旧 第12話-バカンスと先輩-Ⅲ

 謎の渦に巻き込まれ流れ着いた洞窟を出た俺達は、その後島を入念に調べた。

 その結果、分かった事が3つあった。

 1つ目は、やはりここが無人島だという事。

 2つ目は、島のどこから見ても俺達がいたと思われる海岸は見えなかったこと。

 そして最も重要なのは3つ目、島を回るのにかなりの時間がかかったはずなのにという事。

 その事から、この場所は普通の空間ではない可能性が高まった。

 

 俺達は、脱出の為お互いの持ち物を確認することにした。

 「麗華さんと俺は武器は持っているけど式神は家か…先輩は?」

 「スノーも連れてきてるよ!」

 そう言うと先輩は、水着についていたポケットからスノーの入っているストラップを取り出した。

 (あの水着、ポケットついてたのか…)

 ともかく、先輩が式神を連れてきてくれていたおかげで脱出の希望が見えた。

 

 「先輩がスノーを連れてきてくれて助かりました!」

 俺が先輩にそう言うと、先輩は照れていた。

 式神がいれば、この変な空間を壊すのも可能だろう。

 ただ、気になるのは渦に飲まれた俺達が何故、この空間にいるかという事だ。

 どちらにしても、中級の式神を使って脱出するには空間の弱いところを壊すしかない。

 その場所を探しながら犯人の手がかりも探せるかも。


 「先輩、麗華さん、それじゃこの場所少し調べてみましょう。俺達を閉じ込めた奴の事もわかるかも」

 「そうですね。こんなことをした人絶対許せません!」

 「私も!」

 先輩たちの了承も得られた。

 俺は、2人を連れて今度は森の中を調べた。

 

 森を進んで行くと、少しだけ妙な事に気がついた。

 森の一部に噛み後がある枯れた木があったり、落ちた葉の上を何かが這った痕跡がある。

 しかし、俺達が見てきた場所には生き物など1匹もいなかった。

 「何なんでしょうこの這いまわった後は?」

 麗華さんも気になっているようだ。

 「確かに…先輩はなんだと――」

 俺が先輩の方を向くと――先輩が何かに怯えたような表情をしている。

 「どうしたんですか先輩?」

 俺は心配になり先輩のそばに行こうとする――。


 「動いちゃダメ!!」

 急な先輩の大声に、俺も麗華さんも驚いている。

 「夢乃どうしたの?」

 「先輩何か気がついたんですか?」

 俺と麗華さんが尋ねる。

 「何か…来てる…地面を這って…」

 先輩は震えながらそう言っている。

 でも俺には何も聞こえない。

 それは麗華さんも同じようだ。

 

 「先輩大丈夫ここには何もいな――」

 「――神白君!後ろ!!」

 ――――シャアァァ

 俺が先輩をなだめようとしたその時、茂みから突然蛇が襲ってきた。

 「――っ!」

 先輩の呼びかけで間一髪蛇を避ける。

 すると、俺に飛び掛かってきた蛇が噛みついた木がみるみる枯れていく。

 「なんだ、アレ…」

 あまりの事に俺が固まっていると、麗華さん叫んだ。

 「悠紀君、この蛇よく見てください!」

 

 「――この蛇は!」

 麗華さんに言われた通り、蛇を確認して気がついた。

 襲ってきているのは俺と麗華さんが初めて勝負したあの時、巨大な蛇が分裂した小型蛇と同じだ。

 となれば、この空間に閉じ込めた犯人はあの時襲ってきたやつと同じだろう。

 俺は体勢を立て直し、武器を構えた。

 麗華さんと先輩も武器を構える。

 

 それを確認していたかのように、どこからか大量の蛇が俺達を囲むように現れる。

 「マジかよ…」

 その光景に俺は驚愕する。

 式神がいれば、この程度問題ではない。

 だが今は、俺も麗華さんも式神はいない。

 スノーを呼び出してもしあの蛇の毒で動けなくなれば脱出も困難になる。

 悩む俺達に策を考える時間を与える事無く、蛇は襲い掛かってきた。


 ――――くっ!

 咄嗟に斬りつける。

 すると、斬った蛇は煙のようになり消える。

 やはり誰かの式神で間違いない。

 とにかく、この包囲を突破してスノーを呼び出すため俺達は必死に攻撃する。

 

 ――――はぁあぁぁ!

 どれくらい経ったのだろう。

 数はだいぶ減ってきたが俺達も空腹もあって限界が近い。

 (まずい…)

 一瞬、意識が朦朧とする。

 ――――パン

 ――っ!

 先輩の銃の音でギリギリ意識を取り戻す。

 「危なかった…2人ともだいじょ――!」

 振り返り確認した2人の背後から蛇が迫っている。

 (やばい!2人とも気がついてない!)


