旧 第9話-退育祭と先輩-Ⅲ〈暗躍編・裏〉

  ――美緒、雪音発見後

 「クソ!思ったより早い――」

 俺は、もしもの時を麗華さんに託し、犯人と思しき影を追っていた。

 (なんて速さだ、でも人間相手に式神を使うわけにはいかないし…)

 目の前を走る影との距離は、縮まるどころか広がっていた。

 

 暗闇の中、見失わないよう必死に追いかける。

 そして、寮の近くから森を抜け犯人は、魔獣研究区画へと逃げ込む。

 「確かあそこは、この間の件で調査用の入り口以外封鎖されてるはず!」

 封鎖され、他に出口のない場所に逃げ込んだ犯人を追いかける。

 念のために、入り口には白虎を呼び出しておく。


 中へ入り調べていると、近くに足音が聞こえる。

 「――誰だ!」

 俺が振り返ると、1人の女生徒が立っていた。

 「キャー!」

 唐突に振り向いた俺に驚いたのか、悲鳴を上げ腰を抜かしてしまった。

 「あ!ごめん!」

 俺は、咄嗟に謝り女性の手を取り引っ張り起こす。


 「ううん、こっちこそごめん神白君」

 「え、なんで名前を?」

 「あ、私美緒とパートナーで同じ2年生なのだから…」

 「そっか、君が。雪音のパートナーは?」

 「ここに来る前にはぐれて…」

 (やっぱり、2人のパートナは犯人を追いかけていたんだ。)

 俺は、彼女に事情を説明し一緒に犯人を捜すことにした。

 はぐれたもう1人が心配だが、今は追いつめている犯人を優先する。


 「ここならもう逃げられないし、2人なら確実に捕まえられます」

 「うん。あ、あそこ!」

 彼女の指さす方を向くと、誰かが走り去る。

 「あっちは行き止まりのはず!追いかけよう」

 彼女に声をかけ走り出す。


 「やっと追い詰めた。お前が2人を傷つけたのか?」

 壁際に追い込んだ俺は、犯人らしき人物に問いかける。

 「…ふふふ、そうかもね?」

 「――っ!」

 笑いながらそう言う犯人に、俺は怒りが込み上げる。

 「――お前!!」

 ――――ドンッ!

 思わず殴りかかろうとしたその時、背中に走る激痛に視界が揺らぐ。

 朦朧とする意識の中、声が聞こえる。


 「上出来ね。これで――も喜ぶはず」

 「そうね。――の計画通り」



 ――――っ!

 俺が目を覚ますと、体は厳重に縛られ動けなくされていた。

 「クソ!なんだこれ…。でも、これくらいなら」

 剣で縄を切ろうと後ろで縛られた手に力を籠める。

 「無駄よ?」

 「そうそう、あんたの神武ならここ」

 突然聞こえた声の方を向くと、2人の仮面をつけた女が立っている。


 「そうだ。言っとくけど、式神用の紙も預かって封印してるから」

 言われてみれば、いつも着ている上着がない。

 「今回は、流石にピンチだね」

 「は驚いたけど、今回は計画の邪魔はさせないから」

 「計画?あの時って――」

 

 「忘れたの?――麒麟を手に入れようとしたあの時だよ」

 「黄瀬を殺して、あの方が食うはずだったのに」

 「あんたが盗んだあの時だよ!」

 

 そう言われ、俺は去年の末にあった事件を思い出す。

 黄瀬先輩が襲われ、俺が麒麟の一部を預かったあの時を…。


 「なるほど、だったら今回は俺を襲って2匹を食らうか?」

 「それもいいけど、それを決めるのはあの方だから」

 「そう、今回の一番の目的は、を追い込んで見定めることだから」

 「そのために、邪魔なお前を足止めするのが私たちの仕事」


 (アレ?一体何のことだ…)

 一体何を狙っているのか想像もつかない。

 もしまた、黄瀬先輩のように誰かに命が狙われていたら…。

 

