旧 第17話-青い龍と先輩-Ⅲ

 「今から150年位前に僕を殺した男、黒原は生きている…。そして今は、より強くなるためにある人を探しているんだよ」

 夢乃は、蒼井に突然告げられた言葉の意味が、すぐには理解できなかった。


 「え、でも…それって…」

 「言いたいことはわかるよ。普通の人なら年齢的にも生きてないよね」

 夢乃はその言葉に静かに頷く。


 「でもね、彼の契約している式神…いや、今は違うな。今の彼はもう…」

 蒼井は、一人でぶつぶつと何かを呟き言葉を探しているようだった。


 「まあ、簡単に言えば当時彼と契約していたと思われる式神、-玄武-の力で彼は今も生きていられるんだと思う」

 「そう…なんだ…。でも、どうしてそれを私に?」

 不思議そうに尋ねる夢乃に、蒼井は少し困ったように答える。


 「それは…彼の狙っている人物、その1人が君だからって言うのが理由の1つだね」

 「…え?」

 思いがけない理由に夢乃は唖然とする。


 「なんでそんな人が私を…」

 夢乃のその言葉を聞いた蒼井は、-ヘル-の方を見つめて尋ねる。

 「…そうか。本当にわかっていないなら、今教えてもいいけど…」

 そう言って今度は夢乃を見つめる。

 夢乃は、そんな蒼井の視線に耐えられず目を逸らす。


 「…思い当たる理由があるなら、それが答えさ。大丈夫だからって非難するつもりはないから」

 「…ありがとう」

 夢乃は、蒼井の言葉に小さな声でお礼を言う。


 「それに、君にこのことを伝えた理由はもう一つある。――僕にとっては、そっちが1番大切な理由なんだ」

 そう言われ、夢乃は再び蒼井に目線を向ける。


 「黒原は、さっきも言ったようにあの時よりも力をつけている。おそらく、今の神白や紅魔では、経験の差で歯が立たないだろうね」

 「そんな…」

 「元々、奴の式神だった-玄武-は水の守護を持っている。形なき水はそして、も受け付けない」

 「それって…神白先輩や麗華の、-白虎-や-朱雀-とは相性が悪いってこと?」

 夢乃の質問に、蒼井は少し険しい表情を浮かべる。


 「そうだね…。少なくとも、今の2人の力じゃ無理だ。」

 「なら一体どうしたら…」

 「大丈夫、方法は2つある。1つは彼ら自身が強くなり式神の力が強まれば、相性はさえも乗り越えられるはずだ」

 「本当に!」

 蒼井の言葉に、夢乃は希望の眼差しを向ける。


 「式神と神武の研究をしていた、僕の見解は間違っていないはずだよ。死んだ後も、青龍とこの場所で研究は続けてたしね」

 「そうなんだ…。それで、もう1つは?」

 夢乃が尋ねると、今度は少し笑みを浮かべて蒼井が答える。

 

 「当時、唯一-玄武-と渡り合えた式神がいたのさ。それが自然を守護する式神-青龍-僕の最高のパートナーのあの子なら、-玄武-と互角に戦える」

 蒼井は自慢げな表情でそう言い切る。

 「えっと、でも…-青龍-は…」

 夢乃が言うよりも先に蒼井が答える。

 

 「言いたいことはわかるよ。今の青龍は僕が死んで、神武も失われて力を発揮できない」

 「……」

 「でもそれは、契約者の僕が原因だ。もし仮に、新たな契約者が現れれば、あの子はまた元の力を取り戻す」

 「…新たな契約者。――でも…」

 さっきの蒼井の笑顔がよぎり、口ごもる夢乃。

 

 「君は優しいね。確かにあの子は、今の僕に残されたたった1人の家族で、僕が今こうしていられるのもあの子の力のおかげ」

 「…うん」

 「でも僕は、大切だからこそ家族を自分のせいで縛りたくないんだ。大切な人には幸せになって欲しい気持ち、君ならわかるだろ?」

 迷いのない蒼井の言葉に、夢乃は静かに頷く。


 「…話を本題に戻そう。契約者が現れたとして、問題は壊された神武だ。あれだけは、この世界に1つしかない」

 「じゃあ、もう-青龍-の力を借りられる武器はないの?」

 夢乃の質問に、蒼井は再び笑顔を見せる。

 