 2人は、目の前の蛇に気を取られ気がついていない。

 叫ぼうとしたが疲労で声が出ない。

 走って助けに行きたいが足が動かない。

 (こんな時に!)

 蛇は2人の足元に迫り今にも噛みつこうとしている。

 ――――!!

 ――――――ザクッ――ザクッ

 俺は咄嗟に剣を投げた。

 2匹はギリギリのところで消えた。


 剣の刺さる音に2人が振り向く。

 「神白先輩!!」「悠紀君!」

 「2人とも無事で――っ!」

 その瞬間、強烈な痛みが走る。

 足元を見ると、蛇が噛みつき紫色の液体が牙からあふれている。

 剣を投げた俺には、それを倒すすべはない。 

 意識が少しずつ薄れていく。

 ――パン

 「悠――!」「神――輩!」

 最後に聞こえたのは、一発の銃声と俺を呼ぶ2人のかすかな声だった。


 「――――!急いで手当てしないと!」

 「あ…あぁ…」

 「――夢乃!」

 「ぁぁぁあああああ!」

 倒れた悠紀を見た夢乃には、麗華の呼びかけが聞こえていないようだった。

 ――――パン、パン、パン…

 ただひたすら蛇を撃つ夢乃。

 「夢乃…」

 いつもとは違う雰囲気に、麗華は困惑する。

 「危ない夢乃!」

 ――――シャァア…!?

 麗華が叫ぶと同時に夢乃に蛇が飛び掛かる。

 しかし、夢乃に睨まれた蛇は突然他の蛇に噛みついた。

 

 よく見ると、他にも同じように噛みついている蛇がいる。

 「なん、です…これって…」

 あまりの光景に、麗華は言葉を失っていた。

 ――――パン

 そして最後の蛇を撃つと、夢乃はパタリと座り込んだ。

 「――――!夢乃、大丈夫!」

 麗華は、悠紀をそっと寝かせると夢乃に駆け寄った。

 傷だらけで、お気に入りだったカチューシャにもひびが入ってしまっている。


 「………麗華?」

 「えぇ…大丈夫?」

 少し放心状態の夢乃を起こし、寝かせた悠紀の下に連れていく。

 「神白君…」

 「夢乃スノーを出してくれる?急いでここから出ましょう。」

 「麗華…」

 不安そうな夢乃を見つめ麗華は続ける。

 「私は、前にも悠紀君に助けてもらった。そして今回も…だから今度は私が助けるから。私の朱雀なら体内の毒を焼き払えるはず。だから!」

 「わかった。ここから出るんだよね」

 そう言うと夢乃はストラップを握りスノーを呼ぶ。

 

 「あれ…?」

 「どうしたの?」

 「出ない…」

 麗華が尋ねると夢乃はポツリとつぶやいた。

 「…え!」

 「スノーが出ない…」

 麗華はそう言われて、真っ先に自分の時を思い出し夢乃に噛まれた跡がないか調べる。


 (噛まれた跡はない…そういえば夢乃って…)

 「ねぇ夢乃、貴方契約の言葉は?いつも言ってないけど…」

 「…えぇ?何それ?」

 夢乃の言葉に麗華は驚いた。

 式神と契約しているのに契約の言葉がない。

 改めて考えれば、レベルの高い退魔師ではない夢乃が、言葉なしでいつも呼んでいることが不思議だった。

 それも、簡易式神も使えないのに。

 そして、忘れていた初めて会った時の事を思い出す。

 簡易式神が使えない夢乃が、何故か中級の狛犬と契約している。

 (その事を言ったら悠紀君は勝負を受けた…)

 

 そして自分が目にした事、神格を2体も従えその1匹は黄瀬先輩と同じ麒麟…。

 (普通は、複数所有することは出来ても人の式神なんて無理…)

 でもそれが出来るなら、逆に自分の式神を他人に貸し与えることもできるのでは?

 それならば、その式神を夢乃が名前を呼ぶだけで現れるようにすることもできる。

 (でも、だとしたら…悠紀君が倒れている今-狛犬-は呼び出せない…)


 麗華が考えている間も、夢乃は必死でスノーを呼ぶ。

 「……夢乃」

 「――スノー!スノー!」

 麗華の呼びかけにも答えず必死で

 (もしそうなら時間の無駄…別の策を考えなければ…)


 麗華が次の脱出方法を考えようとしたその時。

 ――――せん…ぱい…れい…か…さん

 そう呟くと、さっきまで荒かったが確かにしていた息が止まっている。

 「悠紀君!」「神白君!」

 悠紀の呼びかけに答える2人。

 そして、再び夢乃はスノーを呼ぶ。

 「スノー!お願い…神白君を助けてよ…」

 夢乃は泣きながらそう言い、涙はストラップへと落ちた。

 「夢乃…」

 

 涙を流す夢乃に麗華は真実を伝えようとした。

 「夢乃、スノーは――」


 ――――ワオォォン!!!!