 「式神も神武も奪っちゃえば楽勝だったね」

 「白虎も媒体が奪えたから問題なかったしね」

 どうやら、白虎ももう戻されているらしい。

 もし、呼び出せたままでいれば簡単だったがそう甘くなかった。


 しかし、2人は俺の式神の媒体を封印してすっかり気が緩んでいるのがわかる。

 封印された2体は呼び出せない。

 でも、封印されていなければ、契約さえ唱えればどこにいても呼び出せる。

 俺は目を閉じ、神経を集中する。

 「――――に、――よ、――――。―――」

 奴らに聞こえないように小さな声で呼びかける。

 「あ?何ぶつぶつ言ってんの」

 「もしかして、命乞い?ウケる」

 何か勘違いした2人は笑い始めているが、むしろ好都合バレないように俺は続ける。


 ――――ワォーン!

 どこからか、遠吠えが聞こえる。

 「ちょっと、何!?」

 「――っ!アレ見て!」

 2人の視線の先には、どこからか現れた、白く綺麗な毛並みをした式神がいた。


 その式神が2人に飛び掛かると同時に、研究区画の下級の犬型魔獣が俺の指輪とコートを奪う。

 「――――しまっ!」

 2人が気がついたときは、魔獣は俺の下に奪った荷物を運んできていた。

 

 「ありがとう、助かったよ。戻ってあげてくれ」

 俺がそう言うと、駆けつけた式神はどこかへと走り去る。

 「なんなのアレ!」

 「わかんない、こいつの式神の媒体は全部奪ってたし」

 「じゃあ誰の!」

 突然の事に仲間割れを始める2人。

 

 「喧嘩してるとこ悪いけど、お返しはさせてもらうよ」

 俺がそう言うと、2人は慌てて式神を呼び出す。

 「まだ、あんたを行かせらんないんだよ!」

 「あの方に褒めてもらうんだから!」

 現れた式神が襲ってくる。


 「汝の主たる神白の名の下に、我に仕えし獣よ、我が呼びかけに答えその姿を現せ。」

 俺は、手元に戻った2枚の紙を取り出し契約を唱える。

 「その爪をもって我の前に立ちはだかりし魔を断ち切れ-白虎-」

 「その雷いかずちで敵を撃ち嘶きで近づきし無数の邪を払え-麒麟-」

 現れた2匹が、飛び掛かってきた式神を跳ね飛ばす。

 

 「なんだよあれ、規格外じゃん!」

 「――くっ!あ、アレ使おう!あの方にもらった」

 「アレか!そうね…迷ってらんない――」


 白虎と麒麟の力で押さえつけられる2匹。

 それを見た2人が、ポケットから小瓶を取り出す。

 「どうなるか、わかんないけど…」

 「あの方がくれたんだ、私たちに…」

 2人は小瓶の液体を、式神の媒体にかける。


 それと同時に、2匹の式神は白虎たちを跳ね飛ばし暴れだす。

 「やった!――っ!」

 「キャアーーーー!」

 暴れだした式神は、主さえも跳ね飛ばし姿を変えていく。

 「なんだあれ…2人を傷つけた犯人は――!」

 俺は、跳ね飛ばされた2人の方を見て言葉を失った。


 「あなたは、美緒のパートナーの…まさかもう一人は!」

 「……」「……」

 2人は黙って目を伏せる。

 どうやら、間違いではなさそうだ…


 「じゃあ、貴方たちが…自分の手でパートナーを傷つけたのか!!!」

 「……」「……」

 黙っている2人に、俺は怒りが募る。

 パートナーは入学した1年生にとって、何よりも信頼し頼れる存在。

 そんなパートナーに傷つけられた2人が、どれだけの恐怖を味わったか。

 友達の傷ついた姿に、夢乃先輩もどれだけ悲しんだか。

 

 ――――ガウオォォォ!