 「いや、1つだけある。僕が生前に作った、契約した式神の力を受けら、その形を使用者に合わせる自在な武器。君ならわからないかい?」

 夢乃は、一瞬考えてすぐに答えがわかった。

 「もしかして、心武はあなたが!」

 「その通り!本来、神格クラスの式神のみが契約者に与える神武。でも、その姿は決まっていて使用者はそれを使いこなさなければならない」

 「そうだったんだ…」

 何かのスイッチが入ったのか、蒼井は説明を続ける。


 「-白虎-の爪は剣、-朱雀-の羽は扇、-青龍-の髭は弓になっているのさ。でも他の式神の力を引き出せたら?自分に合う武器の形だったら?僕はそう考えた」

 「…そうなんだ」

 「そこで、所有者の心に合わせ姿を変え、所有者の式神の力を引き出す武器を作った!――それこそが、神武と同等の武器心武!僕の最初で最後の傑作だよ」

 そう言うと、蒼井は夢乃に近づいて手を握る。


 「夢乃葵、僕は君が学園に入ってからずっと見定めていた。そして確信した、心優しく運命的にも心武を手にした君に、青龍を託したいんだ」

 話の流れから、夢乃も蒼井の意思はわかっていた。

 少し考え、そして蒼井の目をまっすぐに見つめる。

 「…わかった。あなたの大切な家族、絶対大切にするから」

 夢乃の言葉に、蒼井は笑顔で返す。


 「良かった…あの子をお願いね。心武は式神の媒体でもあるから、これからは-スノー-も-青龍-もそれで呼び出せるよ」

 そう伝える蒼井の体は少しずつ消えかけていた。

 「待って!まだ聞きたいこともあるのに――」

 「ごめんね…、もう時間がないみたい…」

 「貴方は知っていたのに…どうして…私を選んだの?」

 夢乃のその問いに答える事無く蒼井は消え、同時に夢乃の意識も朦朧とする。

 「待…って…」


 

 「…うぅ」

 何かくすぐったい感触が頬にあるのを感じ、夢乃は目を覚ます。

 「――――待って!」

 勢いよく飛び起きた夢乃が、辺りを見ると森の中だった。

 「…夢だったのかな」

 夢乃がそう呟くとそばで鳴く声が聞こえる。

 ――――キャン、キャン

 鳴き声に気がつき、横を見ると真っ白な犬が座っていた。

 

 「戻ったんだねスノー!――って事は」

 驚く夢乃の耳に、今度は聞き覚えのある声が聞こえた。

 「夢乃先輩!」「夢乃!」

 「神白先輩!それに麗華!」

 「良かった無事で!犬の鳴き声が聞こえたのでもしかしてと思って――え…、スノーが戻ってる!」

 驚く俺達に、夢乃先輩はさっきの出来事を説明してくれた。


 「そんな事が…」

 「突拍子もなくて、普通なら信じられないけど…スノーが戻っているのが証拠ね」

 「うん…蒼井君。…どうして私を選んだのかな…」

 夢乃先輩はそう呟き、空を見上げる。


 「それは、きっと先輩がやさしいからですよ」

 「きっとそうね」

 俺も麗華さんも、そんな先輩を見てそう呟く。


 「確かにやさしいけど、彼女を見定めることにした理由は違うよ?」

 

 「じゃあどうし――?」

 「今のは、悠紀君?」

 麗華さんも俺も顔を見合わせる。

 そして夢乃先輩の方を見ると、キョロキョロと何かを探しているようだった。

 「先輩?」


 「今の声って…」

 先輩がそう言うと、先輩のポケットからストラップが飛び出してきた。

 見覚えのあるストラップの横にデフォルメされた青い龍のマスコットも付いている。

 「あれ、これも先輩が作ったんですか?」

 「え、違う…」

 困惑する俺達をよそにまた声が聞こえる。


 「心武は心を形にするものだからな。一度-ヘル-から-狛犬スノー-に戻ったこいつを入れる時に、待機状態をこの形にしたのさ」

 どうやら声は、このストラップから聞こえているようだ。

 

 「どうして!消えたんじゃないの!」

 突然、先輩が大きな声で声のするストラップに問いかける。

 「せ、先輩?」

 「どうしたのよ一体!?」

 驚く俺達に、先輩が説明しようとするとストラップが待ったをかける。


 そしてストラップが光を放つと、小さな妖精のようなものが現れた。

 「なによ…これ」

 麗華さんは驚きの表情のまま固まってしまった。


 「蒼井君!」

 「…これが!!」

 先輩の呼んだ名前を聞いてよく見ると、確かに写真で見た少年にそっくりだ。


 「正確には、今の僕は青龍と一体化しているから蒼井ではないともいえるけどね」

 「え、…え?」

 さっきの話だと完全に消えたと思っていたはずの蒼井さんが現れ、先輩自身も戸惑っているのがわかる。

 

 その後受けた説明によると、長い時間青龍の力で留まったことで式神に近い存在になっていたらしく、青龍を媒体に入れる際に自分も残れたらしい。


 「そうなんだ…でも、これで青龍と一緒に入れてよかったね♪」

 先輩は満足そうにそう伝える。

 「そうだ、蒼井さん何で先輩を選んだんですか?」

 折角本人がいるんだから俺は聞いてみた。

 「うん?わかんない?――僕と彼女の共通点、ただそれだけだよ」

 蒼井さんはいたずらに笑うと、久しぶりの外で疲れたから寝ると言ってストラップに戻りポケットに入っていった。


 「私と蒼井君の共通点?」

 先輩はそう言って首をかしげていた。

 俺と麗華さんはお互いに顔を見合わせてため息をつく。

 「かつての五行機関のトップって…」

 「私たちはしっかりしましょう…」

 少し疲れながらも、先輩が無事だった事と目的が達成できたことに安堵して俺、達は学園に帰っていった。

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