 麗華が夢乃に声をかけると同時に、ストップから黒と白の光があふれだす。

 「――っ!今度は何!?」

 光が収まると、麗華たちの前にはスノーが現れていた。

 「スノー?」

 「嘘…これは…」

 2人は目の前にいるのがスノーだと一瞬わからなかった。

 何故なら、真っ白だったスノーの半身は、黒く変化していた。


 「これは…まさか…」

 「スノー!スノーだよね!神白君を助けて…お願い…」

 驚く麗華をよそに夢乃がそう言うとスノーらしき獣は悠紀に近づいていく。

 そして――ワオォォオォォォォン!!!

 島中を包むような遠吠えを上げる。


 ――――ケホッ

 「うぅ…ここは…」

 直後、さっきまで死んでいたはずの悠紀が目を覚ます。 

 「神白君!」「悠紀君!」

 「うわぁ!2人とも!!」

 意識が戻って早々2人に抱きつかれて俺は驚いた。

 「2人が俺を?」

 「いいえ、夢乃が助けたのよ」

 「私じゃないよ!スノーが!」

 そう言って先輩が見つめる先には、俺の知っているものとはだいぶ変わったスノーがいた。


 「これがスノー!?それに俺が倒れてたのに…」

 「悠紀君!今は脱出しましょう!」

 「そうだね。…今のスノーなら多分空間をどこからでも壊せる!先輩!」

 「うん!スノーお願い♪」

 ――――ワオォォォン!

 返事をしたスノーは、飛び上がると空に体当たりをした。

 それと同時に空が割れた。

 

 空が割れると、俺達は元の海岸にいた。

 日が沈みかけているが、周りを見た感じ1日は経っていないようだ。

 「ふぅ、疲れた…」

 「帰りましょうか」

 「うん!私たちの家に♪」

 夢乃先輩がそう言うと麗華さんも俺も笑顔で頷いた。


 ――――帰宅後

 「ありがとう、麗華さん」

 俺は帰ってすぐ、麗華さんの式神で念のため毒を焼いてもらった。

 「気にしないで!それより…」

 「うん、先輩は寝てる?」

 「疲れてぐっすり」

 俺は、麗華さんから倒れている間の事を聞いた。


 「なるほど…」

 「悠紀君、スノーって」

 「麗華さんの言う通り、アレは先輩が学園に来てすぐに襲われた暴走式神を俺が契約して入れてたんだ」

 「やっぱり…でも、今日のは…」

 麗華さんに言われて、俺も確認したことを伝える。


 「俺とスノーの契約は切れてた。そしてあれはスノーから変異した何か…」

 「恐らく、アレは-ヘル-です」

 麗華さんの言葉に俺は驚いた。

 「-ヘル-!中級の式神が神格に変わったってこと!それにあれは…」

 「間違いないと思います。一度は死んだ貴方を生き返らせたのも、それなら納得できます」

 麗華さんの話は確かにアレが-ヘル-だと裏付けるには十分だった。

 「でも、夢乃頑張ってた。お気に入りのカチューシャもボロボロになるくらい必死に――」

 「カチューシャ!ピンクのカチューシャ壊れたのか!」

 「え!い、いえ、少しひびが入っていただけだと思うけど…」

 麗華さんが言った言葉に俺は思わず慌てた。


 「あのカチューシャ悠紀君が贈ったんでしょ?だからそんなに慌ててるの?」

 「あ、いや、まあそうだね。思い出の品だから少しね。後で直しておかないと…」

 「そうなんだ…」

 「麗華さん、スノーが変化する前は出てこなかったんでしょ?」

 「え、えぇ。出てこなかったわ」

 「あの姿で出る前に何かあった?」

 俺が尋ねると、麗華さんは思い出しながらこう言った。

 「そういえば、夢乃が泣いていて…その後黒と白の光が…」

 「そんな事が…ありがとう教えてくれて!明日一応先輩の式神調べてみるよ」

 「役に立ててよかった!私も調べるの手伝うね!それじゃ、おやすみなさい」

 「うん、おやすみ」

 「あ、そういえば…夢乃が普段と違って神白君って言ってたけど?」

 「え、それは…ほら、気が動転してたんだよきっと!それより早く寝よう!明日も早いし!」

 そう言って俺は、無理矢理麗華さんを部屋に戻した。

 「ふぅ…」

 (やっぱり…先輩の涙で…)



 「今回の事で確信が出来た。あの急激な進化、やっぱりに間違いないな。ふふふ…今回は十分楽しめたしこれ以上は壊れても困るか…」

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