旧 第7話-退育祭と先輩-Ⅰ〈準備編〉

 ――6月、中庭

 先輩と2人で歩いていると、中庭の掲示板の前で先輩が足を止めた。

 「先輩?」

 「うーん、これ、字間違えてるんじゃない?」

 先輩に言われて、掲示板のポスターを見ると〈退育祭のお知らせ〉と書いてある。

 「あー、これはこの字でいいんですよ」

 「え、でもでしょ?」

 「これは――」

 俺が説明しようとすると、どこからか声が聞こえてきた。


 「副会長であるわたくし自ら作ったポスターが、誤字なわけじゃいないの」

 「あ、麗華!」

 「ごきげんよう、悠紀君それと夢乃」

 「麗華さん、生徒会の仕事お疲れ様」

 「悠紀君…そんな優しい言葉をかけてくれるなんて――」

 「ねえ、麗華!誤字じゃないなら退育祭って何なの?」

 「は!そうでした、夢乃が悠紀君の手を煩わせていたからわたくしが説明しようとしてたんですわ」

 別に煩わさてれいないのだが…

 調理自習以来、2人の仲はそこそこ良くなったようで、俺の意識が戻った時にはお互いに呼び捨てで呼び合っていた。


 「いいですか夢乃、退育祭とは、〈退魔師育成祭〉の事ですの!」

 「そうだったんだ!!で、それ何するの?」

 「なんで一瞬わかった感じ出したのよ!!全く…色々ですわよ」

 「えへへ何となく♪で、色々って具体的には?」

 「主にパートナーと組んでミッションに挑むゲームみたいなものですけど、優勝チームには賞品も出ますのよ」

 

 そう聞いて先輩の目が輝きだす。

 「賞品!!そうなんだ!チームって事は私は…」

 「えぇ、わたくしと、悠紀君の3人で挑むことになります」

 「そっか!2人が一緒なら安心だね♪みんなで優勝目指そう!」

 「――っ!全く、貴方って人は」

 笑顔でそう言う先輩に、照れながら麗華さんは笑っていた。


 「ところで夢乃、貴方武器は使えまして?」

 「え、使ったことないよ?」

 そう言われれば、先輩は狛犬が強いため、そちらの制御に時間を割いて武器の指導はしていなかった。


 「そうですわよね…わたくしも、貴方が使っているところを見たことがありませんもの」

 「なんで今そんなこと聞くの麗華?」

 「はぁ…、退育祭で使うんですのよ」

 「あ、そっか…まずいですね…」

 「退育祭までに何とかするしかないですわね…」

 俺と麗華さんの会話を聞いて、先輩はポカンとした表情で質問してくる。

 

 「どういう事?」

 「退育祭は、学校行事なので式神の使用禁止なんです」

 「でも、武器の使用は許されてますの。つまり、武器が使えなければそれだけで不利!」

 「な、なるほど…」

 「それに、自分の身を守るためにも、そろそろ武器の扱いを覚えた方がいいですしね」

 「麗華、もしかして…私の心配してくれてるの?優しいね♪」

 「ち、違いましてよ!私は優勝賞品、そう賞品が欲しいんですわ!」

 照れる麗華さんを見て、先輩は揶揄いながら笑っていた。


 ――次の日

 「それじゃ、今日から武器の練習するからね夢乃!」

 「うん!」

 「夢乃は使ってみたい武器はあるの?」

 「うーん、じゃあ剣がいいな!神白先輩も剣だから」

 「理由は気に入らないけど…じゃあ剣を使ってみましょう」

 「うん!ところで麗華…今日は普通に話すんだね」

 「――なっ!あ、あれは、周りに他の人もいたから!いいから武器を準備して!」

 「はーい」

 揶揄われ慌てる麗華さんに促され、先輩は手帳型の簡易武器を剣に変える。

 麗華さんも息を整えて同じく簡易武器を剣に変える。


 「――いくわよ!」

 合図とともに、一気に麗華さんが間合いを詰める。

 「――っ!」

 驚きながらも先輩も必死に攻撃を受け流す。

 しかし、激しい攻めに次第に先輩が追いつめられる。

 「――ここです!」

 一瞬の隙をついて麗華さんが先輩の剣を跳ね飛ばす。


 「私の負けだ…やっぱり麗華強いね」

 「貴方も中々だったけど、力が弱いから詰められたら防戦一方。これじゃ、槍も向かないわね」

 「困りましたね。あとは銃ですけど、あれはかなり練習しないとまともに当てるのだって難しいですからね」

 「そうね、経験者ならともかく…」

 俺達が話していると、夢乃先輩が俺の方をつついてきた。

 「どうしたんですか先輩?」

 「あの、銃なんだけど…私経験者だよ?」

 

