その三「深山模型店ブラックアウト」

「私が花を育てているのって、やっぱ意外でした?」


 舞羽はきすかがカウンターに戻ってくるなりそう言った。


やぶから棒になんなのだわ?」

「別にいいんですけどねー。でも『意外なのだわ』って顔に出てましたよ」

「いやまあ……そうなんだけど」

「いいんですけどねー」


 観念して認めたきすかに、舞羽は唇を尖らせた。もっとも、それほど気にしてはないらしく、目は笑っていた。表情を緩めた舞羽と向き合って、きすかはひそかに安堵する。


「さっきも言いましたけど出窓で育てているので。きすかさん、何度か見ているはずですよ」

「ああうん、見たことがあるような気がする。あと、紫と白の花も見たような……」

「インパチェンスです。あっちは乾燥が苦手なのと土台から動かせるようにしてないので、運ぶのがちょっと大変なんです」

「土台って?」

「去年使っていた大きめのプランターです。今年はそれを流用して鉢植えの台にしてます。鉢植えなら種類を増やせそうだったので、初心者向けの花を探したらゼフィランサスを見つけて……試してみたら上手くいきました」

「あ、なんかイメージが合致したわ」

「はい?」


 〝土台〟や〝流用〟という言葉を舞羽が口にすると、園芸の話をしているのに模型の話をしているように聞こえる。しかしそれこそが、きすかがよく知っている普段の舞羽だった。


「じつは、月下美人も育ててみたかったんですけど……」

「サボテンの花ね。新月の夜に数時間だけしか花が咲かないっていうやつでしょ?」

「俗説と創作が交じってる……。たしかに、夜から朝にかけて数時間だけしか咲きませんけど、月の満ち欠けは関係ないです」


 舞羽は苦笑してそう答えた。


「挑戦してみないの? 見てみたいな」

「室内で育てることになるから、作業場との兼ね合いが……」

「そこは模型を取るのね」


 今度はきすかが苦笑する番だった。


「それもありますけど、制約が多いだけじゃなくて、難易度も高いから私にはまだ無理かなって。ところで——」


 舞羽はきすかの方を向き、あらためて切り出した。


「本当はなんの用があったのか思い出せました?」

「あー……」


 きすかは腕組みをしてうなった。

 そう、彼女がこの時間帯に深山模型店にいるのは、店主の源三朗に用事を頼まれていたからだった。昨夜、祖父がきすかに何を頼んだのか。居合わせていなかった舞羽は知らない。


「源三朗さんに『明日は舞羽一人なので、気がつくところがあったら手を貸してやってください』って言われたのは覚えてる」

「私が知りたいのはその前の部分です」


 深く追求したいところだが、なりゆきで店を手伝わせることになったため、強くは言えない。

 しばらく考え込んでいたものの、結局きすかは首を左右に振った。


「ごめん。本気でど忘れして出てこないのだわ」

「いっそお祖父ちゃんに連絡して聞いてみます?」


 舞羽が携帯電話を取り出したとき、



 店内の照明が消えた。



 一瞬何が起きたのかわからず、二人とも意味のない声を漏らしていた。

 照明が消えても真っ暗にはならない。深山模型店は前面がほぼガラス張りなので、傾きはじめた陽の光が射し込んできている。

 カウンターの周囲には、陰を落とすものがないことも関係しているだろう。

 そのことが二人の状況把握を遅らせたのだった。

 天井ではなく、顔を見合わせてはじめて、


「停電?」


 舞羽の口からその言葉が出た。

 しかしショックから立ち直るのは、きすかの方が早かった。無言で周囲を見渡して、レジカウンター内にあるパソコンのディスプレイを注視する。


「んー、舞羽ちゃん、レジ見てみて」

「え? はい……って、電源来てますね」

「やっぱりか」


 そうつぶやいて、きすかはカウンターの外に出た。自動ドアの方へ歩きながら、


「照明が落ちたから非常灯は点いてる。でもPCとレジの電源は確保されているということは……」


 きすかはそのまま歩いていく。自動ドアは開かないことを確認すると、くるっとターンして立ち止まる。舞羽は壁にある照明のスイッチに視線を走らせたが、どれも点灯位置のままだった。どういうことなのか、ちょっと頭が付いていかない。

 ブレーカー?

 違う。それなら一階全部の電源が落ちる。

 それに、PCとレジスターが落ちていないということは、電源を引いている隣の作業部屋は停電していない証拠だ。

 どういう状態なんだろう?


 と、そこまで考えたとき、きすかが駆け足で戻ってきた。

 舞羽の正面に回り込むと、勢いののままカウンターに身を乗り出して言う。


「思い出したのだわ!」

「え、なに?」

「だから、前半部分。今日、なんの用で来たかっていうとこ」


 舞羽は頭の中を整理しつつ、ひとまずうなずいてきすかの言葉を待った。


「源三朗さんから、たまに照明がちらつくことがあるから一階の配電盤を見て欲しいって頼まれていたんだった!」

「ああ、お店の電源って太陽光メインで発電状況に合わせて切り替わる変わった仕様だから、配電盤もきすかさんに組んでもらったんでしたね。それで、最近なんか調子がおかしいと思ったお祖父ちゃんは、メンテを頼んだと」


 きすかは得たりとばかりにうなずく。


「じゃあ、もしかすると停電しているのはお店の部分だけで、その原因が配電盤にあるんじゃないかってことですね?」

「実物を見てみないとわからないけど、たぶんそう。本当なら開店前に来て、チェックするつもりだったのがうっかり寝過ごしたのだわ」

「開店中に照明落とすわけにいかないですからね」

「あと、全部の電源を落とす必要があるかもだし」

「ですよねー」


 そう間の抜けた相槌を打った直後、舞羽はきすかの両肩をがっしり掴むと、客がいないのをいいことに店の外まで響くような声でまくし立てた。


「ですよねー、で済ませるわけがないでしょが! きすかさん、それって超々々弩級に重要な用事じゃないですか! 寝過ごしたのは仕方ないにしても、どうしていまのいままで忘れているんですゅ!」


 がっくんがっくんと揺さぶられながら、きすかは「あわてて早口になると舞羽ちゃんちょっと噛みがちなるのよね」と益体やくたいもないことを思った。

 揺れる視界の中で壁時計を探す。

 午後四時二十三分だった。



     ◇  ◆  ◇




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