旧 第18-怪談と先輩-

 ――――ガタガタガタ…ゴロゴロ

 風で扉が軋む音と雷の音が、小さな小屋の中いっぱいに響き渡る。

 「神白先輩!麗華!――外、雨と風が凄いよ!」

 「言われなくてもわかってるわよ!…何なのよ…もう…」

 十数分前までは晴れていたのが嘘のように、外の天候は荒れていた。

 今俺たち3人は、天気が悪くなってきたので、偶々たまたま見つけた山小屋に避難して雨が止むのを待っている。

 なぜ、こんな状況になっているのかというと――


 ――――数時間前 病院

 病院に着くと、先輩は急いで2人の病室に向かっていった。

 「美緒、雪音!!」

 病室に入ると先輩は2人の名前を呼ぶ。

 「お、葵!わざわざ来てくれたんだ!――てか、病院なんだからもう少し静かに」

 「うふふ、あおちゃんは相変わらず元気だね」

 お見舞いに来た先輩を見て、2人も嬉しそうに笑っている。

 「じゃあ先輩、俺は少し先生の所に行ってくるので」

 「はーい♪」

 先輩にそう伝えると、俺は2人の容態を聞きに先生の所に向かった。


 「傷も殆ど塞がっているし、若いから回復も早いですね。これなら夏休み明けには普通に登校できるでしょう」

 「それなら良かったです。…メンタルの方も大丈夫そうでしょうか?」

 2人は信頼していたパートナーに襲われている。…多少でも精神き傷がついてる可能性はあるだろう…。

 「それも大丈夫そうですよ。後任の方が毎日来られて話をしていましたからね」

 「なら良かったです」

 俺は、先生と一通り話が終わると先輩のいる2人の病室に向かった。


 「えー!葵、そんな凄い式神と武器手に入れてたの!」

 「でも、あおちゃんも色々危ない目にあってたんだね…無事でよかったよ」

 「えへへ、まあね…」

 病室では、先輩が最近の出来事を話していたらしくとても盛り上がっていた。

 「先輩、そろそろ時間ですよ!」

 「あ、そっか!お昼になるもんね――2人ともまた来るね!それから神白先輩、少しだけ待ってて!」

 先輩は2人に挨拶を済ませると、廊下の角を曲がっていった。

 「…どこ行くんだ先輩?」

 「あーそっちはほら、お花畑だよ」

 揶揄うように美緒がそう言う。

 「もー美緒ちゃん!先輩もですよ!」

 いまいち理解できてないまま、何故か雪音に怒られた。


 少しして先輩が戻ってきたが、何故か目元が赤い。

 「え、先輩!?どうしたんですかその目!」

 「実は…さっきトイレに行ったら…」

 半泣きの先輩の説明によると、トイレの近くの44号室のおばあちゃんに話しかけられたらしい。

 そして、そのおばあちゃんから言われた話が「先に亡くなった爺さんが教えてくれた、シノさんという山にあるレイカイタケという茸が欲しいのだけどもう自分で取りに行くことも叶わない…」という内容だったらしい。

 その話を聞いた先輩は、泣きながらお爺さんとの思い出の茸を取ってくると約束してしまったそうだ。

 「なんでそんな約束を…」

 「だって…お婆ちゃんが可哀想で…」

 優しい先輩には、亡くなったおじいさんとの思い出話が相当響いたのだろう。

 「はぁ…。約束しちゃった以上探すしかないですね。――でもシノ山なんて聞いたことないけど」

 

