旧 第6話-料理と先輩-

 「ふわぁ…眠い…」

 日誌を届けに職員室行ってきた俺は、あくびをしながら練習場に向かっていた。

 ここ最近、先輩と麗華さんがじゃれてくるので、休めていないせいか少し疲れが出ていた。

 (でも、先輩のために基礎練習付き合ってくれるし、麗華さんもあれで結構優しいとこもあるんだな)

 そんなことを考えながら廊下を歩いていると後ろから呼ぶ声がした。

 声の主は、俺が振り返るより先に右腕にしがみついてくる。

 「神白先輩、探してたんだよ!一緒に練習場に行こう♪」

 「先輩、あんまりくっつかれると――」

 先輩と一緒に歩けるのは嬉しいが、周りの視線が痛い。

 

 先輩は学年、男女問わず話題になっている程美人だ。

 そんな先輩とこんな風に歩いていると、全生徒からの視線は凄まじい…。

 「ふふん♪神白先輩を独り占めだ♪」

 先輩はそう言って凄く嬉しそうにしている。

 「まあいいか、先輩が嬉しそうだし。この痛い視線にも大分慣れてきたしな…」

 

 「あぁーー!!夢乃ちゃんてば、何を勝手にしてますの!」

 突然の叫び声と同時に1人の生徒が目に入る。

 「麗華さん!?何でここに、先に練習場に行ってたんじゃ?」

 「悠紀君が遅いから心配で見に来たのよ!」

 遅いってまだ10分も経ってないし学園が広すぎるのが理由なんだけど…。


 「それで来てみたら――夢乃ちゃん!今すぐ離れないさい!」

 「ふん、嫌だよーだ。神白先輩は、私だけの先輩なんだから」

 嬉しいけど俺は別に、夢乃先輩だけの先輩ではないんだけど…。


 「貴方って人は――だったら、わたくしにも考えがあります!」

 そう言うと麗華さんは、俺の左腕にしがみついてきた。

 「あーー!ズルい麗華ちゃん!離れてよ!」

 「嫌ですわ。だって悠紀君は私の専属パートナーなんですから」

 麗華さんの専属になった記憶もないんだけどな…。


 「アイツ…夢乃ちゃんだけじゃなく、麗華さんまで」

 「麗華お姉様…神白許せない…」


 「はぁ…」

 俺はより強まる視線に、ため息をつきながら2人を連れて練習場に向かう。

 先輩たちの喧嘩は練習場に着いてからも続いていた。


 「何度言ったらわかるの!神白先輩は肉より魚が好きなの!私前に作ったもん!」

 「貴方こそ、最近の悠紀君の好みを知らないのよ!この間、私の作った生姜焼きを食べて、麗華のご飯は世界一だねって言ってくれたのよ!」

 「それは!いつもの麗華ちゃんの妄想でしょ!!」

 「――なっ、ち、違います!!」

 「ほら、やっぱり図星じゃん!!」

 扉のそばにある椅子に腰かけ、2人のやり取りを見るのが最早日常になりつつあった。


 「2人とも、落ち着いてください」

 念の為喧嘩がひどくなる前に、仲裁に入る。

 「神白先輩!」「悠紀君!」

 声をかけると、お互いに顔を見合わせて、2人は慌てて身だしなみを整える。


 「今度は何で揉めてたんですか?」

 「えっと、それは…調理実習で…」

 「…調理実習?」

 「うん、それで何作るかで揉めちゃって…」

 「そうなんですか?2人とも別々に自分の好きなもの作ればいいのに…」

 「ダメだよ!!作った料理はパートナーに食べてもらうんだって!」

 そう言われてみればそうだった。

 去年は、あまり授業に集中してなかったので忘れていた。

 

 「そうでしたね。なら俺2人が作ってくれたのどっちも食べますよ?」

 「それは…勿論嬉しいですけど…肝心の材料が…」

 「私が魚で、麗華ちゃんが作りたいのは肉料理なの」

 「え?それがどうか…あ!」

 言われて思い出した。

 材料は、師弟パートナーの絆を深めるために一緒に取りに行くんだった。


 「それで…どっちを取りに行くかで揉めちゃって…」

 「なるほど…ていうかよく考えたら調理実習って、1年生じゃないのに麗華さんもやるんですか?」

 「弟子なら誰でも参加出来るように、パパが今年から変更してくれたのよ!」

 「……え」

 