 変異した式神が飛び掛かってくる。

 「……煩い…殺れ」

 俺はただ、込み上げる怒りをぶつけるように剣を2匹の額に向かって投げつける。

 それを合図にしたかのように白虎が飛び掛かる。

 いつもとは違う、ただ倒すために。

 白虎の猛攻に弱った式神は姿を戻し始める。

 しかし、式神の姿に戻る寸前、雷が2匹を撃つ。

 

 ――――ガゥゥゥ…

 弱弱しい鳴き声と共に式神は消滅し、媒体の紙が燃える。

 「あぁ、あたしたちの式神が…」

 「そんな…」

 式神の最期に悲しみを浮かべる2人に剣を拾い近づく。


 「え…」

 「うそ、でしょ…」

 恐怖を感じた2人は涙を浮かべている。

 「待って…許して」

 「ごめんなさい…ごめんなさい…」

 誰に向けての謝罪なのか…。

 (やはり人間は愚かだな…あの時からずっと)

 怒りのせいか、自分の本心か、誰かにそう言われた気がした。

 「本当に…ごめんなさい…」

 「い…や…」

 何か言っているが…ダメだ…どうでもいい。

 こいつらだけは…許せない。

 俺は剣を振り上げる――――


 「――――待て!!」

 俺が剣を突き立てようとした瞬間、鋭いこぶしの一撃が剣をはじく。

 「――っ!黄瀬…先輩…」

 「待て、悠紀。状況は麒麟を通して聞こえていたから大体わかっている」

 「だったら!!」

 「お前がこいつらを裁いて、お前のパートナー達は喜ぶのか?」

 「え…それは…」

 「大切な人が手を汚して、喜ぶ人なんていない。後は俺に任せろ」

 「黄瀬先輩…」

 「それに、こいつらも被害者かもしれないぞ…」


 黄瀬先輩はそう言うと、2人の首筋を調べた。

 「やっぱりだ…見て見ろ」

 俺は促されるまま確認する。

 2人の首筋には噛み跡があった。

 「これって?」

 「蛇の噛み跡だな。おそらくそこから、精神支配系の毒を入れられたんだろう」

 「蛇…それじゃ!」

 「あぁ、2人も去年俺達を襲い、そして今年お前と麗華を襲った奴に使われていたに過ぎない」

 「誰がこんな…」

 「それは今調査中だ。だが、学園内にいることは間違いない」


 「なら俺も調べますよ!」

 「その気持ちは嬉しいが、お前には五行機関から勅令が出ている」

 「勅令?」

 「うむ、『最悪の事態に備え、神白の者には紅魔の直系と共に力をつけよ』だそうだ」

 「最悪の事態?」

 「どうやら上には、今回の首謀者の可能性がある人間に心当たりがあるらしい」

 「なるほど…」

 「知っての通り、黄瀬は新参だ。だからこそ、残るお前たち2人が重要なんだろう」


 黄瀬先輩にそう言われ、俺は改めて誰かを守るために強くなると心に誓った。

 (夢乃先輩も麗華さんも、その周りの大切な人ももう傷つけさせない…)

 

 「悠紀、麗華の時のように2人の毒を浄化してやってくれ」

 「わかりました!」

 「その後は、治療が済み次第事情を聴かないとな」

 「それが終わったら…」

 「残念だが、学園にはいられないだろうな」

 「…美緒と雪音はどうなりますか?」

 「うむ…安心しろ2人の事は何とかする」

 黄瀬先輩の力強い言葉に俺は頷いた。



 ――退育祭終了後

 「夢乃せ――、夢乃、麗華さん!」

 「神白先輩♪」「悠紀君!」

 「2人とも優勝したんですね!凄いです!」

 「えへへ♪麗華が凄くって、神白先輩の代わりに前衛で次々風船を割ったんだよ!」

 「それを言うなら、夢乃も的確な射撃で、最後だってまさに夢乃のおかげでしたわよ」

 「2人とも凄かったんですね…見たかったな」

 「うん…少しでも見てほしかったし…」

 「出来るなら、やっぱり3人で出たかったですわね…」

 優勝はしたが、それぞれ心残りのある俺達は少しだけ、重い空気が漂う。

 「――でも!」

 2人が声を揃え、顔を見合わせ後こちらを見つめて続ける。

 「おかえり神白先輩♪」「おかえりなさい悠紀君!」

 2人の笑顔に答えるように、俺も笑顔で返す。

 「――ただいま、2人とも!」



 「あー、折角玩具作ったのにすぐ壊れちゃったな。やっぱり目を離すとダメか。――ゴミは何やってもゴミだな」

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