 何か知らないか、話を聞いていた2人の方を向くが首を横に振っている。

 俺達が困っているとポケットの携帯が鳴りだした。確認すると麗華さんからだ。

 「麗華さんなら何か知ってるかも」

 ついでに聞いてみようと電話に出ると、麗華さんがすぐに答える。

 「シノ山について、お父様に聞いてみましたわよ!」

 「……え」

 「ですから、シノ山に行くのでしょう?今わたくしもお父様に頼んで向かってますのでもう少し病院にいてくださいまし」

 「ちょっと待ってください。…なんで知ってるんですか?」

 「そんなの愛が――」

 「そうじゃなくて真面目に」

 「ふふ、わたくしが用事で行けない間に、大好きな悠紀君に何も無いように朝盗聴器を付けましたの」

 そう言われると、朝麗華さんがやたらと埃を払うと言って服に触っていたような…


 「もうすぐ着きますわ!――悠紀君…わたくしの愛…喜んでくれまして?」

 「単純に怖いです」

 こうして、最近益々暴走気味な麗華さんと合流した俺達は、麗華さんが調べてくれたシノ山に向かった。

 緑生い茂るその山の山頂でレイカイタケを見つけ今に至る。


――――現在 山小屋

 「まだ16時くらいだって言うのに、真夜中みたいにくらいですね…」

 幸い小屋には決して明るいとは言えないが小さなランプもあったし、食料も少しあった。

 「うぅ…どうして…こんなことに…」

 「麗華さっきから大丈夫?」

 小屋の隅で、麗華さんはぶつぶつ言いながら震えている。


 「もしかして、怖いんですか?」

 「そ、そんな事は!…なくもないけど…」

 「あはは、麗華可愛い♪」

 「貴方のせいでこんな目に合ってるんでしょ!――笑うな!!」

 揶揄う先輩をよそに、麗華さんは相変わらず震えている。

 「本当に大丈夫ですか?」

 「え、えぇ、大丈夫よ悠紀君…」

 「そうだ!神白先輩、麗華の為になんか面白い話してあげたら?」

 先輩は、揶揄ったことに少し反省をしてる様子で俺にそう言ってきた。


 「面白い話ですか…。そういえば、去年体験した不思議な話ならこの雨で思い出しました…」

 「何それ面白そう!!聞きたい!!」

 「そうですか…では――あれは…去年の夏、ちょうど今頃――――」


 ――――去年の夏 学園内

 俺がパートナーを組んでた黄瀬先輩は、毎日決まった時間に学園の見回りをしていた。

 時間は早朝6時と放課後18時、それから夜22時頃…1年間で遅刻したこともなかった。あの日以外は…。


 その日は、今みたいに雨と風が酷く、正直22時の見回りの時間には生徒は1人も外を歩いていなかった。

 それでも真面目な黄瀬先輩が見回りをサボる筈もなく、放課後の見回りの時に夜も見回りをすることを伝えられた。

 5分前にいつもの場所に行くと、まだ黄瀬先輩の姿はなかった。

 「あれ、いつもは俺より早く来てるのに…」

 少し違和感を感じながらも、雨も酷いし遅れてるのかもしれないと俺はそこで待った。

 10分、20分、30分…約束の時間を過ぎても黄瀬先輩は現れなかった。


 「なんかあったのかな…。流石に雨も酷いし帰ろうかな…」

 俺がそう思って歩き出した時、後ろから呼び止める声がした。

 「どこに行く…」

 驚いて振り向いたら、そこには黄瀬先輩が立っていた。

 (さっきまで全然姿が見えなかったのに…)

 そう思ったけど、夜で暗いところに大雨で視界は最悪、きっと気がつかなかったんだろうと自分を納得させる。

 「いや、先輩が遅いので帰ろうかなって…。何かあったんですか?」

 「……何もない。行くぞ」

 先輩は俺の問いに対して、それだけ言うと俺の前を歩いていった。

 「あ、ま、待ってくださいよ先輩!」

 俺も急いで先輩の後追いかけた。

 

 見回りをしていても、やはり生徒の姿は見当たらなかった。

 正直、大雨の中で暗い学園の見回りは少し怖い雰囲気があった。

 いつもは明るい黄瀬先輩も、何故か今日はずっと黙っている。

 「…先輩、誰もいませんし少し早めに切り上げませんか?」

 「……」

 「だ、ダメですよねサボりは…」

 「……」

 (何だろう、黄瀬先輩なんか怒ってるのか?)

 俺がそんな事を考えていると、目の前で立ち止まっていた先輩に気がつかないでぶつかった。

 「あ、すいません。気がつかなくて…」

 俺が謝ると、先輩は何も言わずに校舎を指さした。


 「……?」

 俺は指の先にある校舎に視線をやる。

 校舎の中で何かが動くのが見えた。

 「…!先輩、あれって」

 「……生徒だ」

 黄瀬先輩はそれだけ言ってまた歩き始めた。

 「生徒って…」

 チラッと見ただけだが、不規則に動きグニャグニャとしていたアレは人間だとは思えなかった。

 しかし学園内に魔獣がいればすぐにセンサーでわかるはず。

 そんな事を考えていると、後ろから足音がすることに気がついた。

 ――――コツ、コツ、コツ

 ヒールだろうか?高い足音が雨音の中でも響く。

 しかし、学園の生徒がヒールで学内を歩くはずもない。

 不審に思って俺は振り返る。

 

 誰もいない…。

 ――――コツコツ、コツコツ

 しかし足音はさっきより早く、そして近づいていた。

 周りを見渡し足音の正体を探す。

 ――――コツ…コツ

 足音が目の前に止まってようやく気がついた。

 ヒールを履いた足首までしかない何かが目の前にいることに。

 「うわぁー!!」

 俺は思わず振り返り走り出そうとすると何かにぶつかった。

 黄瀬先輩だ。

 