 「だって、夢乃ちゃんだけが手料理を振舞うなんて私だって悠紀君の事――」

 「もう大丈夫です」

 なんとも言えない圧力に怖くなってきたので麗華さんの話を遮った。


 「だったら今回は、1年生の夢乃先輩に、作る物決めさせてあげてくれませんか?」

 「うーん…わかりました。悠紀君が言うなら今回は譲ってあげます」

 「本当!ありがとう麗華ちゃん♪」

 

 「べ、別にあなたにお礼を言われても…それより本当に魚が好きなんでしょうね?」

 「間違いないよ!」

 「だったら問題なしです。夢乃ちゃん早速メニューを決めましょう」

 「うん!悠紀君は先帰ってて2人で秘密のメニュー考えるから!」

 (何とか収まってよかった…あれ、夢乃先輩が俺に料理作ってくれた事あったっけ?)

 思い出した限りそんな記憶はないし、特段魚が好きなわけではなかったが余計なことを言うのも悪いので俺は部屋を出る事にした。


 「じゃあ、ケンカしないでくださいね」

 「はーい!!」

 2人の元気な返事を聞き外に出る。

 (まあ、楽しみだな2人の手料理。そういえば…麗華さんの料理は凄いって、去年騒ぎになってたような…)

 そんな事を考えながら家に帰った。


 ――――調理自習当日

 エプロン姿で気合十分の先輩たちと、学園から近い水場に向かっていた。

 「神白先輩!今日は楽しみにしててね!」

 「はい、夢乃先輩の料理楽しみです」

 「むぅ…」

 「勿論、麗華さんの料理も楽しみですよ」

 「――!まかせて!」

 俺達がそんなやり取りをしつつ歩いていると、目的の水場に着いていた。

 見ると、魚がたくさん泳いでいる。


 「おー!!沢山いるね♪」

 「本当ね、これならすぐに材料が揃いそう」

 「そうですね。じゃあ、釣りましょうか」

 俺達は、適当な岩場に腰を下ろすと、釣りを始めた。

 

 (たまには、こんなのんびりした日もいいな…視線もないし…)

 頑張って魚を釣っている2人を見ながら、そんな事を考えていた。

 予想通り、魚はたった1時間で必要な量を超えて手に入った。

 

 「じゃあ、そろそろ帰りましょうか。先輩、麗華さん」

 「うん♪」「わかったわ」

 返事をしてから、2人も帰り支度を始める。

 「学園に戻ったら、次は調理ですね」

 「そうだね、腕が鳴るよ!!」「私だって!あぁ、悠紀君の喜ぶ顔が早く見たいわ」

 2人とも自信満々だ。

 「俺も、早く食べたいです。それじゃ――」

 ――――ガサガサ

 突然、周りの茂みが大きく揺れ始める。


 「風もないのにこんなに揺れるなんて、2人ともこっちに」

 俺は先輩たちをそばに寄せ、念のため武器を構える。

 ここは学園の敷地外、何が起きても自分たちで対処しなければならない。

 ――――何があっても、2人は守らなきゃ

 俺が覚悟を決めると、再び茂みが揺れ何かが近づいてくる。

 ――――来る!

 次の瞬間、茂みからは大きな猪が飛び出してきた。

 

 「…なんだ、猪か…」

 俺は、少し安心して武器をしまう。

 泥まみれの猪は、俺達に気も留めずそのまま水場に突っ込んだ。

 (水浴びしたかったのか…今のうちに行こう)

 そう思い、猪に注意しながら進もうと猪に視線を向ける。

 すると、猪は泥が落ちた部分から金色の体が見え始める。

 「なんだあれ、やっぱり魔獣だったのか?」

 謎の金色の猪が気になりつつも、とりあえず帰ろうとすると、麗華さんが猪を見つめて動かない。

 

 「あ、あれは…」

 「麗華さん?今のうちに帰りま――」

 「待ってください!あれは、グリンブルスティに違いないんです!」

 「グリ、ブル…何ですか?」

 「グリンブルスティ。あの魔獣は食材になりそのお肉は特Aと言われています…」

 「――麗華ちゃんそれ本当!!」

 

