旧 第10話-バカンスと先輩-Ⅰ

 ――青い空、白い砂浜、透き通るような海。

 「すっごーい!!見て見て2人とも、凄く綺麗だよ!」

 「そうですね」

 「夢乃、はしゃぎすぎよ!」

 海を見て電車ではしゃぐ先輩を、麗華さんが叱ってる。

 俺達は、退育祭の賞品でもらった招待券でリゾート地に来ている。


 電車お降りた俺達は、麗華さんの持っている地図を頼りに宿泊場所に向かう。

 しばらく歩くと、海の見える高台に一軒の家があった。

 「着きましたね!ここです!」

 「…え?」

 目の前にあるのは、どう見ても宿泊所ではなくただの民家だ。

 しかも、人の気配がない。


 「麗華さん、本当にここなんですか?普通の家だし…誰もいなそうですけど?」

 俺は、念のため確認する。

 「えぇ、間違いありません。この家が今日から5日間私たち3人が住む家です!」

 「……は?」

 麗華さんの言葉を理解するには時間がかかった。

 確か麗華さんは、学園にいる時こう言っていた。


 「賞品としてで決めた宿泊所に、代金も払ってくれて、

3人分の部屋もちゃんとあるのよ」


 「いやいや!学園で決めた宿泊所って言うし、3人分の部屋って言うからホテルか民宿だと思ってましたよ!」

 「それは、悠紀君がそう思っただけでしょ?私は泊まる場所だから宿泊所って言ったし、部屋だって3人分よ!」

 

 「そこじゃなくて!同じ屋根の下で3人だけで、しかも5日間も過ごす事を気にしてるんです!」

 「私は気にしてないから大丈夫よ!むしろウェルカム!」

 ――くっ!この人と話しても埒が明かない…。

 「――先輩だって!麗華さんと2人ならともかく、俺がいたら困りますよね!」

 「え?困んないよ?むしろ力仕事は苦手だからよろしくね!」

 「さあさあ!早く私たちの家に入りましょう悠紀君、夢乃!」

 完全に騙された…。

 

 来てしまった以上、俺は諦めて中に入る。

 中は結構広く、一般的な3LDKの家だ。

 「完全に普通の家だな…」

 「そうね!中々いいわ!」

 「本当だね♪ここで3人で暮らすのか楽しみ♪」

 先輩も麗華さんも嬉しそうだ。

 学園が用意してくれたんだし、2人が喜ぶのなら、5日間ここで一緒に暮らすしかないだろう。


 「確かに、中々良い家ですね。僕も気に入りました」

 「悠紀君!良かったわ、学園で借りたホテルをキャンセルさせて、お父様にお願いして正解でした――あ…」

 「ここ、麗華さんがお願いして借りたんですか?」

 「あの…それは…夢乃!買い物に行くわよ――!!」

 「えぇ!!ちょっとま――」


 麗華さんは、先輩を連れて逃げていった。

 (学園側に何か意図があって、ここを借りたのかとも思っていたが、完全に麗華さんに騙された…)

 俺は誘いに乗ったことを後悔つつ、皆の荷物を格部屋に運んだ。

 

 夜になり、麗華さんと先輩が荷物を持って帰ってきた。

 「2人ともおかえり」

 「ただいま~」

 2人が声を揃えて返事をする。


 麗華さんには、言いたい事はあったが優勝したのは2人だし、旅行中は出来る限り好きにさせてあげることにした。

 「何買ってきたんですか?」

 「宿泊と言えば…今日の夜は定番のカレーよ!」

 そう言って嬉しそうに、カレーの材料を見せてきた。

 「そうなんですねじゃあ――」

 「待ってて悠紀君!私と夢乃でとびっきりおいしいカレーを食べさせてあげる!」

 「そうそう!名付けて…夢乃&麗華の天国カレー!!」

 「……えぇ」

 俺はその言葉に、調理実習の悪夢を思い出した。

 このままだと2人の天国(行き)カレーを味わうことになる。


 「あ、ちょっと待って!!」

 「ほぇ?」「なんです?」

 「2人は、ほら、優勝してここに来てるんだし…だから、ご飯はここにいる間は俺が作るから!」

 「そんなこと気にしないで――」「私たちがつく――」

 「いいから!!頼むから、2人に俺のご飯食べてほしいんだ」


 「…悠紀君がそこまで言うなら。ね?」

 「そうだね。神白先輩のご飯久しぶりに食べたいし!」

 (良かった…)