 「先輩!!アレ…」

 俺がそう言ってヒールの何かを指さす。

 「……」

 返事がない。

 「先輩、聞いてるんですか――」

 そう言って見た黄瀬先輩の顔は、腐ったように変色し今にも崩れそうだ。

 「うぅ…――――」

 そこで俺は気を失って、次に目を覚ました時には学園の医務室だった。

 「うぅ…ここは…」

 「起きたのか――」

 「うわぁ!!」

 黄瀬先輩の声に、俺は思わず驚いてしまったが見るといつもの黄瀬先輩だった。


 「俺は…昨日夜の見回りで…」

 「何を言ってるんだ?昨日の夜の見回りならお前が来ないから俺が一人でしたぞ?」

 「え…」

 夢でも見てたのか…

 「お前は学園の校舎の近くで倒れていたらしい。これを持ってな…」

 そう言うと先輩は、顔をしかめながら腐った肉片のようなものを見せてくれた。

 「これって――」


 ――――現在 山小屋

 「――という事がありましたね」

 「何それ!凄い♪――ね、麗華!…麗華?」

 返事のない麗華さんの方を見ると失神している。

 「先輩…」

 「神白先輩…」

 俺達は顔を見合わせる。

 「もしかして…麗華さん怖がってたのは雷じゃなくて」

 「暗くて怖がってたんだね…」

 2人で勘違いしていたことに申し訳なさを感じる。

 ――――コツコツ

 そんな時、どこからか音が聞こえてきた。

 「え、何?」

 「こ、この音ってまさか…」

 ――――コツ、コツ、コツコツ

 音は大きくなっていく。

 ――――コツ…コツ

 音が止まった…。俺達は麗華さんを囲むようにして周りを見渡す。すると…


 「バアァ!!」

 「キャーー!!」

 「な、なに!?」

 「うわぁ!!――?」

 俺達の叫び声に麗華さんも意識を取り戻す。

 叫び終えて冷静になりよく見ると、空き缶を持った蒼井の姿があった。

 「アハハハ!!お前らが面白そうな話してるから揶揄ってみたぜ」

 「…ブルー…していい事と悪い事があるよ?」

 先輩は珍しく本気で怒っているようだ。

 ブルーは蒼井さんの精霊としての名前だろうか?


 「悪かったよ…麗華もごめんな…」

 「大丈夫よ、私はむしろ終わってから目が覚めたから…」

 先輩が怒っていたのは、麗華さんが怖がりだと分かった後にあんな事をしたのが原因の様で怒られたブルーはすっかり反省していた。

 「それにしても、なんでこんなところに来てるんだ?」

 「え、あーそれはね」

 先輩はそう言うとレイカイタケをブルーに見せお婆さんの話をする。


 「…そうか。でも、いや」

 「何ぶつぶつ言ってるのブルー?」

 「…何でもない。多分後でわかる…それより外見て見ろ」

 煮え切らない態度のブルーに促され外を見て見る。

 「あ、晴れてる」

 天気はさっきまでの大荒れが嘘のように晴れていた。

 「これなら帰れるね♪」

 「本当に!!急いで帰りましょう!」

 そう言うと麗華さんは小屋を真っ先に飛び出した。

 俺達も小屋の中を片付けて外に出る。

 先輩が、カサカサと枯葉を踏みながら山を下っているのを見て、ふと先輩のカチューシャがズレていることに気がついた。

 「先輩、カチューシャが」

 俺がそう言うと、先輩は自分の頭を触り慌てて元に戻した。

 「いつの間に!さっき驚かされた時かな?それにしても、危なかったね気を付けないと!」

 「そうですね。すぐ気がついたし、少しズレただけで良かったですね」

 そう言うと、先輩は頷いてからまた向きを変えて山を下り始めた。

 こうして俺達は山を下り後日お婆さんに会うために病院に行った。


 「すいませんが、そのような病室はございませんが…」

 「嘘!!トイレの近くの44号室のおばあちゃんだよ!」

 「…再度お調べしましたが、やはりございませんね…」


 先輩は看護師と同じやり取りをもう10分以上続けている。

 「はぁ…やっぱりな」

 ブルーが俺の横に現れる。

 「やっぱりって?」

 「シノ山は半分が霊界にある山なんだよ。それにレイカイタケはどう調理しても生きてる人間は食えない。食ったら文字通り霊界行きだ」

 「それって…」

 「やっぱりアイツは特別なのかもな…」

 「…」


 「もう、44号室のお婆ちゃんはどこなのー!!」

 「他の患者さんもいるのでお静かにお願いします!」

 

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