 「間違いありません。夢乃ちゃんあれを手に入れられれば…」

 「言わなくてもわかるよ!あれも捕まえよう!」

 「え、ちょっと――!」

 2人は俺の話も聞かず飛び出した。


 「グリンブルスティ、ここで会ったが100年目、悠紀君の為大人しく捕まりなさい!来なさい-朱雀-!」

 「グリ…なんとか!絶対逃がさないからね!お願い-狛犬スノー-!」

 普段の揉めてる時とは違い、見事な連携で猪を追い込んでいく2人。

 「す、凄いな…先輩の式神の扱いかなり上手くなってるし。ただ…2人とも目が怖いな…」

 2人の気迫と見事な連携で猪は無事捕まり、俺達は学園に帰った。


 「はぁ、やっと着きましたね。2人はこれから調理ですよね?無理しないでくださいね」

 「何言ってるの神白先輩!ここからが本番だよ!ね、麗華ちゃん?」

 「そうですよ、悠紀君のために腕によりをかけて作るから待っててね」

 「わかりました。じゃあ、いつもの場所で待ってますね」

 「うん♪」「はい!」

 張り切って調理室に向かう2人を見送り、俺はいつもの場所に向かった。


 その途中で、3年生の先輩に声をかけられた。

 「あ、君が神白君かな?」

 「そうですけど?」

 「そっか~君がね…」

 なんだか、哀れみの視線を向けられている…。

 「あの、何か?用がないんでしたら、待ち合わせがあるんで急いでるんですけど…」

 「あぁ!!ごめん、ごめん。今、君って麗華がパートナーだよね?」

 「…麗華さんだけじゃないですけどね」

 「まあ、そこは良いんだけど。あたし、去年麗華のパートナーだったのね?」

 「……そうですか?」

 「それで、その…これあげるから使って。じゃあね!」

 そう言うと、辛さを中和する薬と胃薬を渡して走っていった。

 (…何だったんだ?)

 不思議に思いながらも俺は練習場に向かった。


 少しして、麗華さんがご機嫌で中に入って来た。

 「お待たせ!夢乃ちゃんはまだか…じゃあ悠紀君、私の料理先に食べててほしいな?」

 「先輩がまだだけど、冷めちゃうのも悪いし…そうさせてもらいます」

 「ありがとう!これなんだけどね!」

 出された皿には、美味しそうな生姜焼きが盛り付けられていた。

 「凄い美味しそうですね!いただきます」

 俺は、箸で肉を1枚取ると口に入れた。


 「どうかな…?」

 「うん!凄く美味し――」

 そう言いかけて言葉を失った。

 辛い。

 というか、痛い。

 口の中が辛さと痛みで満たされている…。

 「れぃかひゃん…こへなひを…いれはんでふか?」

 「えへへ、愛かな…」

 この人、もしかして馬鹿なのか…。

 俺はその時、去年先輩が倒れて騒ぎになった事とさっき貰った薬を思い出した。

 ――――だからか!!!

 哀れみの眼差しの理由に納得し、照れて顔を隠している麗華さんにバレない様に薬を飲んだ。


 (あの先輩のおかげで助かった…後でお礼を言って来よう)

 そう思っていると、今度は夢乃先輩が来た。

 「あ、麗華ちゃん!もうあげちゃったの!」

 「うふふ、早い者勝ちよ!」

 「いいもん、私ので口直しさせてあげるから♪」

 「何よその言い方!」

 「べー!神白先輩、私の料理も食べて!」

 「もひろんです!魚料理でひたよね」

 出された皿の魚料理が何かはわからなかったが、悪いが正直口直しは必要だったので急いで口に入れた。


 ――――!!!!!

 口に入れた瞬間、忘れていた記憶が甦った。

 確かに昔、先輩の魚料理を食べた。

 小学生の頃だっただろうか…。

 そして、ぶっ倒れたのだ。

 倒れた俺を見て、小さい先輩は気絶するほど喜んでくれたと勘違いしていたのを思い出した。


 「ちょ、ちょっと、悠紀君倒れたじゃない!貴方変なもの食べさせたんじゃ!」

 「違うよ!前も嬉しくて倒れてたもん!麗華ちゃんこそ変な物作ってない?」

 「まあ、だったら特別に夢乃ちゃんも一口どうぞ。その代わり私もあなたの料理を毒見します!」

 「いいよ!じゃあ、貰うね。あーん」

 「私も頂きますね。あーん」

 「――!」「――!!」

 「麗華ちゃん…」「夢乃ちゃん…」

 「悔しいけど、生姜焼き美味しいよ♪」

 「貴方のよくわからない魚料理もね!」


 

 薄れる意識の中、お互いを認め合う微笑ましい会話が聞こえた――

 (あの2人…よく似てる―――― ―― ―)

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