 「……えぇ!!!」

 「夢乃、どこで射撃経験なんて!?」

 驚いた麗華さんは先輩に詰め寄る。

 「あ、それは高――っ!」

 「こう?」

 「こ、こう、こう見えてお父さんがエアガン好きで――」

 「なんだ、おもちゃですか…」

 「あははは、うん、おもちゃ…」

 (先輩なんか慌ててるな…てか先輩のお父さんエアガンなんて持ってたか?)


 (はぁ、危なかった…高校に射撃部があって部長だったなんて言ったら麗華にバレちゃうよ!)


 「まあとりあえず、腕前だけでも見て見ることにしましょう」

 そう言うと、麗華さんは簡易武器をしまう。

 そしてネックレスの赤い石を外して力を込めて握る。

 すると石は扇子の形に変わる。

 紅魔の家に伝わる武器-紅翼レッドウイングの扇-火炎を操る遠距離型武器らしい。

 

 「それじゃあ、今から私が作る火球を撃ってみて」

 「わかった!」

 麗華さんが扇を仰ぐと次々に火球が飛び出す。

 その大きさも早さも均一ではなく、まさに的にはちょうど良かった。

 「よーし!」

 真剣な表情で、先輩は走りながら銃を構える。

 「ちょっと、夢乃!別に走らなくても、その場所からで――」

 ――パンッ

 一発、たった一発の銃声と共に火球がすべて消えた。

 「……嘘」

 麗華さんもあまりの事に言葉を失っている。


 「せ、先輩!今の――!」

 「うん?火球が重なる位置に移動して撃っただけだよ?」

 簡単な事のように言うが、大きさも早さも異なる火球が全部重なるポイントは限られるし、タイミングだって一瞬だったはずだ。

 「夢乃…貴方凄すぎます!!!」

 麗華さんが感動して先輩に駆け寄る。

 「えへへ、そうかな?」

 「えぇ!あの火球が重なるタイミングは本当に一瞬…しかも的確に中心を撃たなければ全てきれいに消えるはずがないんだから!」


 「そんなに言われると照れちゃうな…」

 「これで決まりよ!私と夢乃が後方で援護、そして悠紀君が前線で戦えば退育祭の賞品は私たちのものよ!」

 「いやいや、そんな簡単じゃないと思いますけどね」

 俺がそう言うと、麗華さんは横を向いて一人で何か呟いている。

 「うふふふ、は私たちが頂くんだから。ふふふ…」

 「……麗華さん?」

 明らかに不敵な笑みを浮かべている麗華さんに少し不安なる。


 「ねえねえ、神白先輩?」

 「ん?なんですか先輩?」

 「気になってたんだけど…神白先輩と麗華の武器ってみんなと違くない?」

 「あぁ、俺達のは家に伝わる神武っていうものらしくて」

 「神武?」

 「神格クラスの式神の力を宿してる武器です。それがあるので、あんまり簡易武器は使わないんです」

 「そうなんだ…いいなぁ。私も2人みたいなの欲しい!」

 「え、いや、こればっかりは――」

 「大丈夫よ!神武が欲しい夢乃?」

 いつから聞いてたのか、麗華さんが割り込んでくる。


 「うん、まあ、でもこればっかりは仕方ないね…」

 落ち込み気味な先輩に麗華さんが小声で言う。

 「秘密ですけど、今回の賞品の中に神武と同程度の武器があるのよ」

 「え、それ本当に!」

 「静かに!えぇ、それが欲しいなら…夢乃絶対優勝するわよ!」

 「うん!!退育祭まで特訓だー!」

 麗華さんからの予想もしないリークに、先輩もやる気に満ちていた。

 

 「麗華さん、ありがとう先輩を元気づけてくれて」

 「そんな!いいのよ!」

 「でも、麗華さんもその武器欲しかったんじゃ?」

 「私?そんなものいらないわよ」

 「え、でも凄く張り切ってたし」

 「私が欲しいのは――ふふ、うふふふ…」

 

 また麗華さんは不敵に笑い始めた…

 それぞれが野望を抱いて臨む退育祭…何もなきゃいいけど――――

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