 俺は、急いで調理を開始した。

 何度か、キッチンに手伝いに来ようとした2人を誤魔化しながらカレーを作った。

 

 「ふぅ、悠紀君とってもおいしかったわ!」

 「うん、懐かしい味だったよ♪」

 「それなら良かったです!」

 (本当に良かった…)


 食事を終えた俺達は、リビングでお菓子を食べてくつろいでいた。

 「静かですね…」

 「そうね…」

 「うん、静かだね」

 高台にあるためか、普段と違いほんの少しの潮の音以外聞こえない。


 (……なんか、間が持たない。こんなところで、3人だけの時間を過ごすなんて想像してなかったからな)

 すると、気まずい空気の中、麗華さんが口を開く。

 「悠紀君、夢乃、今日はありがとう」

 「麗華さん…?」

 「急にどうしたの麗華?」

 唐突な麗華さんからのお礼の言葉に、俺も先輩も動揺してしまった。


 「別に、どうしたってわけじゃないんだけどね…」

 「…」「…」

 いつもと違う麗華さんの雰囲気に、俺達は黙って話を聞いていた。

 「私ね、2人と一緒にいるようになってから凄く楽しいの。それまでは、血筋とかいろいろ気にして、自分を偽っていつも一人だった…」

 「麗華さん…」「麗華…」

 

 「でもね!今は、自分を偽る必要もなくて、紅魔の者だからとか、学園長の娘とか関係なく、ありのままの私を受け入れてくれる人がいる――」

 「…当たり前ですよ」「麗華は麗華だもん!」


 「――!ありがとう…私、2人が大好きだよ。だからここには絶対3人で来たかったの。騙してごめんね…悠紀君、夢乃」

 「もう気にしてませんよ」「私も3人が良かったもん♪」

 考えてみれば、麗華さんは先輩の勉強にも必死だった。

 きっと誰より、この旅行に3人で来たかったのだろう。

 (それにしても…なんで急にこんな話を…)


 俺が少し疑問を抱いている間も、麗華さんは話し続けている。

 「わ、私、最初は2人に喧嘩腰で…――ヒック、勝負まで挑んで――」

 そして、突然泣き出した。

 というか、なんか変だ…。

 「しょれにゃのに…2人は、わはひの…――ヒック、事を――」

 ――バタン!

 そしてついに倒れてしまった。


 「麗華!!神白先輩、麗華が!」

 「…落ち着いてください先輩」

 俺は、テーブルの上のお菓子を眺める。

 そして、麗華さんが食べていたお菓子を見て急に変になった理由がわかった。


 「このチョコ…アルコールが1%ちょい入ってるな…」

 「え?…でも、私もそれ食べたよ?」

 「まあ、普通お菓子に入ってるアルコールで、ここまではならないですけど…」

 「えっと…じゃあ、麗華は…」

 「はい…凄くお酒に弱くて、この量であそこまで酔ったみたいですね」

 俺と先輩は、倒れている麗華さんを見る。


 「むにゃ、むにゃ…2人とも…だぃすきだよー…むにゃ…」

 「ふふ、麗華ったら可愛い♪」

 「そうですね、風邪ひいちゃうので部屋に運びますね。あ、先輩さっき麗華さんが言ったことは――」

 「内緒にしといてあげようね♪」

 「はい!」


 ――翌朝

 「うぅ…2人ともおはよう」

 「おはようございます、麗華さん。朝ごはん出来てますよ」

 「麗華おはよう!」

 頭を押さえて、麗華さんが起きてくる。


 「ありがとう悠紀君、なんか昨日、お菓子食べてる途中から記憶が無いのよね…頭も痛いし…」

 「ふふふ…」

 「ダメですよ先輩!」

 「うん?どうかしたの?」

 俺は、笑いをこらえている先輩を注意しつつ話題をそらす。


 「そういえば、今日はどうします麗華さん?」

 「あ、そうだった!今日は皆で待ちに待った海に行くわよ!」

 「海!!やったー♪早くご飯食べよう!!」

 その後、麗華さんと先輩は急いでご飯を食べると2階で支度を始めた。

 「さてと、俺も片づけたら準備するか」

 

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