る?あの紫晞から困るという言葉はあまり聞いたことがない。そして紫晞は嘘を吐かない。


「ん?それは告白でってことか?」


「そうよ、大して話したこともない男子が言い寄って来てすごく困ってるの。冬稀だから言うけどかなり不愉快なの」


 ほうほう、俺が信頼されてる証拠だな。


「その話だが、俺に言われてもどうすることもできないぞ」


「うん、そういうと思った」


 何だと!? 未来予知能力でも持ってるのか!?


 そしてわかっていたなら言うな、そんな話。結構聞きづらいぞ俺的には。


「だから私がその解決策を考えてきたの」


 ふむ、それならばいけるか。紫晞は無理な事とか言わないタイプだし。


「ふーん、どんな?」


 紫晞は俺に息がかかるくらいに顔を近付ける。


 ここまで近寄られたのは小学生以来か、不可抗力で俺の鼓動が高鳴る。これはヤバい、と一瞬で危険を察知する……が体が動かない。


 遂に紫晞はその言葉を発する。


「冬稀、私の彼氏になって」


 思考の停止。それは一瞬の時間俺の意識を奪った。


 紫晞の耳が赤いような気がする。


 世界が止まったような気がした。


 少しの間が空き、遂に俺の口から言葉が出る。


「……は?」


 出た言葉はそれだけ。


「だから私の彼氏になって」


 大して期待もしていなかったその言葉。いや、少しは期待していたかも。確かに俺は朝霧紫晞の事が好きだ。だがそれは友達として、家族として的な意味だったような気がする。いや家族は違うか。


「う、うむ。ちょっと待て。近い」


「え……あ、ご、ごめん!!」


 紫晞は顔を赤くさせ、咄嗟に身を引く。視線をキョロキョロと転がせてから、少し上目遣いで俺の方を見てくる。


「少し考えさせてくれ」


「え?」


 何だその「え?」は。俺が直ぐに応えるとでも思っていたのか、わからない。紫晞が何を言いたいのかわからない。


 一旦整理しよう。


 まず紫晞は俺の事が好きで告白してきたのか。そんなはずはない。大して顔が良いわけでもない俺に紫晞が恋心を抱くなんて事は無いはずだ。


 それと先程の話の流れから、紫晞は男子の告白が面倒なだけで、俺と付き合えば告白が無くなるんじゃないかと仮定してのことだろう。


 いやそうだ。それしかない。完璧の人が並の人を好きになるわけがない。


 それとそもそも俺はこの告白を受けとれない。


 俺には……もう既に……


「……ごめん」


「……そっか。そんなに真剣に考えてくれるんだ、冬稀は……」


 紫晞は一瞬表情が暗くなるも、すぐにいつもは見せない満面の笑みを浮かべる。


「ふふ、ありがとう。でも私が言いたいのはそういう事じゃ無いの」


「へ?」


 どういうことだ? 何か俺は勘違いしてたのか? 勘違いしてたら一生の黒歴史になるぞ!?


「私が言いたいのは、冬稀に私の彼氏を名乗って欲しかっただけなの。いわばカップルってやつ?」


「に、偽のカップル?」


「そう、偽のカップル。だから誰がどう思おうとも私達は本当の彼氏彼女の関係じゃない」


 偽のカップル……。なんて俺は勘違いしていたのだ……。うぅ、恥ずい。


 だが偽のカップルも悪く無いな。


「そうか……肩書きだけって事か。それならば不用意に紫晞に近づく奴も減るはずだしな」


「そうなの。ただ私は知らない男子達に告白されるのが嫌なだけ、だから冬稀にもう彼氏を名乗らせよう! て思いついたの。どう? 引き受ける?」


 そ、それならば……いいか……。


 紫晞の為になるし、大して俺に影響もなさそうだし。それに俺はまだあの子とのチャンスも……。


「うん、そうだな。紫晞の役に立つならいいぞ!」


「うん、ありがとう。じゃあ今日から君は私の偽の彼氏だね! よろしく」


「なんか、変な感じだな……けどまあ、よろしく」


 ふむ、この関係もなかなか悪く無いな。


「冬稀」


「ん?」


「さっきの話だけど」


「ああ、どうした?」


「何で私の告白を断ったの?」


 そこ突くか!? どう言ったら良いんだよ……俺に好きな人がいるなんてまだ紫晞には……


「どうしたの? そんなに焦って」


 ああこれはヤバい。素直に言った方がまだ安全か。もうどうなっても知らない!!


「紫晞、落ち着いて聞けよ?」


「うん」


「俺にはな、ちょっと一昨年くらいから気になってる子がいてだな……」


「うんうん、それで?」

 紫晞は笑顔でそう言うが、目が笑ってない。


「あー、ちょっと部活の後輩の女子がちょっとね」


「うんうん、もしかして瀬田紗香せださやかさん?」


「え!? 何で知ってるの!?」


「ふ〜ん、まあ勘づいてはいたんだけどね〜。冬稀の事なら何でも知ってるからね」


 マジかよ。ヤベェな幼馴染って……。


「あの子どうなんだろ。まあ並の人間よりは可愛い子だよね」


 な、並のってなんだよ。


「紗香さん私よりは可愛く無いけどね〜」


 なんて言えば良いんだよ! クソ、これは走って帰るしか──


「私じゃダメだったんだ……」


 小さな声でハッキリと。


「え、」


「ん?どうしたの?」


「今なんて──」


「何も言ってないよ? 幻聴じゃない?」


「いや、さっき──」


「うるさいなぁ、私喋るの苦手なの。そろそろ黙って」


 何だと? それじゃ俺はこれから何か思い違いをして生きていかなければいけないのか!? おいおい、さっきの台詞はどういう意味だったんだよ!!

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